みちはひとつで避けられない
身に覚えのある重低の轟は、足からの振動と耳に空気の揺らぎで異常事態を伝える。その突然の地響きに動きが停止した。
「何だ?」
「……喧嘩、かしらね」
今いる町の西方で屋根沿いに黒煙が立ち登っていた。魔狼の耳で拾う遠くの喧騒は悲鳴と怒号、そして崩落音。
これで喧嘩なのか。その規模じゃないだろうと顔が心なし引きつる。
まさかな。
まさかのトメちゃん達。
そして正体が謎のマドへ再び向き直る。お互い気を削がれ、息巻いていたのが喉奥に沈下していくのもわかる。向こうも気になるが問題は目前。
「よそ見して余裕ね。子供の躾は親の責任でしょうが」
「……あー、性格とか本能あるからな。注意はするが、全誘導は無理だぞ」
「まあ、ちゃんと子育てしてるのね。わかってるならいいわ。……いいけどね、」
マドの表情が一変した。怒気噴出していたのが柔和に戻る。
というか誰がお父様で親だ。
マドはプーが引き摺り始めたところ、本体の腕が運良く当たり、その頭部を掴み寄せて襟部にグッと挿しのせると元に戻ったのだ。
プーは頭身合体した時点で不貞腐れ、教会の扉前に寝転んだ。あの怠そうな半目を代弁すると「もぉーつまんなーい!」だろう。
「えーと正直、色々驚いている。プーがしたことは謝ろう。すまなかった。でもな、いくら魔族でもどんな仕組みだ」
非を認め謝罪したが、言い訳ばかりのクロウとクルフェルを思い出し口の端があがる。
乱れた髪はそのままに、付着した砂を払うマドは俺を注視する。
「謝罪するのね。ふん、……いいでしょう。子供が悪いなら子供自身にもそれを理解させ謝るという事を覚えさせなさい」
「あぁ、そうだな。本当に申し訳ない」
正論だ。それはわかるがプーが謝るのは無理だ。百パーセント無理。あれは自由なスライムです。
「私は首から下をなくした者。力の対価で魔王様の魔力加護が与えられているのよ。生きてはないけど生きているの。きっと魔力の強い子だから私に違和感を感じたのね」
それを聞き納得した。マドの眼は生気を欠く死体同様の虚飾だからだ。
「死人か」
「あら、生きてるでしょ。ご存知?現魔王様の得意分野なの。死んでも身体が消失しても魔力だけでこの個体、そして自我が保てるなんて素晴らしいでしょ」
ふくよかなマドは笑みを浮かべた。
「その辺についても話を聞きたい。それと、あれは収まると思うか」
「話ね、まあいいわ。あれは自警団に腕っ節に自信があるものがなんとかするから大丈夫よ」
魔狼は彼方の地響きと魔力が吹き荒れる暗雲を見やり、小さく嘆息してから交渉の一歩を踏み出した。
「魔王決定戦?」
「魔族なら魔王と呼ばれてみたいものなの。平凡な人生に色をってね。力が総てとは言っても軍部か研究以外は生活の為の魔力。上位付けはあっても人間とそう変わらないのよ。大きな力は使える機会が限られるし、魔王世代交代なんて一生に一度あるかないか。政治に興味なくても我こそはと皆が参加するという祭りみたいなものね」
マドは教会の中を案内し、菓子まで出してくれる実際気のいい魔族だった。
「死ぬ事もあるとは割に合わないな」
「そうよねえ。運悪く魔王様候補と当たっちゃってねえ、当たりどころ悪くて身体が吹っ飛んじゃって。参ったわぁ、おほほほ」
「笑うとこ違うだろ」
呆れて出された茶をすすり、世間話に付き合う。
「一瞬のことだったわ。気が付いたら地面に転がってるってわかってねぇ」
「生々しい。話したいのは転移についてだ。あんたは使えない術で無理なんだな?」
「そうよ。私のこの魔力は身体を維持することと町の為に使える程度」
マドは申し訳ないと困り顔を見せた。
「誰に頼めばいい。他にも高魔力保持者がいるだろ?」
教会の内部にステンドグラスはないが、ガラスは街並みと同じ青。大きな窓は規律よく並び日差しを受け、淡光が空気の流れで旋律のように波打つ。海中にいるように穏やかな揺らぎを見ても、出るのはやっぱりため息だった。
「確かに同じ身体加護のひと達がいて私より上位で高魔力。そしてその子も」
マドはプーを見た。
甘味の味を覚えたのか、プーはモゴモゴ大量に口に菓子を押し込んでリスかハムスターのように両頬が膨張している。スライムなのに口から食べるのは行儀がいいが、やたら食ってないか?
「……可愛らしいわね」
プーは高魔力保持の魔獣だけど、転移術を使える?無理、むりムリ無理。遊び心満載、むしろ原料表示はそれ成分のみ。できたとしても、どこに行き着くかも絶対怪しい。
しかしだ。俺はプーより上位じゃないか?前に風刃のようなモノが出た事がある。あれは確実に魔法だった。
必要ないし教えも受けずに過ごしてきた。古竜も光球虫にも魔法が使える。魔力があるから魔獣なんだ。
自分、できるんじゃないか?もしかして、もしかする?
淡い期待に少しだけ浮上した俺は、空気を噛むようにワフッと息継ぎした。
「あら。獣人だったの?珍しい種ねえ」
マドの視線を辿ればそれは俺の頭上。耳が生えたかと頭を掻くついでに触れたのは、やっぱりケモミミだった。スイッチはどこだ。魔国では隠す必要もないことに安気に茶を含んだ。
「まあ、他の大陸の狼種だ」
「色々いるのねえ」
動けば何かが起こる俺は、いらぬことに首を突っ込まないのが大前提。それでも高魔力の元を確認して、あわよくば転移が目的。
遠くの喧騒を聴きながら他の加護者に会えるかと考える。
「マドさんっ! いますかーーっ!」
「大変だあっ!!」
教会の扉を蹴破る勢いで、雪崩れ込んできたのは二人。薄汚れたひょろりとした長身と横に膨らむ中背は揃いの服をきていた。耳の尖った魔族たちは肩で息をする。その無作法を咎めるマドの顔はやっぱり微笑が張り付いていた。
「騒々しいですね。扉を壊す気ですか。外のことなら知ってますよ」
「アルマンとギーが負傷してんですよ!」
「自警団誰も敵わねえ!変な魔力垂れ流しで魔王様よりやべえ!マドさんバフ頼めねえっすか!」
「手合わせしたいってバカが増えちゃって、もう大変なんですよ。下手したらここも巻き込むかも知れないんで来てくださいっ!」
緊急事態だと言いたい事を言い切ると開けたままの扉から去って行く。外から流れ込む風は埃と焦げたニオイを運んで鼻にまとわり付いた。
「まだやってるのね、えーと狼さん?お子さんには危ないから町の東に移動して下さる? 教会も閉めようと思うの。力になれずごめんなさいね」
「話はおもしろかったよ」
肩を竦めて見せ、モゴモゴ頬張るプーを小脇に抱え教会を後にする。地響きこそないが黒煙が空を覆い暗雲となり、近づく耳に届く鼓騒は増す一方だった。そしてどうしようも無い事実に苦笑した。
「やっぱりトメちゃんの魔力なんだよなぁ」




