第5話 勇者、冒険者を助ける。
「主様!乳好きな主様!!」
とんでもない叫び声が耳に飛び込んできた。
崩落した地面の中。
魔力の土で張った、球体の防御壁内部にまで響く大音量だ。まごうことなき事実だが大声で叫ぶ内容じゃない。
「オヤツまだもらってないです、主様!」
ベソベソ泣く声が聞こえる。
土や石を退ける、忙しない小さな音も。
魔王と戦い勝利した元勇者がただの土如きでダメージを食らうわけがないだろう。側頭部を指で掻いて、すぐに思い当たる。
(いっつも荷物持ちと後ろにいたしなー)
非戦闘員には必ず、戦闘開始前に防御陣を張る。結界陣より一撃の耐性に欠ける分、何度か攻撃を弾く陣だ。
それは元勇者パーティーの鉄則。
戦う俺の血肉がうっかり飛び散ったら教育に悪い。戦闘風景は見えないように工夫をしたが、戦いが長引いて陣が崩れていく度に幼い使い魔は飛び出して来ようとした。そんなアクティを宥めすかし、胸元へしまい込んでくれていたのは荷物持ちだった。
(懐かしいな)
賑やかな旅が終わったのはほんの一ヶ月前だ。
恋愛には至らなかったが、口うるさい聖女も小言の多い魔女も、俺の無茶に怒る荷物持ちも良い仲間だった。
(……未練たらしいこった)
芋づる式に引っ張り出された記憶を鼻で笑う。
ぼんやりしすぎたんだろう。
外から次の一手が放たれた。
「ボク年上にはなれないですけど赤髪吊り目巨乳美男は頑張ってみますからぁ……!」
「そりゃただのデブ男じゃねーか!!」
どんな精神攻撃だ。
叫びながらズボンッと地上に飛び出た勢いで、球体が崩れる。
「主様……!!」
身体にかかった土は払わない。そんなものは後でいい。まずはアクティに向けて膝を折った。
にゅるにゅると這い寄る青ヘビの口は土で汚れている。なんなら頭部全体が真っ黒で、胴体を見なければ青ヘビだとはわからない有り様だ。
「人化してた方が両手使えんじゃねーの?なんでヘビ?」
「ビックリしたです!ビックリしたですぅ……!!」
「あー……うん、悪かった」
差し出した片腕を伝い登ってきたアクティが、俺の頬に頭突きを繰り返す。指先から出した水で土を落としてやり、泣きじゃくる頭を撫でた。
「あ、あんた……」
「あん?」
戸惑ったような声に顔を向けると目が合った。
助け出した男だ。
失った左腕を押さえ、数歩先でヨロヨロと立ち上がる。
「もう立てんのか。すげーな」
聖女の三徹は効果抜群だ。
ケチらず使って良かったと頷く俺に向かって男が頭を下げた。フラつく足元は危なっかしい。
「ありがとう、あんたは、命の恩人だ……」
「おいおい。ムリすんなよ」
大股で歩み寄る。
男の右腕を己が肩へ回し、支えた。
魔物達が遠巻きにこちらを窺っている。血の匂いを嗅ぎつけたに違いない。
フードの中でベソをかいているアクティを横目に確認する。ケガをしている様子はなく、微かに息が漏れた。
「歩けるか?」
「あぁ……面目ない……」
「いーって。気にすんな」
現在地からなら王都に戻るよりも隣街のリムルが近い。
頭の中で雑に距離を図ってから、ぎこちない歩みの男を支えながら歩き出す。
肩に回した右腕は鍛えられて逞しく、背丈は今の俺より少し低いくらいで平均以上はある。年齢は上かもしれない。土や泥、血で汚れた横顔は疲労が濃いが、ハイポーションの効果で痛みなどはなさそうだ。
「あんたは……」
「ローラン」
「ありがとう、ローラン。オレは、ニールセンだ。ローラン、は、魔法使い、か?」
「ちげーよ、剣士だ」
「あぁ……剣士か……」
呟く声は失くなった左腕の先を見ているようだった。
男──ニールセンも腰に長剣を下げている。
それきり黙った相手に俺も口を閉じた。
深い森の中を進む。
俺の足に迷いはない。
歩いてきた道は見失っていても、方角はわかる。冒険者の常識だ。月を左側に足を運ぶ。
「ぁるじさま……」
むにゃむにゃとした不明瞭な呼び声に、フードの中を流し見る。
泣き疲れたのか、アクティは眠っていた。
(あとでオヤツやらねーとな)
生まれてから三年しか経っていない使い魔だ。内心で肩を竦め、近づいて来ようとする気配に瞳を向けた。
黄金に殺意と魔力を込める。
薄っすらと輝いた瞳に、気配が薄れていく。
「休んでる暇はねぇかんな。しんどくても歩け」
ふらついた身体をがっしり掴んだ。
出口はまだ見えない。
「ニールセン」
俺は前を見据えた。
「ソロか?」
「…………いや…………」
「わかった」
ここは王都周辺の森だ。駆け出しの冒険者や若手パーティーの狩り場としては丁度良い。見慣れた魔物の素材や採集物でもすぐに売り捌けるだろう。ここまで深く入らなければの話だ。
「アンタを送ったら遺品を探す。特徴を教えてくれ」
死ぬも生きるもすべて自己責任。
冒険者はそういう仕事だ。
腕を失っても生きているだけで儲けもの。遭遇した魔物によっては灰すら遺らないことも多い。それでも、埋葬できる何かがあるならそれに越したことはないだろう。
俺の言葉にニールセンは嗚咽を噛み殺した。
「……癒し手は、ネックレスをつけてるんだ。黄色い、きれいな石の、ついた……」
所々詰まりながら語られる内容を、口に出さずに反芻する。
パーティーは四人。
剣士のニールセン、癒し手、魔法使い、盾役の、よくある編成だ。冒険者歴は五年というから、新人の初歩的なミスではない。
「オレ達は、浅い場所で薬草を摘んでたんだ。そうしたら急に、アイツが……っ、アイツらが、みんなを……!」
「出口だ、ニールセン」
次第に興奮しだした男に顎をしゃくった。ハイポーションで痛みが和らいでいるだけで、重症だ。昂ぶらせるのは良くない。
「……う……ッ……」
森を抜け、舗装された道に出た瞬間、ニールセンの身体からガクリと力が抜けた。バランスを崩しかけた足を踏ん張り、支える。
「止まんな。自分の足で、立って歩け」
顔を覆う男を強引に引き上げた。
月はまだ高く、街の門はすぐそこだ。
ニールセンが語ったのは、中腹まで潜らなければ出て来ないはずの竜人の亜種──リザードマンだった。人型の魔物だが言葉は通じない。
魔法に長け、群れで狩りをし、人間を喰らう。俺が会った兎型の魔物はそのおこぼれにありついただけのようだ。
「クソ……!クソぉ……ッ……!!」
ニールセン達は運が悪かった。
それだけだ。
駆け寄って来た門兵三人に身柄を託した後、街に入らずに踵を返した。
「ローラン……っ……頼む……、頼む……!」
「あんまアテにすんなよ」
「ッ、わかってる……!無理をしてほしいわけじゃ、ない。ただ……!」
「遺品はアテにすんな」
背中にかかる声を遮って言葉を繰り返した。片手をヒラヒラと振る。
出て来たばかりの森へ向かう。
鼻につくのは、温い夜風に巻き上げられた生臭さだ。兎型の魔物の血を流すの忘れていた。乾き始めて異臭が漂う服は処分するしかないだろう。買って間もないのにと口内でボヤいてから、近づく森を見据えた。
「仇は討つ」
「……っ、……」
「寝てろ」
歩きながら、寝息を立てる青ヘビをフードから摘み上げる。アクティがむずがるように頭を擦り寄せた。
青ヘビの戦闘能力はゼロだ。人化できたところで魔法や剣が使えたり逃げ足が速くなるわけじゃなく、浅い場所でも落ちたらシャレにならない。
「あるじさまぁ……?」
「悪ィが、ちょっと起きとけな」
「むぅ……どこいくです……?」
眠たげなアクティをシャツの中へ促す。ノロノロと入っていく尾を眺めながら、俺は口を開いた。
「トカゲ狩りだ」




