むりやりってこういう事だ
な、なんじゃこりゃ。
理解不能な景観だった。
美観地区のような街並みは消え失せ、焦土と化した場所に集う魔族達。それを囲むように残る瓦礫に埋もれる家屋。焦げて崩落してもなお原型をとどめる骨組みや基礎はまさに火戦場跡。
人々はそれを悲嘆する素振りもなく、足場を確保したものは屋台を組み商売を始める。
路端に転がるのは泥塗れの制服着用者に薄汚れ血もにじむ負傷者に、それを治療する者たち。焦土を囲むように人が溢れ、誰もが笑顔で飲み食いし酒をあおっていた。
そして出遅れたと口にするものは意気揚々と中心地の焦土へ向かっているのだ。
「どうなってる?」
「すげえぞ。ちっこい女の子がまだまだぶっ飛ばし中だってよ」
走るもの達に紛れ話しかけるが、魔狼はその答えに軽くめまいがした。
「なんでここまでの被害が ?」
「そりゃあ前線出るやつは基本軍人か傭兵だろ? 一般人の俺らが魔力ぶっ放せるのって余程のことでさあ。戦争は興味ないけどあれだ、本能?」
「あはは、血が騒ぐってやつだよ」
「便乗さあ!」
並走するもの達が次々と横やりをいれてくる。
「祭りだよ、祭り! 自警団が寄って集って敵わねえなんて見ものだろ。初っ端野次馬がちょっかいかけてどーんと二次被害ってなあ」
「おうよ! まあ壊したって怪我したって魔術でなんとでもならあ」
「騒ぎたい奴だけ便乗さあ」
豪快に笑い喜々として中心地にむかう男たちの中でも、そこにある強大な魔力に気付くものは足を止め青ざめ、魔力感知スキルのないものはアドレナリン支配のまま突っ込んでいく。
「!」
波動を感じた瞬間、地面が絨毯に思える程軽びやかに波打った。それはありえない大波。足を踏ん張れないものは面白い高さで空に舞い、耐えたものは波の後に降り注ぐ大量の石つぶてに負傷する。魔術で威力を相殺したり、跳ね返すツワモノもいた。
「うおおおおおっ」
「わはっはは!!」
「んな〜ああぁっ!」
そこかしこで野太い奇声や笑い声に包まれ、魔狼は頭上の耳が後ろに倒れた気がした。中心に行き着くものは稀のようだ。
「なにやってんだか」
それでも舞い落ちる魔族は楽しげだ。それをみて魔狼は鼻で笑った。
対峙するのは筋骨隆々の明らかに武闘スジの男。特徴的な縞模様の耳と尻尾から虎獣人とわかる。
もうひとりは極彩色の布を頭に巻き付けて目を覆う細く小柄な女。人間と見間違える容姿だが、耳が尖って肌が褐色なのは定番のダークエルフか。
二人とも顔や腕など露出した肌にある内出血はアザとなって皮膚を斑目にし、切創の血で服を染め上げていた。
「気が済んだかの弱き種族ども。いくら向かって来ようと我には勝てないのじゃ」
腕を組んで踏ん反り返っているのは明らかに少女のトメちゃん。怪我も汚れもなく金髪は風に揺れ、その顔は小生意気な笑みを浮かべる。それはもう獣が弱きものを弄ぶ悪魔の笑みだった。
「っの小娘! いい加減にしないか!」
虎獣人は疲労をにじませ噛み付くように言い捨てた。
「我は悪うないぞ。可愛い婦女子に融通もきかせず、果ては警備人に引き渡すじゃと? もの言いすれば手を出してくるから蹴散らすまでよの」
「ギー、この子話絶対通じてないって。諦めようよ」
「しかしアルマン。善悪は魔国にだってあるからこその自警団じゃないか。それをな、それをこうもな、こんな子は初めてだ!」
ギーと呼ばれた虎獣人は涙目で胸の前で拳を作り、陰鬱な空を仰いだ。
「で、どうするの。相手するのもう無理じゃない?魔力差ありすぎよ。あたし疲れたわ」
「そうだが、ここまで来て退くもなにも。町の被害を考えるともう、やるかやられるかじゃないか?」
数歩後ろに立つアルマンは、ギーの答えに肩を落とす。この男はいつもそうだ。解決するまで前に進み続けて引き際を知らない。
「無理だってば。あたし、他団員の撤収指示まわすからね。そういえば連れの魔力も小さい人間は?」
そう言われてみればとギーは、少女と共に大剣を携えた気の強そうな女がいたことを思い出す。
初発の地うねりと、家屋を吹き飛ばす衝撃派に舞い飛んで行く瓦礫と同じように自分たちも何回も飛ばされてもなお、少女の暴虐ぶりを止めようと対峙しているのだ。
「死んだかなあ。連れならもう少し説得して欲しかったんだけど」
「普通連れは殺さんだろ」
「普通じゃないってば」
ジワジワと後退し、トメちゃんから距離をとるギーとアルマン。得体のしれない小娘に歯が立たない悔しさよりも、強さも理解力も異次元の相手に疲弊し心も折れてきていた。
「なにをヒソヒソと、感じ悪いのう。もう飽きたのじゃ! ルクセルは、はて?どこじゃ」
自警団たちと対立すること数十分。トメちゃんは漸くルクセルがいないことに気付くのだった。
「貴様。来るのが遅い」
お姉様は遠い目をしていた。
「分担しただろ」
ルクセルは現在地より少し離れた崩壊家屋の壁にもたれ座っていた。いつも背負っている大剣を地に横たえ、膝を立 てた上に肘をつき、降り注いだ砂塵に頭をガシガシかき払う。その横に座る魔狼はトメちゃん達の会話を拾 っていた。
「何があった」
「ことの起こりは買い物だがあれほど強い獣人は知らん。己の力量の限界を知ったよ」
ふふっと自嘲の皮肉めいた笑みを浮かべても、目は笑っていないルクセルは呟くように話し続ける。
こわい、こわいぞお姉さん。
「現金はない。トメちゃんのあのカードも使えまい。それは伝えたし宿屋の件も理解していた。現金にするには商業組合にいけば可能だとも店の主人に教えてもらった。それを聞いてもだ。あれはポケットから小石を出して菓子を買うとな」
「村で使ったやつか」
魔力残渣のある石だと言っていた。その後の展開は容易に想像できた。
支払いに出されても、ただの石ころ。そりゃ店主も困るわけで。
「……は、はは」
「ふ、ふふふ。運悪く自警団とやらが近くにいてな。容姿で子供だと思い、からかってきたのがまずかったんだ」
ルクセルの手にはひとつの小石。微力だが確かに魔力波動がある。二人して引き攣った笑いをしたところで、魔狼のコートの内側から細く小さな腕が伸びた。
出てきたプーは素早くルクセルの持つ小石を奪って口に放り込み、またコートの中に戻った。
「食べた?聖霊様は何をしている」
「知らん。何故かよく食べている」
「 ……それで貴様はどう収束する」
「どうするかなぁ」
回収して走り去るか、物は取ってないから謝罪……して済む域は超えてるから無理。あの魔族二人を咥えてトメちゃんから離すか。
魔狼は物足りない獣頭をフル回転させていた。
「もう話も攻撃も終わりよの。いい運動じゃったぞ。我は行くのじゃ」
トメちゃんは足取り軽く進み始める。
「おっ、おいおいおい、これだけ破壊し尽くして子供だからってそのままで済むかよ!」
「そうよ。番所に来てもらいますからね、親はドコですか」
強めの言葉のつもりで間合いを保って追いかけ始めた二人。スタスタと歩くトメちゃんの前に立ちはだかる者が現れた。
「竜神子様、こんなところにいたのか。探したぞ」
髪を後ろにひとまとめにした黒づくめの魔狼は、視線が絡んだところで心窩部に手を添え一礼してみせる。怪訝な顔を見せたトメちゃんは察したようだ。
「おお、ルーか。面白そうじゃの」
「神子の力をここで使ったのか。周りに迷惑をかけては地岩竜様の名に傷が付くだろ」
「ほほぅ?そうだったかの」
「地岩竜様のもとに帰ろう。久々の人の世を満喫するよりすることがあるだろ」
「……そうじゃのう」
話に乗って来たのはいい。いいが、期待に満ちたワクワク顔をやめろ。即興台本を組み立ててみたんだぞ。あの二人の反応は? と伺いみた。
「竜、神子、だと?」
「え、竜の使い?!」
顎を外さんばかりに開口していた。いい反応だ。気分がのる魔狼は穏やかな微笑をみせた。
「ああ、町の者か。とんでもない迷惑かけて申し訳ない。気位が高く融通無碍とはいかなくてな。しかし先を急ぐ。町の修復は追って手伝いをよこすし鉱石も納品するがどうだ」
気が抜けた虎獣人は提案に我に返る。
「み、神子様という確証がない」
「強大な力を疑うか? 神子様は先に帰って食事を。ルクセルはそこの裏だ。頼んだぞ」
「あははっ、風呂でもするかのぅ」
機嫌良く笑った顔は少女そのものだった。鼻歌混じりに進んだ先のルクセルを立たせると、魔狼に向け手を振った。
「え、ええっ!?」
「!?」
トメちゃんとルクセルは荒れ果てた地面に沈んで消えていく。これで幕引きだ。
「地岩竜は地下のどこにでも存在する。神子と共にこの大陸のために。この事態は述べたように後日詫びをいれよう。迷惑をかけた」
役者のつもりでまた一礼。そして退場って俺の裏舞台はどこだ。すっかり忘れてた。
俺も地下に落として!沈下させて!
「竜神子」
「た、確かに土攻撃ばかりに強すぎる力」
「み、神子様だ!」
「魔王様の友、神子様が出たあっ!!」
攻撃のない静かな地に、次々と取り囲んでいた猛者から口伝で神子の話は拡散していった。
そうしてお祭り騒ぎの武闘戦が一変して、町中が祝いに湧き上がったのは言うまでもない。
あの場を超高速で立ち去った魔狼は転移の収穫もなく予定も崩れて、マドの教会でふてくされていた。
神子って何。なんで祭りにするんだ魔族。
魔国と竜の関係はどうなってる。
そして俺の迎えまだ?!




