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勇者殺しの勇者 〜ヤサグレ勇者は青ヘビと旅をする〜  作者: 零壱
第1章

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第25話 勇者、完徹する。




「ギ」


(うるせぇ)


 結界の外側、木々の隙間から覗いた赤い瞳に、俺は目に魔力を湛えた。手加減なしのガン飛ばし──威圧だ。

 視線が重なる。

 赤い点がうろうろと落ち着きなく泳ぎ始めた。


「…………ギィ…………」


 帰った。

 寄って来た魔物がリザードマンの上位種、レッドリザードだったのは良かった。奴らはリザードマン以上に残虐だが、頭も勘もいい。


(ったく……)


 左腕を枕にした俺は、葉に覆われて月も星も見えない空を仰ぐ。横になってからしばらく経っている。まったく眠れない。

 魔物がどうこうじゃない。結界がある。放っておけばいい。

 それをわざわざ威圧して追い払っているのは、奴らは大概喧しく騒ぐから。あとは単純に八つ当たりだ。


「ん……」

「…………」


 魔女が寝返りを打った。

 無意味に腹に力が入った。

 シャツを摘んでいた手が俺の腹の上にきたせいだ。添えられた指先は折れそうに細くて、肩に触れている茶色の髪からは花のような匂いがする。視界から外す。


「……ぁるじさま……」


 青ヘビが首元で笑った。


「へたれ……」

「起きてんの?」

「…………」


 返事はない。

 聞こえる寝息も一定で、間違いなく寝ている。

 長く息を吐きながら、右手で前髪を掻き上げた。何故か青ヘビに寄り添っている泥人形達の頭が俺を見下ろし、両手を広げて肩を竦める。腹の立つ人形だ。


(へたれもなんも……)


 魔女とはそんなんじゃない。

 聖女と魔女と荷物持ちは三人セットの幼馴染みだ。昔から仲が良く、互いに切磋琢磨してきたと知っている。荷物持ちは冒険者になれる才能には恵まれなかったが、だからといって三人の信頼関係は変わらず、この先も仲良く過ごすんだろう。

 それでいい。

 それがいい。

 俺は勇者だから行動を共にしていただけだ。そして勇者だから同じ道は歩めない。次代より強ければ或いは、だなんて推測は、ただの希望でしかない。


「……ーラン……」

「…………」


 魔女が密やかに笑う。

 良い夢を見ているのかもしれない。

 思えば青ヘビの歌で眠らせてばかりで、普通に寝ている姿は初めて見た。だからどうというわけでもないのに、そんなことを思った。

 青ヘビの胴体を撫で、瞼を伏せる。魔女の手が俺の腹を撫で、シャツを握る。

 首元には青ヘビ。

 その横に泥人形二体。

 隣には魔女で、ローブ越しでも柔らかい腿が俺の右足に重なった。ふにゅっとした。


(…………眠れなくね?)


 その手の欲求は消え失せていても、なんか柔らかくていい匂い、あと細い、は、わかる。わかりたくなかった。魔女は小言がうるさいだけでいい。

 眉間に皺が寄る。

 目は開けない。

 魔女の寝息が二の腕にあたり、着ている俺のローブを揺らす。

 家族枠にしても俺は幼子じゃない。気を抜きすぎだし、安心しすぎだ。城に送ったら聖女と荷物持ちにチクって説教させよう。

 まるで訪れてくれない睡魔にそんなことを決めて、時折寄って来た魔物に八つ当たりして。


「はらへり!」

「…………」

「ボクははらへりですよ、主様!」


 青ヘビの頭突きを事前に防ぐ。

 結局、一睡もできなかった。

 

「あぁ、あさか……」

「お肉焼くです!」


 口をパカリと開けて、俺の上で主張する青ヘビが喧しい。だが、おかげで魔女がもぞりと動いた。


(ようやく解放されんのか)


 鼻から息を抜く。

 無駄に疲れた。


「お肉!はらへり!早く焼くです!」

「ふふ」


 魔女が上半身を起こして笑う。

 重みのなくなった右足にじんわりとした痺れが走る。一晩中、足置きにされていたせいだ。


「朝から元気だね、アクティ」

「魔女、おはようですよ」

「おはよう」


 和やかな会話は大変結構だが、まずは俺の腹からその手を退けてくれないか。

 うんざりする俺にようやく気がついたらしい。


「ローランも、おはよう」


 魔女の手のひらが腹の上から浮く。ホッと息が出たのは無意識だった。そんな俺を見下ろし、魔女が目を細める。


「よく眠れたかい?」

「おかげさんで」

「はははっ」


 ペッと唾を吐く俺に声を立てて笑う魔女。

 森の深層で無駄に徹夜させるとはたいした女だ。俺だから戦闘に不安はないが、他の人間なら死活問題だろう。

 俺はヤサグレた。

 青ヘビと、ついでに泥人形二体を両手で支える。身体を起こし、雑に組んだ足の上に乗せたら次は飯だ。


「おにく~ぅ、たくさん~、ク、ク、クコの実ぃも~」

「ねーぞ」

「かわいそうなクコ……」


 青ヘビがない肩を落とす。

 構わずにカバンを引き寄せた俺に、立ち上がった隣から待ったがかかった。魔女が背後にある部屋を指で示す。


「せっかくあるんだ。朝くらいは中で食べよう」

「シレッと合流すんな」

「私も空腹なんだけれど……アクティ、駄目かい?」


 足から肩へ移動した青ヘビを、魔女が覗き込む。


「私はクコの実とブロの実を持って来たよ」

「主様!!」


 青ヘビは実にあっさりと買収された。とんでもない使い魔だ。

 おまけにドスドスと頬をどついてくる。


「早く入るです!」

「ハイハイ」


 青ヘビと泥人形二体は肩に移動だ。

 カバンを掴み、腰を上げる。

 喉を鳴らす魔女を横目に足を運ぶ。


「沢山買って来たんだ」

「魔女はさすがです。貧乏な主様とは違うです」

「……厳しいのかい?」

「食費がハンパねーんだよ」


 結界の外側では朝飯狩りの魔物達が唸り声を上げているが、今は肉狩りよりも飯だ。

 天井がない部屋の扉を開ける。魔女を先に入れて、中へ入った。

 天井代わりの葉に上を覆われた、深層にあるには相当場違いな部屋だ。

 内部は王城にあったまま豪華で、違うことといえば、足の低い卓上にどさりと置かれた二つの皮袋くらい。転移の際に下手に破損させていなくて良かった。弁償しろと言われてもそんな金はない。


「クコ!」

「肉あんだから三つだけにしろよー」

「はいです!行くですよ、ちびっ子達!」


 肩から床へ下ろした青ヘビがウキウキしながら進む。泥人形二体も続いて、目指す先は卓上の宝だ。

 朝飯前の運動にはちょうどいいだろう。

 ティーカートの前に立った魔女が、缶を手に俺を振り返る。


「お茶は何にする?」

「なんでもいい」

 

 茶なんてもんは貴族の飲み物だ。旅の間でだいぶ慣れたが、種類を聞かれたところでわからない。


「なんでもいいが一番困るんだ」

「じゃあ、ユリーカの茶」

「ユリーカ……」

「それしか知らねーよ」


 魔女が黙った。

 カバンから取り出した皿を二枚とフォークを二本、卓上に並べる。室内で座って食べるならと、塩の他に何種類かの香辛料も置いた。

 皮袋に頭を突っ込んでいる青ヘビの胴体を掴んで引き出しつつ、流し見た魔女は満足そうだ。カチャカチャと食器が鳴る。


(よくわかんねーなー)


 一緒に茶を選べる聖女も、あれこれと提案しながら食卓を整える荷物持ちもいない。寝袋もテントもない雑魚寝だった。機嫌が良さそうな理由に心当たりがない。


「使い魔虐待!使い魔虐待!」

「シルフィ、そっちから桶持って来てくんね?」

「桶?……あぁ」


 騒ぐ青ヘビは口元どころか頭まで汁塗れだ。どうやって食べたらこうなるんだ。

 泥人形二体が皮袋に入らなかったのは幸いだ。泥は洗えない。


「実が新鮮だったようだね」

「笑いごとじゃねーよ」


 備え付けの手洗いにあった桶を、魔女が卓上に置く。俺は掴んだ青ヘビを桶に入れた。


「横暴ですよ!主さ──」

「水」

「ほぁー」


 顔面から水をあてる。

 尾を左右に振り、不満を訴えていた青ヘビが蕩(とろ)けた。


「三つって言ったろ」

「三つしか食べてないです」

「うるせーよ」


 パンパンに詰まっていた皮袋は明らかにへたれている。十はいった。食べすぎだ。

 片手で水を浴びせながら、もう片手で頭や口元を擦る。両手に持ったカップを卓上に置いた魔女が、俺の魔法カバンへ実入りの皮袋を押し込んだ。


「ローラン」

「……おぉ」


 取り出したタオルを渡されたのはいい。いいが、魔女は隣に座った。俺が対面に用意した魔女の分の皿とフォークをわざわざ引き寄せている。


(アリアもルークもいねーんだから、広く使えばいいだろうよ……)


 そうは思っても、特に不都合はない。

 ならいいのか。

 釈然としないが流すことにした。


「気持ちいいですぅ……」

「良かったな。肉はねーぞ」

「鬼畜!」

「ハイハイ」


 桶にたっぷりと水を浸す。

 ギャンギャン騒ぐ青ヘビは無視だ。甘やかしても碌(ろく)なことにならない。

 革手袋を外して桶の上で手を洗う。

 葉に包んだ肉を二つ、魔女が皿の上に乗せた。


「叡智(えいち)」

「火」


 詠唱を遮った俺の声に、ボッと青い炎が上がる。

 不満げな目が俺を見てくる。


「君、」

「雑用に魔力使うなっつーの」


 魔女の魔法は高火力だ。

 肉じゃなく炭になる。


「……私だってたまには、料理くらい……」


 よほどお気に召さなかったらしい。ぼやく魔女は無視だ。水桶に口元まで浸かってウトウトしている青ヘビを視界に入れつつ、カップを持ち上げる。

 ユリーカの茶は渋みが少なく味もくどくないが、好きでも嫌いでもない。魔女がよく飲んでいたから覚えた。それだけだ。


「ウメェ」

「……おかわり、あるよ」

「おう」




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