第24話 勇者、肉襲に遭う。
「肉襲!肉襲!」
「え?なんつった?」
「お肉が襲撃です!」
「魔物な?」
ドヤ顔をキメた青ヘビに返しつつ、振り返りざまに剣を横へ薙ぐ。見上げた獅子型魔物の身体が上下に裂け、木を倒し草を踏みつけながら倒れた。
「土」
間髪入れず背後から放たれた火球を、土壁で防ぐ。バラバラと土が飛び散るが破壊はされない。壁の右手から駆け出た俺は、トン、と地を蹴って雌獅子を金眼に捉える。太い幹に隠れているのが、三体。
「ガゥッ!」
「水」
「グルッ!?」
獅子型魔物の雌は魔法が得意だ。
だからとポンポンと撃たれるのはダルい。
水球を放って三体の頭をすっぽり包み込み、地上で溺死する危機にもがいている間に、一体、二体。
三体目、と狙いを定めたところに、左手から棍棒が振り下ろされた。つま先で土を蹴り、大きく右へ跳ぶ。
「グゥ……!」
物理で殴りかかってくるのは雄だ。
獅子のくせに、雄は二足歩行。
おまけに次から次へと出て来る。
転移した先が森の深層なのは良かったが、よりにもよって獣型魔物の巣のど真ん中だった。
「グアァッ!!」
「ガァ!!」
俺の正面に立った雄獅子の咆哮に、ゾロゾロと集まって俺の周りを取り囲む獅子型魔物達。
いきなり現れた部屋に巣や仲間も潰され怒り狂っている。この魔物じゃなくても、誰でもそうなる。
悪かったとは思うものの、残念ながら相手は意思疎通はできない魔物。謝って済む話でもなく、屋根のない部屋から飛び出た俺は狩り続けている。途中で見知った魔力の動きと気配を感じたが、今はいいと流した。
(肉探す手間は省けたな)
魔物の中には若いのもいるが、熊型魔物と違い罪悪感はなかった。
コイツらの好物は人間の若い女と子どもの内臓。しかも生きたまま喰う。愉しんでいる様子すらあるからエゲツない。
なにより、ふだんは森の深層にしかいないこの魔物の肉は美味いし、素材には高値がつく。
(肉、素材、金、間引き)
一石四鳥。
俺は唇の端を持ち上げた。
「向かって来るヤツは片っ端から回収すんぞ」
「悪い顔です、主様」
「うるせー」
示し合わせて飛びかかってきた魔物の数、八。
「土、に、風」
俺をグルッと囲み、腰下程度の高さに隆起した土はあくまで足止め。続いて放った風の刃は八本。頭を落として、噴き出した血を浴びる前に地を蹴って中心から抜け出す。
兎に使った杭は避けた。素材が傷む。
「ガァアアッ!」
着地した俺に襲いかかる二体を、一閃。
首だけ落として、倒れて来た胴を蹴り飛ばす。水。呟いた言葉に、槍となった水が隠れていた雌四体を同時に射抜いた。
「ちびっ子達、フードから出ちゃダメですよ?」
俺の左肩に必死にしがみついている泥人形達を促す青ヘビの声に、危機感はまったくない。
(案外面倒見いーんだなー)
感心するくらいには、余裕。
俺は傷どころか息切れ一つしていない。正直な話、並の冒険者パーティーならとっくにコイツらの腹の中、二つ名持ちがいるパーティーでようやく逃げ切るくらいだろう。
「俺、強」
「ツヨツヨのお調子者です」
「たまにはいいだろ」
「はいです。お肉あるからいいですよ」
「俺のことなんだと思ってんの?おまえ」
青ヘビが首を傾げた。
「主様は主様です?」
「その目腹立つなー……土」
背後に俺の頭まで覆う壁を作る。ガンッと壁に叩きつけられた棍棒に、パラパラと土が散る。
「……そろそろ面倒くせーな……」
倒して終わりじゃない。
周囲に積み上がった数は相当で、この後に解体、血抜き、毛皮や牙、爪の回収に肉の切り分けをしなきゃならない。
無駄にはしない。
命への敬意、なんてカッコつけた話じゃない。
(金がねーからよ)
有り難くいただく。それだけだ。
振り返った俺は、左から右へと剣を払う。自分で出した壁ごと魔物を斬った。もう間引きは十分だ。
「火」
亡骸は内側に。
怯み、様子見をしている獅子型魔物達を外側に。
青い炎が周囲を奔り、俺を中心に輪を描きながら高く燃え上がった。
「主様!お肉燃えちゃいますよ!」
「燃やさねーよ」
青ヘビの頭突きを持ち上げた右手で防ぐ。ついでに頭を撫でて、戦意を喪失した魔物達が森の中へ散って行く様を見送った。火属性魔法を使うくせに火は苦手らしい。
木も草も燃やさない炎はそのまま維持し、亡骸を集める。山盛りだ。一体何体いるんだと数えかけて、止めた。意味がない。
「もう出ていーぞ」
「主様の膝の上にいるです。安全です」
場違いな部屋の前、地面にどさりと座り込み、長剣と風や水魔法で解体を始めた俺の足の上。
泥人形二体を引率した青ヘビがとぐろを巻いた。
「危ねーぞ」
「良い子にしてるですよ」
「ハイハイ」
邪魔臭くて堪らない。
肩で息を吐く。
囲む青い炎が灯り取りに丁度良い。
毛皮を剥ぎ、売り物にならない臓器は燃やし、肉を切り分けていく。涎を垂らし始めた青ヘビに、一切れ焼いた。
「ほら」
「あー」
パカリと開いた口に放り、また作業に戻る。
暑苦しい緑色の瞳が見上げてくる。
「終わんねーんだけど?」
「あー」
「あー、じゃねーよ」
焼いて、口に運んで。
合間に繰り返している内にすっかり夜だ。元々暗い深層では空は視えないが、浅い方から夜魔鳥の鳴き声が微かに聞こえた。
「これ、返しに行かねーとな」
「お部屋です?」
「おう」
俺がうっかり持ってきてしまった王城の一室を仰ぎ見る。結界を張ってあるから、中に魔物が侵入している気配はない。
魔物は、いない。
「で?おまえはいつまでそこにいんの?」
「誰かいるです?」
部屋に向かって声をかけた俺に、青ヘビが目を丸くした。腕の下から部屋を覗き、また俺を見る。
カタンと物音が響く。
無人のはずの部屋の中からだ。
「ひょ!?」
青ヘビの身体が跳ねて、ローブの中に頭を突っ込んできた。
真似して入ってくる泥人形二体は無視だ。青ヘビが自分の方へ引き寄せている。土に返すタイミングがわからない。
「さすがだね、ローラン。いつ気がついたんだい?」
返ってきた声は聞き慣れたもの。
魔女の追跡魔法がついたローブは部屋にある。わざわざ抜け出して来た意味がまるでなかった。
「魔女です」
「やぁ、アクティ。驚かせて悪かったね」
「声かけるです。びっくりするですよ、ボク」
「悪い悪い」
魔女が俺の隣に腰を下ろす。
ローブから出てきた青ヘビとの会話は和やかだが、俺はヤサグレた。あれだけの魔物に囲まれていたっていうのに、この魔女は傍観すらしなかった。
「手伝えっつーの」
「困ってなかっただろう?アクティはどう思う?」
「主様、ツヨツヨでした」
「ほらね」
青ヘビの頭を撫でる魔女に鼻から息を抜く。ずいぶんな女だ。腹の中で毒づきながら、俺は手元にカバンを引き寄せた。
水魔法出洗い、風魔法で乾燥させた素材を放り込んでいく。切り分けた肉もだ。
「相変わらず手際が良いし、処理も見事だね」
「何しに来たんだよ」
おべっかを言いに転移して来たわけじゃないだろう。
丸々一体分の肉だけ残して他を収納し終えた俺は、一切れずつ摘んで指に熾した火で焼いていく。
「あー」
「おまえじゃねーよ」
「えっ」
カバンから皿とフォーク、塩を出して、隣に渡した。皿の上に肉を乗せる。そして次々焼いていく。
「いただいていいのかい?」
「好きだろ」
「……ありがとう」
ビシャビシャと滴る青ヘビの涎に、焼き上がった肉を口元へ寄せてやる。かぶりついた。オヤツもなく長く待たせた分、多少は仕方ないと肉焼き職人になる。天職だ。
「……美味しい。君も食べたらどうだい?私が焼くよ」
「主様の火加減が絶妙です」
「だってよ。黙って食っとけ」
「まったく、君達は……」
だんだんダルくなってきた俺は、綺麗な皮の上に置いてある肉の塊に火を放った。青ヘビがいそいそと足から降りて、表面の焼けた切れ端からパクパク丸呑みしていく。
魔女がフォークを刺し、俺も炎の中に手を突っ込んで、塩を振って口に運んだ。
会話はない。
今まで夜に起きているのは、俺一人だった。
「おにく~、おにくは~、ロマン~で~す~ぅ」
三分の二を腹に収めてご機嫌な青ヘビがユラユラ揺れる。
立てた足の上に頬杖をつきながら、魔女は青ヘビを眺めて微笑む。
(まぁ……年相応だよな、やっぱ)
肉を咀嚼しつつ横目に窺った魔女の笑みには、穏やかな愛情だけが色濃く浮かんでいた。人間の中身はそういった部分に出るんだろう。若作りが激しいが、落ち着いた年齢の女だ。
そんなことを考えていたら、チラッと俺を見た茶色の瞳と目が合った。
「あまり見つめられると、照れるんだけどね」
「……おぉ」
微妙な気まずさが漂う。
また黙っている内に肉はなくなり、目の前の火は消えた。
「主様、寝るですよ」
「ハイハイ」
膝の上に戻って来た青ヘビに、その場に仰向けに寝転がる。俺を見下ろす魔女は呆れた顔をした。
「部屋の中で眠ればいいだろう?ベットもソファもある」
「おまえが使え」
慣れた野宿であれど、テントもなしの雑魚寝は勧められない。
青ヘビが胸元でとぐろを巻き、首元に頭を埋めてくる。片腕を枕にした俺は、声に出さずに新しい結界を張り直した。周囲で燃えている青い炎を黄金の魔力で消して、念の為、部屋の上下左右も含めた広めのものだ。
「魔法使いを名乗る自信がなくなるね」
「専売特許がちげーだろ」
ボヤいた魔女には瞼を伏せて。
「朝になったら送ってやる」
「…………」
付け足して寝ようとしたら、魔女は何故か、隣に寝転がって寝始めた。俺のシャツを摘んでいる。
(…………なんだ、これ?)
すやすやと響く一人と一匹の寝息を聞きながら、俺は泥人形二体と目を合わせた。泥人形には目がなかった。




