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1x07 Part 4 / 4

(くっ……やりづらいなあ……院長先生に悪役プロレスラー軍団ですか……ランちゃん助けて…)

心底やりづらそうに北条が手技を始める。グエンはなんだかウキウキしているように見える。


挿絵(By みてみん)


「…ルナ、手技を始めるわ、記録開始」

【ツピ!北条先生、グエン先生 手技開始 時刻16時55分 プライマリターゲット 右眼球の還納】


グエンがグローブをはめた両手の指に、生理食塩水で湿らせた滅菌ガーゼを素早く巻きつける。

「瞼を牽引します 蛭子本さん動かないでくださいね…ってもう寝てますね」

グエンの指が、眼球の裏側に痙攣して巻き込まれてしまっている上下の眼瞼の縁を的確に捉える。

「……ん」

そして正確なトルクで、瞼を前方にグッと引き出す。眼球を収容するための眼窩の「フタ」が完全に開く。


「よし…戻す」

北条が露出した眼球の上から濡れた滅菌ガーゼを当て、まず視神経の束を眼窩に収める。

そして均一に圧力をかけながら、ゆっくりと奥へ押し込んでいく。

「そうだ、ゆっくり、均一に力をかけていくんだ…」勅使河原がアドバイスする。

忘れられがちだが、勅使河原は35歳で引退したのちに突如医学部を目指して勉強し、難関の国立医学部に一発合格。周りとは歳が余りにも離れている医学生の勅使河原だったが、確実な知識と技術、なによりも嫌がらせをものともしない「破壊力」でのし上がった実力ある医師だ。


そして、抵抗する眼窩組織の内圧を、北条の指先が超えた刹那。


グパ


という、生々しく湿った音と共に、蛭子本の右眼球が眼窩へと滑り込む。


「よしグエン、放しな」勅使河原がタイミングよく声をかける。

「ウィ、マダム」グエンがパッと指を離すと、引き出されていた瞼がパチと元に戻り、眼球を正常にホールドする。


【ツピ! 右眼球の還納を確認しました 対光反射迅速 眼圧正常値 視神経への物理的圧迫の解除を確認】


「よし…これで終了…ルナ、時刻記録」

【ツピ!手技終了 時刻16時57分】


「うむ…なかなかの腕前だな 北条先生、グエン先生 よくやった」満足そうにニタリと勅使河原が笑う。

「ありがとうございます院長先生」心底ほっとしたように北条が答える。

「メルシーボクゥ、マダム…ところでキャリーバッグ持っていらっしゃいますけど、これからどちらに?」グエンが尋ねる。

「…おっといけねえ、そろそろ飛行機の時間だ なあに、こないだ言ってたドクターヘリを見にな、ちょいとフランスにな」

「ああ…あれですね…でも院長先生おひとりでフランスに?」怪訝そうに北条が聞く。


「なあに、南と一緒に見に行くさ あいつは元空自、ヘリには詳しい」

「えっ、うちのボスは1週間のお休み中で、オーストリアにF1を見に行っていると聞いたのですが…?」

「フフン、それなんだがな、アタシがHALO本部にチクって呼び出したのさ!ヒャッハー!」

高笑いしながらゴロゴロとキャリーバッグを引きずって外傷2号を出ようとする勅使河原。

「んじゃ蛭子本にお大事にと言っときな 北条、グエン、それに塩谷、おつかれさん」


「真琴先生も災難ねえ……バカンスをアレクサンドリア(H A L O 本部)にチクられてフランスに強制招集だなんて、私ならその場で辞表を出すわ」

「でも、真琴先生とマダムのコンビでのドクターヘリ視察なら、これ以上ないほど確実なデータが揃いそうですね」

グエンがどこか楽しそうに続ける。

「ふふ…そうね ダイアモックスを入れましょう、もう少し眼圧を下げておきたいからね」

「アセタゾラミド、了解です北条先生」製品名ではなく正式な薬品名で復唱するグエン。公平さを保つため、HALOはこのように徹底的に教育されている。


「これで一安心…私は早番だったから帰るわね…ラン先生、あとは抗菌点眼薬打っておいて……それから塩ちゃん」

北条が、ストレッチャーの脇でまだ「悪役の顔」をしたまま佇んでいる巨漢を見上げた。

「いつまでその邪悪なツラしてるのよ、気が散るから早くメイク落として帰りなさい 今日は休みなんでしょ」

「あ……はい! すぐ落とします!」

塩谷が器用に片手でスマホをポケットに放り込み、外傷2号室のシンクへ駆け寄る。


廊下では、見学していたコンバイン阿賀野やパティシネ矢矧たちが、ベッドの上でプロポフォールによりすやすやと寝息を立て始めたレジェンド・寿界☆雲雀を「おやっさん……!」と涙ぐみながら見守っている。



歌舞伎町。


1時間もしないうちに、男がラブホから出てくる。

「えっ早っ」由依が驚く。

「まあ…あいつ早かったからね…私に制服着せて…バックからしたらすぐ出してたし…」

「ちょっ…何言いだすのあんた!アダルト動画かよ!あんたの方がよっぽどエグいでしょ」珍しく顔を赤くして照れている由依。

そんな二人の危ない会話をよそに、男は女と濃厚なキスをしてホテル前で別れる。

男はスマホを取り出してニヤニヤしながら操作しつつ、今度は西武新宿駅の方に歩いていく。

「…あっちの方に会社があるのかな?」由依がつぶやきつつ二人は再び男を尾行する。


ほどなく西武新宿駅前に着く男。そこには……別の女がいた。

「…えっちょっと待って、別の女ってどういうこと?」莉愛も由依も混乱している。

そんな混乱をよそに二人は再び歌舞伎町の方向に歩いている。

今度はこれまでとは違い、二人とも手を恋人繋ぎしている。こちらのほうが本命なのか?

「…あーもう私どうでも良くなってきたわ、つまんない」莉愛が呆れたように話す。

「…そうだね、もうおなか一杯だわ」由依も相槌を打つ。おなか一杯という言葉とは裏腹に、実際にはおなかもすいてきた。そろそろ帰ろうかと考えた。もう時間は夕方、夕陽がまぶしい時間帯だ。

男が不思議そうにスマホを見ている。何かに気が付いたのか、ぼーっとしたまま女と繋いでいた手を放して一人で横断歩道を渡ろうとする。

「?なんだろね?」莉愛が由依に聞く。

「んー、莉愛がフォロー外したのに気が付いたんじゃ…」と言いかけた由依だったが、その光景にハッとした。

赤信号を何も警戒せずに渡っている。黄昏の逆光で見づらい。

その逆光の向こうから、大きなトラックが青信号の交差点に入ってくるのがかろうじて見えた。電動なのだろうか、ほとんど騒音はしない。


ドン


鈍い音がした。

男がすごい勢いで、コマのように縦に回転しながら飛ばされて行くのが見える。

やけに身長が長く見える。ズボンが遠心力で脱げかかっているのか、それとも足がもぎ取られようとしているのか。

そのまま反対車線にある信号機の支柱に湿った音を立てて激突する。

女の悲鳴が響き渡る。

由依は唖然としていた。

莉愛も驚いたものの、次の瞬間顔がにやけているのを自覚して少し戸惑う。



「男性、28歳、氏名は林田泰弘(はやしだやすひろ)、交差点で赤信号で横断中に電動トラックと接触、左足に大きな損傷、現場で1単位を輸血、血圧70の40、心拍110、グラスゴースケールは5」流れるように救急隊員の山本が申し送りをしている。

もう左足がグシャグシャになっており、足があるのかどうかさえ見えない。

「これ…何に轢かれたのかな?」眞山が確認する。

「えーっと、ウォーレのリィンカルナシオンですね」翡翠橋警察署の警察官、三沢(みさわ)が答える。交通事故なので警察官が同席している。

「リィンカルナシオンって…デカい電動トラックだよな…」

「ええ、10トントラックですね よく生きてたなあと…」三沢も顔をしかめる。

リィンカルナシオンは電動車専業メーカー、ウォーレが世界市場に出した大型電動トラックである。ところがパワー不足で評判は良くなく、あっさりディスコン(製造中止)にしている。そのためまとめてリィンカルナシオンを購入した業者からはその意味でも評判が良くない。

しかしパワー不足とはいえ、人間一人の足を吹き飛ばすくらいのパワーは持っている。

「いえ、間違いなく車道側は青信号でした、制限速度も守ってました!」女性のトラックドライバーが泣きそうな声で訴える。

「あーはいはい、それは間違い無いと思いますので、こちらで事情を伺います 眞山先生、グエン先生、よろしくお願いします」三沢が答える。

「それでは私もこれで あとはよろしくです!」山本も去っていく。ここからはERドクターの領分だ。


「よし、血算、生化学、血液型とクロスマッチ、とりあえず2単位を確保 薬物検査とアルコール検査だ」

「ウィ、ムシュー 了解です眞山先生」

「しかしこれ…もう切断寸前よ?どうするの?」やや顔をしかめながら看護師の長妻ながつまが眞山に尋ねる。

「俺もそう思うけど、まずは診てみよう」

骨盤のすぐ下から大腿部にかけて、大腿骨は完全に粉砕され、露出した筋肉は断裂して黒ずんだ血の海に浸かっている。足の先は不自然な角度にねじれ、遠心力で引きちぎられかけた皮膚組織だけで辛うじて繋がっている。それ以外に大きな外傷もなく、特に頭部と頚部は無傷に等しかったが…なによりもこの足は致命的だ。


【ツピ!血圧70の40から58から32、心拍130 警告、出血性ショック】


「眞山先生、自発も消えかかっている」長妻がアンビューバッグを握りながら叫ぶ。

「よし……アンプタ(切断)だ…大腿部で離断する」

眞山が冷徹に、だが微かに奥歯を噛み締めながら告げた。

「え…?ERで落とすの?」

長妻の手が一瞬止まる。

「この状態で止血手術は待てない…物理的に遮断して救命するのが先決だ ワイヤーソー(ギグリー鋸)オシレーティングソー(振動鋸)準備…大腿中央部で一気にいくぞ アンプタ準備」

「……ギグリーソーとオシレーティングソー、準備了解」

長妻が厳しい表情で、冷たい金属音を立てて器具をトレイに並べる。


「待ってください眞山先生…あと20秒、私に時間をください!」

グエンが叫ぶ。


「ルナ、シヴァーム展開、ディープスキャナを使います 急いで」

【ツピ!シヴァームにディープスキャナユニットを装着 8秒で展開します】

ルナとシヴァームのアップデートにより、2割程度の展開速度の向上がある。これをグエンは待っていた。


「待てランちゃん、もう時間がないんだ」眞山が懇願するように中止させようとする。しかし、

「いえ、確認するのは無駄じゃありません ダメなら即時離断に切り替えてください眞山先生!」

そう言っている間にスッとシヴァームが展開され、即座にディープスキャンが開始される。

外傷4号のメインディスプレイだけは16Kという、他の外傷の4倍の解像度を持っている。

しかしグエンはそれをまともには見ていない。自分の実感から、まだルートがあるかもと考えているだけだ。

その信念に沿ってディスプレイの可視化されている血流を睨みつける。

そして。

「…外膜の連続性を確認…膝窩(しっか)まで血流確認できます いけます眞山先生、大腿動脈をクランプしましょう!」

ほんの5秒でルートを探し出す。

まさかの結果に一瞬逡巡した眞山だったが、決断する。

「ルナ、アンプタ中止、大腿動脈をクランプする」

【ツピ!離断中止します クランプは難易度がかなり高くなります】

「そんなことはわかってる が…俺なら、いや、俺たちならできる」確固たる信念を持って眞山が答える。

「そうこなくては!眞山先生!」ぱあっと笑顔を浮かべるグエン。

「そうね…やりましょう…やれるのだからやらない理由はない」長妻も微笑む。


「…ルナ、このデータを可視化マッピングして上のオペ室に転送よろ 誰が執刀医かも調べてくれ」

【ツピ!血管ルートマッピング完了、外科に転送します この時間帯の執刀医は榊原(さかきばら)先生です】

40代前半とまだ外科医としては若いが、抜群の手技を持つ榊原の名前をルナがコールする。

「榊原先生なら…やってくれるはず…よし長妻さん、大腿動脈クランプだ インサイド・クランプで行こう かえって入れやすい」

「了解、REBOA(大動脈遮断用バルーン)準備する」

「ランちゃんは引き続きディープスキャンでルートを確定させてくれ」

「ウィ、ムシュー」

「よし行くぞ…ルナ、時刻記録よろ」

【ツピ!眞山先生、グエン先生執刀開始 時刻17時22分 プライマリターゲット バルーンによる大腿動脈クランプ】



眞山は、穿刺針とガイドワイヤーで無傷に近い右側の鼠径部の総大腿動脈を狙う。

外傷4号室の16Kメインディスプレイには、シヴァームが骨盤の奥から這い出る大腿動脈の3D走行ルートを、ミリ単位の誤差もなくリアルタイムに蛍光グリーンで可視化している。


「ランちゃん、エコーの描画情報を同期 深度は?」

「皮膚から4.2センチ下…やや内側に蛇行…眞山先生、そのまま15度の角度で穿刺してください!」

グエンが画面を睨みながら叫ぶ。


「……よし」

シヴァームがレーザで投影している緑のガイドラインへ向けて、眞山が迷わず太い針を突き刺す。

手応えがある。外套針の根元から、どす黒い動脈血がドクドクと噴き出す。


「バックフローを確認 ヒット」あくまでシュアに進める眞山。

「流石です、眞山先生!」グエンが静かに鼓舞する。

「いいね、やるう!」長妻がやや軽めに鼓舞する。


ガイドワイヤーを滑り込ませ、大動脈を塞ぐためルートを確保する。返血で血まみれになったシースを林田の右大腿動脈に留置する。

長妻が先端にバルーンのついたREBOAカテーテルを差し出す。


「カテーテル入れるぞ ランちゃん、ゾーン計測して読み上げ」

「ウィ、ムシュー! …右総腸骨動脈から腹部大動脈へ侵入」

グエンがタッチパネルとなっている16Kの超高解像度ディスプレイの上で指を走らせる。カテーテルの黒い影が、体内を上流へ遡っていく。


「出血源は左大腿…よし遮断ターゲットはゾーン3…骨盤の真上でいく いいな、ランちゃん!」

「はい! ゾーン3、分岐の手前……そこです、ストップ!」


「長妻さん、生食20cc入れてくれ インサイド・クランプ」

眞山がシリンジをカテーテルのバルブに接続し、親指に全体重をかけて生食を押し出す。


シリコン製の小さなバルーンが、20ccの液体を吸って一気に膨張する。巨大な血管の「内壁」にピタッと密着し、内側から完璧に遮断する。


【ツピ!ゾーン3、バルーン拡張確認 遠位大動脈の血流遮断を検知】


さっきまで処置台を濡らし、床に血溜まりを作っていたプロフューズ(大噴出)による出血が、嘘のようにピタッと止まる。


【ツピ!モニター回復 血圧88の52、94の60……心拍110に下降 失血性ショックからの離脱を確認】


「ランちゃん、連続性血管マップをそのまま3階のオペ室にリダイレクトよろ 榊原先生へカンペのプレゼントだ」

「ウィ、ムシュー! すでに榊原先生のタブレットに3Dデータを同期完了です。今頃、オペ室で『なんだこの異常な解像度のデータは』って驚いてますよ」

グエンがウキウキとしたドヤ顔でコンソールを叩く。


「よし…オペ室に移そう バルーンの圧着時間を榊原先生に伝える」


ストレッチャーが外傷4号を出る。エレヴェータ前には、すでに榊原が準備していた。

「えっと…これERでやったの?眞山先生?」自らも夫を交通事故で失いシングルマザーになった榊原が驚きの表情で眞山を見る。

「まあ、なんとか… それよりこの患者はどうでしょう?足は残せますか?」

「うーん、何とも言えないけど…ERが頑張ったから、今度は外科の番ね 今日は徹夜かもね…まいったわ…」榊原が珍しく弱音を吐いているように見える。

「あー…娘さんが心配ですか?」

「まあ沙也加(さやか)なら大丈夫かな…もう小4だからね…」

「それでは先生、よろです!」

「ええ、見事だったわ眞山先生」サムアップしながらエレヴェータの扉を閉じる榊原。

深い満足感に包まれ、外傷4号に眞山が戻る。

「先生、本当にお見事でした トレビアン!」グエンが喜ぶ。

「いや…ランちゃんのおかげさ…俺は判断できなかったからね」

「しかし…これすごい処置よ本当に」長妻も驚く。


本来なら見えないものを可視化してやり遂げたのだ。

皆が一様に深い深い満足感に包まれる。



「…ちょっと待て、じゃあ俺はそんなクズ男の足を救ったってことか?」運転中だが、眞山が憮然としている。

「そ 莉愛をだました上に、奥さんもいて、さらに別の女とも浮気してた…ってわけ」マスタングの助手席ではなく後席で由依が呆れ果てる。

勤務が終わり、由依と莉愛を乗せてマスタングでデロデロと帰宅中だ。

「で、偽名も使ってたし年齢も嘘だったというあの男、助かるのかな?」

「うーん…今まだ手術してるんだが…患者の医療情報は一切明かせないことになっている…ごめんな莉愛ちゃん」

榊原には手術が終わった時にはスマホにメッセをくれと頼んでいるが、眞山はそれもあえて言わないことにした。

「はい、わかっています、おじさま 高い倫理観でステキです」莉愛がちょっとだけ外面を取り繕っている。由依はそれがおかしくて仕方がないのだが、あえて黙っている。

事の顛末をすべて由依の口から聞かされて愕然とはしているが、眞山としては莉愛に対してあまり言うつもりはない。莉愛を心配していないわけではないものの、もちろん眞山は由依を最優先に心配しているからだ。


「じゃあ、早くいいカレシを見つけることだね 今度は見た目で騙されないようにして…」と眞山が莉愛に言うが、途中で由依が口をはさむ。

「そそ莉愛、こういう一見立派なおじさんには注意することだね!」

「…っておい由依…そりゃないだろ…まじめに仕事してるのに俺は…トホホ…」

「ふふっ、でもおじさまはステキですよ?お医者さんで高身長でイケメンで…女の人が黙っていないんじゃないですか?」莉愛は何回も眞山家に遊びに来ているので、ある程度は軽口を叩く。

「まあ…そうだといいんだけどね…」へへっと眞山が言った瞬間、後ろにいる由依からガッ!とバケットシートを蹴られる。

「おい!これ薄いんだから蹴るなよ由依!壊れたらお前の小遣いから引くぞ?」

「おっとそいつは困るぜナオキ」

「呼び捨てすんな」

「どうでもいいんだけどさおじさん、何でこの車後ろがこんな狭いの?」

「まあ基本的に二人乗りだからな…これ」デロデロとマスタングを運転しながら答えている。

「走り屋さん仕様なんですか?なんだかでろでろ言ってますし…」莉愛がさらに尋ねる。完全にショックからは立ち直ったみたいだ。

「んーアメ車なんで…走り屋とは違うかもな…好きなんだよ単純にね」

「扉が二つだけだから欠陥車かと思ってた」さらっと由依が恐ろしいことを言う。

「おい由依…お前今世界中のクーペのファンを敵に回したぞ…」

「クッパとは?」

「クーペ!!!!お前わざと言ってるだろ!…まあ原語(クッペ)には近いかもだが…」


椎名町にある莉愛の自宅マンションの前でマスタングを止め、莉愛を見送る。

「由依、おじさま 今日は本当にありがと……色々あったけど、すっきりした」

「おう、気をつけてな 変な男にはもう捕まるなよ」

「ふふ、はーい」

小さく手を振り、莉愛がエントランスの中へと消えていく。


再び、V8コヨーテエンジンがデロデロと重低音を響かせ、すっかり陽が落ちた西池袋を滑り出す。


「……本当、ロクでもない男だったなあ…」助手席に移った由依が背伸びをしながらつぶやく。

「俺たちがERで死に物狂いで繋ぎ止めたあの左足が、そんな三股男の逃げ足だったなんて、医療資源の無駄遣いにも程がある 北条部長や院長が聞いたら、レセプト書いてあるタブレットを叩き割るぞ…」


助手席の由依は、窓の外を流れる街灯の光を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。

そして、思い出したようにふっと、莉愛によく似た…しかし少し大人びた笑みを浮かべる。


挿絵(By みてみん)


「でも、おじさんは完璧に救った いつも通りの仕事をした よく言ってるじゃん?今日は何人救った…って それとおんなじじゃないかな」


「まあ……俺一人の目じゃ、あの足は確実に切断だったな ルナ様様さ …グエンも優秀だ 人間の肉体の裏側まで『見えてる』ような振る舞いだからな」


「グエンってあの黒髪の女のせんせーよね……かわいいよね おじさんああいうのが趣味なんだ?」

「ちげーよ!なんでそうなるんだよ!」


マスタングが赤信号で静かに停車する。

由依はシートに深く背を預けたまま、首だけをゆっくりと眞山の方へ向ける

その瞳は何を見て、何を考えているのか…。


「ねえ、おじさん」


「なんだ?」


「何も見えないのは危ないけど……見えすぎるのも、それはそれでロクなことがないね」


眞山はハンドルを握ったまま、一瞬、隣の由依の言葉の意図を測りかねて沈黙した。

「……何の話だ?あの男のスマホの画面のことか?」


「んー、どうだろ」

由依はそれ以上答えない。

以前、自分の中に見えすぎてしまった残酷な真実を脳裏に浮かべていた。


私のおじさんは…

由依の本当の出生については何も見えない。

世界でただ一人、私に対して1ミリの嘘もなく、真っ当なモラルだけで7年間、人生を削って私を育ててくれている。


(…直樹は、何も見えないままでいいのかもね)


由依は目を閉じて、結んでいたポニーテールをほどく。


挿絵(By みてみん)


そしてふっと目を開けて眞山を見つめる。


挿絵(By みてみん)


「…」眞山が不覚にもドキッとする。何を言い出すのかと思っていたが…


「おなかすいた おじさん、私太肉麺(たーろーめん)たべたい」


ホッとしたような、呆れたような眞山だったが、すぐに今月の財布事情を思い出す。

「……お前、二人分で3000円くらいするんだぞ 今月はちょっとピンチ気味なんだが…」

「いいから行きたまえ ナオキ」

「呼び捨てすんなってば…よし、俺大盛りにしちゃおう」

「私も」


青信号に変わる。

眞山がアクセルを踏み込む。

マスタングが、デロデロと咆哮をあげながら池袋の反対側に向かう。


眞山のスマホに、榊原からメッセが入る。マナーモードにしているので眞山は気が付かない。



眞山先生お疲れ様でした


患者なのですが


残念ながら手術中に合併症を併発して


先ほど19時10分死亡しました


ベストを尽くしたのですが…残念です



ごめんなさい…



TUNE INTO THE NEXT

SAME SERVANT NEST

SAME ST. ROAT EMERGENCY ROOM


挿絵(By みてみん)


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