第22話 勇者、モテモテになる。
ロッゾから王都に戻って、なんだかんだと二週間が過ぎた。
大神殿の聖域は極秘裏に埋め立てられ、セシリアの状態を放置していた大神官やその周辺のお偉いさん方は一掃された。聖女がキレた結果だ。全員いい歳だったし、余生を田舎で過ごすのも悪くない。
送られた場所は、同じ聖教会でもとにかく戒律が厳しいと名の知られた神殿。
身分も何も取り上げられての下っ端扱いだが、文句は言えないだろう。生きているだけ御の字だ。
「すやすや~すやすや~、お肌のたぁめにぃ~」
青ヘビがユラユラ揺れて歌う。
その首に巻き付けた布も揺れる。
いちいち描くのが面倒で、魔力を通すだけで発動する魔力増加陣だ。最初からこうしておけば良かった。
聖女が用意した緑色のフード付きマントを、青ヘビはいたく気に入っている。
背中部分にあらかじめ描いた陣が、淡く黄金に光る。相変わらず地味だ。
「主様、寝ました!」
「よーし、よくやった」
ドヤ顔をキメた青ヘビの口にレナの実を放り込む。ごくんと丸呑みした目が輝いた。俺は歌を聴いて寝息を立て始めた女を支え、そっと廊下に転がす。
道端に転がすわけにはいかなくても、ここなら寝ている女に襲いかかるバカはいない。すぐに捕まる上、場所が場所なだけに極刑もあり得る。
俺が滞在しているのはただの客間じゃない。
国王達が暮らす棟の、ずいぶんと豪華な客間だ。この国で一番安全なはずだ。
地味メガネの時は一般的な客間だったし、棟自体も客専用のものだった。それでも十分だった俺がここに移った理由は、珍獣扱いだったからだ。俺の有り様を不憫がった聖女と荷物持ち夫婦の気遣いでしかない。
「イケメン、大変です」
肩に乗った青ヘビがしみじみと言う。
「個人情報、モレモレです」
「地味メガネが最高な理由、わかったろ?」
「ちょっとわかりました」
幸せそうな寝顔の女は名前も知らない。何度か洗濯物を預けただけの使用人だ。会話は「おう」と「悪ィな」程度、最低限。
それが何故か恋人を名乗り、寝ようと部屋に思ったところに押し入られかけた。ゾッとする。
「主様は美女が好きなのに、話す暇もないですよ……」
哀れむ緑色の目が心底うるさい。
あれ程イケメンイケメン騒いでいた青ヘビも、この数日で学んだらしい。すっかり言わなくなった。
なんでも程々が一番だ。
年齢を重ねてタダの人になれれば良かったが、残念ながらますます磨きがかかった。どこからどう見ても俺はとんでもない美丈夫だ。親の血はどこにいったんだ。あの村に美形はいなかった。本気で俺自身の人外説を疑う。
「変身魔法とかなんか考えっかー」
「できるです?」
「知らねーけど」
閉めた扉に背を預け、鼻から息を抜いた。今のままじゃ勇者探しどころじゃない。
立って歩けば騒がれ、目が合うと惚れられ、話すだけでこうやって突っ込んで来る奴らがうじゃうじゃ湧く。蟻型魔物並だ。
ずいぶん伸びた前髪を摘む。
そろそろバッサリいきたくても、防御力が下がるのは避けたい。目を隠すだけでも多少は違う。
そんなことを考えていたら、廊下を歩く足音が二人分聞こえてきた。つい身構えるのは、もう条件反射だ。
軽い音。
女だろう。
アタリをつけた俺は、扉に鍵をかけ、結界魔法まで重ねて、ようやく室内に進む。
「あら、また……」
「聖女様があれだけお怒りなのに、よくやるわねぇ」
(ホントにな)
扉越しに聞こえてくる会話に相槌を打った。
廊下に転がした女はこのまま回収されるだろう。脱いだローブをソファへ放る。フードに尾を入れていた青ヘビが、慌てた様子で頭に乗ってきた。
「扉前に騎士の方を配置された方が良いんじゃないかしら」
「ダメよ。男も敵よ」
「……綺麗すぎるのも大変ねぇ……」
(ホンットにな)
同意に力が入った俺を、逆さまに覗いた青ヘビがふうと首を振った。
「ボク、男は嫌ですよ」
「俺だって嫌だわ」
「男とは結婚できないですよ。魔女が言ってました」
「嫌だっつってんだろ。聞けよ」
もう女も男もどちらも嫌だ。
面倒で、ウザったく、ダルい。
俺はこの容姿のせいで、冒険者なら誰でも楽しんでいる一夜の出会いとやらすら奪われている。地味メガネなら玄人の世話にはなれるだろうに、魔王討伐の旅が始まって間もなく青ヘビを見つけた。
ハッスル相手は魔物。
斬ったり焼いたり、青ヘビに肉を切り分けたり。
そうしているうちになのか、最初からなのかは知らないが、すっかり人間らしい欲を見失った。散々だ。
「おまえが年上吊り目巨乳美女だったらなー」
「ぺたんこ年下美少年ですよ」
「いらね。ヘビでいーわ」
「ボクもくつは嫌です」
「ほとんど人化しねーだろ」
前にも交わしたような気がする、くだらないやり取り。これが落ち着くんだから世も末だ。
城だからというわけのわからないゴリ押しで与えられた、やたらと手触りの良い白シャツのボタンを外す。ズボンは黒。必要性を感じない刺繍が裾とポケットに入っている。
ベストも、ジャケットもと言い張る聖女と魔女にうんざりしていたら、荷物持ちが代わりに着せ替え人形になってくれた。持つべきものはイケメンの生贄だ。
もっとも、元々がお坊ちゃんな奴はニコニコとした顔で付き合っていたが。
(やってらんねー)
ベッドに身体を横たえる。
青ヘビがいそいそと移動して、俺の胸元でおさまりのいい寝床を探す。
窓にも、扉にも結界。
手洗いや小さな風呂はあるし、家具も上等。ベッドは安宿のそれとは比べ物にならない、ふかふか加減。
「変わんねーな」
独房もこの部屋も大差ない。
息が詰まる。
「お肉狩らないから、ストレスです?」
いい位置を見つけたらしい。
青ヘビがとぐろを巻いて、俺の首筋に頭を埋めてきた。
「肉狩り関係なくね?」
「運動は大事ですよ」
「魔物肉食いてーだけだろ、おまえ」
「新鮮さが味の決め手です」
「丸呑みが何言ってんだ」
ソファに投げてある、空になったカバンを見る。
この青ヘビは大食いだ。
城で出される食事じゃ足りず、年中腹減りを訴えるものだから、あれだけ狩った肉も買った実もなくなった。
世話になっている身分でアレコレ要求するだけは気が引けて、別に金を払ってオヤツを仕入れてもらっている現状。
「破産する」
俺は真面目に頷いた。
目の前に迫った危機が洒落にならない。この顔じゃ冒険者で稼ぐのも厳しい。
「破産」
震えた青ヘビの胴体に指の腹を這わせる。
「明日は肉狩りすんぞ」
「おにく!」
青ヘビがやる気を見せた。
「じゃあ、脱走するです?」
「おー」
「いつするです?」
頭を擡げてウキウキと弾みだす。
セシリアの件で、聖女や魔女、荷物持ちは俺の十一年間を知ってしまった。
飯はあったし暴力を振るわれたわけじゃない。セシリアは毎日来た。放置もされていない。
それでも力を奪われ監禁されていたのは、事実。
同情されるだけならマシだった。アイツらが進化した先はキレやすい過保護だ。ダルすぎる。
どこに行くにもついて来ようとするし、何度消しても魔女は追跡魔法を仕込んでくる。俺は二十四の男だ。正直、魔王以上に厄介だ。
「明日だな、明日。おまえのオヤツがねーから」
「オヤツが、ない……!?」
目を丸くし再び震えだした青ヘビを撫でる。
この幼い青ヘビを置いていく考えは、もうなかった。
口は悪くワガママで甘ったれで、すぐに泣くし手はかかるが、思っているほど子どもじゃない。そうわかった。
だったらきっと、いつかの別れも大丈夫だろう。
「金がなくなんねーように、山ほど狩んぞ」
「く、クコの実はあるです?レナの実は?たんまり買えるですか?」
「たまには俺の飯を心配しろ」
この世の終わりのような顔をしていた青ヘビが、パッと顔を逸らし、俺の首元に頭を埋めた。
「兎肉あるですよ」
「兎狩れってか」
喧しい兎型魔物にげんなりする。蟻型までとはいかなくとも、すぐに仲間を呼ぶ面倒な奴だ。おまけに肉が臭い。
「あんなモン食うのおまえだけだっつの。バカか」
「ウマウマなのに、贅沢な主様ですね……」
やっぱり置いていくか。
真剣に頭を悩ませていた俺はいつの間にか眠りに落ちた。
目覚めはもちろん、青ヘビのはらへり頭突きだ。
とんでもない使い魔だ。




