第19話 青ヘビ、拉致される。
「最低です!鬼畜です!バカです!」
俺の肩に乗った青ヘビが怒涛の頭突きをしてくる。
セシリアを部屋まで送り、食堂に戻ってみると大惨事だった。
ソファにぐったりと凭れ座る聖女に、床に散らかった実や肉、食器の残骸をぼうっと眺める魔女。使用人達が慌ただしく片付けをしているが、壁や窓にまで色々と飛び散っているから、そう簡単には終わらなさそうだ。
「わかってますか!主様!」
「食べもんを粗末にすんな」
「主様が悪いです!ボクを置いていくから悪いです!いつもはしないですよ!」
「悪かったって」
至近距離でギャンギャン喚きながら泣くもんだから、俺の顔に唾は飛ぶし肩は涙でグショグショだ。ため息を吐いた俺は、青ヘビに向かって右手を持ち上げた。
「ほら、こっち来い」
「その手には乗りません!」
乗らないと言いつつ、乗って来た。
胸元に引き寄せる。
ベショベショ泣く目元を親指の腹で撫でる。沁みる涙が多すぎて、革手袋はすぐに重たくなった。
「そんなに泣いたら目ん玉溶けちまうぞー」
「目ん玉は溶けません、バカです」
ああ言えばこう言う。
口の減らない青ヘビだ。
呆れる俺のシャツに、アクティが小さな頭を擦らせる。
「大暴れだったよ……」
疲れ切った声の出処は荷物持ちだ。
髪は乱れ、シャツのボタンの上二つがちぎれている。旅の間ですら紳士然としていた男の珍しい姿に、ついつい喉が鳴る。勇者パーティーの三人をここまで追い詰めるくらいだ。アクティはご丁寧にも、人化してから暴れたんだろう。
「笑いごとじゃないだろう、ローラン。いつの間にアクティに戦い方を教えたんだ?」
「ツエーだろ?」
「とても」
「子育てって大変なのね……」
「あぁ……乳母は偉大だ……」
大真面目な顔の荷物持ちに、聖女と魔女が続く。そこで出てくるのが乳母なあたりがコイツららしい。
「ボク、戦ったですよ」
ようやく泣き止んだ青ヘビが呟いた。
頭を撫でて、俺は笑う。
「おう、さすがだな」
「ボク、戦えるですよ、主様」
「おう」
人化したところで、十二、三の少年体だ。
魔力はからっきし。腕力もないから剣も盾も使えない。おまけに鈍臭くて逃げ足も遅い。
ただでさえ人気の愛玩使い魔、青ヘビで、人化したら上等な容姿だ。
戦えるどころか足手まといでしかない。その上、食費がエゲツない。手も金もかかる。俺はそれを隠していない。
(なんで俺なんだろうな)
旅の間はむしろ、荷物持ちといることの方が多かった。
日中の俺はほとんど戦っていたし、夜は夜で、今度は青ヘビが寝ていた。
一晩中起きていた俺は、首元から響く寝息を聞いていた。それくらいだった。
「頑張ったな」
綺麗に生え揃った鱗を撫でる。
青ヘビの目が不満を滲ませた。
「はらへりです」
「また食うのかよ」
「戦ったからはらへりです。ぜんぶ主様が悪いです」
「ハイハイ」
俺が出かけて戻るまで三時間くらいしか経っていない。それでこの有り様じゃ先が思いやられると肩を竦めながら、荷物持ちの隣の椅子に腰を下ろす。
「何か用意してもらおうか?」
「調理場に行った方が早そうよ」
荷物持ちと聖女だ。
コイツらも大概この青ヘビに甘い。
俺は背中にあるカバンに左手を突っ込んで、クコの実を取り出した。
「こんだけ無駄にしたんだから甘やかすんじゃねーよ」
「君に言われてもね……」
「うるせー」
魔女の突っ込みは無視だ。
口元へ寄せたら、青ヘビがパクリと食いついた。
汁が口周りを汚す。水、と呟いて、流してやる。シャツも手袋も濡れている。少しくらい水気が増えたところで変わりはしない。
「うめーか?」
「……ちょっと古いですよ」
「我慢しとけ。夜も城の飯は食わせねーかんな」
「理不尽」
「反省しろよ」
「主様が反省したら、ボクもするです」
「それとこれは別」
ヘビのくせに膨れっ面をした青ヘビを小突く。うぅ、と呻いた青ヘビは、チラチラと振り返って周りの惨状を見回したあと、ぼふんと変化した。
「うぉ、バカ、急に人化すんな」
突然増した重量を、右腕一本で支える。
ヒョロヒョロのチビで軽いとはいえ、青ヘビ姿とは比べ物にならない。座っていて良かったと胸を撫で下ろす。カバンからローブを抜き出した俺は、青髪の頭に被せた。
「ほら、ちゃんと着ろ。靴も履け」
「……くつ、苦手です……」
「危ねーだろ」
唇を尖らせたアクティがもそもそとローブに頭を通す。続けて渡した靴も不器用に履いた。それはいいが、膝の上からは降りようとしない。絶対離さないとばかりに俺のシャツを鷲掴むアクティに、荷物持ちが頬を緩める。
「アクティ、ごめんなさい、できるかい?」
その言葉に眉を跳ね上げたのは聖女だ。
「あら、置いていったローランが悪いんじゃない。ローランが謝りなさいよ」
「まずは食べ物や物にあたったことを反省するべきじゃないか?」
「アクティは暴れる子じゃないでしょ。気持ちを考えてあげて」
夫婦喧嘩が勃発だ。
深く眉を寄せる聖女に、困り顔の荷物持ち。困っているわりには引く気はないようで、ああだこうだと話が進んでいく。
やれやれ、と魔女が俺に向かって肩を竦めて見せた。
「二人は教育方針が違うようだ。私は謝罪の前に、対話が必要だと思うけどね。君はどう思う?」
「俺に振んなよ。知らねーよ」
作る相手もいないのに、なんでいきなり子育て論を語らなきゃいけないんだ。せめて相手ができてからにしてほしいが予定はない。俺はヤサグレた。
「アクティ」
緑色のデカい目で睨んでくるアクティの背を、ポンポンと叩く。
「留守番、ありがとな」
「…………」
ピタリと夫婦喧嘩が止んだ。
魔女が顎に指を添えて、大きく頷く。したり顔が腹立つ女だ。
アクティは何度も瞬いてからもう一度部屋を見た。ゆっくりと床に足をつき、落ちていたクコの実を拾い上げる。かぶりついた。
「食うな」
「痛いですよ」
軽く頭を引っ叩いた俺にまた頬を膨らませる。食べるのは諦めたようで、片付けに勤しむ使用人に駆け寄っていく。
「ごめんなさいです」
「まぁ……」
アクティが両手で実を差し出す。
女の使用人は膝をつき、微笑みながら受け取った。
「次からは、お話なさってくださいね」
「はいです。……主様!ボク、謝ったですよ!」
「ハイハイ、エライなー」
「謝れです」
「それが目的かよ」
真顔のアクティに呆れ返ったのは俺だけだった。やるわねと唸る聖女の肩を、いつの間にか移動していた荷物持ちが抱き、微笑み合う。いちいちイチャつく夫婦だ。
「一本取られたな、ローラン」
「──ッ」
聞き終わらない内に、俺は椅子を蹴る。
空気がぐにゃりと歪んだ。
三人の顔つきが変わる。
「光よ!」
「叡智よ!」
詠唱が重なった。
すかさず防御魔法を発動する聖女と、見えない敵を捉えようと気配察知に入る魔女だ。
荷物持ちは扉に近い使用人を外には出さず、俺達の背後の壁際へと視線で誘導する。
だが遅い。
すべて、遅れた。
「アクティ!」
「主様っ」
異変を察したアクティが俺に駆け寄ろうとする。
室内だ。
いくら広くても、本気を出した俺なら端から端まで一秒にも満たない。
なのに互いに伸ばした指先が届かない。いつまで経っても、アクティを掴めない。
「闇魔法だ!歪められている!」
魔女が叫ぶ。
「護りも届かないわ!」
聖女が舌打ちする。
「魔物じゃ、ないのか……?」
荷物持ちの戸惑いが聞こえた。戦えない分、誰より冷静な男の推測は正しい。
足を止める。
噛み締めた奥歯が軋んだ。
(セシリア……!)
それは確信だった。
俺が王都に張った結界は、内側からの攻撃を想定していない。異変を察するのが遅すぎた。セシリアの状態をわかっていながら、どこかで油断していた。
セシリアは聖女だ。
そう、信じていた。
「ローラン」
今までこの部屋になかった声が空間を裂く。
膨れ上がる膨大な魔力。
どす黒く渦巻いて、この部屋からアクティだけを切り離している。
「主様!」
泣きべそをかくアクティの背後から、白く骨張った指が浮かび上がった。
「ローラン、この子は誰ですか?」
「ひょ!?」
飛び上がったアクティの顎を捉え、真上からその顔を覗き込む。豊かな金髪が純白のフードから溢れた。
「先代様……!?」
「堕ちたか、聖女セシリア!」
「その、お姿は……」
驚愕、激昂、動揺。
セシリアにはどれも聞こえていないようだ。
俺を見た濁った碧眼が、首を傾ける。
「あなたの弟?妹でしょうか?」
「違う」
即座に否定して、改めて状態を視る。
本当に、何もかもが真っ黒だ。
さっき会った時はこうまで酷くなかった。だから戻って来た。それが悪手だったのか。
後悔しても遅い。
長年の呪詛に闇魔法の行使。
立っているのが不思議なくらいに魔力が枯渇している。こんな身体で、大神殿から抜け出してくるとは。
「おまえ誰です!離すです!」
アクティが暴れる。
意に介さぬセシリアは柔らかく微笑み、アクティの顎を撫でた。
「この緑色の瞳。綺麗な色。あぁ、わたしの子ですね」
「何を言って、」
「アリアベル」
動揺する聖女を伸ばした右腕で制す。
沈黙。
場違いなほど静かだ。
力の抜けたアクティの身体を、セシリアか腕に抱いた。
「ッ……」
両手を握り締める。
皮膚がぷつりと裂け、革手袋の内側が、滑った。
(眠った、だけだ)
アクティの呼吸は聞こえる。
大丈夫。
そう、自分に言い聞かせる。
「良い子ですね。さぁ、おかあさんと帰りましょう」
この壁を強引に割ったら、どうなるか。
割ることはできる。
だが、間違いなくセシリアは死ぬ。
万に一つでも下手を打てばアクティも無事じゃ済まないだろう。歪みの中でバラバラになってしまう。
「セシリア……!」
唸った俺に、セシリアは穏やかな笑みを浮かべ、アクティごと消えた。




