Appendix 01「陶片追放」 ~ Just shy of a ten
「いやー夜勤明けに申し訳ないですねー南先生」大して申し訳もなさそうに北条が言う。
「…お前さ、ホントに悪いと思ってる?夜勤明けで早く帰りたいのに、キミら聖路都ERのドクターたちの評定作業に私を入れるとかさ…」かなり眠そうに南が愚痴る。
「いやーすまんのう南、これ公平さをキープするための手順やかい、堪忍してくれや」安蒜も苦笑しながら言う。
「いや…HALOと聖路都との協定があるからそれはわかるんだけどさ、何も夜勤明けに設定しなくていいだろ…昨晩は大変だったんだぞ…」明らかに疲れている感のある南。
「じゃーはい、いつも通りに手順から話しますねー」南の愚痴はあえて無視して北条が話を進める。
「ルナ、ドクター評定会議を行います 外傷2号はクローズ、プライベートモード ここから先の録画とモニタは禁止します」
【ツピ!了解しました ER部長北条結衣先生の命令により、外傷2号を閉鎖 プライベートモード オン ここから先は録画とモニタを行いません】
ルナのマイクとカメラのパイロットランプがすべて消える。
北条が丁寧に椅子の一つを引き寄せて、日本茶のペットボトルとタブレットを持って座る。
安蒜はやや乱暴に椅子を引き寄せ、紅茶を入れた自分のマイカップを持って座る。
南も中身がほとんど入っていないコーヒーのマグカップを持って、とりあえず椅子の一つに座る。
「えー、はいそれでは始めます このER部長と診療副部長のERドクター評定作業は、前期研修医から上のすべてのドクターの評定についてまとめるものです 助言をHALO都市部臨床プロジェクトの日本のディレクターにもいただきます ではいつも通り五十音順で…」北条がすらすらと読み上げる。
「…もう聞き飽きたよそれ…」
実に協力的である。
「サラ・アルサウード」
「んー、前期研修医やもんな、手技はまあまあといったところや」
「知識は割と豊富だけどね」
「管理が一番気にしてた宗教上の問題も無さそうよね」
「せやな…こないだ俺がヘパリン使うてくれってサラちゃんにお願いしたんやけど…」
「あー…ヘパリンは豚由来だもんね」
「別に普通に使うてたで」
「じゃあ、宗教上も問題なし…と…これ持って管理の眉間を叩き割りたいわ」
「部長…普通に落ち着きや」
「私もこの段階では何の問題も無いと思う 宗教どうのと言ってる時代遅れは放置しとこう」
「まあ…いい子よね 礼儀正しいし、ここでは一番の優等生かもしれないわ」
「…それは同意なんだけど…ただちょっと…」
「ちょっと?なんや南?」
「たまーに男性の陰茎を見て固まってることがあるわ」
「…まあそれは慣れるわよ…」
「…部長もそうやったんか?」
「安蒜先生、今のはレッドカードかもですよ?」
「安蒜…あんた…」
「えっ、いやいやいやいや!そういうつもりちゃうねんて!ただ女性としてどうかなと思っただけや…ホンマかなわんなあ」
「…そろそろ後期レジデンシーの話をしようと思ってたんですが…では問題ありませんね?」
「本人がええっちゅーなら、ええんちゃうかな」
「私も安蒜に賛成」
「んじゃ…アルサウード先生は〇…っと…これドバイの大学にも送るね」
「あードバイの大学はなんて言ってるのかな」
「『熱意に溢れたいい学生です ぜひともお宅の病院で引き続き……』っていつも通りね」
「見事なテンプレやん」
「今度アラビア語で書いてこいって言ってみなよ結衣 私が翻訳するよ」
「わかったわ、言ってみる」
タブレットの画面をめくる北条。特にメモは取らないみたいだ。
「じゃあ次、西園寺玲」
「著しく伸びたな ちゅーてもワシが来た時にはもう結構できてたで」
「ちょっと判断が雑なことがありますよね…」
「そうはいっても西園寺は35だっけ?結衣の5年前も大して変わんなかったよ?」
「なっ……それを言われると弱いわね…」
「判断力は歳を取れば自然に出てくるで…心配はいらんのんちゃうか?」
「だと良いのですが…西園寺先生は管理から特別に扱えっていつも言われているんですよ…」
「あー御曹司だもんね」
「なんか薬剤とか機材とか安く買えるんか?」
「いえそれは別に…それをやるとコンプラが黙っちゃいません」
「じゃあ…まあ普通でええのんちゃうか」
「西園寺も昔は「これは僕の実家の医療機器ですよ!」とか言ってたけど、最近は言わなくなったもんね」
「まあ…彼にも思うところがありそうやな」
「…そうだね」
「何よ?ハッキリ言いなさいよ」
「…この中で次は自主的に誰が辞めるか、ともし問われたら、私は西園寺と答える」
「せやな」
「っ…!何かあるの?不満とか?」
「んー不満…ちゅうか…」
「なんかさ…見てる未来が違うような気がするんだよね」
「…未来…?」
「そう…このままやったら…まあ順調にER部長か診療副部長や でもそういうキャリアパスは考えとらんのやろうな…と思うことがある」
「こないだルナにコマンド入れながら「なんでこぎゃんとば通さないかんとかいね こっじゃなかばい」ってつぶやいてた」
「いや何言ってるのかわかんないわ」
「要するに、聖路都の環境ではホンマの意味で人を救うことはできへんのちゃうか、と思ってる節があるという事や」
「ただまあ…これは西園寺自身が自分で出す答えだ キミらにも、もちろん私にも言う権利はない」
「なるほどね…まあそれは置いといて…西園寺先生も〇…と」
「じゃあ次、眞山直樹」
「相変わらず堅実な手技と知識やな 安心感がある」
「そうだね、あんまりビビんないもんね 肝が据わってる」
「彼はスタッフドクター2年目に入るから、ちょっとサラリーが上がるはずです」
「うらやましいな…HALOは頑張ってもサラリー上がんないぞ」
「知らんがな」
「彼の場合は…やっぱり生活が手一杯でその防衛が…というのはあるかもしれないのよね だからサラリーは頑張っている分だけ上げたいわね」
「結局…甘い言葉よりカネだわ」
「いや南…キミ言い方…関西人よりカネにうるさいってあるんかい」
「私は奨学金はもらわなかったし、学費も結局うやむやで免除になったから、どれだけ奨学金の返済がきついかはわかんないのよね…」
「ワシはまあ…恵まれてたからな…ありがたいこっちゃ」
「私は学費の代わりに9年間も北海道の僻地で奉仕したけどね…まあ仕方がないわ」
「彼は私立やったっけ」
「三田記念医大ですね」
「よりによって一番高いところだなあ……」
「学校のブランドのせいかどうかはわからないけど…まあ患者からは好かれるわよね」
「イケメンやしな」
「育てている姪もいるしね…あれが眞山の前進する原動力かもしれない」
「…と言うと?」
「………人は守るものがあると強いのよ…結衣も離婚したらわかるぞ…」
「………ああ……せやな……部長も離婚したらわかるで…」
「あーなんか…地雷を…じ、じゃあ眞山先生はOKということで…」
「異存はあらへん」
「右に同じ」
「じゃあ次、高嶺朋世」
「臨床技術はピカイチだよね」
「せやな、なんも言う事あらへん」
「…」
「…えっそれで終わり?」
「ちゅーか、高嶺ちゃんはスタッフドクターやでキミ?何も言う事あらへんわ」
「そもそも朋世ちゃんと咲はもう評定いらないと思うけど?」
「そうなのよねえ…それを言ったらおしまいなんだけど」
「まあ…あえて弱点を言うなら語学力かな」
「なんかあるんか?」
「英語の論文読むときに固まってる」
「…それはワシもそうや」
「…それは私もそうよ…真琴さんやHALO組が異常なのでは?」
「異常とはなんだよ…ごはん食べるための生きる知恵と呼んでくれ」
「でもまあ…さっきの真琴さんの言い方を借りたら…次に自主的にやめるのは彼女だと思うことがあるのよ」
「ほう」
「なんでや?」
「御存じの通り、彼女は向上心が強い真面目な女性よ でも上には福岡がいて私がいて安蒜先生がいる 西園寺先生よりは一つ年上だから…」
「ポジションが開かんと感じとる…と?」
「んーどうだろう…そう考えたら彼女はとっとと転職活動して、すっと辞めちゃうと思うんだよね…性格的に」
「でもバランス的に彼女と同じ力量を持つドクターを探すのは大変よ?安蒜先生だってかなり大変だったんだから」
「その節はどうもやな」
「もし引き止めたいと聖路都が考えるなら…まずはサラリーじゃないかな…じゃなかったら…」
「無かったら?」
「HALOがスカウトする」
「おーい!そら困るやろ」
「そうよ!だいたいドクターを引き抜くのはHALOと聖路都の間の協定違反でしょう?」
「…冗談だよ怒るなよ…でも実際、そのへんは「あなたはうちには大切なんだよ」という姿勢を見せないとダメだよ結衣?」
「…それを私が?」
「お前さんは部長だからね」
「うーん…わかったわ、継続的に考えましょう…高嶺先生は〇…と」
「…仮になんだけど…あくまで仮よ?朋世ちゃんが今の段階でHALOに入ったとしたら、どのくらいのポジションになるのかしら?」
「…結衣、ありがとう …うちも人材不足だから、ありがたくオファーは受けさせてもらうよ…」
「だーかーらー!仮の話だと言ってるでしょう!サラリーにも考慮しないといけないから!」
「んー朋世ちゃんは36で医大卒13年目だよね 聖路都でスタッフドクター4年目だから…少なくともP-4じゃないかな ビルと同じくらい 最低でも15万USドル」
「ほな結構偉そうな顔はできるっちゅーことやな」
「…ちょっと想像したらウケるね」
「いやだから仮の話だってば…フリでもないわよ」
「じゃあ次、スヴェトラーナ・ヴィルク」
「そもそも研修医というのがおかしいんちゃうか?彼女はもうフェローでもええと思うで」
「もうちょい日本語に慣れたら、聖路都でフェローとして雇用することをお勧めする」
「そうね…このままロシアに帰ったら、どこかのスタッフドクターになる経歴と実力はあるわ」
「まあ問題は…帰れないってことだよね」
「彼女のサラリーはどうなっとるんや?」
「うちが研修医のサラリーを払っているという事になっています」
「モスクワは出さへんのか?」
「あれじゃないかな?返さないんだったらカネは出さないということ」
「簡単に言うとそうよね でも帰っても今は状況が難しいから」
「いずれにしろ、それは彼女に責任はないわ クレムリンの話だ」
「そらそうやわ」
「彼女はもともと内科医のレジデンシーをロシアでやってた、ということは」
「外科的な分野ではもう少し経験が欲しいわよね」
「ロシアはもともと医療レベルは高い…今は政治的な問題があるだけだからね」
「だったら聖路都で研修するのはメイクセンスちゃうか?」
「そういうことですね……ただ力量はかなりあるし手技も確実 あとは薬品名等の日本語読みでしょうか」
「そこをおざなりに考えているんだとしたら、別に覚える必要は無いんだけど、スヴェータは明らかに違うよね」
「せやな、ちゃんとスマホに辞書入れて持ち歩いとるのはワシも知っとる」
「ガチャ回しているだけでも無さそうね…じゃあヴィルク先生も〇…と」
「次、陳小梅」
「プラミーは明確に香港で就職先を探すでしょう、香港の大学はなんて言ってるんだっけ?」
「『香港でも欲しい人材です』…と」
「まあそうだよね …結衣、広東語は私にもさっぱりだから書いてこいとか言うなよ」
「あらそう…それは残念」
「私は通訳じゃないっつーの」
「まあ…彼女の場合は本音で考えている部分がかなりえぐいというところちゃうかな」
「本音は広東語で、日本語はあくまで社交辞令…ということでしょうか?」
「そらそうやわ、ワシらだって日本語と英語じゃ考えてることは違うやろ せやろ南?」
「うーん、そうなんだけど…まあプラミーは気が強いよね」
「そんくらいでええんちゃうか 医者やぞ?」
「能力的にはどう?私は悪くないと考えるわ もしプラミーからフェローシップが申請されたら、断る理由はない」
「そうだろうけど、プラミーのほうが断るんじゃないかな」
「やっぱり香港に帰ると?」
「いやなんか違うな…英国じゃないかなと思う…旧宗主国だしね」
「日本に来てるのは、趣味半分ちゅーところはありそうやもんな」
「結衣、プラミーの日本語の話は知らない?彼女はアニメと漫画で100%日本語を覚えたらしい」
「…そんなこと可能なの?」
「趣味に勝る動機などないのよ」
「ただ、日本に期待してきた分、ちょっと自分の理想と違ごうてたから…と思ってる部分はありそうやな」
「そうだな…日本は地獄ではないが天国ではない…天国ってのものがあればの話だけど」
「まあ…私としては合格点は十分あげられると思っている」
「せやな」
「それは同意ね」
「じゃあチェン先生も〇…と…ねえ、丸ばっかりじゃないの?」
「ダメなの?別に誰か一人を落第させろって感じじゃないよね?」
「それやったらババアがブチ切れるで…」
「ババアって…勅使河原院長が聞いたら安蒜先生にブチ切れますよ…」
「はい次、塚本哲也」
「軽口がすぎるな…でもまああのくらい生意気でちょうどいいかも」
「せやな…人によったら「なんやアイツ!」って怒るかもしれへんけどな」
「それは…まあいいんですよね、上に行けば変なのばっかりいますし…」
「…医者は変人が多いからね…」
「ワシらなんかかわいいもんや」
「…自分で言ってておかしいと思わないのが……いえ塚本先生の話に戻りましょう」
「まあ、そのうちまるなるとは思うで 心配はいらへん」
「塚本っていくつだっけ」
「32」
「私たちが32だったころを考えよう、どうだった?」
「…医局間の政治ゲームでひたすらしんどかった」
「…離島ばかりでひたすら寒かったわ」
「聞く相手を間違えたようだ…なんかごめん」
「塚本先生の場合、あまりにここのERになじみ過ぎてて、本当の修羅場に置かれたときどうなるかが未知数なのよね…」
「味方がいない敵地でもできるかどうかは未知数ね」
「しかしそういう推論ばっかりしてても始まらへんやろ」
「今32ということは、もうちょっとしたらフェローシップよ そこまで来た時に、敵地でどうする?というのは考えざるを得なくなるわ」
「まあもうちょい見る必要はあるわな」
「…もしこの中で優劣を付けろと言われたら、私は塚本に最低点を出す」
「えっ?」
「んーまあそうなるやろな」
「しかしそれはあくまでこの中での最低点であって、落第点ではない 塚本は根本的には真面目だし、まだまだ伸びるよ」
「そうね…そこに期待ね…じゃあ塚本先生も〇…と」
「はいじゃあ最後、福岡咲」
「何度も言うけど、彼女の場合は出産からこども育ててた時期の5年のブランクが大きいよね」
「ただそれを感じさせることは無いな…部長とおんなじ歳やったっけ?」
「そうですね、40」
「経験による力を考えたら西園寺や朋世ちゃんと同じくらいのはずなんだけど、それでも彼女は間違いなく図抜けている」
「離婚がパワーを与えたのかしらね」
「かもな…元夫は歯科医クリニックやってたんだよね」
「そう、で、それがうまくいかなくなってギスギスし始めたと よくあるケースね」
「んで給料が旦那と逆転して彼女のほうが高くなったというこっちゃな こら男としてはたまらんで」
「…まあ歯科医は儲けるところは儲けるから…そこは元旦那の力の無さですね センスが無かったと」
「…経営のセンスがないのにクリニックやっちゃダメよね 身の程知らずというのは言い過ぎかしらね」
「お前ら…そんな死体蹴りせんでもええやろ…なんか元旦那が気の毒になってきたわ」
「彼女は5年のブランクをどう思っているかは本音は知らない けどそれをはねのけるだけのガッツはある」
「ゆるーい感じで話してても、なんやら物騒なときあるもんな」
「そうね…うーん…彼女は本質的には結婚するのは間違っていたのかもね」
「どうして?娘もいて親権取って育ててるのに?」
「あー、いや、これはちょっとプライヴァシーに関わるところなので……部長権限で回答拒否します」
「ったくよー都合のいい時だけ権力を振りかざすよねえ…」
「ただこれだけは言えるんちゃうかな 彼女の真価は、あの喋り方からは読まれへんと」
「そうね、芯は強いですね…ある意味ここのドクターの誰もかなわないかもしれないわ 山口も〇…と」
「山口は旧姓だぞ結衣」
「…んーそうだった…あまりに長いからね…付き合いがね…」
…
「よし終わりだな、今回の陶片追放、どうだ?誰か追放に値するかな?」
「おらんな」
「値しません 私が保証します」
三人は外傷2号を出てくる。
受付やラウンジでひそひそ話をしているのは、今回俎上に上がっていたドクターたちだが…
「心配いりません 今回も選挙は不成立です はーい、仕事仕事ー」
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SAME ST. ROAT EMERGENCY ROOM




