第26話〜疑惑、暗香疎影に紛れて〜
「それは…どういうことですか?」
私が思わずそう尋ねると、ニネミア叔母様は、しゃがんだままこちらを振り向いて、いたずらっ子のような笑みを浮かべ
「ふふ…これは中々知られていないことだけど、うちは病気をしない家系でね…。病気で亡くなった人なんていないのよ。ましてや若くして…だなんて。だからお姉様が亡くなった当時、うちの一族はそんなわけないってエピスティニ家に押しかけて行ったのよ。…でも、検死の結果から間違いなく病気だって言われて、これ以上詮索すると法的措置も辞さない…なんて言われちゃって…。」
ふっ…と溜息をつくニネミア叔母様。
「だから私たちも、それ以上どうすることもできなくて。―――長く続く家系なんだから、そういう事もあるわよってみんなで言い聞かせ合ったの。」
そして、ニネミア叔母様も持っていた花束を墓前に供えて、ぐーっと背伸びをしながら立ち上がった。
「ごめんなさいね。つい、色々お話ししちゃったわ…でも不思議、貴方とお話ししていると、お姉様とお話ししているみたい。」
にこっと微笑むニネミア叔母様を見て、私は心がズキっと痛んだ。
「ゼストスは良いところよ。ゆっくりしていって。」
そう言い残して、ニネミア叔母様は去って行った。
取り残された私は、ニネミア叔母様から聞いた話を頭でゆっくりと咀嚼する。
お母様の出身であるピュシス家は病気をしない家系…。確かに、今までそんな人がいなかったというのが奇跡であって、人間誰しも病気になる可能性はある…。
今まで、お母様が亡くなった原因について一度も疑った事がなかった。―――もし、本当は病気で亡くなったのではないとしたら…。
「…帰って調べないと。」
私は急足で丘を降り、宿に戻った。
「すまん、ここに2泊する予定だったが、急遽戻らなければならない用事ができた。今から出発できるか?」
丁度宿に戻ってきた眼鏡の従者―――ガリノスに私は、息を切らしながらそう尋ねた。しかし
「申し訳ありませんが、ミハイル王子から、もしアレクシス様が急に王宮に戻ると言い出しても、決して帰って来ないよう言いつかっております。」
と、帰宅をさせてはくれないようだ。
「なっ…!」
「ミハイル王子は、殿下が休みなしで働かれている事を大変心配しておられました。それに」
ガリノスは言葉を切って少し考えた後
「差し出がましいようですが、私も殿下は少し休息を取るべきだと思います。…我々従者もここ数ヶ月の殿下のご活躍ぶりを間近で見ていたつもりです。殿下のご活躍は…本当に素晴らしい。」
更にガリノスは
「世間では殿下の大きな功績ばかりに目が行っているようですが、私たち従者やメイドの労働時間の改善や賃金の上乗せなど、労働環境を改善してくださいました…!そんな恩人が休みなく働かれているのは、私も心が痛みます…。」
と、後半はいつも冷静なガリノスには珍しく、語気を強めて熱弁していた。
…みんな、私を心配してくれているのね。
私は、アレクシスと身体が入れ替わってから、この国を良くするために脇目も振らずに働いてきた。
ただひたすら国民のためを思ってやってきたけれど、こんな風に私の事を心配してくれているなんて思ってもみなかった。
―――それに、ここにいればもう少し母の事が分かるかもしれないわね。
「…分かった。予定通り休暇を貰うとしよう。」
「承知致しました。それではゆっくりおやすみくださいませ。」
ガリノスは、嬉しそうに一礼をして部屋を後にした。
私はベッドの端に座って、もう一度今日のニネミア叔母様の話を振り返る。
―――もしニネミア叔母様の話が本当だとしたら、お母様の検死結果を調べないと。
そして、その検死結果を管理しているのは―――お父様が局長を勤めている法務局。
―――簡単には行かなそうね。
ゆっくり休んで欲しい、とみんなに言われているが結局はあまり休めなさそうだ。
「…明日は、市街地を歩いてみましょう。きっと何か分かるかもしれないわ。」
そう私は独り言を呟いて、そのままベッドに倒れ込んだ。
次の日。
私は数年ぶりにゆっくりと目覚めた。
太陽が大分高い位置にある。
私は慌てて支度をしようと起き上がると、部屋の扉がノックされ、ガリノスが入ってきた。
「ああ、殿下起きられましたか…。ゆっくりおやすみできたようで良かったです。」
私がアレクシスと身体が入れ替わった直後はどこか冷たい雰囲気のあったガリノスだったが、今は寧ろ柔和な印象だ。
「朝食をお持ちしました。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください。」
ガリノスが持ってきてくれたのは、ゼストス地方の郷土料理、野菜をふんだんに使った温かいスープと焼きたてのパン。
「朝食が終わりましたら、身支度のためにまたこちらに参ります。それでは失礼致します。」
「すまない…ガリノス。」
私はガリノスにお礼を言った後、スープに口を付ける。
―――野菜の甘みや旨みを最大限に生かしたこのスープは、身体も心も癒してくれるようだった。
お母様も、このスープを召し上がっていたのかしら。
そんな事を考えながら、私は一口一口食事を噛み締めていた。
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