第29話〜縁、天佑神助となりて〜
私は今、過去の新聞記事を読むため、王立図書館に来ている。
身体が入れ替わる前は好んで良く来ていたところだが、王太子になってしまってからは足が遠のいていた。
王立図書館には、コーディカス王国で出版されている全ての本が収蔵されている王国最大の図書館だ。
王立図書館自体も、国の重要文化財に指定されているだけあって、古いながらも重厚な中世の建築がとても美しい。
私は、久しぶりの図書館に目移りしつつも、新聞記事の区画に辿り着いた。
―――目的の新聞記事は5分程で見つかった。
【エピスティニ夫人病死する。―――昨日未明、クリフォン・エピスティニ公爵夫人である、セレーネ・エピスティニ夫人が、自宅のベッドの上で亡くなっているのを従者の1人が発見した。夫人は、亡くなる数日前から体調不良を訴えていたことが、取材で明らかとなった。なお、警察局は事件性は無いとして既に捜査を打ち切っている。】
今まで無意識に母が亡くなったことが書かれている新聞記事を読むことを無意識に避けていた私は、初めて母が亡くなった当時の新聞記事に目を通した。
―――新聞記事でも病死になっているわ。それに、ピュシス家の皆さんが総出で訴えたにも関わらず、警察局が早々に捜査を打ち切っているっていうのも不自然ね。
私はその後の日付の新聞記事も読んだが、続報はなかった。
私は、ふぅと溜息をついて天井を見上げる。
そこには、コーディカス王国で有名な画家が描いた《女神と泉》があった。
泉から姿を現した女神が、白金の鎖を両手に持ちながら微笑んでいる。
―――ミハイルの方は何か収穫があったかしら。
『王太子の姿の姉様が、司法局や警察局を頻繁に出入りしていると、何かと気にする局員もいるでしょう。そちらは僕が調べてきます。』
と言ってくれたミハイル。何か見つかれば良いのだけれど…。
「えっと…過去の検案書は…この辺りか。」
ミハイルは、警察局の資料室にいた。
知り合いの局員に頼み込んで制服を借り、警察局に忍び込んだミハイル。
入口をすんなり通してもらえたミハイルは、警察局の警備に些か不安を覚えつつも、急いで資料室に向かったのだった。
地下にあるその部屋は、薄暗く埃っぽくて居心地は最悪だった。
「こんなところに姉様は来させられないな…。」
コホ…と咳をしながら、目的の書類に目を通す。
【セレーネ・エピスティニ 死因:病死】
―――やっぱり、死因は具体的に書いていない。
少なくとも、病死と断定するには、お医者様の判断が必要なはずだけど…。
ミハイルが、担当医の欄に目を通すと―――
そこは空欄になっていた。
「空欄だ…。これじゃあ当時検死をしたのが誰か分からない…。」
頭を抱えるミハイル。
「こうなったら…本当は、この手は使いたくなかったけど…。」
うーんと悩むミハイルの耳に、コツコツ…と足音が聞こえてきた。
普段局員が入らないようなところに居たら何を聞かれるか分からない。
ミハイルは、足音が過ぎ去るのを待ってから、足早に王宮へと戻った。
「…そう、ミハイルの方も駄目だったのね。」
「ごめんなさい…姉様、お役に立てなくて。」
しゅんとするミハイル。
「…いいえ!大丈夫よ!まだ司法局があるわ。」
私は何とかミハイルを元気付けようとするが、ミハイルは何か思い詰めたような顔をしている。
「…姉様。もし…姉様のお母様の死因が分かる方法があるかも…ってなったらどうします?」
暫くしてミハイルは私の顔色を伺うようにそっと尋ねてきた。
「え…?それは、あれば試したいけれど…。」
私がそう答えると、まだ悩んでいるミハイル。
「…以前、僕がマギア帝国に留学していたのはご存知ですよね?―――マギア帝国では、事件捜査にも魔法を使っていて、人が亡くなった時も医師の検死に魔法を使うんです。」
悩みつつもミハイルは続けて
「―――そして、その検死は死後何年経ってもできるそうなんです。なので、もしかしたら、その…」
言葉を濁すミハイル
「…マギア帝国の皇帝に協力してもらえれば、分かるかもしれないってことね。」
私がミハイルの言葉を引き取って続けた。
「はい…。ただ、正直あまり使いたくはない手ですが…。」
それでミハイルは口籠もっていたのね。
―――ミハイルがそう思うのも無理はない。
タラクシア公国の件だって、正確にはまだ対価を払ったわけじゃない。
「それでも…聞いてみる価値はあると思う。」
私は意を決して皇帝との面会をすることに決めた。
「―――ああ、確かに。マギア帝国の医師は魔法で昔の死因も鑑定することができる。」
私とミハイルは、コーディカス王国内のマギア帝国大使館にいた。
そして目の前には…皇帝の姿。
私がマギア帝国大使館に面会の依頼をした1時間後には面会をしていた。どうやったのか聞いたら
『そんなもの、移動魔法を使えばすぐだよ。それに…フィーリアに呼ばれたのだからすぐに来るのは当然だよ。』
と澄ました顔で言っていた。
「それで、どうすれば鑑定ができるの?」
私が尋ねると
「鑑定には身体が必要なんだ。でも、フィーリアのお母様は既に埋葬されていて、捜査するにも色々と手続きが必要だから下手に動けない…か。」
皇帝はふむ…と口元に手を当てながら考えている。
「…髪の毛1本でもあれば分かるんだけど…。」
お母様の髪の毛…
私はハッとして顔を上げる。
「私…お母様の形見のブラシを持っているわ。もしかしたらお母様の髪の毛が残っているかも。」
「良い考えだね、フィーリア。早速持ってきてくれないか?すぐにうちの鑑定医に出そう。」
にっこりと笑う皇帝とは対照的に、ミハイルは何故か終始少しだけ不服そうな顔をしてその日は解散となった。
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