もう少しで港なんだがひと休み
「港はこの先でいいのか?」
「ああ、そっちの道であってるよ」
街道ですれ違う行商人のような出で立ちの男に尋ねると港は向こうだと指をさす。
「どうも」
魔狼は軽く一礼して、プーの手を引き歩を進めた。
微かに香る潮風と地図を頼りに海を目指し朝から歩き続けていたが、もうすぐ日暮れ近くになる。
乗り物を借りようにも現金をトメちゃんから預かり損ねていたのに気付いたのは少し前のこと。
「頼むから登るな。まだ自分で歩け」
体によじ登ろうとするプーを制すると、魔狼の足に一撃が入った。なぜかペンペン叩かずグーパンチでだ。
「いて。怒るなよ」
体重が増えてあるのに数時間も居座られては人の姿で肩こりを感じ始めたのだ。
浮遊する生態のプーが歩くのは地を這うようなものだが、時々足が地面から微かに浮いているから疲れては無いのだろう。
何せ興味のあるものを見ると手を振り払い走っていくのだ。
魔狼はそんな様子を乗り物に乗れない不機嫌な子供のようだと思った。
「水、飲むか?」
プーに皮袋を手渡すと感触を楽しむようにそのまま手に流し始める。
「あ、こら。ちょっとにしろ」
魔狼は慌てて半分以上出たところで取り返すとまた足に一撃が入るのが小憎たらしい気もした。
コートの中に食べ物とともに数袋の在庫はあるが不足の事態もあるだろう。備えあれば憂いなしだ。
「少し休むか」
空腹を感じた魔狼は日が落ちる前に集落近くの空き地でひと息入れることにする。
何軒も並び建つ家々は畑の中にあるものより頑丈で洒落た造りなのが見え、村の中心部だと思えた。
まあ大方この辺は村長や地方領主か裕福層の住まいで、この空き地は集落のイベント用もしくは有事の際の拠点のための解放地か、などと逡巡しながらコートを脱ぎ枕にでもするかと丸めた時だった。
「そこの黒いひとー。まさか子連れで野宿する気かなあ。この辺夜は危ないよー」
村の方から走ってきたのは小柄な少女だった。
周りに数人いる同じように野宿をしようとする者たちも、少女の言葉に顔を上げて次々と反応した。
「それは、子供が危ないという意味?」
「戦地はフィネリアだし何言ってんだ」
「周りは畑で、そこに村だし見通し良すぎてなーんもねえぞ」
その少女は一見すると人間のようだが、肌が薄い墨色で魔族だとわかる。
それに荷物も持たず、清潔そうな薄い黄色のワンピースを着ていて旅の者ではないとわかる。
黒いひと、子連れと言ったからには、髪も服も黒の自分に向けた言葉だなと思った魔狼は少女に確認することにした。
「どういう意味だ」
「何日か前地震があって畑に地割れができてるの。段々こっちに広がってて、小さい子が落ちたりしてるし危ないかなあ。それに夜は闇トカゲが出るの。小さい子は狙われちゃうよー?」
「闇トカゲ?」
魔狼が知らない名前を繰り返した所で周りの者たちが騒ぎ始めた。
「な、住処は小山の洞窟じゃないのか?!」
「そういや地震で丘が崩れて、トカゲが里に降りたって噂が……」
「や、宿に空きはあるのか!?」
慌てて荷造りを始めた人々に向け少女はにこにこして言った。
「村の宿、麦の緑亭、空室ありまーす」
並び建つ家の軒先には小さく看板が備え付けられ、大きさからどうやら住居兼自営業といったところだった。
旅の中継地点にありがちな規模の雑貨屋の隣には酒屋、その隣には宿屋がある。
「田舎には下っ端魔力じゃ敵わねえ魔物が少しだけ残っててなあ」
「まあ、滅多に姿見せないし境界守るっちゃ変だけどよ。小物食うくらいで畑や生活に害がないしで放置してんだわ」
「子供を襲うといってたが?」
「暗闇で小動物と間違われてもしたらそりゃ食われるだろーなあ」
魔狼は結局宿屋に世話になることにした。
二段ベッドが狭い部屋にふたつ。簡易宿泊所といった宿に息苦しさを覚えてやって来たのが酒屋という食事処だった。
「宿屋の嬢やんが稼ぎ時とばかりに空き地に声掛けに行くんだわ。ありゃあ目敏いね」
「馬の脚食われたことあったしな。もう大騒ぎさ。この村医者いねーからよ。なんかあっても俺ら困るんだわ」
「色々大変だな」
地元の人と思しき者たちは一泊だけというサイクルの早い旅人に、村の事情を話すのが酒の肴らしい。
「こんな片田舎、フィネリアから離れてりゃ平和なもんさ」
「この先の港町は港から入った色んな種族が見れて面白えぞ」
「へえ」
魔狼は相席になった諦めから、然程有益じゃない話に適当に相槌をうっていたが気になることを思い出す。
「そう言えば、地割れが広がっているとか言っていたな」
男たちは顔を見合わせてゲラゲラ笑い始めた。
「ありゃあ、嬢ちゃんの客引きネタのひとつさ。トカゲで動じない者もいるしな」
「確かに地震はあったんだわ。ここいら土地が緩いけど地割れなんてちょっとさ。竜巫女さんが顕現したとかいってるしよ、地面や岩肌ネタは信憑性あるだろ」
「一本とられたってことか」
魔狼は苦笑して、隣で黙々と食べ続けるプーの食欲をどうしたものかと溜め息をつく。
縦にも横にも育ってないのは良しとするべきだろう。
酒屋ではアルコールと体臭の入り混じる匂い、宿ではいびきや部屋の狭さに耐えかねた魔狼は外の空気を吸うことにした。
「地割れ、ね」
空き地に隣接する畑の畝の端々に、確かに地割れともいえる段差が見えた。
柔らかい土壌が乾燥すれば割れるし、土を動かせば人為的にそれらしく見せれるだろうなと鼻で笑った。
「……清潔魔法も水場もないんだぞ」
そんな地面にしゃがみ込んで土をほじくり始めたプーに、後の面倒を伝えるが通じてはないようだ。
「なんだ?」
何かを掴んだらしく、眉間にシワをつくり小さな両手でうんうん引っ張り始めたのを魔狼は覗き込む。
「なんの生き物だ」
うねうねと黒く細い紐のような物が小さな手の中で蠢いていた。
興味津々、真顔で引き続けるプーの好奇心に負けた魔狼は手伝うことにした。
「力任せだと切れるかもな」
そう言って掴み思い切り引いた次の瞬間、あり得ない大きさの物が自ら飛び出る。
それは体躯を反転させ、大きな口を開けてプーに齧りつこうとしたのが見えた。
「っと!」
魔狼は咄嗟に反応して叩き落とす。
ぼてっと鈍い音が聞こえて落ちたそれは、成人ほどもあり手足がない硬そうな鱗に覆われていた。
よく見れば退化したように突起のような手がある気もするけれど、黒くぬめった紐上の形態はどうみても蛇だった。
呑気に観察していたが、するすると異様な速さで土に潜ろうとし始めたところを足で踏みつけた。
「待て。蛇は鳥ササミ味で美味いんだよ」
血生臭い食事が不足していた魔狼は、軽く炙った先ほどの蛇を骨を噛み砕く音を響かせ味わっていた。
おもちゃを奪われたプーは、そんな魔狼を嫌そうに半目で見る。
「美味いんだよ。文句あるか。見た目は微妙だけど、やっぱりササミ味だな」
「なにがササミじゃ。同類を食われるのを見るのは気分がよくないのじゃ」
「蛇も竜も爬虫類だったか」
どうせ地中移動してきたんだろう。
どこからともなく現れたトメちゃんに笑いながら答えると転がる物を見て呟くのが聞こえた。
「これはトカゲなのじゃ」
「おお、闇トカゲか、本物は初めて見るな。これを狩るとはさすがだな」
「……は?」
魔狼はトメちゃんとルクセルの声を聞き、手に持つ串焼きにしたトカゲらしき肉を見つめるのだった。
その日から闇トカゲの目撃がぴたりと止んだのは言うまでもない。




