第25話〜邂逅、温柔敦厚の丘にて〜
馬車で移動すること7時間。
私はゼストス地方へ到着した。
本当は、蒸気機関車だともっと早くに着いたんだけれど、移動の時間も楽しみたかったので敢えて馬車移動にした。
王宮付近はまだまだ寒いのに、ゼストス地方は既に小春日和の天気だ。
ゼストス地方の入り口から中心街にかけてはミモザの木が立ち並び、毎年この時期には黄色い花を咲かせていて、開花を祝うミモザ祭りが催される。今年ももうすぐ開催されるはずだ。
私の母が好きだったミモザ。
うろ覚えの記憶だが、私の母の笑顔はミモザのように明るくて優しかった。
私を乗せた馬車は、ゆっくりとミモザの並木道を進んでいく。
木から零れ落ちそうなくらいたくさんの、黄色いふわふわとした花がとても可愛らしい。
少し経って、馬車は一軒の宿の前で停車した。
「アレクシス様。到着致しました。」
従者に声を掛けられて、私は馬車を降りる。
ほんのり甘くて、春の陽だまりのような優しいミモザの香りが風に運ばれて鼻をくすぐった。
その香りに、私は自然と笑みが溢れる。
今回泊まる宿は、高すぎず安すぎない普通の宿。
一応お忍びということで、身に付けるものや馬車など、王族のモチーフは一切付いていないものを選び、”伯爵家の中でも中堅くらいの家の者”くらいに見えるようにした。
宿でチェックインを済ませた後、私は従者に
「ここまでご苦労だった。部屋で休むなり、街へ出るなり自由にしていてくれ。」
と伝え、私も今回の目的である母の墓参りへ向かった。
街の中心街から少し離れた小高い丘。
そこに私の母は眠っている。
「お母様…。」
私は、街の花屋で手に入れたミモザの花束を墓前に供えた。
実は、物心ついてからこうして母に会いに来るのは初めてだった。
「私、こんな姿になってしまったわ…。」
と言いながらそっと母の墓石を撫でる。
柔らかなそよ風が、まるで私を包み込むように吹いた。
原因不明の急な病で帰らぬ人となった母―――としか私は知らない。
父が多くを語りたがらないからだ。
「お母様…どうして私を置いて行ってしまったの…?」
気が付くと、私は両目から静かに涙を零していた。
母の記憶は、小さい頃の曖昧なものでしかないが、そこには確かに母の温もりがあった。
もし、母が生きていたら、私は今よりもう少し幸せだったのかしら。
そんなことを考えながら、母の墓石の前で佇んでいると
「…あら?どちら様?」
私は声のした方を振り向くと、そこには茶色の髪に緑色の瞳を持った女性が花束を抱えて立っていた。
「あぁ…えと、おか…セレーネ様に生前お世話になって…。」
まさかここに人が来るなんて思っていなかった私は咄嗟にそう言った。…まあ、お世話になっていたのは間違いないものね。
「あらぁ!そうでしたの!慈善事業でご一緒したのかしら?」
彼女は生き生きと話をしながら私の姿を上から下まで観察していた。
…良かった、王族の服装じゃなくて。
「貴女は、セレーネ様のお知り合いですか?」
気を取り直して私が質問すると、彼女は
「あら嫌だわ私ったら!自己紹介がまだでしたわね!私、ニネミア・ピュシスと申します。セレーネお姉様の妹ですわ。」
ふわっと軽やかに淑女の礼をして、微笑む彼女。
「私、てっきりご挨拶してくださるのかと思っていましたわ。」
ふふふと笑う彼女を見て、私は、しまったと思った。
挨拶をする時は、基本的に爵位が下の者が上の者に対して行う。
私の今の服装だと、どう見ても伯爵、良くて侯爵家の服装だ。
ピュシス家は王族の次に位の高い公爵家だ。普段は先に挨拶をしてもらう側なのだろう。
私も公爵家の出身だし、ここ数ヶ月は王族として生活している。
私は自然と相手からの挨拶を待ってしまっていた。
「申し訳ない、僕は…少し訳ありで…」
私は少し考えて
「どうぞ、キトリとお呼びください。」
と最敬礼で挨拶をした。
「あらあら!全然お気になさらないで…!私、あまり社交界に出ませんので見る目が養われていないんだわ。…そうよね、ここにはお忍びでご旅行に来られる方も多いものね。」
しゅんとするニネミア…叔母様になるのか。確かにピュシス家はほとんど社交界に出てこないことで有名だ。母に妹がいたことは知っていたけれど、こうして会うのはおそらく初めてだった。
「いやいや、この身なりでは仕方のないことです。僕の方こそ申し訳ないです。」
2人で暫くぺこぺこ謝りあった後
「…それにしても、お姉様にも訪ねて来てくださる方が居たのね。」
少し寂しそうにふふっと笑うニネミア叔母様。
「そうなのですか…僕が最後にセレーネ様にお会いしたのがずっと前なもので…。」
これも、間違ったことは言っていない。
「そうよね、貴方くらいの歳の方なら、お姉様に会ったのはずーっと小さい頃のはずだもの。―――お姉様はね、あの三大貴族の一つ、エピスティニ家に嫁いで行ったんだけどね…。病で亡くなってしまったのよ。まだとっても若かったのに。」
そう言って、ニネミア叔母様は母の墓石の前にしゃがみ込む。
ミモザの香りを運ぶ柔らかな風が、彼女の茶色の髪を優しく撫でる。
「…15年経った今でも信じられない。ピュシス家は丈夫で長寿なのが取り柄なのに。」
「…え?」
私は思わず固まってしまった。
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