めくじらたてても仕方がない
「なあ、プー。森は遠いなあ」
膝の上に乗るプーは気持ちいいほど頭を上下に振ってから首を傾げる。魔物の類でも高魔力保持で知能があると魔獣とはいえ、態度で示す是非は相変わらず不明だ。それに重い。体型変化はないのに明らかに体重が増えているのは単なる食い過ぎだろうか。
「旅も大変よね。私も相談役の仕事が増えて嫌になっちゃうわ」
「朝から忙しいな」
マドは中心部に到達した頃トメちゃんと入れ違いだったようだ。
魔狼は迎えのないことに疾走して教会に戻り、プーと座り込み思案していたところに帰ってきたマドに結局一泊世話になった。
「おはよーさん。西二区画分確認頼むぜ」
「土台再構築完了です。ここ置いときます」
「早いわね。ご苦労様」
ここは教会らしく長椅子が並列するが、精々十脚ほど。あとは四角いテーブルセットが広々とした空間に置かれている。祭壇はない。少しだけ段差がついた壇の奥に屋根と同様の彫刻が壁に施されているのが特徴だった。
「職人は張り切ってるからなあ。北区の奴ら来たら渡しといてくれ」
「補償あるらしいですね、じゃ。また」
「行ってらっしゃい」
マドは茶を継ぎ足し小さく嘆息した。
朝食を終えた所で次々に訪れる町民から再建のための区画確認に設計図などが届けられる。町長や役場といういう職はなく区画の有力者に皆が自然と足を運び、各々が要所で必要に応じた役割を担うようだ。
教会は無傷でマドは相談役でもあるため、東側の再建連絡拠点になっていた。
魔狼はプーを膝にのせ大陸の地図をおもむろに眺めて次の行動を考えるが少しだけ不安になった。再建を補償すると、その場しのぎの自分の発言を思い出したからだ。頭に出たままの獣耳が片方だけ後ろを向く。
「ほんと昔話通りの神子様で困るわね。ほらこれもお食べなさい」
「昔話?」
魔狼の視線に気付き、襟を立てたマドはプーに皿を勧める。パステル色の小粒の焼き菓子はあられのようだ。それを食い入るように見たプーは小さな指でつついてから口に頬張り始めた。
「竜と神子は対なるもの。または竜そのものといわれ、守護獣とはいえ魔獣だから破壊と再生の逸話はたくさん残ってるの」
「そうか」
「友と謳う魔王バルテル得意の剣でも竜には敵わずとかね」
古竜には何人たりとも敵わないのは当然だ。どこの竜も有り余る力での破壊は昔からということかと、自然と屋根の上と同じ彫刻に顔が向く。
「あれはフィネリアを、人の国を剣で殺めるべからず。諍いには竜と共に制裁をというモチーフね」
「……へえ」
「教会はその時代の建物なのよ。ここで竜と共に過ごした、なんて話もあるの」
何年前の話かは見当も付かないが、正直過去には興味がない。これ以上深入りする気もないし、森でのんびり暮らしたい魔狼は適当に相槌を返す。
「それでねえ、皆が言うには神子様の使いが獣人で黒尽くめの男だったらしいのね」
頬杖をついた婦人は、虚ろな生彩のない視線は魔狼の頭上の耳に向いていた。
「何の事だか」
魔狼はカップを啜り肩を竦めると、魔力の波動にも憶えのある者たちがドアを開けた。
「マド、邪魔するぞ」
「書類揃ってるー?」
扉を開けたのはあの自警団らしき虎獣人と目隠し女性だった。太めの鼻先を向けてきた虎耳の武人は魔狼を認めて目を細める。
「客人か」
「あ、あーーっ! 神子の使いっ!」
「あら。やっぱり」
「……どうも」
魔狼は誤魔化し切れない諦めに、誰がトメちゃんの使いだと思いつつ、冷えた茶を含むと鼻に抜けた香りと苦味を覚えた。
向かいには布で目隠しをしたダークエルフ。髪は栗色ショートで若く見えるが、豊満な体つきは成人女性のもので、身体が揺れているのは貧乏揺すりだ。
その横にいるのは、特徴的な縞模様の尾と耳の男は肉厚で高耐久を思わせる太めの骨格に角張った顔つきは、まさしく益荒男。
沈黙の中、茶をいれなおすマドの動作を目で追い、獣人二人の視線に気不味さを感じ始めた頃、虎獣人のアルマンが口火を切る。
「使者がここでなにを、いや、どうこう言っても仕方ないな。早速の人員の感謝を竜神子に伝えて欲しい」
「土魔族達が地面から出たのには皆が驚いたんですよ」
早急な対応があったらしく、魔力持ち達と町の修復進度が早いことと詫び石が商業組合に届いた旨を報らされる。
アルマンとギーはマドと同様に魔王決定戦で身体欠損が生じ、魔王の魔力加護のある高位魔族だという。
マドは魔狼を使者としても少ない情報を鵜呑みせず確認する様に聞く。
「神子様と旅をしてるということかしら」
「縁あって港までな」
「使者じゃないのか」
「ない。あの場を収めるにはあれで良かっただろ?旅の者には戦だ粛清だかは関係ない事だし、古竜とて特定の対象に肩入れはしないものだ。自分は家に帰りたいだけだからな」
アルマンの片眉が上がるのが見えたが、マドが話を進める。
「そうなの。転移で帰りたいっていうのよ」
魔国の民は戦の仕組みも発祥も既知のこと。
地岩竜はフィネリア国のような伝説や物語ではなく、大陸に存在するべき守護獣と認識が根付いていた。神子はその使いで魔王バルテルの側にいた者、即ち友として伝わり、竜と神子は破壊と安寧と恩恵をもたらすといわれている。
光の王バジリオは光球虫が側にいたらしいが詳細は不明。そして光の王の死で協定関係の平和が終わる。
戦はいつの世代も魔国の勝利で、新魔王の力量と采配を粛清という名でしらしめる。フィネリア国に属国という証しの屈辱を与え、力の差を見せつける為に続く。
勇者発祥時期は不明。フィネリア国が異国人を使い、均衡を破ろうとするが未だ敗北し続けている。
転移術はバルテルもバジリオも使えていたらしいが、国を代表する程の魔力が必要らしい。即ち、アルマンとギーでも使えないとわかり肩を落とした。
「すまんな。俺たちはこれで仕事に戻る。神子様に破壊は程々で頼むよう伝えてくれ」
「本当頼みますよ!」
そう言って二人は町の再建の騒音がするドアの向こう姿を消した。
マド達の話を聞いて、転移術は昔から使用するにあたり必要なことが判明する。
「じゃあ陣がいるんだな」
「魔力消費が抑えられるし、マーカーの設置場所が必須とも聞いた事があるわね」
「魔王と側近しか使えないということか」
「だと思うわ」
クロウが未踏の地には転移が出来ないと言っていたのを思い出す。
最終戦に向けフィネリア国に向かったらしい魔王に会う気も、逃げて来た場所に戻る気もない。もう予定通り乗船して大陸を目指すしかない事に小さくため息を吐いた。
地中に帰ったトメちゃん達はどこかで合流できるだろう。たかだか三日程の距離だ。このまま別れとなるかもしれないが。
「迷惑を掛けたな」
「ふふっ、良い旅を」
マドはやっぱり虚ろな目で、それでも柔和な微笑を浮かべる。
すっかり平らげたバスケットをたいらげようと涎塗れにしていたプーの手を取り、魔狼は教会を出ることにした。




