第8話 勇者、クコの実を大量買いする。
「アンタは……」
「預かった」
「…………」
肩に乗った青ヘビと俺を交互に見ていたニールセンは、治療院の棚に並べた遺品へ顔を向け、黙った。
左肘を包帯に包まれているが顔色は酷くはない。寝台から下りて自分の足で立ち、棚に向かう。
「……あぁ……」
カバン、杖、盾にブーツ。
そして、黄色い石のネックレス。
ニールセンは一つずつ掬うように手に取って、何かを呟く。持ち主の名前を呼んでいるようだった。すぐに死ねたかと、横顔が問うていた。長い付き合いだったんだろう。
アクティが頬に頭を擦り寄せてくる。珍しく何も言わない。その胴を親指の腹で撫でながら、俺は窓の外を見た。良い天気だ。昼時を少し過ぎたリムルの街は活気づき、人々の声がひっきりなしに耳へ届く。生きている。
「ありがとう」
なんとなく出て行くタイミングを見失っていた俺に、ニールセンが顔を向けた。
声は枯れていて、赤い目尻は擦り切れていた。
「おう。じゃーな。俺は届けてくれって預かっただけだからよ」
背を向けて片手を振る。
森に近い街のせいか、日中でも治療院は忙しない。ニールセンは個室だが長居する必要も、語る話もない。
「勇者ローラン」
「…………」
扉に手をかけた俺をニールセンが呼んだ。
返事はしなかった。
今の俺はニールセンが会った男じゃない。地味な茶髪メガネだ。
それに、爽やかイケメンの勇者の容姿や聖女との結婚を知らないわけじゃないだろう。昨日今日広まった話じゃない。式を挙げる前から国中に通達されていたし、王都で式を見た人々が興奮気味に様子を語る。今こうしている間にすら、弾む会話がここまで届く。
「やっぱり」
それでも、ニールセンは確信したように笑った。外からの声に掻き消されてしまう程度の、静かなものだった。
「青ヘビを連れた魔法剣士なんて、世界中探したって勇者だけだ。冒険者やってて知らない奴はいないさ」
「…………」
スリスリスリスリ。
いつまでも頭を寄せてくるアクティに、俺の口端が歪む。
「大丈夫だ。アンタに助けられた命、無駄にはしない」
「……そーかよ」
「あぁ」
そう笑って死んで行った奴は五万といる。
俺は一度瞼を伏せて、扉を開けた。
「またな、ニールセン」
「せいぜい達者で暮らすですよ」
「なんでおまえがエラそーなんだよ」
ようやく喋ったと思えばこれだ。
アクティの鼻先を押しながら廊下に出た。
「……どうして……ッ……」
扉を閉じた後に、押し殺した声が聞こえた。
「どうしてもっと早く来てくれなかったんだ……!」
(そうだな)
俺の前では必死に耐えていたに違いない。血を吐くような声に何かが倒れる音が続いた。
「ニールセンさん!?どうしました!?」
聞きつけた治療師が俺と入れ替わりに入って行く。
(その通りだ)
一匹と四人を守りながらでも俺なら問題なく勝てた。そういう戦い方をしてきた。けれど間に合わなければ守ることすらできない。
廊下を進む。
運び込まれた怪我人に治療師達の怒号が飛び交い、見舞いに来たらしい人々が笑顔を浮かべたり、しゃがみ込んで顔を覆っていたり。
魔王は確かに倒したが世界は変わらなかった。
弱くなった魔物も人間にとっては十分な脅威であり、生きる糧だ。だから結局何も変わらない。魔王を倒したことを悔いた歴代の勇者は、どれほどいただろう。
「…………」
絶望と恐怖に塗り潰された彼らの瞳を思い出し、それから、元パーティーメンバーを思い出した。
ポケットにだらしなく突っ込んでいた片手を握る。
「主様!」
「……あん?」
頬擦りに疲れたらしい。
肩に顎を乗せたアクティが、治療院を出て目と鼻の先にある露店通りに声を弾ませる。
「クコの実買うです!」
「覚えてたのかよ。どんだけ食い意地張ってんだよ」
「古いオヤツには騙されないです。クコの実、たくさん買うです。たんまりお金あるの、知ってるですよ」
「ハイハイ」
成長盛りの大食いヘビだ。随分待たせた自覚はあると、素直に果実を売っている露店を探して歩き出した。
人が多く、明るい通りだ。
冒険者やこの街で暮らす人々行き交い、活気があって良い街だ。巡回の兵士もあちこちにいる。治安は相変わらず良く、三年前と比べたら血の匂いが減った。
「おっと」
スリ目当てのガキンチョをひょいと避けたら舌打ちされる。理不尽だ。
「主様の財布はボクのです。あの子ども、シバくです」
「俺んだよ」
アクティがわざわざ振り返ってペッと唾を飛ばした。後頭部を雑に掻きながら目的の看板を探す。
「おまえのケンカっ早さは誰に似たんだかなー」
「聖女?」
「聖女か」
噂をすればなんとやら、人混みの向こうに張り出された号外が目に入った。聖女と荷物持ちの肖像画だ。結婚式後のだろう。寄り添う金髪美少女と爽やかイケメンに鼻を鳴らした。イケメンの方は実物によく似ているが、聖女が美化されすぎている。
「あんなに乳ねーだろ、アイツ」
「詰め物したら騙せるって言ってました」
「誰に見栄張ってんだよ」
「世の中?」
首を傾ける青ヘビ。
案外真理を突いているかもしれないと頷いたところで、見つけた店先に進む。青ヘビがウキウキと揺れ始めた。
「クーコ、クーコ。ボクの可愛いクーコの実~」
調子っ外れの歌声に、すれ違う人々は嫌な顔をして避けたり笑ったりと様々だ。冒険者が多いおかげで王都よりは刺々しい視線を感じない。
簡素な平台、大籠に山盛りにした果実たち。
申し訳程度の日除けの下、露店を切り盛りするのは女主人だった。その姿がはっきりと見えた途端、青ヘビは歌を止めた。
「赤髪、年上、吊り目……」
ゴクリと喉を鳴らし、じわじわと視線を下げていく。
「巨にゅ」
「店主」
俺は青ヘビの首根っこを片手で掴み、口を塞いだ。目を丸くしたアクティが俺と女主人を見て訴えてくるが、無視だ。
「はいよ、何が欲しいんだい?」
「クコの実をあるだけ」
「全部かい?」
「全部」
「はー、こりゃありがたいねぇ。ちょっと待っておくれよ」
幸い女主人の耳にはアクティの呟きが届かなかったらしい。前に出て来て山盛りの実を袋に詰める背から一歩退く。
「運命ですよ、主様!」
口を解放したら青ヘビが耳打ちしてきた。なんとなく女主人に目を向け直す。俺の倍はありそうな尻を機嫌良く揺らし、クコの実を次々袋に詰めていく背中は逞しく、健康そうだ。丁寧に編み込まれた長い赤髪も豊かだし艶が見える。
「アタックするです!」
「既婚者どころか孫いてもおかしくねーんだけど」
「え!」
どうやらヘビの年齢感覚は人間と違うらしい。ボソボソと話していたら袋を三つ拵えた女主人が振り返った。笑い皺の浮かぶ良い笑顔だった。
「全部で五十一個だ、銀貨二枚と、銅貨五枚!端数はオマケだよ!」
「どーも。釣りはいらねーよ」
銀貨三枚をふくよかな手に落とす。女主人は少し間を置いて俺を見上げ、ニッコリと笑みを深くした。
「まいどあり!ケガすんじゃないよ!」
「アンタも長生きしろよー」
クコの実は見た目こそ拳大だが、案外重くはない。袋の紐を結んで、二つと一つに分けて両手に持つ。
「あっはっは!アタシはまだまだ現役だよ!」
明るい声に見送られながら路地へ向かった。わりと貴重品である魔法カバンにその場で押し込むのは悪手だ。面倒な輩に目をつけられたらダルい。だからと言って、持って歩くには邪魔すぎる。
「赤髪年上吊り目巨乳美女だったです。残念です」
「まー、美女っつったら美女だろうけどよ」
肩を落とすアクティの口に、袋から取り出したクコの実を押し付けた。パクリと食いついた緑色の瞳が輝く。新鮮らしい。
「ウメーか?」
「わからなかったです。もう一個です」
「ハイハイ」
カバンに袋を二つ押し込む傍ら、もう片手で実を取り出して口元へ運ぶ。何度か繰り返して袋の中身が半分になったところで、俺は紐を縛ってカバンにぶち込んだ。口の周りを汁で汚したヘビが頬をどついて来る。
「まだ食べるです!」
「丸呑みヘタかよ。水」
「わ」
水を浴びせたら黙った。
濡れた頬を袖で拭い、また歩き出す。
「次は何買うです?レナの実です?」
「俺の食いモン買っていい?」
「え!」
「えじゃねーよ。腹減ってんだよ」
鳴った腹を摩する俺に、アクティがわざとらしく息を吐いた。自分の食い物を見に行かないとわかった途端にフードの中へと引っ込んでいく。
「食いしん坊は仕方ないですね……」
「おまえがソレ言っちゃう?」




