第14話〜紫夜、安閑恬静に耽ける〜
今日は散々だったわ。
結局、午前中の先生の話は一つも分からなかったし、午後の絵画の授業だって
「えー…ここまで才能…というか芸術を感じなかったのは生まれて初めてでございます。」
なんて頭を掻きながら言われてしまったし。
そもそも私、絵画の授業なんて受けたことありませんわ。
私は、いつもと違うひんやりと冷たいベッドの中で小さくなっている。
…家だったら、温まったベッドと寝る前のお茶が用意されているのに。これじゃあ疲れなんて取れやしないわ。
じわっと目から涙がこぼれ落ちた。鼻がツンとなって痛い。
私は目をつぶってお母様を思い浮かべる。
お母様。エリザベートは頑張っています。
今日の授業は…やったことがないことだから、上手くできなかったけど、明日こそ上手くやります。
だから、どうか
どうか、もっと私をほめて…。
「貴女は世界で1番美しい《紫水晶の女神》なのよ。」
私を膝に乗せ、私の紫色の髪をくしで梳かしているお母様。
お母様の手は優しく添えられていて、私はまるで宝石になったよう。
暖かい日差しが窓から差し込んできて、とっても気持ちいい。
これが3歳か4歳の頃、私の1番小さい頃の記憶。
「《紫水晶の女神》ってなあに?お母様。」
私はお母様を見上げる。紫色の瞳同士が見つめ合う。
「《紫水晶の女神》はエピスティニ家の中でも限られた人にだけ与えられる称号…呼び名なのよ。」
そう言って微笑むお母様。そして鏡を指し、私に頰を寄せて
「ご覧なさいエリザベート…貴女は美しいお顔に美しい紫の髪と紫の瞳を持っているでしょう?―――これが《紫水晶の女神》の証なのよ。」
「ふーん。そうなのね。でも、フィーリアお姉様も紫色の髪と瞳よ?」
と私が言うと、途端にお母様は怖い顔になって、私の髪を梳かすのを止めて
「あの子は《紫水晶の女神》なんかではありません。―――地味で、いつも辛気臭そうな顔をして…それに、あの子の母親なんて紫髪ですらなかったんだから。」
と言った。私にはよく分からなかったが、とにかく、私が《紫水晶の女神》で、お姉様は違うみたい。
「良いこと?エリザベート。」
お母様が元の優しい顔をして囁く。
「《紫水晶の女神》である貴女が王妃になるのよ。今はあの子が婚約者になっているけど…いずれあの場所を貴女のものにするの。…いいわね?」
「…分かったわ、お母さま。」
私が笑顔でそう答えると、お母様は満足げにまた私の髪を梳かし始めた。
―――普段はとっても優しいお母様。だけど、時々怖い時がある。
例えば…そう、お勉強の時とか。
「エリザベート、どうしてこんなことも分からないのかしら。」
ぴしゃり、と私が勉強で使っていたノートを床に叩きつけるお母様。
その時のお母様はお顔も声も氷のように冷たくて、いつものお母様じゃないみたい。
「あ…ご…ごめんなさい、お母さま…。」
ポロポロと涙を流す私。すると決まってお母様は私を抱きしめて
「貴女のためよ、エリザベート…貴女が王妃になるためにお母様は厳しくしているのよ。」
それでも私は怖いお母様を見たくなくて、お母様に褒められたくて。
家庭教師のリダ先生に、私は上手くやっているようにお母様に伝えてとお願いしたの。
リダ先生は最初は少し困っていたけれど、いつも怒られている私を気の毒に思ってくれて、お母様には上手くやっているように伝えてくれるようになったわ。
そして、お勉強を少ししたらおしゃべりをするようになった。お茶を飲みながらリダ先生と何気ないお話しをするのが楽しくて、もっと早くからこうすればよかったって思った。
お母様も、リダ先生が上手く言ってくれるようになってからは、いつもご機嫌で優しくなってくれた。
…本当は、お勉強の時間を早めに切り上げてお茶会をしたり、おしゃべりをして時間を潰しているなんて言えないけれど。
時が経って、私も一通りの教育を受け終わり、一人前の令嬢として社交界に出るようになった。
「…君、名前は?」
王宮が主催のパーティで、私はアレクシス様に声を掛けられた。
アレクシス様…若くして政治にも関わっている優秀な方。サラサラの金髪に、青空の様な水色の瞳。絵本に出てくる王子様みたいな素敵な方。
「私の名はエリザベート・エピスティニと申します。」
たくさん練習した最敬礼の挨拶。
「はは…まるで蝶のような優雅さだ。」
そして、アレクシス様は私に手を差し出して
「…少し、2人きりになれる場所へ行こうか。君ともっと話がしたい。」
私は嬉しくて舞い上がりそうになるのを抑えながら
「ええ、喜んで」
と答えて、アレクシス様の腕にしがみついてパーティを抜け出した。
遠くでお姉様がこちらを見ていたような気がするけど、きっと気のせいね。
だって私、アレクシス様に選ばれてしまったんだもの。お応えしない方が失礼…よね?
私は口元が緩むのを抑えられなかった。
「エリザベート、貴女なら必ず王妃になれるわ。」
そう言って抱きしめてくれるお母様。
「あの子…フィーリアには絶対勝てる。だって貴女こそ《紫水晶の女神》なの。王妃の座は貴女のものなんですから。」
私はお母様を抱きしめ返し
「お母様、私絶対にアレクシス様に選ばれますわ!…実はこの間のパーティで、今度2人きりでお会いする約束をしましたの!」
「まあ!流石私の《紫水晶の女神》ね。」
アレクシス様も、お姉様じゃなく、私を選んでくれている。―――王妃は私にこそ相応しいわ。
だって私は―――《紫水晶の女神》なんですから。
夜が更けていく中、私は少しずつ温まってきたベッドの中でゆっくりと微睡んでいった。
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