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サーヴァント・ネスト〜神の気まぐれを打ち破り、死神の鎌を折り続ける人たち  作者: 渡辺金太郎
Case-1x06 「復讐するは我にあり」~ L’homme est un roseau pensant
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1x06 Part 2 / 4

「はー、あんな悪質でも、もう出てこられるっちゅーことですか」安蒜がうんざりしている。

「ええ…現行法ではそうなります…」築城も渋い顔をしている。


「ストーカーで迷惑かけて、脅迫まがいのことまでしておきながら懲役半年とかありえへんわ」

安蒜が以前診た患者で、ストーカーで復縁を迫る男に暴力寸前の仕打ちをされてERに駆け込んできた女性がいた。

その男は接近警告を無視した2度目の逮捕だったため、半年ながらも実刑になり服役している。

話の内容がセンシティブなため、ラウンジの一番隅にあるテーブルを囲んだソファで話をしている。


「まあ、あまりないとは思うのですが…念のためにお知らせしておこうと思いまして…」築城巡査部長はこの事件で犯人を逮捕した成り行き上、この情報を安蒜に知らせに来たというわけである。

「やっぱり法律おかしいですよねえ…まったく…」同じように話を聞いていた高嶺もうんざりしている。高嶺は女性の治療の際に安蒜と一緒に治療している。同席していたもう一人の看護師ガルシアはフィリピンに休暇で里帰り中だ。

「そこは私も思うのですが…私たち警察は法で定められた以上のことはできないのが…重ね重ね申し訳ありません…」


「問題は…彼女を精神的に追い詰めていたという点ですよね」高嶺はコーヒーサーヴァーにコーヒーが無かったので手早くフィルターに挽いたコーヒー豆をちゃっちゃと入れている。

「せやな 法的にアウトな手段をあえて避けている…」まだ午前中だというのに、安蒜は今日3杯目のアッサムのティーバッグを自分のマグカップに入れている。さすがに飲み過ぎちゃうか?とは思っている。


「ですから、これはストーカーというよりは単純に復讐なのではないか…という心配です」

「別れた女に復讐…なるほどな…で、警備を強化してくれるっちゅーのはありがたいのやけど…」

「あー…そうですね…この手の輩の相手は慣れてますからね…はい、どぞー」高嶺がコーヒーを注いだ紙コップを築城に差し出す。

「あ、高嶺先生、いつもありがとうございます」そのままストレートでコーヒーを飲み始める。築城をはじめ翡翠橋警察署の警察官は、聖路都ERのラウンジで出されるコーヒーのファンが多い。なぜおいしいのかはわからないが。


「引きこもりがなんでこんなにアクティブに動けるのかしら…」高嶺が何か思うところがありそうにつぶやく。

「まあ…ストーカーですからね…常識は通用しませんね…法律は甘いですけど」ややうんざりしたように苦笑いして築城が答える。


「せやな まともに話を聞くヤツやったら…こんなことはせえへん」

「話が通用しない…という前提で…警察でも対策を考えます」

「このねーちゃんは今どないしてはるの?」と安蒜が聞くが、

「そこらへんはちょっと…個人情報保護と守秘義務がありますので…申し訳ありません」築城が当たり前のことを答える。


「…まあええわ…復讐なんていうのは割に合わんという事を男が学んでくれればええのやけどな…」

「…でも、これはひとりごとに近いのですけど、彼女はやはり精神的に参って都内各地の診療クリニックをいくつもハシゴしている…可能性はあるかもですね」ぼそっと築城がつぶやく。

「…なるほど、ええひとりごとやね…ちょっとこれ気になるんで、すまん高嶺ちゃん」

「ええー……まあわかりました」やや不満そうに高嶺が答えるが、この内容は自分にもかかってくるかもしれない。安蒜が院内で調べることは必要かもしれないと思っていた。

「なんかあったら呼んでや」



カーテン2号。


「よし、腱まではギリで切れて無いようだな…マコなにやってたんだ?」笹原の左手を診察しながら、塚本が聞く。

「…そうだね、新しい相手を見つけようとしてたよ」

「いやそっちじゃなくてさ、この傷さ」

「ああ…ゴメン哲っちゃん…ちょっとカボチャを切ろうとしててさ…固くてちょっとね」


治療には安藤が同席していたが、なにやら涼しい顔をしている。

「…気まずくなりそうなら、私は外すけど?」

「え、ああ、うーん、とりあえず縫合するので…」塚本も珍しくちょっと気後れしている。

「良かったよ…空気が凍りそうだったから、私も凍っちゃうかと思ったわ」苦笑いしながら安藤が答えている。

「おいおい…マコ、丁寧に縫うから、解けるタイプの糸で中を縫って、それから外を綺麗に縫うようにするぞ」

「うん、わかった 哲っちゃんにまかせるよ」

「じゃあ…4-0のバイクリルと4-0のナイロンでいいかしら………てっちゃん?」意地悪そうな顔で安藤が笑っている。

「うっせーな…そんなこと言うなら今後は朱音あかねって言ってやるからな?」

「あ、それはカンベン」半ば吐き捨てるように言う

「え…哲っちゃん…女の子が良くなったのかい?」

『ちげーよ!』塚本と安藤が同時に答える。


「…んじゃ一番細い針で麻酔するから、ちょっと我慢しろよマコ 安藤ちゃん、30ゲージに1%リドカイン準備……少しメイロンまぜてくれないかな?」

「重曹混ぜるのね?了解」ニヤっとした安藤だが、それは特に問いただすことはしない。


「…結局ボクが振ったように見えるけど…まあ仕方が無いよね…」

「ん?ああ、もうそれは仕方がないさ…」

「哲っちゃんは他に男の子探さないの?」とさりげなく振っている。


何日か前に、遊びでナンパしてラブホでさんざん…とは言えないな…と塚本は思う。

「まあ…俺も今回ちょっといろいろ考えたからね…徐々に探すさ…」と適当にごまかしながら、30ゲージの極細針を使いリドカインを傷の横に打つ。

「…あまり痛くないね」

「そういう薬を混ぜたからな…効き始めたら始めるぞ」

「やっぱり哲っちゃん優しいね」

「ハハッ、もう遅いよマコ」なんだか寂しそうに笑う塚本。

「まあその…別に復讐とかそういうのは全然無いんだよ俺にはな、ただ…」

「ただ…何?」

「いや、単純に残念だっただけだよ…短い時間でも、俺と付き合ってくれてありがとう、マコ」

「…それは僕のセリフだよ…」



スーツ姿のさいがER受付にやってくる。いつものクールな崔とはちょっとちがって、どこか晴れやかだ。


挿絵(By みてみん)


「おはようございます島さん 安藤ちゃんは今日は日勤でしたよね?」

「おおーなんだい崔さん、今日はキメこんでどうしたんだい?」

「ありゃ美里みさとさんお疲れ どうだった?」安藤がやってきて崔に問いかける。どうやら安藤は崔がどこに行っていたのかわかっていたようだ。

ふっと思わせぶりに下をうつむく崔だったが、次の瞬間ににやっと笑いサムアップする。

「!やった!おめでとう!!」握りこぶしを作り、そのあと崔をハグする安藤。


「なんだなんだ、話が見えないんだが…」島がびっくりしている。

「離婚したクソ男…あ、ごめんなさい、その相手が私の分与分の財産を持ち逃げしていたんですけど…今日裁判で強制命令がでたんです!」

「ほほー!そいつはすごい…けどそれ命令されても支払いは確定じゃないのでは?」元外交官の島はさすがに鋭い。

「なので、韓国の裁判所に訴えを起こしたんですよ、私は韓国籍でしたからね」

崔のケースではないが、日本では好景気だったころに東南アジアに現地妻を作り、別れる際に何の保証もしないということが問題となった。当時の外交問題にまで発展し、「離婚した一方の夫婦が外国籍だった場合は、その母国への訴えが正当となる」と判例が出たため、このような崔のようなケースの突破口になった。

もっとも崔の場合は大韓民国・ソウルの地方裁判所に提訴したのであり、また韓国の裁判所は日本の司法機関を通して即時日本国内の差押えをする権限があった。これは相互協定なので、日韓が逆のケースもあった。とにかく、

「このおカネで再び医学部に戻れます!」

「最終年だったよね 美里さんはどこで研修に戻るつもりなの?」

「もちろん…ここです!」

「ひゅー!じゃあドクター崔美里の誕生ね!おめでとう!長かったね!」高嶺も受付前に来ている。

「そこなんですけど、韓国籍に戻ります ですので「さい みさと」ではなく「チェ・ミリ」に戻します」

「!なるほど!それもめでたい…のかな?」島が聞いてみる。

「まあいろいろあるのですが…私のルーツですからね それにこれでクソ男…あ、ごめんなさい、あの男にも復讐できたというわけです」

「かなり痛快な一撃よねえ…」安藤がニヤリとする。

「…復讐…ね…まあそれもいいかもね」高嶺もうなずく。


「おっ…崔ちゃんお疲れ…何そのスーツ?」昼食休憩から戻った野川が受付用の緑の医療者用ジャケットを着ながら話している。

「これは……復讐用の制服です」晴れやかに話す崔だったが、内容は穏やかではない。

「復讐とはおだやかじゃねーな…でもそれは…あーしの大好物だわ…聞かせてみ?」と言うが、その瞬間にディスプレイに救急搬送の情報が出る。

「…あー救急から 外国人の男性が1名、5分後に到着」

「おっと、仕事ね…じゃあまたね崔ちゃん…おっとちがった」高嶺が言い直そうとするが、

「いや、まだ「さい」ですよ高嶺先生」ニッコリと笑いながら崔が答えて、続ける。

「…じゃあ私も…」スーツのジャケットを脱ごうとする崔だったが。

「ちょ、あなたは今日まで休みでしょう?早く帰って休みなさいな 韓国から帰ってきたばかりでしょ?」安藤が慌てて止める。

「まあ仁川から羽田は近いんだけど…でもそうするわ、また明日!」これまでに見たことのないような崔の笑顔に、その場にいた誰もが内心一様に驚いている。



バーンとER入り口のドアが開き、ストレッチャーが入ってくる。

「激しい腹痛のため路上で昏倒していた男性、通行人が119番通報 血圧155の100、心拍100、グラスゴースケールは10」小柄な女性救急隊員、片山がストレッチャーの高さに難儀しながら押しているが、大きくはきはきした声で申し送りをする。

「…外国籍の人ですネ、どこかにIDはあるかしラ?」

「一応日本語はできるみたいなのですが、ちょっとたどたどしいかもしれません」片山が少し困った顔をしている。

「英語……<ここは病院です、どこが痛いか説明できますか?>」ともっとたどたどしい英語で高嶺が問いただす。


患者のズボンのポケットからパスポートが落ちる。

濃紺の表紙に金色の三叉の矛。


「高嶺先生、ユークレイン、ウクライナ、でス」ヴィルクが即答する。

「じゃあスヴェータ、ロシア語で聞ける?」

「い、いエ、私、ウクライナ語できまス」

ヴィルクがパスポートを開く。

オレグ・コンドラチューク

と書いてある。39歳のようだ。


若干固いウクライナ語でヴィルクが患者に聞く。

「<ここは病院です、私は医師のヴィルク、コンドラチュークさん、どこが痛いのですか?>」


「<!?あんたウクライナ人…いや、リトアニア人か?>」

「<いえ、ロシア人です>」

それを聞いて男性は激高する。


「<ふざけんな!誰がロシア人の医者なんかに診てもらうか!このロシアのメスブタめ!>」

最大限の侮蔑表現でヴィルクをなじる。


「えっなに?どうしたの…?」高嶺が心配する。

「この人はロシア人である私に診てもらいたくないそうでス」少し悲しい顔をしてヴィルクが日本語に切り替える。


今度は高嶺が怒る。日本語で。わかりやすいように。

「ええと、この病院は救急病院です したがって医師を選べません それは規則に反しますので認められません」

「し、しかシ…安蒜先生を呼びましょウ」


「ダメですスヴェトラーナ、あなたと私でこの患者は診ます…いいですね?コンドラチュークさん?」毅然と高嶺がヴィルクとコンドラチュークに話す。


「…おそらくなんですが、盲腸だと思います…痛みが移動したということです…それでは、よろしくです!」片山が答えて去っていく。


「<あなたの言いたいことはわかります しかし私にも言いたいことがあります ここは冷静に、まずあなたの治療をさせてください>」

「<くっ…>」

「”Коли горить хата, не час сваритися за дрова"<家が燃えているのに、薪で喧嘩している場合じゃないでしょう?>」ヴィルクがたまたま知っていたウクライナのことわざをコンドラチュークに話す。


「<…それもそうだな…うっ!!!!>」周期的に下腹部から襲ってくる激痛に顔をしかめるコンドラチューク。

「<どうなの?まずみぞおちに圧迫痛があって、それが右の下腹部に降りてきて激痛、ということなのね?>」

「<そ、そうだ…しかし痛みは引いてきた感じがする>」

このセリフにヴィルクは顔色を変える。

「<…わかったわ…これは虫垂炎なんだけど、ちょっと重いから緊急手術します>…高嶺先生、虫垂炎ですガ、虫垂穿孔の恐れありでス!」

「!よしスヴェータ、外傷4号で緊急オペやりましょう 私は虫垂炎切除の経験は何度もある…あなたは?」

「ありまス!問題ありませン!」

「モナちゃん!外傷4号使います!虫垂炎の緊急オペ!シヴァーム、スタンバイ!」

「あーい高嶺せんせーりょうかーい」気の抜けた野川の返事が聞こえるが、対応は確実だ。

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