ほんきと本音
王座に座そうと、自室で過ごせど視界にある物全て絵画でしかない。
視点を変え、配置を変えても景観は普遍の情景。調度品に人間、城の内部は変わり映えしない謂わば箱庭なのだ。
「ふぅ、毎日毎日、飽きるわね」
フィネリア国王シュリ。世襲制だけに避けて通れない世継ぎという枷は、覇権争いで兄達を亡くした少女を捕えた。
望まぬ政略結婚で終わる生き方が一変した女王誕生。
「毒吐かないと倒れますぞ、ほっほっ」
ズズッと音を立て茶を啜られるのは慣れたもの。長い髭がカップに浸るのも片眉をあげてやり過ごす。周囲の者に一々目くじら立てれば自分の身が持たない。
「ヒュッテ。召喚はどうなったの」
「それですがの、勇者殿の目撃が多発してましてな。ルクセルの連絡待ちで保留にしておりますぞ」
腹部まで伸びる白い髭は何年ものか。撫で下ろす手は皺も深く時を刻む。
「闇堕ち勇者の噂は聞いてるわよ」
「おぉ、参りましたな」
「呑気なこと。あと一戦なのよ?最終戦に勇者がいないと駒が足りないじゃない。それにイシュー様まで顕現させたようね。あの人は本物の勇者だったのね」
小さく嘆息し、ソファーに背を預ける。
負け戦だってわかってるわよ。始まりこそ確かな文献も残ってないこの戦。魔国の属国として管理下にあるなんて国の恥。屈辱よ。
唯一、抵抗して独立を認められる可能性を秘めた戦に力が不足なんて悪夢だわ。
自分が王である時に何故、と運命を呪いたくなる苛立ちに大きく嘆息した。
「そうですなぁ。御姿を是非。尊顔させていただきとうございますな。それにシュリ様、闇堕ちよりイシュー様の暴走らしいですぞ。負傷兵曰く、黒の勇者は慌てて尾に潜み、終いには咥えられて去ったそうで、」
「問題はここにいない事でしょ?」
老齢の魔法師長を冷たくあしらう。
まったく、皆必死さが足りないわね。ただでさえ悪徳領主失脚に貴族の再配置、負傷者の治療費負担、徴兵たちへの報奨金に軍予算が数倍。いくらかかると思ってるのかしら。
「城まで破壊されるのよ。最終拠点も負けるとわかってるでしょ、やってられないわね。竜が従うならあの男は最強に違いないのよ。早く連れ戻しなさい!」
「おぉ、姫様、可愛いお顔が台無しですぞ」
「もう姫じゃないわ。口を慎みなさい」
のんびり髭を撫で下ろすヒュッテに淡々と返すが、危機感の無さに苛立ちが増す。
「毎日景色が同じで飽きると言ってましたなあ。壊すのも金額が大きい。いっそ破壊してもらって再建の方が安上がりですぞ」
笑う魔法師長に冷笑を向ける。
「いい加減にして。私は負けたくないの」
「そうですか?」
一瞬だけ真顔になったのにシュリは気付かなかった。
「当たり前でしょ!」
「ほっほっほ、では私は城内戦師士達の激励に。失礼しますぞ。ウォークから後ほどルクセルの動向を報告させましょう」
長い髭に長いローブ。先代から側近を勤める狸ジジイ。昔から本音で話してるのかさえも怪しい男をシュリは視線で見送る。
「負け戦にするものですか。何が粛清よ!過去の罪か何か知らないけど子孫には関係ないこと!いつまで続けるのかしら。何のための召喚陣。苛々もあの男のせいだわ……」
あの黒い男。並み外れた身体機能、見る者を射抜く金の双眸、滲み出す溢美。思い出せば胸がはやるのは妖麗さに誑かされただけ。協力もせず逃げた勇者。
沸々と湧く苛立ちは治らない。
「負けるものですか。駒は揃えるわ」
「やれ、相変わらずの石頭でしたな」
「そういうな。あれで頑張っているだろ」
「ウォーク殿しかしですぞ、負けは負け。足掻いて負けて納得する訳ないでしょうに。魔国との溝が深まるばかり。これに危機感を覚えない時点で王失格でしょう。白旗もなく、シュリ様は先ず交渉をする気でしょうな」
兵舎に立ち寄るヒュッテは気心知れた近衛団長に愚痴る。
「王だからな。好きにさせろ。それよりルクセルが勇者を追い魔国入りした。竜の姿はないらしい。あれは連れ帰れると思うか?」
あの女は変わり種だ。シュリ様が苦手な風任せな人種。流れに乗れば凧のように居座り気が付けば紐は切らず何処かへ飛んで行く。男の騎士世界に気が付けばいた。運も実力とはいうが。
「やれ、実力差で無理でしょう。魔国の真の姿を知ればこの国が阿呆らしいでしょうな。それに元々飄々として卒なくこなすタイプ。努力型のシュリ様はルクセルが嫌いですぞ」
「ははっ、だからといって追跡役で追い出すか。やり過ぎ感は否めないな。まあ無理なら仕方あるまい。勇者も城内戦も。バランスの為の召喚も役立たなくなって来たな。それにまさかの古竜だ。あの男は本当に何者か」
ウォークは団長室の重厚な机に足を組乗せ思案する。
「なあ、丁度良いんじゃないか?」
ウォークは明後日の方向に視線を泳がせぽそりと呟いた。
「何のことでしょうな」
机の前の応接セットで老齢らしからぬ姿で寛ぐヒュッテ。ソファーに横になり、頭の下に腕枕で天井を仰ぐ。
「二世代付き合ったぞ。外見は引退の歳だ。魔国に帰ろうぜ。それに伝説の古竜が出たなんて一戦頼みたいくらいだ」
「ほっほっほ、確かに歳で潮時か。私も魔力が有り余って古竜にお相手願いたいですよ。何世代も魔法師の上位、魔術師が排出されないとか、術も向上しない管理下にいつになったら気付くのか。まさか側近が常に魔人だとは王族も思わないよね。歴史も今も可哀想な人の国よ。貴族制もいつ廃止するやら」
はっ、と軽く笑うヒュッテ。
「おい、言葉使い戻ってるぞ。それでどうする?帰るのか?」
机上の足を組み直す。
「おっと失礼。そうですなあ、負け戦の責任で辞職できそうですな。魔族の部下に引継ぎをしておきましょう。まだ見ぬ新魔王の顔を拝んでから帰りましょうぞ。ほっほっほ。まあ、変な男が召喚されたのは仕方ない古竜の力。あれの面倒も戦後は補償しないとちと可哀想でしょうな」
「まあな。そのまま追従指示でいいな」
「同意。見失うのは困りますぞ。終わったら帰郷して、それから古竜探しに行きたいのう。魔術がどこまで通じるか楽しみですな」
「ヒュッテ、今何歳だっけ。俺は九十六な」
「私は百一ですぞ」
「まだまだ若いな」
「そうですぞ、ほっほっほ」
人間より寿命の倍の魔族。古い過去から粛清が始まり、魔王側近だった子孫が国政に入るようになり既に気付かれず数百年経つ。
暫しの間、二人は望郷の念に身を委ねた。




