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サーヴァント・ネスト〜神の気まぐれを打ち破り、死神の鎌を折り続ける人たち  作者: 渡辺金太郎
Case-1x05 「心臓を止めるな!」~ One heart of the Dead
19/26

1x05 Part 1 / 4

(…え…は…??)

酒井(さかい)は自分の目の前で、自分がセックスしている光景を見ている。

見ているというよりは、自分という存在をやや俯瞰して意識しているという感じだ。

(…私がセックスしている…やった!久しぶり!……じゃない!相手は誰なの??)


ベッドの上で全裸で後ろ向きにさせられる酒井。

その相手から腰を両手で後ろから掴まれる。

相手は自分の視界から見えない。


(…なんというエロいポーズ…!こんなの私じゃない…いや…私かこれ…)


酒井にはとにかく気になることがある。


(相手…相手は誰なのよこれ!まさか大昔の初めての男じゃないでしょうね、あれは最悪だったから…もうゴメンよ!)


『…いいですよ…今日は中で…』とのっぴきならないことを自分が言っている。


(いやいやいやいや!ダメだろ私!何言ってるのよ!)


自分に全力でツッコミを入れるが、目の前の夢は普通に進行していく。


一気に後ろから貫かれる。感覚はまったくない。ぬるりと入ってくる。

目の前の自分が、明らかに自分の声でつややかな声を上げる。


『あっ……みなみせんせええ…


えええ…!」

大きな声を上げて酒井が起きる。


…?

…!


(……なんという夢…!(みなみ)先生が相手とか……マジであり得ない…しかもバッ……からとか…なんてエッチな…っていやいやそこじゃない!)

酒井は起き上がり、ベッドに座って呆然としている。


(それに「中で」ってなんだよ…!なにを中に……っていやいやそこでもない!)


酒井は南を尊敬していたが、それは恋愛対象としてではなく、純粋に圧倒的な医療技術を持つ先輩医師としての尊敬だ。

酒井はなんとなく南がレズビアンなのかもとは思っていたが、確証は持てない。特に自分に変なことをしているわけでもない。

まさかこんなことになるという想定や期待は微塵もしていない…はず。


挿絵(By みてみん)


酒井は困惑するしかない。

(……何だったんだ…この夢…おっ…女の人同士で…せ、せ、せ、セックス…って…私は向こう側の人だったのか…)



聖路都(せいろと)国際病院ER受付。


「まあ大変だったんだけど…こうして帰ってこられたから良しとするかなあと」いい感じに日焼けしているオニールが、マグカップで紅茶を飲みながら受付の佐々木(ささき)本宮(もとみや)に話しかける。

「そうよねえ…マグニチュード9.2で国土が文字通り壊滅した…というのはニュースでやってたわよ」来週臨月を迎える佐々木が、大きなおなかをさすりながらオニールと話す。

「私の勤務初日にビル先生はカリブに行ったのでしたよね」本宮がペットボトルの水を飲みながら話す。

「ん?ああそうだね…確か時間が無くて、挨拶代わりのお菓子だけはあげたよね よく覚えていたね、偉いね」オニールが自然と甘い口調で褒め始める。

梨沙(りさ)ちゃんはめちゃくちゃ記憶力がいいのよねー助かると思うわよー」

「うちのボスも記憶力だけはいいんだけどな…あれ?そういえば彼女と今日は理乃(りの)ちゃんだっけか」周りを見渡してオニールがつぶやく。

「そうそう、HALOから3人入るというのは珍しい日かもしれないわねー」よっこらせ…と声に出して佐々木が妊婦用に改良された椅子に座る。


「…」


ほんの少ししか会っていなかったオニールをチラ見しつつ、本宮が解析モードに入る。


(…この人…私の「ゲイセンサー」に引っかかるわ…「お客さん」のお姉さん言ってたけど、やはりLGBTの人間同士には感じるセンサーはあるのね…)


「…さちゃん、梨沙ちゃん、おーい?」佐々木が本宮の目の前で手をひらひらさせている。

「…はっ!あっ、はい!すいません!」少し眠そうな顔をしていた本宮だったので、佐々木が続けて尋ねる。

「なんか…眠そうだな?夜勤大変だったかい?」

「夜勤は慣れてきたんですけど…ちょっと前の日が忙しくて…えへへ…」と本宮はごまかす。

(本当は前の日にめちゃくちゃエッチがうまい「お姉さん」に出勤時間ギリギリまで…なんて言えるわけがない!!)



「<おおービルーお帰り>」南が日勤に出勤してくる。

「<やあボス、相変わらずしけた顔してるね>」南とオニールは英語で喋っている。

「<うるせーよ、これは生まれつき……でもないね…>」南が額の傷を触りながら答える。

普段は前髪で隠れていてあまり見えないが、南の額にはかなり大きな傷跡がある。


二人で並んでラウンジに入っていく。

「<それでボス、カリブ海某国の話はレポートした通りなんだが…>」思い出したようにオニールが南に聞く。

「<ああ、読んだんだけど、これマジなの?犠牲者数>」その内容を思い出した南が顔をしかめる。

聖路都国際病院に派遣されているHALO組は、1年間にそれぞれ2か月程度の「待機期間」が設定されている。

その待機期間は通常はシフトに入り聖路都で勤務するが、その間に世界で大災害が起こりHALOが緊急援助隊を編成した際には、聖路都のシフトはすべて破棄されて一定期間災害地に派遣されることになっている。

オニールは今回カリブ海某国で起こった巨大地震の支援に行っていたが、あまりの治安の悪化に国際機関が組織的に襲われるという事件も発生していた。

各国は国連憲章外で国連軍を臨時編成し、ギャングがはびこる地域をドローンや重火器まで使いまとめて掃討した…という情報もある。


「<んー一桁間違ったかも>」

「<二桁だったって事?>」

「<いや、そっちじゃない>」指を上に向けながらオニールが苦笑いする。

「<マジか…地震で30万人、暴動鎮圧で1000人超、PKOに戦死者50名…無茶苦茶だね…>」

「<前回の地震の時にPKOをはじめとする国連機関は嫌われただろ?だから今回も敵意むき出しでね…>」肩をすくめるオニール。

「<まあ…仕方ないね…食料品や医薬品の代わりにセックスさせろ…なんてのはそりゃ嫌われるわ>」同じように肩をすくめる南。

「<HALOがいるあたりは比較的安全だったけどね… WRO(世界難民機構)やUCF(児童基金連合)がいたあたりはひどかったらしい…20人ほど犠牲者が出ている>」

「<あー…そりゃさすがに気の毒だね…>」

「<どっちにしたって、俺がレイプされてもいいって話じゃないからね それは俺が撃ち殺す>」ドヤ顔で言うオニール。

「<…男をレイプって…まあありえるけど…>」

「<そうさ、こういうのも男女同権…なんだぜボス?>」

「<そりゃそうだけど…あんまそういうのは言わない方がいいよ?>」

「<空気を読まないボスがそういうのなら…まあやめとくよ 幸か不幸か…今回持っていった銃は使わなかったし>」

「<HALO支給のグロック19が一丁あってもね…民兵崩れが持ってるアサルトライフルの前では…ちょっとね>」苦笑いする南。

「<ハハ、グロックの9mmじゃな!>」顔をしかめながらオニールがウィンクする。


挿絵(By みてみん)


「あら、ビルー!元気で帰ってこれたわね!」北条(ほうじょう)がラウンジにやって来る。オニールとフィストバンプする。

「どうも北条先生、まあ何とか手と足は付いてるね!」手をひらひらさせてオニールが答える。

「ビルくーん、元気にしてたぁ?」北条と一緒にラウンジに入ってきた福岡(ふくおか)がサムアップする。

「山口先生…じゃないんだよな今は おめでとう福岡先生」ニヤリとオニールが笑う。

「いやーありがとうねービルくうーん!これで晴れて自由の身よおー」とにんまりしながら答える福岡。

オニールがカリブ海某国に行っている間に、福岡は離婚が成立して一人娘の親権を獲得している。


バーン!とラウンジの扉が開く。酒井が出勤してきた。

「っはようございまーす!みなさ……ん…」南を見かけて一気にテンションが下がる酒井。

「おはよう酒井、遅番なのに早いね」

「そそそうなんです!私が看た患者が上から一時退院するので…ちょっと様子を見に…」なんだかもじもじしている酒井。

酒井の頭の中では、今日の朝に見た夢のことを思い出しているので、なかなか南のほうを見ることができない。

ええーい、乙女かよ!と思ってしまう。

「誰だっけ…ああーあの心臓移植待ちの子ね」

こどもの頃から心臓に疾患があり、VAD(補助人工心臓)を使いながら生活し入退院を繰り返している子を南が思い出す。

「ああ、早苗(さなえ)ちゃんね 広野(ひろの)早苗…だっけ」コーヒーサーヴァーからコーヒーを入れながら北条が言う。

「ですね…今回は心臓移植の名簿トップに入っているので…期待できますね」酒井が意図的に、しかしバレないようにさりげなく南から目線をそらす。

「VADは…大変だよな…生活に相当支障は出る」オニールが目を伏せながら答える。

「でも心臓が移植されれば、ほぼ完璧に事態は好転するはずね…」

「そうだね…ほら酒井、そろそろ退院時間になるんじゃない?」南がふっと酒井に視線をやる。


『ああっ!みなみせんせえええ!』夢がフラッシュバックして赤面する酒井。

「そそそそうですね、そろそろ行きますね上へ!」そそくさとラウンジを出ていく。


「…なんか…体調悪いのかな」南が不思議がる。

「…あのさボスさ、そういうところやぞ」わざと日本語のネットミームで南をなじるオニール。

「そうよぉ真琴先生、女性には月1回、そういうことがあるというのはあなた自身もご存じのはずよねぇ?」

「まったくよ……女性のパートナーがいたというのにそんなことも気が付かな…」と言いかけたところで北条がハッとする。すごく後味が悪い。

「ご…ごめんなさい南先生…気を悪くしないでね……うん、真琴さん、本当にごめん…」素直に北条は謝る。

「いや、気を使われる方が困るよ…首から「私はLGBTでパートナーの女と死別しました」なんて札は掛けてはいないから」少し寂しそうに南は笑う。

「あとまあもう一つ…生理がめちゃくちゃ軽いのよ、私」北条に気を使ってか軽く話を南は〆る。


ラウンジの扉が開く。受付の塩谷(しおたに)がやってくる。


挿絵(By みてみん)


「おのおのがた、そろそろリングに上がりましょうか…いろいろやってきますぜ?」だらだらラウンジでだべっている医師達に少し呆れて塩谷が呼びに来たのだ。

塩谷は体格は極めて大きいが温和な性格で誰からも好かれているが、彼がアマチュアレスラーで、しかもアマチュア最強クラスの悪役レスラーという事は誰もが知っている。「最強」というより「最凶」「最狂」という方が正しいかもしれない。

そんな雰囲気なので、塩谷が普通に喋ってても圧はかかってくるように感じる。

「ひゃあーたいへーん!じゃあお仕事お仕事ー」茶化すように福岡がソファから立ち上がる。

「じゃあ、私はお先に失礼しまーす でわでわ」眠い目を擦るようにしてラウンジから出ていくのは本宮だ。

「はーい、お疲れ様」「おつかれちゃんねぇー梨沙ちゃあん」「お疲れ、梨沙ちゃん」おのおのがねぎらいの言葉を本宮にかけるが、オニールだけは違った。


「夜勤お疲れ様…ゆっくりお休み いい夢を見るんだよベイビー」


(なっ…このひとイケメンムーヴが強すぎる…!)たじたじになる本宮。


「ビル…お前さんそういうとこだぞ」さっきのお返しとばかりに南がオニールを揶揄する。

「ん…そういうところとは?」涼しい顔でオニールが問いただす。

「イケメンムーヴは毒にも薬にもなる…ということかしらぁ?」やれやれという感じで福岡がラウンジを後にする。



(まったくなんということ!こんなに夢で心が乱されるとは!…そ、そうよ、PMS(月経前症候群)に違いないわ!そろそろ生理だし!)

…と、酒井は今朝見たありえない淫夢をPMSのせいにしたかった。

しかし酒井も生理がとても軽いほうなので、いままでPMSというものは婦人科の教科書でしかお目にかかったことが無かった。

たぶんPMSのせいでは無い。

それを酒井はわかってはいるのだが、あえて事実を無視してエレヴェータに向かう。


「あれ理乃ちゃん先生、上に行くの?」看護師副長の安藤が補充用の点滴バッグを抱えたまま酒井を見つけてあいさつする。安藤は早番だったようだ。


挿絵(By みてみん)


「あっ、そうなんですよ安藤さん!心臓移植待ちの子が循環器科から一時退院するので、ちょっと見に行こうかと」

「あー誰だっけ…ああ、あの担ぎ込まれてきた子ね 理乃ちゃんが最初にERで診たから」

「そうです、なので一応主治医という扱いですね…心臓移植は大変ですね…」酒井がつぶやく。

「そうね…VAD使ってるって話よね…ちょっとハタチ前の子には酷よね」安藤も同様につぶやくように答えるが、年齢は30ぎりぎりでまだ若いが様々な患者を見てきた安藤にとっては、そこまで悲劇的という風には感じない。なにより、心臓はまだ動いている。安藤はそう感じている。

ERの連中は守秘義務もあるが、基本的にみんな口は堅い。その中でも安藤は聖路都でもっとも口が堅いだろうと酒井は考えていた。


なので、

「…あ、あのですね安藤さん」

「うん、なに?」

「その…夢で…その…せっくs…いえ、性的な夢を見るという事は…ありますか?」

「…はあ?なにそれ?」口をポカーンと開ける安藤。

(セックスって言いかけたわね…朝っぱらからやるわね理乃ちゃん)

「いっいえ、その……」


「…正直に言いな エロい夢を見たのね?」元ヤンの安藤のツッコミはとても厳しく、いつも核心を最短距離で抉って来る。

「ええ…その…はい」顔を少し赤くして酒井が俯く。

「なんかどっかの本で読んだんだけどね、夢は自分の考えていることをそのまま表現しているわけではないらしいのよ」

「え…そうなんですか?」

「なんでも…思ってもないことを夢に出すことによって、こころのバランスを保っている…らしい」

「なるほど…なんか安心しました!相手が相手だったので!」ぱあっとひまわりのような笑顔を浮かべる酒井。

相手が誰かは消去法で行くと想像できる可能性がある…病院の中の人物だ。想像できるのは限られるメンバーしかいない。だからこそ具体的に誰かということを考えそうで気分が萎えそうだったので、安藤はそれ以上聞かないことにした。


「そんな気が全く無くても、例えば…会っている時間が多い人間の相手を夢が出すことはある…らしい」推論しか言わない安藤。そしてその情報源は、

「安藤さん、それどこで読んだんですか?私も買ってみよう」


「ニコラ」よどみなくサラッと言う安藤。


「ニコラ」復唱する酒井。


「うん あおいが…娘が読んでるヤツ 盗み読みしてしまったぜ」てへぺろしながら安藤が言う。

「……ティーン雑誌…ですか…」

「んー?理乃ちゃんにお似合いとは言ってないわよ?」ニヤリとする安藤。

「っ……!私階段で行きます!」たたっとこの場を逃げる酒井。


「え…いや、循環器科は6階なんだけど…」まあいいかと思い仕事に戻る安藤。

(私は…うーん…私はなあ…もうちょっと時間置こう…しばらくはエロはいいや…)



ふぅ、ふぅ、ぐはっ…(さ、さすがに6階を階段で昇るのは…ちょっと…)

心臓がバクバクいっている酒井。


(…この心臓…これが止まると当然だけど…人は死ぬのね…)

今日は起き抜けから心臓がおかしな音を立てている。しかしそれは想像を絶するエロい夢を見たという心理的、もしくは1階から6階まで階段で昇るという運動的な作用によるものであって、病気によるものではない。


酒井は一人考えながら循環器病棟を歩く。ERとは違い落ち着いた空気が流れている。心を落ち着かせるかのようにごく薄い緑の壁が酒井を包み込む。

しかし、ここでも生命が失われていることに変わりはない。もっとも、循環器病棟ならここから生きて退院することはできる。

ただ…VADを使い延命しつつ、その間に心臓が移植できなかったりすると、待っているものは速やかな死しかない。

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