第26話 勇者、強制転移する。
「呪いだったんだね」
隣に座っている魔女が、口元をナフキンで拭いながらそう切り出した。
「お師匠様だろう?」
(それかよ)
どうやらこの魔女は、有耶無耶のまま流させてはくれないようだ。
肩で息をついた俺は、二杯目のカップを卓上に置いた。青ヘビは俺の足の上で眠っている。人の皿から半分以上の肉を奪っていったせいか、いたく満足げだ。とぐろを巻いている胴体に手を添えた。
「姿が変わるだけかと思っていたんだけれどね、魔法の精度がまるで違う。……君の力は、相当抑えられていたんじゃないか?」
「済んだ話はいいじゃねーか。そんで問題なかっ……」
「ローラン」
俺の声を魔女が遮る。
青ヘビに顔を向けたまま、長ったらしい前髪の隙間から隣へ視線を流した。
「ローラン頼む、話してくれ。私はお師匠様の弟子として、真実が知りたいんだ」
俺を真っ直ぐに射抜く瞳は苦しげだ。
そのくせ覚悟を決めたような顔で、馬鹿馬鹿しいったらないだろう。
「祝福だよ」
だから《《事実》》を話した。
「ローラン……!」
隣から伸びる、白い手。
俺はその手を避けて、右腕を持ち上げた。
「力が半減してても魔王を倒した。茶髪メガネはすげー楽だった」
「…………」
「うっかり解除しちまったせいで、今は生き難くて仕方ねぇ」
緩やかな波を打つ長い茶髪。
トゥーリアともセシリアとも違う。
青ヘビにするのと同じ仕草で頭をポンポンと撫でつつ、目を合わせる。
「な?祝福だろ?」
魔女の顔が歪む。
「馬鹿なことを……」
「いーんだよ」
トゥーリアの施した呪いに弟子が責任を感じる必要はない。
いつでも解呪できたのにしなかったのは俺だ。
力の半減は、確かに憎しみや恨みだろう。
だが容姿の変化は愛情だ。
綺麗事だけじゃないトゥーリアの感情が俺を守り、人間らしい自由をくれた。
(過保護なんだよな)
壊れてしまって尚、俺を一人では旅立たせなかったセシリアもそうだ。
魔物が活性化した時、俺はもう十六だった。
道連れにして殺す気かと問うくせに、わざわざ聖女の成長を待った。
そうして結局最後は、魔王がいなくなった世界から俺を隔離しようとした。
今、俺の中から込み上げるのは恐怖ばかりじゃない。
それが答えだ。
「いいんだ」
「……ッ……」
笑った俺の肩に、魔女が顔を伏せた。
俺は一瞬止まってから、鼻から息を抜いて、緩く肩を抱く。細くて薄い肩だ。最期に抱いたセシリアも、魔力枯渇を起こす前はこうだったんだろうか。
会話がなくなった部屋の中に魔女の嗚咽が響く。
押し殺すように泣く女だ。
肩を擦りながら、顔ごと逸らした。
トゥーリアを殺して悪かったなんていう無意味な謝罪はしない。聖女にも、荷物持ちにもしていない。
赦されないまま、赦せないまま、生きる。
俺達はきっと、そういうもんなんだろう。
(勇者パーティーなんて碌なもんじゃねぇ)
愛し愛され。
憎み、憎まれ。
とんだ因果があったもんだ。
腹の中でため息をこぼした俺は、なんとなく青ヘビを見下ろした。
「ラブは突然に?」
首を傾ける青ヘビ。
いつの間に起きていたのか、緑色の目を丸くした青ヘビが俺と魔女を交互に見上げてくる。
「そんなんじゃ」
「実はそうなんだ」
目尻を拭った魔女が俺の否定に被せてきた。
「私を受け入れてくれるかい?アクティ」
「急になに言ってんの、おまえ?」
泣いていたのを誤魔化すにしても、もう少し他にあるだろう。
触れていた肩から手を離す。
「主様、巨乳は諦めたです?魔女は貧乳ですよ?」
コッチはコッチでと額を覆った。
前に同じような流れで、俺がこの魔女に胸ぐらを掴まれた姿を見ていなかったのか。
(見てなかったなー)
青ヘビは大鷲に罵詈雑言を吐くので忙しかった。
隣の沈黙が不気味だ。
俺は青ヘビを肩に乗せ、立ち上がった。カバンを拾い上げる。次の行動は決まっている。
ハッとしたように魔女が顔を上げた。
「こら待て、ローラン!!」
「魔女、次も実をたんまり持って来るですよ」
青ヘビが左右に揺れる。
俺は得意の無詠唱強制転移だ。
「君達は本ッ当に昔から変わらないな!」
「昔から巨乳好きだったです?」
「乳から離れてくんね?」
くだらないやり取りの間にも、魔法陣は展開していく。
部屋と魔女を包み込み、今日もご機嫌に舞い上がる黄金の線たち。天井を覆う葉を突き抜けて空高く踊る。
イケメンに戻ってから魔力のテンションが高い。循環や行使は楽になったが、派手にもなった。そこは地味で良かった。
「貧乳貧乳と、見たこともないくせに」
目の前にいるのに俺を掴めない魔女は、すっかり拗ねてソファに座り直す。
「見たら駄目だろ」
「覗きは犯罪ですよ、主様」
「見てねーわ」
いつものくだらない応酬。
魔女が組んだ足に頬杖をついた。
「ローラン、アクティ。また」
諦めたのか、呆れたのか。
どちらでも構わない。
笑っているなら。
俺は笑みに唇を持ち上げる。
「あぁ。またな、シルフィアーナ」
「またですよ」
それを最後に部屋も魔女も消えた。
騒々しさと場違いな建物がなくなった場に残るのは、木々が踏み倒されてできた空き地だ。
朝でも相変わらず暗い森を見渡す。張っていた結界はもう必要ない。意識して目に力を込めると、幕が降りるように光が解けた。途端、息を吐く間もなく、左斜め上から飛んできた石礫を土の壁で防ぐ。
「ひょわ!?」
「掴まってろよー」
奇声を上げた青ヘビを指の腹で撫でつつ、剣を抜く。
聖剣は部屋ごと送り返した。
魔女の追跡魔法がついたローブもだ。
前傾姿勢で地を蹴る。
狙いは木の上。
対象は、魔法が効かない毛皮を持った猿型魔物、単体だ。
「ほわぁああっ」
青ヘビがフラフラしている。
剣を前方に放り、すぐに掴み取る。右から左に持ち替えた俺は、フードに入れずにいる青ヘビの胴体を右手で支えた。
木の手前で膝をグッと折る。
跳躍。
そして、逃げ出す前に急所を貫く。
「ッ、と……」
着地は絶命した猿の横、太い枝の上だ。
トントンと青ヘビを撫でてから、幹に背中を預けて座る。解体は時間との戦いだ。猿型魔物の肉は青ヘビも食わないが、素材は売れる。
「走るときは言うですよ!危ないですよ!」
「一回どっかの街行くか。野菜とか食いてーし」
俺の頬をどついていた青ヘビが目を輝かせた。
「クコの実です?」
「ハイハイ」
「主様、イケメンです」
現金な使い魔だ。
頭を擦り寄せてここぞとばかりに媚びを売ってくる。
だが、ふとその動きを止めた。
フードの中や反対側の肩を覗き、俺の足元まで見て、小刻みに震えだす。
「あ、主様……」
「あん?」
「ちびっ子達がいないです……!」
「部屋ん中だな」
「置いてきたです!?薄情です!」
泥人形二体に思い入れはない。すっかり忘れていた。
猿型魔物を解体し、水魔法と風魔法を使い分けながら、俺は口を開いた。
「魔女が世話してーっつってた」
「……本当です?」
「ホントホント」
真横から凝視してくる青ヘビに頷く。
疑り深い目でしばらく俺を見たあと、青ヘビがふうとため息を吐いた。
「はじめてモテたから、ウキウキしたですね」
「ちげーよ」
「恥ずかしがらなくていいですよ。ボク、貧乳でも我慢するです」
「おまえが何を我慢すんだよ。つか……」
一体だけなら解体もあっという間だ。俺は解体屋にもなれる。
金にならない部位に青い炎を灯す。
木の枝の上に器用に積んだそれらはすぐに灰になり、風に乗って流れていった。
手を洗い、手袋から血や汚れを落とす。カバンに素材を押し込んで、立ち上がる。
「乳のデカさなんてどーでもよくね?」
「主様が言ったですよ?」




