第30話〜朔風、後悔噬臍を運びて〜
「…あったわ。」
私は、エピスティニ家の自分の部屋でお母様の形見のブラシを手にしていた。
アレクシスの姿で実家に戻るのは苦労するかと思いきや
『眠り続けているフィーリアのために、何か彼女の持ち物を持たせてあげたい。』
とエピスティニ家に掛け合ったところ、意外にも簡単に許可をくれたのでこうして自分の部屋に入ることができた。
本当は本人の許可なく、未婚の令嬢の部屋に男性が入るなんて良いことではないけれど…本人の意思より、王太子への体裁を優先した訳ね。
まあ、好都合だけど。と私は自笑しながら、ブラシを手にしてエピスティニ家を後にした。
次の日。
私は、形見のブラシを手にマギア帝国大使館を訪れた。
ブラシを大使に預ければ、大使館経由で帝国に送って鑑定をしてくれるらしい。
マギア帝国大使は、ブラシをまるで国宝かの様に丁寧に受け取り
「陛下からお話は聞いております。即刻こちらのブラシを本国にお送りして鑑定をさせましょう。…恐らく、30分もあれば十分かと思われますので、どうぞ応接室でお寛ぎくださいませ。」
一体、どういう仕組みで30分あればマギア帝国でブラシの鑑定をして結果が送られてくるのか想像できないが、とりあえず私は応接室で待たせてもらうことにした。
約20分後
コンコンと応接室の扉がノックされて、マギア帝国大使が入ってきた。
「…こちらが鑑定書となります。公式文書のため、封がされておりますゆえ、王太子殿下ご自身でお開けくださるようお願い致します。」
…マギア帝国の魔法には驚かされるわ。
そして、鑑定書が来たということは何かしら分かったということなのね。
その場で封筒を開けたい衝動に駆られたが、結果を1人で受け止める自信がなかったので、一先ず王宮に戻り、ミハイルと共に開封することにした。
「…これが、鑑定書ですね。」
急いで王宮に戻ってきた私はすぐにミハイルを執務室に呼び出した。
ミハイルも緊張した面持ちで封筒を見つめる。
「…開けるわね。」
マギア帝国の紋章が入った封蝋をそっと外して中の鑑定書を取り出す。
私は恐る恐る鑑定書を開き、読む。
【セレーネ・エピスティニ 鑑定試料:毛髪 死因:
ファルマーキ草(指定禁止毒薬草)による中毒のため】
私は、全身の毛穴が泡立つのを感じた。
両手の握力が無くなり、カサ…と鑑定書が床に落ちた。
お母様は…毒で死んでしまった…病気じゃなかったんだわ…。
ミハイルは、床に落ちた鑑定書を拾いながら
「…ファルマーキ草。マギア帝国では禁止毒薬草として知られている薬草です。限られた環境下でのみ生育することができるので、帝国内でしか自生していないと聞いたことがあります。そして―――ファルマーキ草の毒は一定時間経過すると、普通の検死では検知できないそうです。」
「な、なんで…お母様はそんな毒で…?」
私の思考回路は最早、全く意味をなしていなかった。
ただただ、説明できない感情で涙が流れていく。
「姉様のお母様が亡くなる前にマギア帝国に行った人物を調べてみます。…恐らく、その中にファルマーキ草を持ち込んだ人物がいるはずです。」
ミハイルは泣いている私の背中を摩りながら
「姉様、大丈夫です。もう少しで真実に辿り着けます。…僕が最後までお供します。」
と言った。
「―――これが、姉様のお母様が亡くなった年より前にマギア帝国に留学した人物の一覧です。」
そう言ってミハイルは、一枚の紙を私に差し出した。
私はその紙を受け取り、目を通す。
「あら、この方は…。」
【ヴィクトリア・デフテロス=エピスティニ】
お義母様…?
そこには、私の義母の名が載っていた。デフテロスとは、コーディカス王国の貴族の家系のうち、分家にあたる家系に付けられるものだ。
義母はエピスティニ家の分家出身なので、留学したのは父と再婚する前ということになる。
そして、義母が留学していた年は―――母が亡くなる1年前の年だった。
「…調べてみる必要があるわね。」
私は、気持ちを奮い立たせるように勢いよく立ち上がった。
「この鑑定書と留学者の一覧を持って行きましょう。―――お父様のところに。」
―――この季節になると思い出す、忌々しい記憶。
あれは丁度、今日の様な、薄ら寒い日だった。
「あら、貴方からのお土産?…嬉しいわ。」
にっこりと笑顔で箱を抱きしめる妻…セレーネ。
「ああ…早めに食べると良い。」
私は目も合わせずにそう言って部屋に入った。
あの中には焼き菓子が入っている…それも、お手製の。
「大丈夫よ…私の気持ちがいっぱいこもっているの。…私もセレーネ嬢とは仲良くしたいのよ。お近づきの印に、ね。」
あの悪魔の様な笑顔…。どうして私はあの時断らなかったのだろうか。いや、断れなかったんだ。
司法を司る仕事に就きながら、私は大罪を抱えている…本当の私には、他人を裁く権利など無い。
コンコン…
「失礼致します、エピスティニ公爵。お客様がお見えです。お時間ございますでしょうか?」
執事がいつものように客人の訪問を告げる。
「…いいや、今は…。」
そんな気分では無い、そう断ろうとした時
「お客様というのが…実はアレクシス王太子殿下でございまして。」
そっと囁く執事。
私の娘を蔑ろにした莫迦者か。
どの面を下げてきたのやら。セレーネに続きフィーリアを失いかけている私の喪失感など分かりもしないだろう。
憂さ晴らしに文句の一つでも言ってやろうと、王太子を通すよう執事に命じた。
すぐに部屋に入ってきた王太子。だが、今までの王太子とは全く別物だった。
賢さが宿る水色の瞳。その表情は、何か覚悟を決めてきたかのようだった。
「…エピスティニ公爵。急な訪問にも関わらず面会いただきありがとうございます。」
「う…ああ。」
あまりの気迫に、つい怖気ついてしまった。
「本日、司法局にまで来たのには訳があります。
―――フィーリアの母、セレーネ様とエピスティニ公爵夫人のヴィクトリア様についてお話が聞きたい。」
そう言って王太子は、マギア帝国の紋章が入った鑑定書と、マギア帝国留学者一覧を私に差し出した。
ああ…遂にこの日がやってきたのだな。
私はゆっくりと瞬きをした後にこう言った。
「少し…昔話をしよう。」
◇
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