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1x03 Part 3 / 4

(警告)

この回には著しく残酷な表現があります。十分ご注意ください。

外傷3号。眞山とヴィルクは、一つ目の死神に勝利しつつある。

ヴィルクが穿刺した18ゲージのニードルが、幼児の気胸を抜く。

【ツピ!血圧110の80 心拍130】


「よし…心拍はまだちょい早いが、気胸からは抜けた」

「マルシあ、チェストドレーンお願いしまス!」ヴィルクが続けて眞山のサポートに入る。

「よし、12フレンチのトロッカーカテーテルを使おう」

「細いですけれどモ大丈夫ですカ?」ヴィルクが確認する。

「いや、幼児だからな…通常は18から24を使いたいが…」

「ああ…見事でス先生 マルシあ、吸引圧15でスタンバい!」

「はい! きゅういんあつ15、せっとかんりょう!いつでもどうぞ!」ややオーバーにサムアップを返してくるマルシア・ガルシア。

面白い奴だなと眞山は思う。


「11番で行こう…慣れてる…」眞山は尖刃にも似た11番のメスを手に取る。


ふうっ、と一息付く。


挿絵(By みてみん)


「では行く、ルナ、執刀時間記録よろ」

【ツピ!10時44分 眞山先生執刀開始 プライマリターゲット ドレナージ】


眞山のメスが、ヴィルクが確保したニードルをなぞるように滑る。

眞山がチャラ男に見えるのとは裏腹に派手さはないが、徹底的にシュアだ。

(派手さはないが…急がば回れ…ってね…)


「よし、入った。スヴェータ、固定頼む」 眞山はスッと体を左に寄せ、ヴィルクの左側の術野を確保する。ヴィルクは左利きである。

「了解でス!……」ヴィルクがトロッカーカテーテルを留置する。

これで常に安定状態に置かれる。ここから先は小児外科の仕事だ。


「オペ室に上げよう、外科のスタンバイは森かな?」


ガチャン、ガチャンとストレッチャーに幼児を乗せ、エレヴェータに運ぶ。外科は5階にある。

エレヴェータ前では数人の外科の看護師と、森ワッツがスタンバイしていた。

「おはよう森、今日は大変だな!」

「ああああもう大変ですよおおおお!この後頭蓋骨骨折と骨盤骨折もありますよおおおお!」やっぱり泣きそうな顔で、すがるように森ワッツは言った。


テンパっている。


「落ち着いていこう森、外科ならミョンウ先生、テジョン、榊原(さかきばら)先生もいる」普段から外科でERをカバーしている外科医の名前を眞山は何人か挙げてみる。

「榊原先生は……夜勤なのです…」

「じゃあミョンウかな…彼はベテランだ」

(キム)先生は……怖いのです!!…でもやります!あとは小児外科にお任せを!」AIで作ったような気持ち悪い笑いを森ワッツは浮かべた。

「おい笑顔が引きつってるぞ森」と眞山は言いかけたが、やめた。


エレヴェータの扉が閉まる。

ここまでが俺の仕事だ…何とか繋いだ…

と眞山は深い満足感に包まれる。


『バカヤロー!お前何してんだあー!』

おそらくボヤボヤしている医学生に対するものだろう、金の罵声が2台先のエレヴェータの壁越しに聞こえてくる。

(あんたどんだけ声でかいんだよ…)と眞山は苦笑する。


「うっ…さようなら俺の5000円のジャケット…お前とは短い付き合いだったな…」

血で真っ赤に染まったジャケットを、エレヴェーター横にあるバイオハザードマークの付いたオレンジ色のごみ箱に捨てる。


「まあまア眞山先生!一人救ったじゃありませんカ!」笑いながらヴィルクが眞山の肩をポンと叩く。



カーテン4号。


「だから、なんで俺の治療は後回しなのだ、と聞いているんだよ!」

70代後半と思しき老人が大声で看護師を恫喝している。

「いえですから住谷すみたにさん、あなたは軽傷ですから、看護師が直接看ることができるのですよ」うんざりしたように看護師が言う。

「それになんだ、貴様女じゃないか!俺を誰だと思ってるんだ!元外務省官僚の住谷新之助だぞ!責任者を呼べ責任者を!」

うんざりしながら看護師、安藤あんどうが言い放つ。

「あのですね住谷さん、あなたは自動車で幼稚園児のお散歩の列に突っ込んだんですよ?100キロ近く出ていたそうじゃないですか!スクールゾーンですよね?」

「知らんね、車が故障したんだろう」わざと年寄りっぽい話し方でごまかそうとしている。

都合が良いときは弱者のふりをし、そうでないときは強者の理論を振りかざす。

元ヤンから叩き上げで看護師になった安藤にとっては、もっとも忌み嫌う人種だった。

「そんなことよりも、早く責任者を呼べと言ってるんだよ!」

「…私は聖路都国際病院ERの看護師副長です 看護師全体に対する侮辱は止めていただけますか?」安藤がニヤリと笑いながら住谷に言うが、目は笑っていない。

住谷はそれを全く無視して、どこかに電話を掛けようとしている。


住谷のスマホのディスプレイに表示された電話番号の先頭に、国際電話を示す「+」の文字があるのを安藤がチラ見する。

「!(ルナ、外国語のログを記録して、復唱は要らない)」と、安藤は何かを察してささやくようにルナに指令を出す。

ルナのピックアップマイクは指向性が高く、登録者の声ならささやきくらいの小さな声でも完全に理解する。

ツピ!と鳴る代わりに、ピックアップマイク兼カメラのランプがグリーンにチカチカチカッと3回点滅する。

素早く安藤は耳にPHS連絡用のヘッドセットを入れる。そのヘッドセットにルナが同時通訳した言葉が聞こえる。


「<ああ、私だ住谷だ 実は車でガキを跳ねてしまってな…いや知らんよそんなことは…それで警察が来る前にここを離れて、南米に1か月ほど行く…プライベートジェットの用意を頼む…ああ羽田からだ…まず仁川まで行く…あ?そんなことは聞いとらんよ、とっととやれ…パスポートは外交官用のを準備しておけ>」


(こいつ…!)安藤は激しい怒りを覚える。

「(ルナ、これどこ語なの?)」安藤がささやく。

【ツピ!ポルトガル語ですが、ブラジルで使われているブラポル語です】ヘッドセットの中からルナの声が聞こえる。

ハネダやインチョンという固有名詞だけは安藤にもわかるが、それ以外はわからない。


「なんだ安藤ちゃんどうした?」眞山がやってくる。ヴィルクは別の軽症者を診ている。

「ああ…眞山先生…こちらは「運転手」の住谷さんです 額に軽度の擦過傷…ブラックシフトを提案」

運転手という単語、そしてブラックシフトという隠語にすべてを察した。


「…住谷さん、私は聖路都国際病院ER「部長」の眞山です。お話があるという事ですが?」眞山がハッタリをかませる。


「あ?お前か?チャラチャラすんな、なんとかしろ とにかくだな、とっとと治療して帰らせろと言っているんだよ俺は」

「そうですね…拝見しましょう」

「…とっととやれ」

「は ルナ、ブラックシフト 私が担当させていただくので、その旨記録よろ」

【ツピ!ブラックシフトがスタッフドクター眞山さなやま直樹なおき先生により提示されました モード移行】



目白の日本赤十字病院


「は?じゃあすでに聖路都に搬送されているという事ですか?」

素っ頓狂な声を出して翡翠橋ひすいばし警察署の岩国いわくに巡査がスマホに答える。

『現場逃亡だとまずいので怪我して搬送…ってことにした感じだね…ふざけてるね』

電話の向こう側では岩国のペアの三沢みさわ巡査部長が憤りを隠さない声で答えている。

三沢と岩国は、この大事故が起こった直後にパトカーで現場を通りかかり、すぐに救急に連絡すると同時に怪我人の応急処置をしていた。


少し前。


虐殺現場。

三沢と岩国の脳裏には、その四文字以外、何も浮かばなかった。


3トン近い車重の電気自動車ウォーレ・カヅヴェラ。

3000万円を超える販売価格の最高級SUV。富裕層にはステイタスシンボルとして愛されているが、その圧倒的な質量と静粛性、そしてステイタスシンボルを勘違いした数多くのオーナーの運転マナーの悪さで、「公道を走る爆弾」とも揶揄されていた。


ウォーレは緩やかな左カーブを曲がりきれず、散歩中の保育園児の列を背後から薙ぎ払っていた。


ひっくり返ったウォーレの残骸。


点在する10人を超える「小さな被害者」たち。


「……あ……」


岩国が口元を押さえる。

首から上がなくなり、カエルのようにひらべったくなって手足を伸ばしているちいさな死体。


何人かの園児は、トリアージをするまでもなく「黒(死亡)」だ。


到着した最初の救急車2台。

隊員4名が飛び出してくるが、あまりの惨状に一瞬、足が止まる。だがすぐに生存者の検索を始めた。


三沢は、ウォーレの横転地点から手前に向かって、アスファルトに点々と落ちている「白っぽい何か」に気づいた。

石ではない。豆腐のような塊。

それを視線で辿っていくと、路側帯の植え込みに突き当たる。

そこには、千切れた園児の頭部が転がっている。

点々としていたのは脳の一部。


「……!」


殺意にも似た激しい怒りを三沢は覚え、


「運転手!!! おい!!!どこだ!!!出てこい運転手!!!」と怒鳴る。


エアバッグが展開しているウォーレの運転席。

サイレンが鳴り響き、後着の救急車が猛スピードで現場を離脱していく。

(まさか、あれに乗っているのか?)

加害者が先に搬送される理不尽。しかし三沢は警察官として猛烈な怒りは抑えつつ、現場保全と救護支援、そして通信確保を最優先にする。

三沢は、その場にいる警察官の中で最先任者として、救急隊側の先任者の南雲と短く協議する。


「生存の可能性がある重傷者は、すべて聖路都に送ります」

南雲が手袋を血に染めながら早口で告げる。

「聖路都…了解です あそこのERは信頼できる」


「それで…ここでトリアージして黒と判定された園児たちは…」心苦しそうに南雲が続ける。

「中野の警察病院ですか?」三沢が苦々しく聞いてみる。

「いえ……大塚へ搬送を……」

「…大塚…」


大塚にある東京都監察医務院。そこは病院ではない。

不自然死、異状死した遺体を検案・解剖するための終着点だ。


「軽傷者は聖路都と目白の赤十字に分散して搬送します。三沢巡査部長、交通整理と誘導を!」

「了解、こちらで正確な被害人数を把握します……岩国!」

三沢は、へたり込みそうになっている岩国を一喝した。

「あんたはパトで目白の赤十字に行ってくれ! 私はここで救護支援と現場保全をやる!」

「あ、はい! 了解です部長!」岩国もスイッチが入る。


喧騒が去り、生存者の搬送が終わる。

残されたのは、白い布をかけられた動かない小さな死体とその一部、白いボディに鮮血がほとばしっているウォーレだけだ。

死体と死体の一部は鑑識による採証が終わるまで動かせない。


目白の赤十字にいる岩国からの無線報告を受け、三沢は唇を噛んだ。

「…結局、運転手は聖路都に逃げてるってことじゃないか」



規制線の向こうに一台の日産・キャラバンが到着する。

警視庁のリバリーではあるが、翡翠橋警察署の鑑識ではない。


「あら? (りん)じゃないの お疲れ様」


背中に警視庁のエンブレムとCSIの文字が入ったジャンパー。

ミルクティー色の髪を無造作に束ねた女性がキャラバンから降りてきて、三沢に片手を挙げた。


挿絵(By みてみん)


(みどり)か…おつかれ…なんで本庁からCSIが来てるの?」

三沢と同期の小松緑(こまつみどり)は、警視庁刑事部科学捜査班所属の警部補だ。

CSIが交通事故の現場に来ることはあまり多くない。

三沢から見て階級は一つ上だが、同期で同い歳という事で小松とはタメで話す。


「んー……なんかね…この事故起こした運転手、お偉いさんのOBらしくてさ」

小松は苦々しい顔で、ちぎれた幼児の腕がタイヤに引っかかっているウォーレを見上げた。


「……またかよ…何年か前の池袋と同じ構図じゃない」

三沢が吐き捨てる。

「そう…あの時は結局逮捕したけど、最初は書類送検だったから『上級国民』だの『忖度』だのって、さんざん「会社」が叩かれたでしょ?」

小松はジャンパーのポケットから手袋を取り出し、パチンと鳴らして装着した。

「だから今回は…熊野(くまの)社長直々の命令で…私たちがしれっと投入されたわけね 「女社長」はマジギレしてたそうよ」

小松が警視総監を「社長」、警察組織を「会社」と呼んでいる。


小松が配置されているCSIは、急増するサイバー犯罪と科学犯罪に対抗するために警視庁が新設した「刑事部第9課」、通称『ナンバーナイン』に所属している。

時には強引な捜査を行い、徹底した秘密主義を取ることから、特に報道の自由を叫ぶマスコミからの評判はすこぶる悪い。

しかし冷徹なまでに捜査を進める能力は、時代においつくべく関係者が努力した末に獲得したものだ。

努力していないのは、激変する時代に対して見て見ぬふりをし続け、適当な判決を下す裁判所だけである。


「もっとも…うちのボスもノリノリだったけどね…「我々ナンバーナインの力を以て、すべてを暴くのだ!」とか言いながらね」小松はあきれながら言う。

「あー…あのなんか…その…ユニークなおじさんね」ナンバーナインの課長、三隈(みくま)の姿を思い出しながら三沢が答える。


「…まあ、ナンバーナインを出張らせるってことは…先手を取って証拠を掴むということだからね」小松がフッと息を吐く。準備は整った。


二人は並んで、凄惨な現場へと足を踏み入れる。

ドローンの盗撮や野次馬の視線を警戒しながら、二人は無言で死体の位置を確認していく。


「はい、ポチッとな」

小松はナンバーナインに配備されたばかりのドローン妨害装置のスイッチを入れる。

タバコの箱くらいの大きさだが、イスラエルで開発されたものをベースにして独自に徹底改良したそれは効果絶大だ。野次馬の中から悲鳴がいくつか聞こえる。スマホとドローンがどうやっても接続できないのだろう。ガシャンとドローンが落ちている音も聞こえる。もちろん小松は知らんぷりを決め込んでいる。


そしてスマホに関しては、「そこのスマホ持ってこっち向けてる野次馬!やめろ!」三沢がイラっとして規制線の外の野次馬に叫ぶ。


「ネットに上げたら全力で捜査して公務執行妨害で逮捕するからねー 学校にも職場にも行ってその場で手錠掛けるからねー」小松が物騒な話を続ける。


野次馬は慌ててスマホをしまう。


「……やりきれないわ…もう警察辞めたくなってきた」三沢がぽつりと漏らす。

「おいおい…凛… そんなこと現場で言わないの ここは踏ん張ろうよ……」

「…うん…」

「…今週末、渋谷にでも飲みに行こう ヒカリエの裏にいいバーを見つけたんだよ」

小松が努めて明るく振る舞い、三沢の肩を叩く。


三沢も小松も、まだ20代後半。本来なら恋やオシャレに時間を費やす年頃だ。

警察官の仕事は過酷としか言いようがない。

それでも公務員としてここに立っていられるのは何故か。

それを考え始めると心が折れることを、二人は経験則で知っている。


「……うん…救急車のどれかに便乗して聖路都に行く なんとしても運転手を確保しないと…」

めくれ上がったガードレールの上にひっかかっている、体を真っ二つに縦に切断されたこどもの死体を見上げながら、三沢は自分自身を奮い立たせる。


「酷い時間は、そんなに長くは続かない……そう信じましょう さあ行くぞ、凛」

小松が三沢を鼓舞する。自分を含めて。


「よし…ところで緑、スマホで撮っただけで公妨で逮捕できたっけ?」

「えっ?私そんなこと言ったっけ?気のせいじゃない?」しれっと答える小松。

「…よくやるよ…」

小松のおかげで、少しだけ三沢の心は軽くなる。



院長室。勅使河原てしがわら花子は院長兼理事長なので、理事長室ともいえる。

病院トップの部屋にしては比較的簡素だが、壁に飾ってある無数のトロフィーや、額に入ったプロレスラーとのツーショット写真、「死ね!」と書いてあるおびただしい数の古い手紙…カミソリの刃もある…この部屋を使う人物が尋常ではないことを語るガジェットがたくさんある。


【ツピ!勅使河原院長、ブラックシフト発動です 場所1階ER 提示者、スタッフドクター眞山直樹先生】


院長室はこの病院のビル…聖路都メディカルセンタービルの最上階にある。

その最上階から、1階ER入り口を虎のような目で見下ろしていた老女が反応する。

老女…?身長175センチ、いまだ30代後半のバルクを維持している元女子プロレスラーには、適切ではない表現かもしれない。

ER入り口に多数の救急車が警察車両より先に来ているという事は、緊急度の高い事態が進行中という証でもある。


「…ったくよお…なんか来ると思ったんだよな…おうルナ、了解だ ちょいと電話したあとに10分で降りていくとERの連中に伝えな」

【ツピ!了解しました院長】


「よし、そのブラックシフトの相手の馬鹿野郎の名前と素性を教えな 40秒でサマライズするんだ」

【ツピ!年齢76歳男性…】


ルナがレポートした情報を元にどこかに電話をかける勅使河原。


聖路都国際病院の院長兼理事長。

かつては悪役女子プロレスラーとして悪名を馳せた勅使河原。

ブラックシフトとは、

「院内に不当な政治力を行使しようとする人物が滞在中につき、勅使河原が直接かつ速やかに対応し排除する」

との隠語である。


挿絵(By みてみん)


「ラ・ボンバ・テッシィ」が、現役時代と場所は違えどリングインする。

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