まあ、こうなると思ってたよ!
経年劣化でくすむ白壁の建屋は、天を仰ぐ尖塔が対称に並び、その上には十字架と思しきものが下界を見降ろしている。これが教会でなくてなんだ。
勢い任せに走り、跳躍したばかりに屋根上にいたが、意外なオチに口角が上がる。そこで威光を翳していたのは十字架ではない。
「ははっ、失敗したな」
尖塔に半ばまでぶっ刺さっているのは錆びた彫像。柄頭には鳥類似の竜頭が乗り、握りと鍔にかけて竜の全身が巻き付く。そして恰幅のいい刀身は見事な大剣だった。
これにどんな意味があるかは興味がない。内部が伺い知れるかと思いきや空振りで、ここは天窓も屋上もない、ただの屋根。
強い魔力は確かにこの下に存在する。視認して些細な情報があれば、得策に繋がることに期待した。凡そ血気盛んな魔人なら、転移術の交渉も無理だと考えての事だった。
「……何か忘れてるな」
塔のレンガにもたれて思案する。プーは肩に乗ってるし、場所も間違いない。町を見る限り平和で変化はない。トメちゃん達の粗相がないということだ。
じゃあ何を忘れてる?
ふと、カラカラと転がる音が近くで響く。屋根の上を転がるのは、鳥の運ぶ落下物に風化した屋根くらいだ。視線で確認すれば、砂塵と石塊が闇色のコートを汚している。そしてまたポトリと砂礫が落ちてきた。落下地点はもちろん上。
「……何やってるプー」
肩車のプーを見上げると、塔のレンガを小さな手でほじくり返していた。しかも壁から取れた物を口に放り込む。もっもっと小さな口が動き、手はまた壁に。そしてコートに跳ね落ちた石塊がカラコロと転がっていく。
「おいおい、さっき飯も水分もとっただろ。光球虫って雑食性だったか?」
スライムだからなのか、コランザムの石も飲み込んだプー。泥や石を食べるのを不思議に思うが、止めたら容赦なくべしべし叩いて怒ると予測できる。体調も変化ないので魔狼はスルーを決めた。
耳は蝶番の軋む音を聞き流し、ドアが開いたと知らせる。そして足元から魔力が身体を突き抜けた。しかしトメちゃんには全く及ばない圧だと知れる。
「……おや。屋根で何を」
教会自体は尖塔が長いだけのニ階建て。多分中は吹き抜けだろう。高さが半端な屋根の端にいた魔狼は下から十分見えた。
声の主をうつむき見れば、純白のロングマントを着た婦人がいた。その外套にフードは無く襟が立ち、足首と手、首から上しか出ないのは例えるなら司祭服。白は膨張色のせいか、少しふくよかな女性に見える。
「 聞こえてる?そこで何をしてるの?」
「すまん。勢いで上がったんだ。今降りる」
期待に胸躍らせやって来たから、勢いは間違いじゃない。魔狼は屋根から飛び降りた。無音の着地をみても婦人が微笑むのは、魔国だからか優しさからか。
「魔力が余って体を動かしたいのでしょう?ここは心を鎮め、穏やかに過ごす所ですよ。いいですか?」
真綿に包んだ時こそ咎めは恐ろしい。聞こえた言葉は翻訳された。
『体がなまって魔力で暴れたいんならココじゃなくて他でやれ。困るんだよそういうの。わかってる?ねえ、わかってんの?』
脳内変換が久し振りに降臨し、右から左にテロップが流れた。oh、同時通訳。
内心表出しない相手ほど厄介なのは、裏腹だから。
見た目は四十前後。ふくよかで薄い茶髪をまとめ上げ、耳が尖ってるから魔人族。お母さんと呼べそうな、妙な容姿の安定感。
近くにいると魔力の色は暗色でチリチリ伝わる。危険なのは、その目の奥は虚ろだということ。感情のない笑みに背筋が薄ら寒くなるが、再度素直に謝っておく。
「わかった。悪かったな」
「良かった。私はここの管理人マドよ。町の相談役。何かお困りならできる範囲で力になるわ。あなたは……そうね、面白い魔力ね」
ほらきたぞ。
微笑みが怪しさを増す。
でもそれはプーの魔力。魔狼の魔力はカモフラされて相手に知られない。トメちゃんでさえ感知できないのだ。
どこから話せばいいのだろう。魔族も喧嘩早いばかりじゃない。相手に合わせ歩み寄ればいいのか?
「えーとだな。その魔力はこの子だ」
「あら!」
安易に『お母さんには子供』図が浮かび、プーを掴んで目前に差し出した。
ポンチョの下から両足は素足でぶらーんと揺れる。首は右にコテンと傾いて、体まで傾斜しようとする。
な、なんか重いぞ?!
大きさは変化がない。肩車でも感じなかったのに何故か重く感じた。石を食べたせいかと俺まで右に傾く。
「??」
「可愛いお子さんねえ。将来有望な力だわ。今から軍や研究塔へ所属枠予約できそうね。良かったら紹介するけど」
うまく繋げたこと、攻撃的でないことに安堵し、魔国の制度に多少なり感嘆した。
「残念だが隣の大陸の者でな。港に向かってるところだ。最短で行く方法はあるか?」
「そうなの?残念ねえ、それで屋根の上で確認?困った方……もうひとつ、」
ふぅ、と小さくため息を吐くマド。
献立に悩むお母さんにどうしても見える。第一印象を固定する俺の悪い癖だ。
「そうね、それならこの大通りを向こうに進むと町の端ね。川沿いじゃなく、街道を早く走れば三日かしら」
「三日」
速さの基準は何だ。三日は喜べる情報か。
つき出したままのプーは借りてきたネコ。だらりとぶら下がり傾いたまま。いつも相手に興味を持つのに静かだった。
「跳ね馬が陸路の交通手段で出てるし、近場なら翼竜人の運び屋というのがあるわよ」
「転移は?」
ようやく口にできたことに期待が高まる。
マドの目や表情に生気が戻り、魔力が微妙に重く感じた。
「どこで聞いたの?残念だけど魔国軍の上位特権なの。力の対価ね。この国は実力主義。申し訳ないけど、可愛いお子さんが軍に入るなら、
マドが、ぶら下がるプーに視線を合わせる気で前屈みになった瞬間だった。
「きゃあぁっ!!」
「ぅおぃっ!」
見えたのはプーがマドの顔を、今までに無い速度と威力で引っ叩いたこと。そしてマドの頭部が吹っ飛んで転がっていく。
「え、ええぇ?」
それでもふくよかな体は動き続けていた。頭が無いことに気付いて、両手で周囲をかすめ取る動作をするし出血も無い。襟下の服の中は人体でない黒い物質が見えた。、
「ちょ、何すんのよーっ!」
右にすっ飛んで行った頭が横向きで大声をあげた。
「マジか」
そこでやっとプーがモゾモゾ動き始める。
ペンペンと叩く合図で降ろせという。足がついた途端今や生首のマドに走っていくが、あっと思った時にはもう遅い。ズボッと鼻に指を突っ込んだ。
「ちょ、お父様、この子!」
「ああ、イタズラ好きで困ってるんだ」
目を遊び覚醒モードに見開き、真剣に耳の穴を這いつくばって覗いたりマドの生首をつつき転がし始めた。
「な、なにするのよー!」
どうにもならない涙目のふくよかなマドは生首。指令塔の頭を失い座り込んでオタオタしてる首なしの身体。
「やめて!頭がないと力が出ないのよ!」
「プー、そこまでにしないか?」
「ふ、ふ、早くこの子退けてくれるかしら」
さすがに怒らせると不味いだろう。転移の話がががが。
しかし、プーが俺の言う事を聞くはずないことを失念していた。
マドのまとめ上げていた髪は解け乱れ、それを鷲掴みすると引き摺り始めた。多分プーの気分はペットの散歩。
「私の体に早く!載せて戻しなさいっ!」
プーのおかげで交渉の余地が無くなった歴史的瞬間だった。




