第7話〜秀才、明察秋毫なり〜
私が、東館から出て本館に戻ろうと歩き始めたその時
「お兄様。」
私は驚いて、ひっ!っと声を上げ振り返ると、そこにはアレクシスの弟―――ミハイル・ヴァシリアスが立っていた。
この4つ年下の弟、実はかなり、いや、超優秀なのだ。
コーディカスでは、1年に1人、マギア帝国への留学を許可されているが、この選抜に当たっての試験はとても厳しく、王族も平民も皆平等に扱われる。その中で昨年はミハイルが選ばれ、1年間留学に行っていた。
そんな優秀な弟なので、後継者にはミハイル王子を!という声も少なくない。
ただ本人は政治に関しては全く興味がなく、毎日図書館や地方の研究所を行き来しているらしい。
そして、ミハイルは私のことフィーリア姉様と呼んでとても懐いてくれていた。
そんな彼が、アレクシスと同じ澄んだ水色の瞳で私をじっ…と見つめている。
「ど、どうしたんだミハイル…?」
アレクシスは、ミハイルって呼んでたわよね…?
すると、ミハイルはすぅ…っと目を細めて
「…僕が普段貴方を呼ぶ時は、兄上だったのですが?」
そうだったわ…!ミハイルに暫く会っていなかったから忘れていたわ。
「そ、そんなこと、一々指摘などしない!」
とアレクシスを真似て反論する。すると、ミハイルは、はぁ、とため息をついて
「では、合言葉は?」
合言葉??そんなもの聞いたことないわ!!どうしましょう…
私が動揺してなにも言えないでいると、ミハイルはまたため息をついて
「そんなものありません。」
と、完全に疑いの目で私をみている。ついに彼は私が1番聞きたくない言葉を発した。
「貴方、兄上ではありませんね?どなたですか?」
ミハイルのことは騙せない。私は観念して
「…分かった。この後1つ公務が入っている。終わったら使いをやるから部屋に来て欲しい。そこで全て説明する。」
とミハイルに約束した。
公務後、自室で向かい合うミハイルと私。
私はあの日起きたことを全てミハイルに話した。
「…では、今僕の目の前にいるのは兄上の姿をしたフィーリア姉様、なのですね?」
まじまじと私を見つめるミハイル。
「こんなこと、信じてもらえるの?」
と私が尋ねると、ミハイルは先程とは打って変わり優しく微笑んで
「ええ、もちろんですよ。兄上が急に有能になった説明がこれでつきます。」
と言ってお茶を飲んだ。笑顔でとんでもないこと言うわね。
「最近の兄上のご活躍ぶりに周りも皆驚いていますよ。―――まさかフィーリア姉様と入れ替わっているなんて誰も思っていないでしょうけど。」
「じゃあどうしてミハイルはアレクシスじゃないって分かったの?」
「それはもちろん―――なんとなくです。」
急に答えを誤魔化すミハイル。
「どうして教えてくれないの?」
と私は食い下がったが
「なんとなくです。」
の一点張り。
「とにかく!フィーリア姉様はもちろん元の身体に戻りたいんですよね?」
「えっ…いやぁ…意外とこの姿も楽しいかな、なんて…」
ね?あはは…と、突然のミハイルの剣幕に驚きつつも答えると
「笑い事じゃありませんよ!姉様!!何としてでも身体を取り戻すんです!」
キッ…と真剣な眼差しで見つめてくるミハイル。こんなに私のことを心配してくれるのね。
「ありがとう、ミハイル。」
私が微笑むと、眉間に皺を寄せながら
「見た目が兄上だから…嬉しいはずなのになんか嬉しくない…」
とブツブツ呟いていた。
「兄上が婚約を白紙にした今がチャンスなんだ…絶対に姉様の身体を元に戻すんだ…」
最後の方はよく聞き取れなかったので、私は思わず
「え?ミハイル、聞こえなかったわ。」
と尋ねたが
「いいえ、なんでもありません。」
どうやらミハイルは拗ねてしまったようで、プイッと横を向いてしまった。
天才と言われているけど、こうして話しているとまだ14歳ね。
ふふ…と私が笑うと、ミハイルは更に頬を膨らませて
「…兄上に笑われているようで心外です。」
と中々機嫌を直してくれない。どうしたものか、と考えていると、ミハイルは急に私の方に向き直り
「でも、どんな時も、―――たとえフィーリア姉様がどんな姿になっても、僕はフィーリア姉様の味方です。それだけは忘れないでください。」
と真剣な眼差しで見つめてきた。
まだまだ子供だなと思っていたミハイルが、とても頼もしく見えたと同時に、私にも味方でいてくれる人がいるんだなと感じ、自然に笑みが溢れた。
「ありがとう、ミハイル。」
そう私が言うと、ミハイルは少し複雑な表情で
「目の前にいるのは、フィーリア姉様。目の前にいるのは、フィーリア姉様…」
とまたブツブツと呟き始めた。
まあ、無理もないわね。身体が入れ替わっているなんて、信じてもらえること自体奇跡みたいなものだもの。
「…そういえば姉様、僕に協力して欲しいことって…?」
そうだった。私はミハイルに、着服問題について調査をお願いしたいということと、あともう一つ
「クリセオス公爵とお話がしたいの。」
「クリセオス公爵ですか?一体何のために?」
クリセオス家は、コーディカス王国の金融・商業・港湾管理を司る豪商貴族で、外国との交易も牛耳っている。ドゥミナス家、エピスティニ家と並び、コーディカス王国の三大貴族と呼ばれている家系だ。
「今日視察に行った、レイモーン地方に新しく作付けをしたいんだけど、その苗や種を輸入したくて。」
「なるほど…。とても素敵な案ですね。ただ、クリセオス家は…」
少し渋い顔をするミハイル。何を隠そう、クリセオス家は、ミハイル王子を国王に推している最大勢力なのだ。
「そう。だからミハイルに交渉を取り持ってもらいたいの。」
「そうですね…。交渉の場は設けられると思いますが、その後は姉様次第になってしまうかと。」
「ええ。交渉さえしてくれれば大丈夫。任せて。」
何としても、交渉を成功させるわ!
◇
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