るるるるーるるー。俺、泣いた。
匂いの先は森にある小川だった。
どこだプー。
俺がこんなに心配しているんだぞ、どこだ。
せせらぎが聞こえ、鳥が羽ばたく。
獣同士の争い以外は閑雅な緑豊かな森。霧は地上数メートルに常に対流しているが高木は霧の上を行き青々と枝を侍らせている。
小さな塊が転がっているのが見えた。
川辺にうつぶせに寝ているのはプーだ。
「何やってんだ、こんな所で」
ぼやいてみるが姿を見て正直ホッとして地を蹴りプーの横に飛ぶ。
「プー、遅いから迎えに来た。帰るぞ」
声を掛けたが反応がない。
こういう時は爆睡してるって俺は知ってる。人の形だろうが肺呼吸している訳じゃなし、遠慮なく前脚でついっとひっくり返し、首根っこをくわえて住処に向かって駆けた。
「あああ!魔狼様!ループスさま!人の子を食べては行けません!!なんてことを、なんてことをぉぉぉ」
「ループス殿、先日ぶりです。それあの魔物ですか」
「えっ、魔物?」
住処前の広場はメルヘンランドの集会で地が踏みならされ、草が寝ていたからか獣の痕跡だとバレたようだ。
クロウとラズが住処の洞窟前にいた。
俺は草の上にプーをぽてっと落とした。
プーは閉眼したまま脱力しきって落としたままの姿勢で爆睡だ。
「何しに来た」
「会いたくなって遊びに来たんですよ!」
きりっとしてる割に目が潤ってるクロウ。
やっぱりこいつは犬好きで時々気持ち悪いと思う。
「ユーリウスの領主館で光球虫の面白い古書を見つけまして。あとクロウが持っていた黒鉄魔狼の本も届けに来たんです」
「俺は字が読めないぞ。ただの口実だろう」
「いえ、それがですね。生態を書いてたんです。寿命を終える時、光の魔力を気に入った次代に受け継ぎ、それが終わると一週間程度で終生らしいとですね、何か心当たり在りませんかループス殿」
俺は直ぐさまプーに駆け寄った。
まさか、まさか!
前脚を載せプーを揺さぶる。
「おい、プー起きろ。寝てんじゃないぞ、起きろ、起きろプー」
小さな身体を揺さぶっても揺さぶっても反応しない。
そういえばプーは魔力がかなり微弱だった。だから何だと気にもしなかった。
俺を気に入って力を譲渡しただと?
ふざけんな!
俺は段々鼻がつーんとして来た。
目も気持ち潤んで来た気がするぞ。
どういう事だオイ。オイ、プー・・・。
「ループス殿、失礼、いけませんよ」
「魔狼様、脚を」
ラズとクロウは俺の爪が食い込みかけていたのを見て咎めた。
そうだ、もう俺は中型犬じゃない。三メートル超えのいつもの魔狼だ。
ラズがプーを検分して判断した。
「遅かったですね」
「…魔狼様」
「嘘、だろ。死んでる、のか」
「そうですね。寿命でしょう」
人の擬態のまま?
出掛ける前は俺をぎゅむぎゅむ小さな手で抱きしめてたじゃないか。
俺が鼻で頭を小突くと転がったのを怒ってべしべし叩き返して来たのは昼だぞ、数時間前じゃないか。寝てるだけだろ?違うのか?
マジで。本当に?
鼻が痛い。
ツーンとして痛い。コレは何だ。
悲しいと言うやつか。
自業自得で食うか食われるかの獣の世界だ。悲しい感傷なんて獣にあるのか?
あるから鼻が痛いし目が潤んでんだろ。
認める、俺、悲しい。
転がっているプーを見た。
クロウ達より短期間、数日しか一緒に居なかったのに。あの癒される可愛いにこってする笑顔がもう見れない。ばんばん叩かれないんだと思ったら辛くなった。
ガクリと巨体を伏せ、鼻先でプーに触れた。
「プー。俺は悲しいぞ」
次の瞬間、プーの身体がぶわっと霧散した。あの地下都市で見た光球虫の仄かな温かい光だ。かなり小さい光だったが次々と粒子となって舞い、魔狼の上に降り注ぎ消えて行く。
・・・きれいだ。
プーは跡形も無く消え去った。
「きれいでしたね、魔狼様」
「…プー」
「ループス殿はやはり変な魔獣ですね。鼻水は拭けませんが」
そういってラズは羽織っているクロークで、俺の目元をゴシゴシ拭き取った。鼻水も出てるらしいが俺は涙を流したらしい。クロークは染みになったがラズは魔術で奇麗にした。
前世で俺が死んだ時も、あの横着な兄貴やワガママな弟もこうやって泣いてくれただろうか。
ふと数百年振りに人だった自分や家族を思い出す。
獣として生まれて親兄弟もいたけど、獣らしく離散して生きる習性の魔狼。
人だった頃の中身そのまま俺だから獣になりきれないのか悲しさと寂しさが心を占めた。
孤高の黒鉄魔狼は過去。
プーを思い出し、また涙が溢れた。




