第8話〜才媛、胸中成竹を秘めて〜
段々と冬の気配が深まりつつあるコーディカス王国。
私は、執務室でクリセオス家との交渉のために準備を進めていた。
ミハイルにクリセオス家との交渉を取り持つお願いをしてから1週間経つけど、大丈夫かしら…。
などと考えていると、ノックと同時に少し荒々しく扉が開き、ミハイルが息を切らしながら部屋に入ってきた。
「フィーリア姉様!やりました!クリセオス公爵が会ってくれるとのことです!!」
余程急いで知らせに来てくれたのだろう。ハァハァと肩で息をし、頰は薄紅色に染まっていた。
「ありがとう、ミハイル。ご苦労様。」
私は最大限の感謝を込めてミハイルにハグをした。
「姉様…!ぐっ…元のお身体だったらもっと嬉しかったのに…。」
と複雑な表情のミハイル。
「あら、ごめんなさい。」
すぐに離れる私。確かに、兄にハグされるのはちょっと複雑よね。
「うぅ…。」
ミハイルは何か言いたげな顔をしていたが
「日取りはいつかしら?」
と私が尋ねると、ミハイルは気を取り直して
「3日後です。姉様、ご準備は如何ですか?」
「ええ、大丈夫よ。十分だわ。」
私はにっこりと微笑んで答えた。そして私はソファを指して
「寒かったでしょ?座って一緒にホットチョコレートをいただきましょう。」
とミハイルを誘った。
「わぁ!ありがとうございます。」
ミハイルは大の甘党だ。すぐにソファに座って、温かいホットチョコレートが注がれたカップを手にした。
2人で並んで座り、ホットチョコレートを飲みながら、一息ついた。やっぱり冬はこれが1番ね。
と私は呑気に考えていると
「そうだ、フィーリア姉様。」
「どうしたの?ミハイル。」
「今回のクリセオス家との交渉は、最終的には外交に関わることです。父上にあらかじめ話を通しておいた方が良いかと思われます。」
確かにそうだ。今現在のアレクシスの権限では、外交はできないことになっている。
「そうね、このことはアミール国王にお話をしないといけないわね。」
「はい。早い方が良さそうですね…。確か父上の予定では、今日の午後は時間に余裕があったと思います。一緒に行きましょう。」
「ええ。助かるわ。ありがとう。」
私が微笑むと、ミハイルはまた一瞬複雑な表情をしたが、それを誤魔化すようにホットチョコレートと一緒に置いてあったクリームチーズを頬張っていた。
そんなに兄弟間の中は悪くなかったと思うけど…アレクシスは普段そんなに笑わなかったのかしら。
確かに、最近アレクシスらしく振る舞うというのを忘れかけているから、気をつけないとね。
アミール国王。歴代の国王の中でも特に外交問題に関しては慎重なお方だ。以前は盛んに隣国との輸出入を行っていたのにも関わらず、近年は必要最低限、と言った感じだ。
無事に許してもらえると良いんだけど…。
私は、不安を掻き消すように、大事に飲んでいたホットチョコレートとグイと胃に流し込んだ。
「―――ということで父上、クリセオス家との交渉が上手く行けば、エルピダ共和国との貿易によって種や苗を輸入する許可をいただきたいです。」
その日の午後、私とミハイルはこれまでの経緯を説明し、エルピダ共和国との貿易を許可してもらえるよう国王に上申した。
「うむ。構わんぞ。好きにやりなさい。」
と、意外なことに国王はすんなりと許可をくれた。
「よろしいのですか父上…。」
私は意外な結果に驚いたが、国王曰く
「アレクシス、お前は将来国を背負って立つ人間だ。このくらいの積極さは必要であるぞ。何がお前を変えたのかは分からんが、この国のためと思うのなら存分にやるといい。」
ということらしい。
私とミハイルは顔を合わせて、よし、と小さく頷き合った。
「…兄弟仲良いことも結構。交渉が成功した暁にはアレクシス、お前に外交の権限を一部譲渡する。」
そこまで期待してくれているのね。なんとしてでも成功させたいわ。
「ありがとうございます父上。必ずや期待に応えられるよう、努力します。」
「やりましたね!フィーリア姉様!」
執務室に戻ってきたミハイルはとても嬉しそうだった。
「ええ、ありがとうミハイル。」
「兄上では考えられないことですよ。」
うんうんと自分を肯定するミハイル。
「そうね、でも…」
いつからそうなってしまったのかしら。
私とアレクシスが出会ったのは5歳の時。コーディカス国建国記念日に行われたコンサート会場でのこと。
アレクシスは私を見つけるなり、従者たちを押し退けて走ってきた。そして私の両手を掴むと
「おれはおまえがすきだ!おれとけっこんしろ!」
と大声で求婚してきた。
私は驚いて何も言えなかったが、周りの大人たちは、あら、まあ、などと微笑ましく見ていたと思う。
まさかその後本当に婚約者として扱われるとは思っていなかった。
「フィーリア、おれはいずれこくおうになるんだ!そしてみんながしあわせなくにをつくるんだ!そのときはフィーリア、おまえもきょうりょくしてくれ!」
そう言って、にっと笑ったアレクシスはいつも積極的で強引だったけれど、あの頃は本当に彼が国を治めていくんだなと子供ながらに感じたんだっけ…。
私が物思いに耽っていると
「姉様…?」
と心配そうな顔をして覗き込むミハイル。
「ああ、ごめんなさい。なんでもないわ。」
次はいよいよクリセオス家との会談だわ。気を引き締めていかなくちゃ。
私は自分の両頬をパチンと叩いて気持ちを奮い立たせた。
「ミハイル、もう一度一緒に資料を確認しましょ。」
「はい!姉様!」
私とミハイルは夜遅くまで打ち合わせを行った。クリセオス公爵を必ず納得させるために。
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