第28話〜紫檀、悪鬼羅刹に散りて〜
「―――そうでしたか、セレーネのお知り合いで。」
客間に通されて暫く待っていると、すらっと背の高い銀灰色の髪の紳士が入ってきた。
先刻の、作業着に麦わら帽子、泥だらけの長靴姿から想像できないくらい洗練された佇まい。
「ええ…幼い頃、王都でお世話になりました。」
私は嘘にならないよう慎重に言葉を選んだ。
「そうですか。あの子にもこうして尋ねてくださる方がいらっしゃいましたか。」
そう言って私に微笑みかけるお祖父様。
「セレーネは、明るくて元気なのが取り柄だったんですけどね…。」
お祖父様は寂しそうに壁に掛かった絵を見つめる。
そこに描かれていたのは、仲睦まじげな家族の姿。
幼い3人の子供は母とニネミア叔母様…そして、2人の兄のヒューレー伯父様だろう。
「キトリさん…がご存知の通り、セレーネは原因不明の病で亡くなってしまったんですよ。何度エピスティニ家に言っても原因は教えてもらえず…。セレーネも王都から帰ってきた時には頑丈な棺に入れられていましてね…私たちには到底開けられないようになっていたんですよ。セレーネには幼い娘も居たのに…。フィーリア、と言うんですがね。とても賢くてかわいい孫ですよ。彼女も王太子の婚約者にまでなったそうなのですが、この間の婚約パーティで落雷に合ってしまってから意識が戻らないそうなんですよ。…無事だと良いのですが。」
曇る顔でそう話す祖父の姿に、私は胸がズキっと痛んだ。
お祖父様もあの日の事を知っているのね…。
いっそお祖父様たちには打ち明けてしまった方が良いのかしら。
私が口を開きかけると、お祖父様は
「ああ…。暗い話ばかりしてしまいましたね。申し訳ない。そうだ、ゼストス地方の話を少ししましょう。ゼストス地方は―――」
そう明るく振る舞おうと色々話してくれた祖父だったが、私の頭はお母様のことでいっぱいで、あまり入って来なかった。
私はあまり良く眠れないまま、王都に帰る日を迎えた。
ガリノスも知ってか知らずか、私の重苦しい雰囲気にあえて何も言わず淡々と帰り支度をしてくれた。
「…それでは、王都に向けて出発致します。」
ガリノスと共に馬車に乗り込み、王都に向けて馬車が動き出す。
また…ゼストス地方に来られるかしら。
段々と小さくなっていく母の故郷を眺めながら、私はミモザの小枝を握り締めていた。
「姉様!お帰りなさい!」
笑顔で出迎えてくれたミハイル。
そんな彼の姿を見て、私は思わず涙を流した。
ミハイルは慌てて私を座らせ、背中をさすりながら
「ゼストスで何かありましたか?」
せっかく笑顔で出迎えてくれたのに、ミハイルには申し訳なかった。
「あ、ありがとうミハイル…。ちょっと色々あって…。」
私はミハイルに、旅行中の事を全て話した。
「当時、お父様は既に法務局で働いていたわ…だから何か知っているかもしれないけれど、今までもお母様の話は何度も避けられているの、だから」
原因は突き止められないかもしれない。そう言おうとすると
「姉様、調べましょう。」
顔を上げるとそこには、真剣な眼差しで私を見つめるミハイル。
「でも…議会のように不正の容疑があるわけでもないし、それに…」
お父様と対立するのが、怖い。
そう言って俯き静かに震える私の手をそっと取り、 ミハイルは
「大丈夫です、姉様。姉様と…僕なら絶対に。」
そう言って笑うミハイルは、少し大人びて見えた。
「ええ…そうね。」
私は涙を拭って、ミハイルの手を握り返し
「ありがとう、ミハイル。」
と微笑みかけた。
―――ああ、ここ最近は良いことがない。
かつて歴代最高の《紫水晶の女神》と称された、ヴィクトリア・エピスティニは、冬の薄灰色の空を窓から眺めながら眉間に皺を寄せた。
愛娘のエリザベートがせっかく王妃教育を受けられる立場になったというのに、早々に投げ出して田舎の教会に出家してしまったり、夫のクリフォンは仕事が忙しいからと言って中々家に帰って来なくなったり…。
物憂げに鏡を見つめたヴィクトリアは、目を見開いて鏡に駆け寄る。
「―――目尻にこんなに皺が…ほうれい線も気になってきたわね。また先生に来て頂かないと。」
彼女が先生と呼ぶのは、マギア帝国で修行をしたことがあるという医師で、専門は美しさを保つための医療である。
ふぅ、と額に手を当て溜息をつく彼女の面持ちは、下手な彫刻よりも美しく隙がない。
「最近あった良いことといえば…あの子が雷に打たれて倒れたことくらい、よね。」
それでも、あの子―――フィーリアが倒れて以来、良いことがないような気もするヴィクトリア。
「今までの人生、王妃になれなかったこと以外私の思い通りだったのに。」
ヴィクトリアは、右手に持った扇子を握り締める。
ミシミシ…と悲鳴をあげる紫檀の扇子。
「私は、思い通りにならないことは大嫌いよ…。だから変えるの、どんな運命も。」
遂に扇子はバキッと音を立てて割れ、床に散らばった。
そんなことも気にする素振りを見せず、ヴィクトリアは、にやりと笑い、掌に残った扇子の破片を見てこう言った。
「―――そう…自分の手で。」
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