第23話 勇者、脱走する。
「…………」
朝、カーテンを開けたら、知らない男女何人かと目が合った。閉めた。
「主様?お天気いいです?」
「おー」
ソファにいる青ヘビに答えながら、寝起きで乱れていたシャツを脱ぎ捨てる。
天気は晴れ。
暑くも寒くもなく、風も弱い。
脱走日和だ。
洒落込んだ服は旅には向かないと、いつものシャツとズボンに着替える。
両手には新調した手袋。
前のと同じ最高品質にしたかったが、一番安いやつだ。
「あんまり金ねーかんなー。野宿ばっかになんな」
魔物が大量にいる森を行くのが正解だろう。ベッドがないのはいただけないが、水魔法も使える俺は風呂に困らない。
剣帯に差すのは安物の鈍らだ。得物に拘りはない。主張の激しい聖剣は部屋に置いていくことにした。邪魔だ。
「節約しないからです」
やれやれと頭を振った青ヘビは、ソファに投げたローブの上。
口に咥えていた髪紐を手に、頭の後ろで髪を纏めながら青ヘビを見る。
「節約の意味、知ってる?」
「ボクは良い子です。無駄遣いしないです」
「そりゃ払ってんの俺だかんな」
「ちゃんとお値段見ないとダメですよ」
浪費家の説教は無視だ。
魔王討伐の褒賞は莫大だった。
今すぐ底をつくわけじゃないし、普通に暮らすなら何年も働かなくていいくらいにはある。それでも、この大食漢を連れて旅を再開するのは不安しかなかった。たったの二週間で二か月分の食費を吹き飛ばす青ヘビだ。オヤツだけで、それだ。
「仮面とか?いや、逆に目立つか?」
俺は唸った。
旅の仕事に選ぶなら冒険者が最適だ。肉目当てで狩った魔物の素材をギルドへ売れば、いい金額になるだろう。
だが、顔良し、身体良し、剣も魔法も「ツヨツヨ」の俺。
間違いなく目立つ。
魔法を使わなくても、目立つ。
「隠せなくね?俺、イケメンすぎね?」
「とってもイケメンです」
青ヘビが力強く頷いた。
「大丈夫ですよ。ボクが威嚇してあげるです」
「おー、ありがとなー」
堂々と言い切る戦闘力ゼロ。
適当に返しながらブーツに足を通す。それから床に投げていたカバンを拾い上げた。
「主様、ローブ着ないです?ボク、どこに入るです?」
青ヘビが右に左にと落ち着きなくウロウロし始める。
魔法カバンに右手を突っ込んだ俺が引き出したのは、替えのローブだ。
「…………」
青ヘビの動きが止まった。
「用意周到です」
「たまに難しい言葉使うよな。ルークの影響か?」
「主様以外の影響です」
「バカ扱いすんな」
バサリとローブを羽織り、カバンを背負った俺はすっかりいつもの恰好だ。青ヘビへ向けて右手を伸ばすと、すぐににゅるにゅると這い上がってきた。
ソファの上のローブ。
見下ろし、瞳に魔力を奔らせる。
なんの変哲もない生地に魔法陣が浮き上がってきた。ご丁寧に何重にも隠蔽された、追跡魔法だ。
「魔女です」
「っけ」
俺は鼻を鳴らした。
「こんなモン付けとくバカいねーっての」
「えっ?」
青ヘビが顔を覗き込んできたが、無視だ。
まさかカマキリ退治中に、庇った相手から追跡魔法を仕込まれるとは誰も思わない。
(土)
腹の中で呟く。
表向きは無詠唱。
動かしたのは、部屋に置かれた鉢植えの土。
青ヘビの半分ほどの大きさの泥人形が二体、むくりと起き上がった。花の根を避けながら鉢をよじ登る。
「主様、小さい子をこき使うです?」
「人聞き悪ィ言い方すんな。しばらく動いてもらうだけだ」
魔力を注いだ即席の人形だ。
鉢をようやく越えた二体は、今度は棚の高さに怯んだ。床は石だ。掴まって降りられるような出っ張りもない。
互いに顔を合わせ、手を取り、重々しく頷く泥人形。
「落ちたら壊れちゃいますよ!」
悲愴感につられた青ヘビが俺の頬をどついてくる。
顔もなく、感情もない泥人形だ。
俺はため息を吐いて、意を決して飛んだ二体を両手で掬った。
「主様……!」
キラキラと緑色の目を輝かせた青ヘビが、俺の腕を伝って手のひらへ向かう。そして、右手にまとめた泥人形達が抱き合う姿に、うんうんと頷く。
「良かったです。あんなところから飛んじゃダメです。危ないですよ」
「…………」
俺は泥人形二体を左肩に乗せた。右肩に戻った青ヘビが興味津々の顔で泥人形を見ている。
置いていくローブに潜らせ、魔力が切れるまで部屋の中をうろつかせる作戦はナシだ。小さく息を吐いた俺は、右手を床に翳す。小細工を諦め、力技の正面突破だ。
「光よ」
呟いた声に黄金が舞い上がる。
座標は指定しなかった。
森の中ならどこでもいいが、微妙な場所ならまたすぐに跳べばいい。
「キンキラ~、キーラキラ~、バビュンです~う」
青ヘビが機嫌良く歌う。
最上級魔法の転移に転移を重ねても、俺の魔力は枯渇したりしない。
詠唱すると循環効率が上がり、魔法行使の難易度は下がる。楽を選んで今は声に出したが、俺は無詠唱でもまったく問題ない上に魔力回復薬要らずの底なしだ。後先考えずに大技を連発できるのは、控えめに言っても強すぎる。世界中を探してみたところで二人といないだろう。
つらつらと巡った考えに、ん?と俺は首を捻った。
「俺より強い勇者……?」
詠唱中に余計なことを喋るもんじゃないが、思わず口をついた。
青ヘビが瞬く。
(いよいよバケモンじゃねーか?)
それは果たして、現実的なんだろうか。
継承は学ぶことがなくなった時に起こる。
次代は先代を超えて初めて、魔王を倒す勇者になる。
今までは呪いがあったおかげで深く考えていなかった。
どうせ負けることが決まっているならより弱い方がいいだろうと、魔力も身体能力も半減の地味メガネでいることだけを気にしていた。それは次代に歯が立たない前提だった。だが、今の俺には呪いも呪詛もない。
(……歯が立つ場合は?)
グッと眉を寄せた俺に、歌を止めた青ヘビが頭を寄せてきた。
「主様は一番ツヨツヨです。誰にも負けないです」
その言葉に目を瞠る。
(負けなければ……)
前提を覆せば、継承自体が起こらないんじゃないか。
俺が死なず、勇者が引き継がれなければ魔王も魔物の強化をしない。勇者に倒されるために強化するからだ。
トゥーリア。
渇いた口の中で呼ぶ。
赤髪の魔女は強かった。
だが、十歳の俺よりは弱かった。
だから呪いだったのか。
正しく引き継ぐために。
「ツヨツヨ~、キンキラ~、イケメンはぁ、最強~」
青ヘビの歌が響く。
唇の端が歪む。
すべて可能性の話だ。継承時には力が出せなくなるとか、そういった、抵抗できない能力低下魔法がかけられるのかもしれない。
(トゥーリアの呪いも解呪できた俺に?)
魔力がブレる。
黄金が歪な線を描き、ハッと気がついた時にはもう遅い。
「ちょ、待……っ、跳ぶな……!」
「ほぁっ」
焦りに声を上げた俺の首に、青ヘビが慌てて巻き付いた。俺は青ヘビと泥人形二体を手で押さえる。
やけにテンションの高い金色の魔力は、俺の意志に反した仰々しい光で部屋を包みこんだ。
円柱が天井を突き抜ける。
光はどこまでも舞い上がり、寒い日に降る雪のように、または大樹が散らす花びらのように、煌めきながら降り注ぐ。
離れた場所で魔力が二つ、大きく動いた。
魔女と聖女だ。
「ローラン、アンタどこ行く気!?」
「結界か……!」
すぐさま転移してきたんだろう。
扉をガンガン叩き、キレる二人の声。
さらにはバタバタと廊下を走る複数の音に、窓の外のざわめき。
(派手すぎんだろ……)
ヤサグレる暇もなく、俺達は部屋ごと転移した。
行き先は不明だ。




