第7話 勇者、絡まれる。
リムルは王都に近いだけあって明け方から賑やかだった。
門番達の質問責めをのらりくらりと躱し、門を潜ってすぐに目についたのはどんと構えた大通り。左右には様々な素材や食品を扱う露店と宿屋が所狭しと並んでいる。
仕入れた物の点検や仕込みを始めながら、あっちの街道はどうだ、こっちはこうだったと情報交換に余念がない商人達。何軒も連なる宿屋に出入りしているのは冒険者が大半だ。今日の収穫に期待する者、思ったよりも実入りが少なかったのか肩を落としている者、様々だった。
(案外金になんねーんだよなー)
勇者時代に魔物は倒しまくったが、一攫千金を狙えるのは一握りにも満たない。しかも相当強い。聖女の超回復魔法がなければ俺は今頃五体満足じゃないだろう。
「ッチ、初心者かよ。きったねェ」
「朝からクセーなァ」
嫌な思い出に内心舌を出していたら、すれ違った男達が鼻を摘んだ。
俺は全身返り血塗れ。オマケに臭い。その反応になるのも無理はなく、いちいち相手にする方が馬鹿馬鹿しい。
無視を決め込んだ俺とは対象的に、青ヘビがギュンッと目を鋭くした。
「おっちね」
ついでにペッと唾も吐いた。冒険者より冒険者らしい使い魔だ。
「ア?なんだこの生意気なヘビ」
「ヤんのか、コラ」
「生意気はオマエらです。ボクの主様は今はクサクサですが、ふだんはオマエらより臭くないです」
「ふだんのオレら知らねーだろ!」
「顔が臭いです」
「アァン!?」
爬虫類相手に凄んでくる男達も男達だが、アクティの口の悪さも相当だ。
「兄ちゃん、使い魔の躾がなってねーんじゃねーか?アァ?コラ」
「バカは主様に話しかけるなです」
「んだと、このヘビ!」
(うるせー)
片耳を指でほじりながら、ギャンギャン言い合うバカどもを横目に宿屋の看板を眺める。安宿でいいが風呂付きは必須だ。
「こっちに来やがれ!丸焼きにしてやる!」
「テメーもシカトしてんじゃねーぞ!」
いよいよブチ切れた男の一人が俺の肩にいるアクティへ手を伸ばした。
三歳児の青ヘビに口喧嘩で負けて手を出すとは世も末だろう。魔王がいてもいなくても変わらないと、男の手首を掴んで押し留める。すかさずフードに隠れた青ヘビは後で説教だ。
「ッ……て、てめぇ……!?」
ググッと力を込め、歯を食いしばる男を下から見上げた。デカい男だ。背中に分厚い盾を背負い、身体の厚みは俺の三倍はある。
「ガキ相手に目くじら立てんな」
「ッ……」
冒険者は謝ったら負けだ。
弱肉強食は魔物に対してだけじゃない。簡単に頭を下げたら付け込まれて利用される。どう贔屓目に見ても完全にアクティが煽りすぎだが、そういうもんだ。
「どけ」
手を払い、道を開けるように顎をしゃくる。大男は己が手首を抑えながら横にずれた。
「ざまみろです」
「おまえもうるせー」
周りの人々は見て見ぬふりだ。血の気の多い冒険者同士の諍いは日常茶飯時、面白い見世物にはならない。
「おい、テメ……」
「止めとけ……!バケモンだぞ、ありゃあ……」
通り過ぎた背後。
上がったうめき声に俺はヤサグレた。
「おまえのせいでバケモン呼ばわりされたじゃねーか」
「地味メガネだからです。イケメンだったらイケメンって言われるです」
「言われねーよ。反省しろよ」
にゅるにゅると肩に戻った青ヘビが頬をどついてくる。
「主様がヘタレだから悪いです。ボクは主様の代わりに戦ったです。褒めるです」
「顔が臭ぇはダメだろ。言い過ぎ」
「主様のことバカにするからです」
「煽るなら見た目に関係ねーもんで煽れ」
青ヘビはヘビのくせに頬を膨らませ、更に頭突きしてくる。指先で鼻っ面を押さえた俺は、改めて辺りを見渡した。多少進んでも露店も宿屋もまだまだある。
「んなことより風呂だ、風呂」
「……クコの実いつです?」
「コレ食っとけ」
橙の小さな実を乾燥させたものをカバンから取り戻す。アクティの強請るクコじゃないが、甘味は同じくらいに強い。拗ねた顔をしていた青ヘビはパクリと食いつき、ごくんと喉を鳴らす。
「ちょっと古いですよ、主様」
「丸呑みで味わかんの?どーなってんの?」
「ボクは美食家です」
「心底うるせーよ」
臭い兎型魔物に涎を垂らしていたヘビを一蹴した俺は、流し見た中で目についた宿に入った。風呂ありの看板で決めた。
「らっしゃ──……ダンナ、追加料金貰うが」
「はいよ」
俺を見るなり眉を寄せた主人に、ポケットから銀貨を一枚投げ渡す。
「こりゃ随分と気前がいい」
「一部屋、一泊だ。先に風呂入らせてくれ」
「もちろんだとも。風呂に近い部屋にするよ、こっちだ」
一転、笑顔になった店主の背に続く。
リムルにある安宿の単身相場は銅貨五枚。追加でも二枚上乗せくらいで、払いすぎだ。そうとわかっていてもとにかく風呂に入りたい。鼻が曲がりそうだ。
「疲れただろ?ゆっくりしていってくれよ。部屋はそこだ」
「どーも」
ニコニコと案内された風呂場は個室だった。人が三人並んで立てる程の狭さの代わりに内鍵がかかる。湯と水が出る蛇口もある。タオルや石鹸はないが、安宿なら上々。
目線の高さにある荷物置きに、メガネ、カバンに剣、脱いだ服と順に置いていく。血塗れのシャツとズボンはゴミ、ローブや手袋、ブーツだけ洗う。
カバンから頑固な汚れ用の洗剤と雑巾を取り出した俺が下着一丁でゴシゴシ擦っていたら、脱いだシャツにくっついて荷物置き棚にいたアクティが頭を傾けた。
「主様」
「あん?」
「ここ、お風呂じゃないです」
「風呂じゃん」
「湯船ないですよ?」
「フツーはねーんだよ」
「え!」
贅沢に慣れた青ヘビが目をぱちくりとさせている。
(そーいや、初めてか)
パーティーでの旅の間は、聖女と魔女がいたから湯船がある良い宿に泊まっていた。アクティはそれしか知らない。驚くのも無理はないと頷いた。
出資者が国王だったおかげで快適な旅だった。魔王討伐を依頼したんだからそのくらいは当然──というより、娘である聖女を心配しただけだったが。
「ボク、どうやって水浴びするです?」
ヘビのくせに肩を落とした青ヘビに、足元にある丸桶をしゃくる。
「入れ」
「狭いです」
「じゃあ諦めろ」
「……うぅ……」
うめきながら下りて来たアクティが丸桶に収まった。足で桶ごと蛇口の下に移動させて水を出す。頭から水を浴びた途端に緑色の目が輝いた。
「気持ちいいです、主様」
「そーかよ。ゆっくりしとけ」
「はいです」
アクティは完全水棲じゃないが、水が好きだ。元々湖の側にいたし、水棲蛇種の亜種。道理だ。
洗い終わったブーツと手袋を隅に避け、下着を脱ぎ捨てた俺は自前の水魔法で頭から流す。蛇口を青ヘビに占領されているからだ。
「あー……極楽……」
「極楽ですぅ……」
手持ちの石鹸でしっかり隅々まで洗い上げてから、カバンに突っ込んだ手でタオルを引っ張り出す。身体を拭いて服を着ている間、なんとなく目を落とした青ヘビは蕩けていた。
「アクティ、そこで寝んなよ」
「はいでふぅ……」
「ったく……」
徹夜の疲れが出たんだろう。
うとうとする青ヘビを掴み上げ、タオルで包む。すかさず耳下に頭を埋めてきた背を撫でながら、荷物をまとめて風呂場を出る。
店主が示した部屋に入った俺は、鍵を閉めてカバンを床に放った。一人用の寝台に飯が食える程度の机と椅子。広くはないが十分な部屋だ。
「風」
濡れた茶髪を風魔法で乾かす。便利だ。
本格的に寝に入り始めたアクティに、窓の外を見る。太陽は昇っている最中で、ニールセンが運ばれた治療院の場所は門兵に聞いてある。少しくらい休んでも構わないだろうと、粗末な寝台に身体を横たえた。
「……あるじさま……?」
「ここにいる。寝とけ」
「……あい……」
タオルの上から手を乗せると、俺の体温が伝わったのか、むにゃむにゃと返事をしたアクティの寝息が聞こえてきた。
使い魔の分類としては下の下の下。
愛玩枠にしかならない青ヘビは非常に弱い。そのせいで密猟者に乱獲され魔物からは襲われる。孵ったばかりだったアクティは、鳥型魔物に喰われる母ヘビの身体に守られて震えていた。通りがかりに見つけ、拾った。ただの偶然だった。
(自立できるようにしてやんねーとな……)
安宿に窓を覆う布はない。
遺品の入ったカバンを一瞥してから、片腕で差し込む陽射しから目を庇う。ついでに青ヘビの顔にタオルを引き上げた。
『アクティを預かってくれだって?正気かい、ローラン。僕達は彼の友人だが、親は君だろう』
もちろん、君がアクティに留守番を説得できるなら喜んで協力するけどね。
そう言って呆れ顔を浮かべた親友の言葉が脳裏を過ぎる。結婚式の前日だった。
「親はいつまでも一緒にいねーだろ……」
呟き、思考を切る。
束の間の休息では夢を見なかった。




