第9話〜熱誠、金城鉄壁を叩きて〜
そして、クリセオス家との会談当日。
私とミハイルは、クリセオス家の応接室に座っていた。
―――資料も確認したし、ミハイルともたくさん打ち合わせをしたわ。きっと大丈夫なはず。
私は少し緊張しながら、ちらっと横を見ると、ミハイルも緊張しているのかいつもより表情が固い。
そして、予定の時間丁度にクリセオス公爵は応接室に入って来た。
クリセオス公爵は痩せ型で背が高く、どこか神経質そうな雰囲気を漂わせている。例えるなら、狐と蛇を足して2で割ったような風貌だ。
彼は、ツカツカとテーブルに歩み寄り、私たちの目の前の椅子に優雅に座ると、冷ややかな目を向けて
「まず誤解のないよう申し上げましょう。今回はミハイル王子の名に免じて席を設けたのであって、協力を約するものではありません。」
「いいえ、誠意ある対応、感謝します。」
私は、露骨な嫌悪感に臆することなく、淡々と礼を述べた。クリセオス公爵は続けて
「噂は聞いておりますよ、王太子殿下。ここ最近のご活躍―――まるで、人が変わったようだとか。」
「国のために当然の務めを尽くしているだけです。」
「左様でございますか。突然、英明になられたように見えるので…我らも困惑しておりますよ。」
「ええ。良い意味で受け取っていただいていると嬉しいのですが。」
と微笑を浮かべて答えた。
「良い意味で、ですか…。急に働き始めた人間ほど、信用し辛いものはありません。それに、飽きるのも早い。―――違いますかな?」
片眼鏡の奥の瞳がすぅっと細くなる。
「兄は本気です。王国のために―――」
とミハイルが助け舟を出そうとするが、私は
「ミハイル、ありがとう。だが、公爵が疑念を持つのはもっともだ。」
とミハイルを諌め、公爵に向き直り
「だからこそ、結果を積み上げたいのです。そこで、クリセオス公爵、貴方の力が必要なのです。―――エルピダ共和国との新規交易。成功すれば、王国の利益は計り知れない。」
クリセオス公爵は冷ややかな目をしたまま
「ほお…利益、とな?」
と片方の眉を上げ、私の言葉を待った。
「ええ。あらかじめお送りした資料にもあります通り、現在レイモーン地方は周辺の村人達に管理こそ任せているものの、何にも活用していないのが現状です。」
私は持参した資料を広げながら
「そこで、レイモーン地方の気候と土壌を生かし、現在コーディカス王国では作付けを行っていない作物を育てます。そうすれば、農業者の雇用ができますし、国内の食料自給率は上がります。そのために、クリセオス家には、エルピダ共和国から種や苗の輸入を行って貰いたいと考えています。」
と続けた。
しかし、クリセオス公爵は依然として協力の気配を見せてはくれない。
「言葉だけならなんとでも言えます。―――殿下は、我がクリセオス家に何の恩恵を差し出すおつもりで?」
来たわね…一番の難所。私はゴクリと唾を飲み込んで
「交易の独占権は、従来通りクリセオス家へ委ねます。そして、国で輸入された種と苗を全て買い取ります。これにより、貴家は輸入品が売れ残って損をするということがなくなります。」
クリセオス公爵は黙って私の話を聞いてくれている。私は緊張しつつも、続けて
「更に、利益の一部を”農業研究基金”として回し、国内の農業について横断的な研究を行うことで、国全体の農業力を高めることができます。また、研究に出資することで、貴家の世間からの信望も更に高まると考えております。」
私は一息に説明した後、クリセオス公爵の反応を伺った。公爵は暫く考えたのち、ふーっと大きく息を吐いて
「利益と名誉、ですか。」
そして
「悪くはありません。」
と、私の目をしっかりと見て言った。
やった―――と私が思った矢先
「しかし、横断的な研究というからには長期的な事業として捉えねばなりません…殿下、熱しやすく冷めやすい、なんてことがあっては意味がありませんよ。」
私はすぐさま
「ええ、もちろん。」
とクリセオス公爵の目をじっと見つめ返しながら応えた。そしてにっ…と口元に笑みを浮かべ
「もし私が仕事を放棄したその際は…王位継承権を弟に譲りましょう。」
と告げた。
打ち合わせをしていない話なので、隣に座っていたミハイルは横目で見ても明らかなくらいギョッとしていた。
公爵も少し驚いたようで、目を見開いた後
「面白い―――王位継承権を掛けてまで頼み事をするなんて。」
と初めて薄く笑みを見せ
「いいでしょう。―――取引に乗りましょう、殿下。ただし、王太子として“仕事を継続してみせる”ことを条件に。」
と手を差し伸べてきた。私はその手をガッチリと握り
「ええ。―――期待していてください。」
と笑みを浮かべた。
「もう!姉様!王位継承権の話は驚きましたよ!」
珍しくミハイルが怒っている。
あれから私たちは王宮に戻り、執務室で一息付いていた。
「ごめんなさいね、ミハイル。あのくらい本気を見せないと、公爵動かなさそうだったから…。」
私は申し訳なさそうに謝罪した。
「…なんにせよ、無事交渉成立して良かったです。」
執務室にあったチョコレートを頬張り、少し落ち着いたミハイル。
「そういえば姉様、議会の着服の件ですが…やはり強制監査が必要かと。」
強制監査。普段、議会に対して国王は直接干渉することができないが、不正が疑われる時のみ議会に対して強制監査を行うことができる。
「そうね…監査局の方とも掛け合ってみましょう。」
「実は姉様…監査局には既に話を通しております。」
えっへん、という顔をして私を見るミハイル。
「いつの間に…!ありがとうミハイル。」
本当に頼り甲斐のある弟ね。流石だわ。
「監査には王印が必要ですが、そちらは監査局が直接父上に承認を頂くそうです。―――1週間後、監査局の役人と共に議会へ強制監査を行いましょう。」
「ええそうね。そっちの準備も始めましょう。」
休んでいる暇なんてないわね…。
私はすっかり暗くなってしまった窓の外を見て、今日の夜も長いことを覚悟した。
◇
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