第17話〜紫暁、今是昨非を覚えて〜
身体が鉛のように重たいわ。
私はベッドの中で寝返りを打つ。
一睡もできなかった夜が、もうすぐ明ける。
私はずっと考えていた。
私は…私の人生は…一体なんだったのかしら。
私はもう一度寝返りを打った。
身体に触れていなかった部分の掛け布団がひんやりと冷たい。
私は、フィーリアお姉様のことを考えた。
フィーリアお姉様。
地味で、物静かなお姉様。
私と同じ紫の髪と紫の瞳を持つお姉様。
でも私とお姉様は、お母様が違う。
お姉様のお母様は、病気でお亡くなりになったそう。
お姉様のお母様は、紫の髪でも紫の瞳でもなかったみたい。
私のお母様は、母親が紫の髪と紫の瞳を持っていないのに、お姉様が持っていることが気に入らないって言っていたわ。だから、お姉様は《紫水晶の女神》じゃないって。
私は仰向けになって、柄の入っていない、ただの白い天井を見つめる。
―――お姉様は黙々と王妃教育に通っていたような気がする。
少なくとも疲れたとも辛いとも、一度も聞いたことはありませんでしたわ。
「フィーリアお姉様!お姉様に王妃教育は大変過ぎるんじゃなくって?」
と私はニヤニヤとしながら、お姉様に聞いたことがある。
その時のお姉様は無表情で
「いいえ、別に。」
とだけ答えてさっさと部屋に行ってしまった。
「まあ、地味でパッとしないお姉様ですから、さぞかし大変でしょう?私、いつでも代わって差し上げますわよ!」
私はお姉様の背中にそう伝えた。
―――私は、私こそが《紫水晶の女神》だと信じていたから、いつもお姉様を見下していたわ。
私の両親も、私の方をたくさん可愛がってくれていたわ。いつもお姉様より良い服を着て、お出掛けもたくさん連れて行ってもらって…。
それに、何をやってもエリザベートの方がよくできていると言ってくださってましたわ。
そんな環境だったからか、あまり家族とはお話しをしなかったお姉様。
あの時、こんなにも辛い王妃教育を1人でずっと耐えていらっしゃったのね。…しかも、今の私より歳が下の時に。
そして、私はお姉様からアレクシス様を奪ったのよね。
「お姉様に…謝りたい…。」
気がついたら私は、自然とそう言っていましたわ。
でもお姉様は、あの日からずっと目覚めないまま。
せめて、眠っているお姉様に会いたい。
そして
王妃教育は、もう辞退させてもらいますわ。
―――辞めてしまうのは怖い。
だって、せっかくお母様と私の夢だった王妃の座に近付けたのに。
でも、私は王妃の器じゃないし、《紫水晶の女神》にふさわしくないって、痛いほど分かってしまったから。
お母様は、きっと…きっと許してくださるわよ、ね?
お母様がもし許してくださらなかったら…その時は
私とお母様は、きっともう一緒に暮らせないわ。
私は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出し、震える身体を抱きしめながら無理矢理目を閉じた。
「エリザベート様。起床のお時間でございます。」
昨日と同じ様に、日の出前に扉が叩かれた。
私はハッと目覚めると同時に、あの後少しだけ眠れたのだわと気が付いた。
「ごきげんよう。…先生。」
私が昨日とは違ってきちんと起きたことに少し驚いた表情をしたメイド長似は、すぐに厳しいお顔に戻って
「…本日は、舞踊と外国語の授業を受けていただきます。朝食をお持ちしますのでそれまでに身支度を。」
そう言って部屋から出て行こうとするメイド長似を、私は
「あ、あの…!ちょっと、お待ちになって!」
と引き留めた。
不思議そうな顔をして振り返るメイド長似。
「わた、私…その、もう…王妃教育を…じ、辞退させて頂きたくて…。」
もう王妃教育を投げ出すのかと馬鹿にされてしまうかもしれないと思い、恥ずかしさと悔しさと情けなさで震える私の声は、最後の方は消えそうになってしまいましたわ。
それでも、メイド長似は顔色一つ変えることなく
「…承知しました。身支度と朝食が終わりましたら、アレクシス王太子殿下の所に参りましょう。」
と淡々と言って、部屋から出て行った。
ああ…辞退するって、言ってしまいましたわ…。
私は少しだけ安心して涙を流してしまいましたわ。
ごめんなさいお母様。
エリザベートは上手くできませんでしたわ。
どんどんあふれてくる涙は止まる気配を見せず、もう自分でもなんで泣いているのかも分からなくなってしまい、結局、朝食が運ばれてくるまで私は泣き続けてしまったの。
あれから、私はメイド長似に手伝ってもらい、身支度をして朝食を食べた。
そして、いよいよアレクシス様に王妃教育を辞退することを言いに行きますわ。
アレクシス様の執務室へ静かに歩いていくメイド長似と、それに続く私。
いつもよりも、廊下がとても長く感じますわ。
私の目の前には、キビキビと歩くメイド長似。
―――そういえばこの方のお名前、ちゃんと覚えることができませんでしたわ。
「あ、あの…。」
私は勇気を振り絞って、メイド長似に話しかけた。
「はい、なんでしょう。」
メイド長似は、振り返ることも立ち止まることもせず返事を返してきましたわ。
「ええと…その…今更なのですが…貴女のお名前、きちんと覚えてなくて、その…。」
どうしても上手く言えない。また泣きそうになった私に、メイド長似は
「… ディディミ・コンプソンです。」
と短くはっきりと答えた。そして
「短い期間とはいえ、王妃教育を受けた者として、最後まで堂々としていてくださいませ。」
と私が泣きそうなのを知ってか知らずか、コンプソン先生はそう付け加えた。
「…そうかい、エリザベート。王妃教育を辞退するんだね。」
アレクシス様の執務室に着いた私たちは、アレクシス様の机の前に並んで立っていた。
「ご、ごめんなさいアレクシス様…。エリザベートは上手くできませんでしたわ。」
そう、王妃教育を辞退するということは、婚約者にはなれないということ…そしてもちろん結婚もできないということ。
もしかしたら、アレクシス様は私を特別にって引き留めてくださるんじゃないかしらと少し期待してましたのに
「エリザベートがそう決めたのなら仕方ないね。今までありがとう。」
と少しホッとした様な顔で、あっさりと別れを受け入れましたわ。
…私、アレクシス様にこんなに軽く思われていたのね。
王妃になるためとはいえ、アレクシス様のことは大好きでしたのに。
私はもう悲しみを通り越して何も感じることができなくなっていましたわ。
「…今までありがとうございました。アレクシス様。」
私は、最後にアレクシス様とコンプソン先生に一礼して執務室を後にした。
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