【短編】 秘密の図書館-4
デュライが手に取ったのは湿地王という不名誉な諡を受けた王の手記。
ところがこれが予想外に面白く……。
割とチートなオチですのでゆるりと読んでくださいませ。
「じゃあ、今日は掃除するのか? 意外と王が心配されるほど本は傷んでないが、埃が溜まっているからな……っと、どなたの手記を読んでいたんだ?」
デュライが開いていた手記に目を留めたロードナイトが、肩越しにのぞきこんできた。
ふっと端正な顔が近づいて、白金色の髪がサラリとデュライの前に流れ、鼓動が跳ねる。
その不意を突かれた距離感にどきどきさせられるから、止めて欲しい。ウェラディアとしてはそう思うけれど、男であるはずのデュライが言うわけにいかない。
ウェラディアとしても、本当にそばに近づかれることが嫌なのかと問われれば、肯定しづらいところなのだけれど。
「し、失地王の手記だよ。まさかここにあると思わなかったから……たまたま見つけたら、ちょっと読み耽ってしまって……」
ウェラディアもといデュライは動揺を悟られないように、手記の表紙をめくり、裏の年号を見せる。
「あ、本当ですね。へぇ……夏の王宮の時代のものはないと思っていましたが、そういうわけじゃないんですね」
失地王の時代、王都はクルムバートレインではなかった。
だからたまたま見つけたところ、本当にウェラディアが考えた王の手記なのかどうか確認するつもりで、読みはじめたのだ。マナハルトの国土を失い、失地王という不名誉な諡をされたことで有名な王の手記を。
歴史に詳しくないウェラディアでも知っているその王のことを、心のどこかで蔑んでいたというのに、手記を読みはじめると、没頭して時間を忘れてしまった。
「この手記、すごく面白いんだ……本にして出版してもいいじゃないかな」
「ははは……失地王の日記だなんて……売れるだろうけど、王家が許さないんじゃないのか」
そう言いながら、ロードナイトもウェラディアの――デュライの肩越しに、目で文字を追っている気配を感じる。
「どうやら、失地王は戦争をするより、文才がおありだったようだ。世が世なら、不名誉な諡などもらわず、文化事業にしてその才能を開花させることもあったでしょうに……王として無能である以前に、運がなかったのでしょうね」
立て板に水とばかりに話をされ、この一見、冷静沈着な配下でさえこの手記に心を動かされたのだとわかった。
「運かぁ……」
そんなことで功績を定められてしまうなんて、王としては切実すぎる。
でもほんのちょっと時代が違うだけで、国を失い、後世にひどい諡をされてしまう。
王になんかなりたくないなぁ……。
「兄弟がいればよかったのに」
「ウェラディアさまに? みんなが思っているだろうが……いまさらだな」
思わず呟いてしまったデュライに、ロードナイトが突っこむ。
いまは男装しているはずなのに、うっかりと王女ウェラディアとしての本音を漏らしてしまった。
「そ、そう……ウェラディアさまに。ロードナイトは妹がいるんだっけ? 仲はいいのか」
「ああ、そう。妹とは……仲がいいかな。兄妹仲はな……デュライ、ページをめくる手が止まってる」
「……あ、悪い。って読んでるんじゃないか!」
肩越しに伸ばされたのロードナイトの手が自分の手に触れると、どきんと勝手に鼓動が跳ねる。デュライでいると、まるで弟扱いされているようで、距離が近すぎて困るのだ。
「いや……おまえのいうとおり、確かに面白いなと思って」
失地王の話は文章が上手いだけでなく、ある意味、平和な時代に読む物語としては非常に波乱に満ちて面白かった。
自分の国の現実でなければ、国土を何度も失う展開も、あとに続くハッピーエンドへの布石として、ハラハラどきどきしながら楽しく読んだだろう。
敗戦に継ぐ敗戦。その果てに当時の王都を捨てて、前線を下げる。
いまは夏の王宮と呼ばれている古の都は、華やかな宮廷のための王宮で、戦争の守りには向かなかったからだ。
それでも、すでに十分なほど疲弊していたマナハルト軍は、新興の軍事国家の後世を防げない。某国の危機にひとりの女性が王を訪ねてきて言った。
『――愚かな王よ、おまえに一度だけ、奇跡を見せてやろう』
奇跡という言葉に、デュライ――ウェラディアはいつもどきりとさせられてしまう。
どういうわけか、マナハルトの歴史を知ろうとすればするほど、過去には本当に奇跡があったのではないかと信じたくなってしまうからだ。
「つ、続き……! なんでこんないいところで切れて……ロードナイト、続きは!」
自分より先に、デュライが印を付けていた失地王の手記が並んでいた書棚を見に行っていたロードナイトを急かすように叫んだ。ところが。
「続きは……ない。少なくともこの場所には、並んでいない」
いくつかの手記の表紙の裏を確認したあとで、ロードナイトは唸るように言った。
「な、なんで……なんでないんだ!? もしかして書いてないのか!?」
思わず素の自分の言葉を話しそうになって、デュライは慌てて声音を変えてロードナイトがいる棚に近づいた。
いくつかほかの手記を手にとってみても、年代が変わっている。明らかに、この続きだけなかった。
「ちょっと……なんでこんな気になるところで終わっているんだよ――!」
デュライが叫んだところで、遠くから鐘の音がした。天刻――お昼を告げる音だ。
「しまった……午後からはオル……じゃなくて別なところに行かなくてはいけなかったんだ! 悪い、ロードナイト。またこの手伝いに来るから! あ、失地王の手記の続き、もし見つけたら別にして置いてくれよな!」
早口にそういうと、デュライは急いでこの秘密の図書館を出ていった。
あとに残されたロードナイトが、ひとりになったことに気づいて、ニヤリと笑ったのをもちろんデュライは――ウェラディアは知らなかった。
† † †
ロードナイトは図書館のなかを歩き回って、部屋の隅に石造りの十二角形のテーブルのようなものを見つけて、静かに微笑んだ。
十二角形の盤面には、数字が書いてあり、そこに凹みがある。
小さな作り付けの小物入れには光を集める小さな玉が入っている。
天窓に透かしてみれば、光を反射する。ガラス玉だ。
「建国王がこの図書館を作ったのであれば……あると思っていました。すべての手記には必ず王の名前と日付が同じ書式で書かれてましたからね」
それは法則に基づいたもので、その法則に基づいたなにかを拾いあげる装置であることを意味していた。
――おそらくは魔法の装置を。
† † †
「この世には、奇跡も魔法もない――ウェラディアさまはそうおっしゃいますが……建国王の時代には、確かに魔法としかいいようがない現象があったのですよ」
ロードナイトはまるで遊戯のように数字が書かれた丸い盤面に、ガラス玉を三つ置き、焦点の合わない目で、天空から月の光が射し込むのを待った。
月が天空高く昇り、天窓から光が射し込んでくると、きらきらと盤面にその光が集まって、青白い光が輝きだした。
光は盤面から伸びて、書棚と書棚の間を曲がりくねると、奥まったひとつの棚のいくつかの冊子を輝かせた。
ロードナイトはその光を辿って本を取り出すと、にっこりと微笑んだ。
表紙をめくった裏には、名高き賢王の名とその年代が書いてある。
年代の数字を入れると、その年代の手記が見つかるという魔法を込められた道具――法具なのだ。
三十二歳で亡くなるまで、二十数冊の手記を残しているようだ。
ロードナイトはその手記を、人目につかないところに移動させて、すぐには見つからないように隠してしまった。
「賢王の手記には何が書かれているかわかりませんから……ウェラディアさまに見られると、困るのですよ」
ロードナイトは胸を撫で下ろすと、今度は年代を並べ変えて失地王の話の続きを探すことにした。
† † †
「失地王の手記!? み、見つかったの!?」
昨夜、舞踏会があるため、早めに図書館からいなくなった翌日。
昼過ぎになってようやく秘密の図書館を訪れたウェラディアは、思わず叫んでいた。
「ああ、ウェラディアさま。昨日は夜遅かったでしょうから、もっとゆっくり来られるかと思ったのですが……おはようございます」
にこやかに本の整理をしながら、くだんの本を差し出すロードナイトを前にウェラディアは思わず喜色満面に答えてしまった。失態だった。
「あれ? ウェラディアさまも失地王の手記に興味がおありでしたか?」
すかさず訝しそうに首を傾げられ、ウェラディアははっと我に返る。昨日はデュライの姿できていたのだと。
「や、その……デュライから少し聞いたのよ……失地王の手記、すごく面白かったんですって?」
「ええ……大変興味深いですよ。いっそのこと、ペンネームを使って歴史小説として出版してみても面白いかもしれないくらいです」
ロードナイトの提案に、ウェラディアは手を打って同意する。
「それは名案ね! ってその……デュライも本にしたらいいのにって、言ってたのよ……ロードナイトは続きを読んだ?」
話をしながらも続きが気になって、そわそわしてしまう。早くあの続きが読みたい。
そう思いながら、見つかったという手記に手を伸ばすと、
「ええ……あ、ウェラディアさま。その手記じゃなくて、もっと前から読んだ方が面白いですよ?」
にっこりと微笑まれて、ウェラディアの笑顔が引き攣る。
ロードナイトはそんなウェラディアの心情を知っているのかいないのか、昨日デュライほ姿で読んだ失地王の手記をどさりと手の上に乗せてくれた。
「失政と敗戦……その苦悩……こういうのは、意外と戦記ものが好きな男性より、女性のほうが好きだと思いますよ?」
そうまで言われて、読まないわけにいかない。なにせ、デュライとウェラディアは別な人間だということになっているのだ。
――今日もデュライの姿で来ればよかった!
後悔してもすでに遅し。
こういうとき、ウェラディアはもしかして、ロードナイトにはウェラディアがデュライだとバレているのではないかと思ってしまう。
ウェラディアがロードナイトをやりこめようとしていることに気づいていて、反対にやりこめられたのではないかと――。
「……まさか、ね」
焦りにも似た予感を封じ込めて、ウェラディアは手渡された手記をいま一度読みはじめた。
目の前の配下に、目的の賢王デュライの手記を隠されたことなど、もちろん知る由もないまま――。
〔終〕
カルちゃんを出せなかった。
すまぬ……また今度!




