1x06 Part 3 / 4
外傷4号。
「一応身分証明書を確認するので財布を失礼しますね」安藤がコンドラチュークに尋ねるが、?という顔をしている。
「あーウクライナの人なのよ ルナ、ウクライナ語の翻訳モードをオンにして」高嶺がルナに命令する。
【ツピ!ウクライナ語と日本語の相互翻訳モード、オン <身分証明書確認のため財布を確認します、ご承知おきください>】
「<!?なんだこれは…あ、ああ、もちろんやってくれ…俺のカネは取るなよ>」コンドラチュークがルナの人工音声に驚きつつ、軽くジョークを交える。
【ツピ!<複数のカメラにより常時確認しております 不正に関しては一切できない仕様になっておりますのでご安心ください>】
「<…冗談だよ…気を悪くしないでくれAIちゃん>」
そんなにカネがあるのかと思っていたのだが…財布には日本円が数万円と数百ユーロ、アメリカン・エキスプレスのプラチナカードがある。
「うわ、アメックスのプラチナ…初めて見たわ私」割と本気で安藤が驚いている。
「いつもいつもインビテーション送ってくるのよねえ…ガン無視してるけど」高嶺がグローブをはめつつ答える。
「<フッ、先生、それは正しいかもな…上級カードになっても限度額は変わらない…うっ…>」
「<この状態は虫垂炎が破裂しているので、そんなに痛くは感じないはずなんだけど、痛いの?>」不思議そうにヴィルクが聞く。
「<戦争の時に…徴兵年齢ギリギリで取られてな…前線の…ヘルソンの廃ビルでドローンにやられた…>」
「<その時に腹を怪我したのね?>」
「<そうだ…よく覚えてないんだが、野戦病院で適当につぎはぎされたってわけさ…>」
「よし、じゃあ腹膜炎の併発も疑われるわね…ルナ、シヴァームにディープスキャナ装着して展開」あっという間に高嶺が推測する。
【ツピ!シヴァームにディープスキャナユニット装着 10秒で展開します】
「<…な、なんだこりゃ…すごいな…>」音もなく高速に展開されるシヴァームのアームに驚くコンドラチューク。
「<これはシヴァーム…超軽量のロボットアームです 先端のユニットを交換して色々使えるの>」
「<なるほど、すごい技術だな…超軽量ということはカーボン複合素材か?そしてかなり高度なAI技術と併用されている…さすが日本だ>」
「<あなた随分詳しそうだけど…職業は?>」
「<俺は…チェルニーヒウでIT企業をやってたんだ …戦争でビジネスはめちゃくちゃになってな…今は再興中さ>」
「<チェルニーヒウ…私はスモレンスクなの 割と近いわね>」ヴィルクは言葉に詰まりつつも答える。
「<だな……なんで近いのに戦争なんかやっちまうんだろうな…心底迷惑だな…>」
「<…そうね…>」
「オッケー、ラインは確保した」安藤が点滴用のラインを確保している。
【ツピ!虫垂の腹壁穿孔を確認 右下腹部の腹膜に古い縫合跡を発見 ディスプレイに出します】
ヴン!と外傷4号の16K相当のメインディスプレイに、肺から鼠径部までのARによる断面図が瞬時に出る。
あまりにリアルなため、見慣れていないとかなりの衝撃を受ける。
「<…おいおい、俺の恥ずかしい部分が丸見えだぜ?>」コンドラチュークが軽口をたたく。
「…なんかこの人の話し方、というか日本語訳…真琴先生に似てるわよね…」今日はここにはいない南の軽口を思い出している高嶺。
「恐らくルナが南先生の真似をしているのでしょうネ!学習効果ですネ!」
「あまりありがたくない学習効果ね……よし、ルナ、癒着している部分の密度を確認して、おいそれと開腹できないからね」
【ツピ!…解析完了 腹膜直下に高密度の線維化組織 複数の異物も確認 ナイロン並びにアルミニウムと推測】
「…あー釣り糸ですネ 戦場では割と使われる…と南先生もおっしゃっていましタ アルミニウムは恐らくドローンの破片ですネ」
「人体は魚じゃないのに…よし、こうしましょうスヴェータ まず開腹して先にこの癒着をデブリする」
「賛成でス」
「虫垂は既に穿孔しているから、まず抗生剤入れましょう」
「そのあとで開腹でいいのですネ?」
「小腸をいったん外に出すからね…邪魔だからね」
「<おいお前たち…全部ウクライナ語で聞こえてるんだが…大丈夫なのか?>」
「心配いらないですよ、打ち合わせは何にでも必要です」綺麗にウィンクして高嶺が答える。
「先に寝てもらいましょう、そっちのほうがいいかも」安藤が提案する。あまり詳しかったりする患者の場合は、かえって治療の邪魔になる。
「ルナ、プロポフォールを…160mg、そのあとは継続してキロあたり……8mgを毎時で投与 一応検算して」高嶺は暗算は得意だが、念のためにルナに確認する。
【ツピ!投薬量適正範囲内 警告、やや強めに効果が出ます 承認どうぞ】
「承認よ」
【ツピ!スタッフドクター高嶺朋世先生により全身麻酔の指示あり プロポフォール投与開始】
「筋弛緩薬はロクロニウムにしますカ?」
「そうね…これだけ密度が高いから…いきましょう」
「その前に抗生剤入れまスが…タゾバクタムとピペラシリンを1:8で良いですカ?」
「そうね完璧、フルスペックで入れちゃおう」
「ルナ、ゾシン4.5gを全開で投与、安藤さんモニタお願いしまス!」
【ツピ!ゾシン4.5g、フルスペックで投与】
「(少し多いかな…でもまあ殺菌ファーストね)…モニタ了解、監視続ける」安藤が答える。
「<そろそろ…眠くなるのかな…>」コンドラチュークがつぶやく。
「そうです、全身麻酔で眠くなります」安藤が100%酸素の投与をやめて答える。
「<そうか……おい、ヴィルク…>」
「<ここにいますよ、コンドラチューク>」
「<…オレグと呼んでくれや……>」
「<…わかったわオレグ、じゃあ私のことはスヴェトラーナと呼んでちょうだい>」
「<…スヴェ……ト………ラ……>」麻酔により眠りに入る。
「…ルナ、ロクロニウムを50㎎瞬間投与デ」
【ツピ!ロクロニウム50mgフラッシュします】
「私が開腹するのでそのまま腹膜癒着を取る、そのあと小腸と盲腸はスヴェータが…やれる?」
「もちろン!」
「よし、この方針で行く ルナ、今言った手順を確認して」
【ツピ!問題ありません やや難易度は高いですが、最も確実な手技です】
「全員にフェイスマスクを これ結構大変そうだからね…ガウンも二重にしましょう」
「慣れてまス!」
「右に同じ」安藤がまず自分のマスクを付けて、高嶺とヴィルクに装着する。ガウンを二重にして後ろを結ぶ。安藤のガウンは高嶺が結ぶ。
ポリカーボネイトの透明シールドを下ろし、カチッとロックする高嶺。ふっと短く息を吐き、腹を決める。
「では執刀開始します ルナ、時刻記録」
【ツピ!高嶺先生、ヴィルク先生 執刀開始 開始時刻13時10分 プライマリターゲット 腹膜修復 セカンダリターゲット 虫垂切除】
「虫垂だけならマックバーネー点から攻めたいけど…腹膜だから正中切開で…安藤ちゃん、20番メス」
「そのあと15番に切り替え?」安藤が20番を渡しながら、小さ目の15番に切り替えるタイミングを確認する。
「そうね…では、行きます」コンドラチュークのみぞおちに20番メスを突き立てて、一切の迷い無く高嶺がスッ…とへそを避けて下腹部まで滑らせる。
…
…
8階カフェテリア。
今の時間は客が少ないので、安蒜と築城がストーカー男について話をしている。
「…で、銃の購入記録を調べたのですが…ちょっとお見せできませんが、この女性は確実に銃を購入しています」築城が自分のタブレットを見ながら話す。
この時代は銃の所持は認められているが、サブマシンガンやライフルのような殺傷力の高い銃の所持禁止、自宅以外への持ち出し禁止、コンシールドキャリーの厳禁、購入時の登録…と非常に厳しく制限されている。特に前科のある者、罰金刑以上の交通違反の経験がある者に対しては、生涯所持は認められない。
「購入記録があるだけやったら…まだわからんけどな…銃は何なん?」安蒜が訝しがる。
「シグザウエルのP230なので32口径ですね…軽くてコンパクトなので、女性の護身用としては人気です」
「あー…ワシ銃はよくわからんのですわ…南かマギーちゃん連れてくれば良かったわ…」
「特に物珍しい種類の銃ではないですし、32口径で殺傷力が特段に高いものではないので、登録時にもチェックは入りません 彼女には犯罪歴もありませんし」
「せやったらなんの問題も無さそうなんやけどな…ストーカーに狙われたっちゅーこともあるし」
「…週に5回射撃場で練習し、1回に付き500発射撃してても…ですか?」
「…は???」安蒜が唖然とする。
射撃場の利用は銃登録から調べられる。また消費弾薬数も、弾の購入履歴から追跡可能だ。
「…つまり…お礼参りを返り討ちにしようという計画を持っているのかもしれません」
「週に2500発も撃っとるんか…民兵の訓練ちゃうねんぞ…」
安蒜が自分のタブレットを見て、検索結果を確認する。
「んでまあ、今検索結果が出たんですが、こっちも医者の守秘義務があるんで見せられへんのですが…尋常じゃないのは銃だけちゃいますな」
「…まあ、なんとなく想像はつきます」
「彼女は都内10か所以上の心療内科をハシゴして、いろんな処方をされとる これ銃を買ったあとちゃうかなと思いますな」
「…あーそのへんは盲点かもしれませんね…まだ法制化されていないですね」築城が表情を曇らせる。
銃所持の場合病歴をチェックされ、問題がある場合は不許可となるものの、線引きがあいまいなのが継続案件として議論されている。
「ええか、読み上げますよ?処方量はトータルの推測で フルニトラゼパム120㎎、プロプラノール600㎎、メチルフェニデート600㎎、エチゾラム…まあゼパスやね…これが120㎎」
「えーと…それ軽く2か月分ありますよね…」
「せやね……ちょっとまともやあらへん」
そこに所轄から応援がやって来る。三沢と岩国だ。
「話は聞いた詩織ちゃん…最初はお礼参りに対する警告と警戒という話だったらしいんだけど、なんか変わってきたとかで」三沢が疑念のある顔で築城に聞く。
「そうね…薬物をキメて、銃を準備して、男が来るのを待つ…そこを撃つ…」築城がげんなりしながら言う。
「一応接近禁止命令はでてますよね?」岩国が続けるが、
「そんなの聞くような奴じゃないでしょうね」三沢もうんざりしている。
「これはもう…既定路線やな」
「…と言うと?」築城が聞き返す。
「どっちかが死ぬんちゃうかな…」
「…ですよね…男は女を殺しに行く、女はそれを迎え撃つ…最悪ですね…」築城がタブレットをしまう。もう方針は決まったようだ。
「…よし、PCで女性の家に行こう まずは女性を説得して……」
「令状が無いから中には入れないわよ凛ちゃん?」
「それはまあそうなんだけど」
「玄関で気をつけてください!って女性を説得しつつ来る男を警戒する…で、中に入って念のため確認…という感じではどうでしょう!」岩国が珍しく妙案を出す。
「なるほど…それなら強制力はあらへんな とはいえ、その辺はあんたら警察の仕事やな」
「あと、異常な量の向精神薬を手に入れているらしいのよ」
「!それはもう……まずいってもんじゃないわね」
「もともとはストーカー被害に参っていたので心療内科に行っていた…というのは事実や それ自体は何もわるはない むしろ正しい それだけのダメージは受けとる しかしな、そのあとは問題や…」
女はストーカー男から異常な数のメール、自宅への数えきれないくらいの訪問、つい自宅に入れてしまった時に受けた精神的なバッシング……などで男は最終的に逮捕になっている。男がやっていないのは暴力行為とレイプだけであり、そこが裁判官が出したパターナリズム…軽めの懲役刑の根拠となっている。
「…よし私も行くからパトに便乗させて凛ちゃん」築城が覚悟をきめて三沢に話す。
「えっ…詩織ちゃんそれいいのかな…」
「いいのよ 後で始末書は書く…死人が出るよりましよ…それとボディーアーマーも貸してもらえるかな 刑事は防御力無さ過ぎてね…」
「あったかな…あったよね岩国?」
「あります!私たち制服組と同じものが1セット、後ろのトランクに積んであります!」
「うちらのパトにはまだショットガンは積んでないよね?」
「積んでたとしても訓練受けてませんから私は撃てません!」ドヤ顔して岩国が答える。
「自慢するなよ…拳銃よりも簡単だぞ…」
「よし…私はここで引き続き診療記録を調べてみる…意外と大変やなこれ」
「決まりね、行きましょう」三沢が立ち上がる。
「…復讐という罪を犯す前になんとかしなくちゃ…でも…」築城がつぶやいて考える。
(もう遅いかもしれない)
…
「…よし、剣状突起下から恥骨結合上部まで…切開…」かなり大きな場所を切開した高嶺が息をつく。
「横隔膜付近ハ…問題なさそうですネ…意外と炎症は広がっていませン」
「下も開けるわ、安藤ちゃんサクションは継続してお願いね」
「了解…おっと!」安藤が答えた瞬間に大量の血液が噴き出す。
「うわ……これシールドしてて良かった…明日休みだから美容室行こうと思ってたから」高嶺がつぶやくが…
「あー、アウトよ先生、髪が」安藤が高嶺の頭の上を差して言う。
「…?げ、これ直撃なら無理?」飛んだ血液がフードキャップにべっとりと付いている。
「多分髪には付いてないと思うけど…気持ち悪い…あがあー!もう最悪…!」
「…ですネ…」
「…ルナ、レーザーメスのユニットをシヴァームに付けて準備してて 男性でやせているけど必要かもしれない」気を取り直して高嶺が続ける。
【ツピ!シヴァームにレーザーメスユニットを装着 10秒で展開します】
「それと一回撮影して、金属片が無いかをマークしていきたいから…安藤ちゃん、新型のポータブルX線を併用しよう」
「NEO-Xね、了解」
イスラエルで開発された新型のポータブルX線撮影装置NEO-Xは、テロ事件や前線などで破砕系のIED(即席爆発装置)や自爆系ドローンで破片を受けた患者から、効率良く確実に破片を探し出すために作られたもので、それが民間にスピンオフして汎用のX線撮影装置として開発されている。
もちろんポータブルなのでこれ単体でも使用は可能だが…
安藤が4号外傷室の隅に置かれていたNEO-Xを、処置台横まで持ってきてルナに命令する。
「よし、ルナ、NEO-Xに無線でつないでコントロールお願い」
【ツピ!NEO-Xに接続します 5秒でキャリブレーション 接続完了】
ルナももともとは各種医療機器のIoTを統合するというコンセプトがあった。この時代はほとんどの医療機器は相互で繋げることが可能で、ルナはその中心ですべてをコントロールすることが可能である。
「…では腹部を撮影します じゃあいつもの申し送りをやるわね」安藤が続ける。
「X線撮影のため、妊娠、またはその可能性のある方は申し出てください」
「そのような行為をしなさ過ぎて、そろそろ処女膜が復活しそうです」ヤケになっているのかとんでもないことを高嶺が言い出す。
「ありませン」真面目にヴィルクが答えるが、内心では(<いや…復活はしないよね…ジョークかしら…>)と少し悩んでいる。
「はい、私も同じ」特に感情を入れることなく安藤が締めるが、内心では(高嶺先生なんかヤケになってるなあ…)と同情している。
「ルナ、ユニット方向固定したので直ちに撮影して 線量はオートだけど撮影可能ギリギリまで落としてね 放射線防護ロールはセット済み」
【ツピ! 実効線量25.0μSvでX線撮影します 5秒カウントダウン後ゼロで撮影 警告 医療関係者はさがれ ユニットから1メートル以内には近寄るな ご、よん、さん…】
放射線被曝の危険がある場合、ルナは命令口調で安全を促す。しかしNEO-Xは汎用撮影装置のため、シヴァームのユニットを使う際よりも安全距離が長く取られる。
【ゼロ 撮影終了 空間被曝量0.15μSv/h以下 映像は10秒後に確認可能です】
「オッケー、ルナ」高嶺が次の準備をしつつ答える。




