第6話〜鋭機、迅速果断となる〜
あれからの私は多忙を極めた。
この国の諸問題を、アレクシスの権限内で片っ端から処理し始めたのだ。
国王は、私が考えていたよりも多くの決定権をアレクシスに譲渡していたらしく、私にもできることがたくさんあった。
まずは、交通網の整備。現在、コーディカスを流れる川を渡るには橋が1箇所しかなく、渋滞が起きやすくなっていた。そのため私は、橋の新設を議会に提案し、具体案を提出させた。業者の手配も終わり、着工もまもなく行われる予定だ。
次に、水質改善。これは、工業化が進んでいるコーディカスにとってかなり重要な課題だ。そのため、私は工業排水の浄化装置の増設と、下水道普及率を10%増加させることを提案して、こちらは現在審議中となっている。
その他、様々な改善点に着手し、今のところそれぞれ滞りなく進行している。
私は更に、内政だけでなく慈善事業も積極的に行った。
慈善事業はアレクシスの代わりに私が行っていた仕事の1つだったので、他の仕事に比べて力を抜いて行うことができた。
ただ、驚いたのはアレクシスが慈善事業に参加すると、皆がとても喜んだということだ。
昨日、王立学院初等部の創立100周年記念式典に参加した際も、生徒たちは皆、王太子の登壇に歓声を上げていた。
私が訪問した時よりも喜んでくれている…。やっぱりただの婚約者より、王太子が来てくれた方が嬉しいわよね。
私は、少し心がちくっと痛んだが、国民が喜んでくれるのならこれ以上嬉しいことはない。
…王太子の身体でいるのも悪くないかも。
などと、私はぼんやりと考えていた。
そして、今日は先日の議案にあったレイモーン地方の視察に来た。
レイモーン地方は、昼夜の寒暖差があるものの、一帯は背の低い草原地帯。改めて視察すると、なだらかな丘や平地になっていて、管理はしやすそうだった。
―――明らかに管理費用は30000セオスも必要ないわね。
早急に議会の着服問題についても捜査しないと。でもこの件に関しては私だけで調べるのは少し難しそうね…。誰か味方になってくれる方がいれば良いんだけど。
などと考えていると、レイモーン地方の管理人に、折角なのでどうぞ。と促されたので、私は馬車を降り、草原地帯を歩いてみた。現在、レイモーン地方は近くの村人に依頼して管理を行っている状態だ。
レイモーン地方の空気は大分冷たいが、どこまでも続く草原はとても心地よい。
「この地方一帯は、地下水も豊富にあります。作付けにはもってこいかと。」
と管理人は説明した。
確かに。ここに作付けすれば、農作物の収穫と、雇用を増やすことができるわね。もちろん、この管理人にも報酬をしっかりと出すことができる。
早速帰ったら議会に提案しないと。
「作付けするものは何が良いだろうか?」
私が、管理人に尋ねると、そうですねぇ。と管理人は少し考えてから
「我々は米や麦なんかを作っておりますがねぇ。」
と答えた。米や麦は、コーディカス王国ではよく収穫できる作物だ。
作付けするものは、王国で既に栽培されているものもいいけど…新しい作物を試すのもあり、ね。エルピダ共和国から新しい種や苗を輸入するしてみても良いかもしれない。
と、どんどん溢れ出すアイデアに自然と笑みが溢れた。
もっと忙しくなるわね。
午前中の視察を終えて、私は自室で一息ついた。
そういえば、何の連絡もないけれど、私の身体はまだ目覚めていないのかしら。
忙しさにかまけて、全く私の身体の様子を見に行っていなかった。
一応、24時間体制で監視と治療を行っているから何かあれば連絡があるはずだけど…。
午後の公務の予定を確認すると、少し時間に余裕がありそうなので、私の身体を見にいくことにした。
私の身体は、王宮の東館にある、貴賓室に寝かされているらしい。
入口の見張り2人に声を掛けてから、静かに扉を開け、およそ1ヶ月ぶりに自分の身体と対面した。
私の身体は、規則正しい呼吸を繰り返す他は全く動かない。
私って、他人から見るとこう見えるのね。
豊かな紫色の髪。閉じた睫毛は長く伸び、頰と唇は柔らかな薄桃色だ。
…なんだか、私の身体じゃないみたい。
私が私を見つめる、奇妙な感覚。そっと頰に触れてみると柔らかく、少し温かかった。
どうしたら元の身体に戻れるのかしら。
振り返ると、私は最初からそんなに自分の身体に執着していなかったのかもしれない。
「…この姿になってから、少なくとも私の人生はとても充実してるわ。」
なんてね、アレクシスが私の身体で目覚めたら混乱しちゃうわ。それに、こんなことになってしまった原因はきっとあるはず。これも調べないとね。
20分は経っただろうか、次の公務の予定が迫ってきた。
私は、自分の身体に、また来るわね。と囁いて、部屋を後にした。
東館から外に出て、私は大きく伸びをする。そして、中庭を通って本館へと戻った。
空気が冷たくなってきた。コーディカスももうすぐ冬ね。
この時、私は別々の物陰から私をそっと見つめている2つの影に気が付かなかった。
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