第6話 勇者、トカゲ狩りをする。
穴ぐらを越え、さらに奥へ進んだ先で三体のリザードマンを見つけた。
木々が僅かに途切れた、俺が大の字になってごろ寝できる程度の狭い場所だった。
この場では使いもしない水かきのついた足が何かを転がしている。踏みつけられているのは見覚えのない三人の頭だ。
「ギャギャッ」
「ギャギャギャ」
耳障りな音は笑い声に似ていた。
木の幹に凭れて何かを齧っている。
シャツの内側がもぞりと動いた。
「主様、魔物です?」
「おう。トカゲ三匹だ」
「トカゲ」
「出てくんなよー」
抑えた声で交わす会話はいつも通り、緊張感はない。身じろぎする青ヘビが素肌をくすぐる。シャツの上からポンポンと撫でる俺は、足音を止める工夫をしなかった。面倒臭いからだ。
鬱蒼とした森は相変わらず暗い。視界は悪いが足枷にもならない。
足元でパキと枝が折れた。
リザードマンどもが一斉に振り返る。
俺は唇を動かした。
「土」
「ギャ!?」
「火」
三体それぞれを土の球体に閉じ込め、内側に火を熾す。球体を内側から風魔法で破り、上に素早く脱出したのは二体。残りの一体は逃げるより早く俺の剣で土壁ごと貫いた。
「ギャギャ!!ギャ!」
「何言ってっかわかんねーよ」
刺した剣を真上に引き上げ肉を裂きながら、放り投げられた血塗れの白い腕を避ける。人間の腕だ。
「……てめぇ……」
低く唸っても、それ以上は口にしなかった。アクティが聞いている。舌を打った俺に対し、間を置かずに風の刃が放たれた。
二体がかりで放たれた風刃は、合わせて三十二。葉の茂った枝や幹を切り裂きながら向かってくる。
このトカゲどもは風魔法が得意なようだ。ニールセンのパーティーの魔法使いの得意属性は土だったと聞いた。相性は最悪だ。
「魔法使いが戦力外じゃキツいよな」
通常、剣士や盾役は魔法を使えない。使えないから剣士や盾役になる。その上魔法に対抗できるのは魔法だけとなれば、ニールセン達がやられたのも納得できる話だった。
彼らは手も足も出なかったんだろう。
風刃を追いかけるようにして左右から迫る、鋭い爪と牙を向いて笑うリザードマンどもを睨みつけた。
「水」
「ギ……!?」
限界まで圧縮した水は、時に土よりも硬い壁になる。
俺の周囲に筒状の水が噴き上がる。僅かに遅れて届いた風の刃は、水に当たって光のように弾けて消えた。
「トカゲがイキってんじゃねーぞ」
俺自身が編み出した水の壁すら斬り裂くのは、勇者の剣閃だ。阻もうとしたリザードマンの腕ごと、首が飛んだ。
「ギャ……ギャギャッ!」
緑色の肌に冷や汗を滴らせた残り一体が背を向ける。その首元で光るネックレス地面を蹴った。
「ヒトのモンだろ、そりゃあよ」
背後に肉薄する。
「ギィ……!?」
身体のド真ん中、腹に剣を突き立て、勢いを殺さずに右肩まで一気に斬り上げた。
トカゲもどきに手こずるようじゃ元勇者は名乗れない。
短い戦闘に鼻から息を抜き、地面に倒れたリザードマンを見下ろす。
「火」
散らばっていたリザードマンの死骸に青い火が灯る。古びた鈍らを鞘に納める。火が消えたら、ネックレスだけが残るだろう。
「…………」
リザードマン達が踏みつけていた三人の遺体を並べて寝かせた。開かれたままの瞼を閉じていく。
名は聞いていない。
呼ぶ代わりに、目を見た。
「……土」
短い詠唱に静かに揺れた地面が、物言わぬ冒険者達を呑み込んでいく。すぐ側にカバンや武器が転がっている。遺品はそれを持ち帰れば良いだろうと、土の上に片手を置いて束の間だけ目を閉じた。
「……主様」
「おう。もう寝ていーぞ」
「……主様は寝ないですか?」
シャツの襟元が動く。青ヘビがにゅるんと顔を出した。
辺りを見渡し、立ち上がった俺の足元にある盛り土を見る。見るだけだ。アクティは何も聞いてこない。
「街に着いたらな」
「じゃあ、ボクも起きてるです」
「眠ィだろ?」
「眠くないです」
「意地っ張りか」
譲らない背を指で撫でながら、散乱しているカバンや杖を拾って歩く。
「待たせたからな、オヤツは奮発すんぞー」
「そこのトカゲはいらないですよ」
「ハイハイ。もっとイイモンな」
拾った物はすべてカバンに押し込んだ。無尽蔵の収納力は本当に便利だ。
「あー、風呂入りてぇ」
「主様、とっても臭いですよ。クサクサです。仕方ないから、ボクも一緒に入ってあげるです」
「水浴びしてーだけだろ、おまえは」
リザードマンを焼き払った青い火が消えていく。
残ったネックレスは汚れていて、一瞬見失った。
僅かな月明かりにチェーンが鈍く輝く。それを頼りに掴み上げて、石についた汚れを手袋で丁寧に拭った。ニールセンが語った通りの黄色い綺麗な石だった。
ふっと最後の燻りが消えると闇に包まれ、惨劇は葬られる。弱肉強食。世の常だ。
(場所は言えねーな)
ここを知ったら、ニールセンは無茶をしてでも参ろうとするだろう。片腕を失くし前衛に戻れた剣士を見たことがない。仲間を弔うと出て行ったきり、戻っては来ない。そういう後ろ姿は嫌いだ。
(たまには花でも持って来るからよ)
声に出さず呟き、鎮火を見届けてから足を踏み出す。
耳の下に頭を寄せてくる青ヘビの背中を摩すりながら、再びリムルを目指し歩く。周囲に魔物の気配はなかった。俺達の戦いを見て退いたのかもしれない。
「主様」
アクティに呼ばれる。
「あん?」
顔を向けずに返す。
「オヤツは、果物がいいです」
「おう」
「青くて丸くて、実がたくさんついた、甘いのです」
「却下」
「主様はケチです」
「魔王城にしかねーもん言うな。行かねーかんな」
それもたった一度見つけて食べただけの、よくわからない木になっていたよくわからない果物だ。
膨らませた頬をモグモグと動かす青ヘビに、遅れて気がついた俺と聖女が焦ったのは記憶に新しい。尾を掴んで逆さまに振っても何一つ吐き出さなかった。本当に食い意地の張った青ヘビだ。
「ワガママ言うと、ボクは怒るですよ」
「俺じゃなくね?」
「やれやれです」
アクティがわざとらしいため息を吐く。
「クコの実で許してあげるです」
「おまえ、俺を使い魔だと思ってねーか?」
「主様って呼んでるですよ?」
スリスリと首にウロコを擦り付けられても、バカ扱いしているのは声で十分に伝わってくる。俺はヤサグレた。
木の枝を手のひらで掻き分けながら、ペッと唾を吐く。
「育て方間違えた」
「ボクはとっても良い子です。感謝するです」
「俺にか」
「バカです」
いつもより口数の多いアクティがフードに戻る気配はない。胴体を指で撫でると深い呼吸を何度か繰り返した。
森が浅くなっていく。
葉や草の隙間から門の灯りが見えてくる。
チラリと空を見上げると、月が傾き陽が昇り始めていた。俺の毛先から黒から茶に変わっていく。
夜明けだ。
道に出る前に足を止め、空き手をカバンに突っ込んだ。丸メガネを取り出して装着するのはただの気分だ。地味さに磨きがかかる気がする。
痛みや派手な発光はない。
昼から夜にかけて変化した時と同じように地味に身体つきが変わっていく。
目線は下がり、服はブカブカ。破れたりしないだけ楽だ。
襟足で括った髪を摘み、色を確認してすぐに放した。茶色だった。
変化が終わったと踏んで森から出る。目敏く俺を見つけた門兵達が駆け寄りかけて、足を止め、首を捻っている。
イケメンの方の俺の帰還を待っていたんだろう。
「別人か……」
「あのイケメンはまだか?いや、ちょっと待て。あの男、血だらけだぞ!?」
「ケガしてるのか!?」
慌ただしい会話は聞き慣れたものだ。
止めていた足を動かし近づく兵達に「大丈夫だ」と手を振って見せながら、俺はふと気がついた。
「ニールセン、俺だってわかんなくね?」
「変身魔法解けばいいです」
「リムルに運命がいるかもしんねーだろ」
「安心するです」
ふわぁ、と、アクティが欠伸を噛み殺す。
「たぶんいないですよ」
使い魔は今日もまったく、容赦がなかった。




