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サーヴァント・ネスト〜神の気まぐれを打ち破り、死神の鎌を折り続ける人たち  作者: 渡辺金太郎
Case-1x05 「心臓を止めるな!」~ One heart of the Dead
21/26

1x05 Part 3 / 4

【ツピ!現在東京都のドクターヘリは、予算不足による整備不能状態により運用休止中、したがって新幹線による移送となります】


「畜生、なんだってこんな時にヘリが無いんだよ!」塩谷が怒る。

「てゆうか、栃木県のドクターヘリが使えないのはどうして?」佐々木が椅子に座りすぎて疲れたのだろう、よっこいしょとゆっくり立ち上がりながらルナに聞く。

【ツピ!栃木県のドクターヘリは壬生(みぶ)下野(しもつけ)にありますが、こちらは今回それぞれ会津若松といわきのレシピエントに、同じドナーからそれぞれ腎臓と肝臓を届ける予定で既にフライトプランが提出されています】

「…栃木が2機持ってるのに、なんで東京がゼロなんだよまったく…」

「自衛隊にヘルプは頼めないのかしら?南先生が昔いたところとか…」


【航空自衛隊百里(ひゃくり)基地には、対応した機材がありません その他の基地からでは航続距離の問題があります】

「つ、つまり、どのくらいかかるの、状況を知らせてルナ?」酒井がルナに続けて聞く。


【ツピ!20代男性が二輪の交通事故により、13時44分に脳死が宣言されています 栃木県下野市の南野みなみの記念大学病院にて現在摘出中、終わり次第宇都宮駅より東北新幹線を使い東京駅まで輸送、そこからパトカー先導で当院まで おおむね2時間で到着予定です】


「2時間…だと間に合うわね…」少し酒井が安心する。

「もう臓器移植ネットワークからは連絡が行っているそうよ…自宅がある高円寺から準備して出るらしいのでこちらも15時半過ぎにはここに着くわね」中央線では高円寺の隣、中野に住んでいる佐々木が容易に時間計算する。

この時代の日本では臓器移植は大幅に規制緩和されており、従来の意思決定プロセスは劇的に短縮されている。

それでも日本は国土が狭いわけではなく、険しい山岳地帯も多いため、ドクターヘリによる臓器の輸送は欠かせないものとして認識されている。かつては制約の多かった航空法もドクターヘリに関してはやや緩和され、フライトプラン外の市街地着陸も認められている。


「警察は翡翠橋警察署からパトカーが先導するとのこと…大丈夫だろう、間に合うよ理乃ちゃん」塩谷がさらに元気付けるように酒井につぶやく。


酒井が自分のAppleWatchを見る。


13時55分。



外傷2号は北条とオニールが対応している。


女児は「わたしのせいだ…わたしのせいだ…」と繰り返しつぶやいて今にも泣きそうだ。しかしそれを引き続きオニールが優しく否定する。

「そんなこと言っちゃだめだよベイビー、キミのせいなんかじゃないさ 怪我した子たちもみんな他の先生たちや看護師さんが治療している」

「…そうなの?誰も死なない?」

「死ぬなんてとんでもない!ここは世界最強の救急病院なんだ 誰もそんなひどいことにはならないさ」

「…ホント?」


「本当さ ボクの国のスコットランドでは「嘘には足が無い」(A lie has nae legs)ということわざがあるんだ」

「すこっとらんど…?」

「ああ、イギリスの北の方さ イギリスには実は4つの国があってね、スコットランドはその中で最も優れた…」と言いかけたところで北条から軽く足を蹴られ、ひそひそと英語でなじられる。

「<ちょっとビル!そんなこと小学生に言ってもわかんないでしょ!>」

「<あーそうだった、わかったよ すまないね結衣>」ウィンクしながら北条に謝るオニールだったが…

「<呼び捨てすんな!>」北条は結構本気で怒っている。


挿絵(By みてみん)


「…?」女児が不思議そうな顔をする。

「あ、そうそう、嘘には足が無いんだ 足が無い、つまり遠くまで行けないからいずればれるということさ だからボクは嘘なんかつかない」オニールが爽やかに広がる笑顔を女児に向ける。

「よしビル、22ゲージでルート取ったから、生食を少し早めに入れましょう これで十分落ち着くと思う」

「そうだね…ルナ、生食を37.5℃に温めて500を少し早めに入れよう」

【ツピ!了解しましたオニール先生 37.5℃の生理食塩水を500ml、通常より25%早めに投与】


「あとはあの…でっかいわけわかんないもの…あれをよそに持ってくからね、もう心配しなくていいわよ」北条が重ねて女児に優しく言う。

「うん…ありがとう…イケメン先生にお姉さん先生、かっこいいね!すてき!」女児が落ち着き始めたのか、笑顔で話してくる。

「いやーそれほどでもー」クレしんの台詞をマネするオニール。

しかし北条が呆れて言う。

「…それ、あんまりいいものじゃないのよ…」

「!?またプラミィのヤツ…ボクをだましたんだな!」

「あーやっぱプラミーか…」

プラミー…チェンは日本語を日本のアニメと漫画「だけ」でほぼ完璧に習得した強者だ。

「その前は安蒜あんびる先生が「俺のこの手が真っ赤に燃える!って言ってみ?」とか言われて使ったら、ボスに爆笑されたんだぞ!」

「ビルがイケメンムーヴするから、面白いんでしょうね」プッと吹きだす北条。かなり失礼だが、元ネタはまったくわからない。

そして女児が声を上げて笑い始める。どうやら回復し始めたようだ。

「よし、ここは私が看ているから、ビルは4号に行って」北条がオニールに指示を出す。

「イエス、マム! じゃあねベイビーちゃん、またあとでね」



「それで、実験したくてあのでっかいものをカエルの横に置いたと…あのあんまり言いたくないんですけど…バカですか?」

呆れて横田がつい本音を言ってしまう。


「バカとは何だ地方公務員の分際で!私は私立小学校の理科の専門教師だぞ?それをなんだバカとは!」神経質そうな教師が横田に抗議する。

「あーでもですね、カエルの解剖ってだけでも十分センシティブなのに、わざわざ豚の心臓を買ってきて小5に見せるとか…」

「それに電極を刺して電気を流して、少しでも心筋が動けば…カエルじゃわからないダイナミズムだ!」

マッドサイエンティストの相手にいい加減疲れてきた横田は、適当に「じゃああとは署で聞きますねー」と返す。


そこに朴がやって来る。

「お疲れーっす横田刑事ー どうかしたんすか?」

「ぱくちゃーん、私は生活安全課だから刑事じゃないって言ってるでしょう?」

「そんなこといってもわかんないっすよ…横田巡査部長…っていえばいいんすか?それともなおちゃーん、すか?」

「…なんかムカつくわそれ…あーもういいよ刑事で…それでぱくちゃん、学校には何て言ったの?」その言葉に教師がビクッと反応する。

「わざわざ新大久保のコリアンタウンでデジ(豚)のシムジャン(心臓)買ってきて、食べるんじゃなくて実験で生徒に見せたら事故につながった…とそのままっすね」

「まあ…ろくでもないわよね…あくまで事情聴取ですけど…これ校長とか理事長とか怒られるだけじゃすまないんじゃないですかね?」横田が公務員の分際で…といわれたことを根に持っているようだ。

「そっ…それだけは…なんとか…」泣きそうになる教師だったが、横田はもう聞く耳を持たない。

「いや、それよりもっすね、食材になってる豚がかわいそうっすよ 食べるだけでもかわいそうなのに、実験とかありえないっす」朴がド正論で殴りにかかる。

「そうそう、食べ物は感謝していただくものですよぉ?そんなのもわからないんですか?あ?」いつも通り「あ」に殺意がこもる横田。

「そうっす、心臓はたいせつなものなんすよ おもちゃにするのはもってのほかっす」


パトカーに乗せられ翡翠橋署に連行される教師。それを見つめる朴と横田。

「……ったく…あんなのが『教育』ねえ ぱくちゃん、お疲れさま」

横田が深く溜息をつき、今時珍しい手書きの手帳をスカジャンの内ポケットにしまい込む。

「お疲れっすー でも横田刑事、今の話、笑えないっすよ」

朴が珍しく、とっぽい笑みを消して受付にあるモニタを見上げる。

「心臓は…あのアキオくんも、2号の子も、みんな自分の心臓の鼓動で生きてるっす 大事なものっすよ それを冒涜するのは…俺たちの国の言葉で言えば『インガン・アニムニダ(人間じゃない)』っす」


そのモニタに[VAD RECIPIENT'S INSTRUMENT ACCIDENT]と赤文字で表示される。

横田が「…ぱくちゃん、なにこれ?」とつぶやく。

慄然として朴が答える。「一つの心臓が…一つしかない心臓が…止まるっす」

(<なんてこった!マジでこんなことが起こるとは…>)



30分ほど前。

外傷4号。

「ルナあ、ディープスキャナを使って熱傷範囲を深々度スキャンしましょー シヴァームてんかーい」

【ツピ!了解しました福岡先生、シヴァームにディープスキャナを装着 展開まで10秒】


並行してオニールがアルコール爆発による熱気吸入がないかをチェックする。

ペンライトで鼻孔を照らし、口を木製の舌圧子で開けながら確認する…どうやら問題ないようだ。

「鼻毛は焦げてない、口腔内にすすもない… よし、ライン確保します」オニールが18ゲージを握り、ほんの少しだけ考える。

「やっぱり16ゲージで行きます福岡先生」

「ええー、そんな太いの大丈夫かなあビルくん?」

「正中皮静脈を使うので問題ないです…それより大量輸液できる保険が欲しい」

「そうねぇ、よし、がんがん入れちゃおう!」

「イエス、マム」任せろと言わんばかりにニヤリと笑うオニール。

ライン確保のために16ゲージという極太のゲージを使うが、オニールはそのくらいではビビることは無い。しかし患者は別だ。


「ちょ…そんなものを刺すの?やだやだ怖い!」あまりしゃべらずに我慢していた女児が、16ゲージのニードルにおびえる。

「大丈夫さベイビー ちょっとあっちの大きな画面見てようか?<ルナ、点滴ラインの解説を簡略化されたモデル図を出してくれ、11歳向けだ>」女児にはわからないように英語でルナに指示を出す。

【ツピ!<了解しましたオニール先生 モデル図は瞬時に生成できます>】


「福岡先生、サブ画面でスキャナ結果見られますか?このレディにはわかりやすい説明の図が必要だ」

「はーいりょうかーい やっちゃってー」


突然ルナがこども向け番組のナレーションのような…しかも小学校高学年向けの絶妙に柔らかい口調になる。


【はい、こちらをみてみましょう 点滴は、注射と同じようなものですが、より短い時間で、痛い思いをすることなく、何度も注射と同じようなことができるのです そして…】


女児は珍しい映像と柔らかいお姉さんの口調に興味を奪われている。映像では著作権的にかなり問題のありそうなハリウッドアニメのキャラクターが動いている。

いや、それルナちょっとアウトじゃね?と思いつつも、その短い間にオニールはあっという間にラインを確保する。


「<よし固定完了、ルナ、適当なところでエンディングにしちゃってくれ カーテンコールはいらない>」

【つまり ツピ! よくわかったかな?何も怖いことなどありません ほら見て、もう終わっていますよ!】


「えっ…?あっ本当だ!すごい!全然痛くなかった!」

「だろ?ボクは名人なんだ サッカー女子日本代表の志由梨枝こころゆりえと同じくらい正確なんだよ」

「ゆりえっち!私大好き!こないだのワールドカップでもイングランド相手にすごいフリーキック入れたよね!」

後半アディショナルタイム、同点の場面でイングランドを一発で沈めた志のフリーキックは「蹴った瞬間にそれとわかるピンポイントシュート」と世界中で絶賛された…が、それはまた別の話だ。

「そうだねえーイングランドなんか目じゃないさ!」スコットランド人のオニールが大人げなく声を高くする。


「んー、なんでサッカー好きってわかったのビルくん?」

「このレディが着ているのは、私たちの女子スコットランド代表が世界を制覇したときのユニフォームのアレンジ版だ アメリカ相手に苦戦したファイナルだったが、2点差をひっくり返して逆転したのさ」

「おっ…おう…」全くスポーツがわからない福岡は同意するしかなかった。


「ゆりえっちか…ボクも好きさ…」ニヤっとしながら言うオニールのふとももを、結構強く蹴る福岡。

「Ouch!何するんですかマム…」

「今の言い方はレッドカードよねえ」何かを察した福岡がペナルティキックを決める。

「やれやれ…今日はマッセルバラの競走馬並みに蹴られる日だ」



受付。

「救急車で搬入?なんで??」北条がびっくりして酒井に聞く。

「VADが誤作動して心不全になりつつある…らしいです」酒井が気落ちして答える。

「そんな簡単に誤動作するわけないでしょ…なんなの一体?」南がつぶやく。

「そんなの!私にもわかりませんよ!」酒井が声を荒げる。

「…まあとにかく…搬入されたらベストを尽くして時間を稼ぐしかない…ルナ、外傷4号を開けてECMOをスタンバイさせよ」

【ツピ!現在外傷4号は福岡先生とオニール先生が使用中です】


「あー、それは話を付けている 熱傷のモデル図が1号でも使えるように支援されたし」

【ツピ!了解です】



「というわけなんだ、ちょっと場所を移動するけど何も心配いらないよベイビー」オニールが女児に向けて優しく話す。

「うん、わかった!大丈夫だよ私は!」


「こういう時にはシヴァームが別の外傷でも欲しいわよねえ…ねえルナ?」

【ツピ!予算権限は私の解析範疇外です しかしながら現在まで得られたAR情報に関しては、1号でも引き継がれますのでご安心ください】



「…なるほど、ハイ了解です…ドクターに伝えます」電話を切る塩谷。

「どうやら…静電気が原因でVADが誤作動したみたいですね…」

「っ…!今朝話したばかりだったのに…!」悔しがる酒井。

「ルナ、VADのログって見られるかな」北条が思いついてルナに命令する。

【ツピ!私たちはTier-2につきプライヴァシーに関わる部分は確認できませんが、おおむね確認可能です】


「よし、じゃあ異常になる時刻をTとして、Tプラスマイナス30秒でグラフと数値で出してちょうだい」

1分のログなら確認できる、と北条が判断する。


グラフがプロットされて表示される。Tの時間軸に赤い縦線がある。その直前に急激に上に伸びる線がある。

サージ電圧の値が、Tの0.1秒ほど前に急激に上がっている。


「なるほど…やはり静電気だが…なんだこの数値?15kVの線を軽く超えている」南が驚く。

「1万5000ボルト…ってことですかボス?」酒井が目を見張りディスプレイを凝視しながら南に聞く。

「ああ…だからこれは典型的な静電気放電による回路破壊(ESD)ね…気を付けていてもESDは出る」


「だから!出ないようにするのが機械の役割じゃないんですか?」酒井は完全に怒っている。もちろん南相手に怒っても仕方がないことだ。


(南先生、すいません、なんか我慢できないんです、すいません…)


と心のどこかで酒井は謝りながらも、感情の波が抑えられなくなっている。


「酒井先生、ちょっと落ち着きましょう…もう起こってしまったことは仕方がない…」北条がなだめるように言う。

「そうだ…だからECMOで出来る限り時間を稼ぐんだ」南もなだめる。もちろん酒井の暴言は気にもしていない。

「あと…上で待ってる移植チームから誰でもいい、一人引きずり出してくるんだ どっちにしろECMOは使うだろう…」

「来ますかね…南先生?」塩谷が渋い顔をしている。

「…テジョンなら来るかな…後の奴らは移植待ちだからもう無菌状態のオペ室にいるからね…頼むわね塩ちゃん」


「…心臓を止めるな」酒井が決意してつぶやく。

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