第18話 勇者殺しの勇者
小さな村の厄介者。
それが俺だった。
寂しく侘びしい場所にある農村は、魔物と無縁で、そのために忘れられた土地だった。
俺は誰にも似ていなかった。金色の瞳も黒い髪も、目鼻立ちでさえ両親とも祖父母とも違った。
喧嘩が絶えない両親。
母親にも父親にも殴られ、蹴られた。飯を食える日の方が珍しく、俺は年中腹を空かしていた。
俺を見ては鼻息を荒くする、村の女や男。
掴まったら碌な目に遭わない。本能でそう察した。
林に隠れてやり過ごすたびに、言葉を話す動物達が果物をくれた。今思えば、使い魔と呼ばれる種だったんだろう。俺はアイツらに生かされた。
厄介者だ、要らん子だ。
どこぞに売り払うか。
成長するにつれて村の中でそんな会話が聞こえるようになり、縮こまって両手で耳を塞いだ。高値をつけるために追いかけ回されなくなったのは、良かった。
「やっと見つけた!」
勇者一行がやって来たのは、両親と村の大人達がいよいよ俺を売る先を真剣に考え始めた頃だった。
勇者、そして魔女であるトゥーリアは固まる俺をただ抱き締めた。
聖女の治癒に混乱し、剣士が投げ捨てた金貨袋が重そうだったことや、怒る盾士を宥める弓使いに、頭を撫でられたこととか。
「遅くなって、ごめんね……!」
俺は生まれて初めて、ひとの温もりを知った。
勇者一行に引き取られて、一年。
幸せだった。
幸せという感情を知れた一年だった。
笑い、学び、食べた。
栄養不足だった身体はみるみる回復し、今までの分を取り戻すように成長した。勇者の潜在能力だろうと喜ぶ魔女達に、俺も笑った。
トゥーリアには弟子がいるらしい。俺より六歳年上で、今は剣士の家で預かってもらってると話した。
そろそろ顔を見せに行こう。
継承はまだまだ先だろうから、今のうちに俺を紹介する。
そんな帰路の旅の途中だった。
相変わらず行く先々で女に追い回され、不審な男に声をかけられていた俺は、そのたびに赤髪の魔女の胸に飛び込んだ。
「うちの子に何か用?」
「人攫いの類じゃねーか?ふん縛っとこーぜ、ジグルド、エミリオ」
「あぁ。子どもを狙うなど言語道断だ」
「余罪もありそうですね」
俺の肩に手を置いた魔女が凄み、柄悪くしゃがみ込んでいた弓使いのロビンが合図する。厳しい顔で前に踏み出すのは、剣の柄を握ったジグルドと大柄な盾士エミリオだ。
尻尾を巻いて逃げ出そうとした男は、二人によって呆気なく捕縛されて兵士に突き出された。
「まったく。魔王倒したってちっとも良くならねぇ」
「ロビン」
ぼやく弓使いを剣士が窘める。
肩を竦めた弓使いは、俺の頭に手を置いてくしゃくしゃと髪を混ぜた。
「まー、アレだ。おとーさんが守ってやっから、安心しとけ」
「アンタ今なにもしてないじゃない」
「調子のいい奴だ」
「うっせぇ。大黒柱はドンと構えてるモンなんだよ。な?セシリア」
「うふふ。はい、そうですね、ロビン」
おとうさん。
ロビンが父なら、母は。
見上げた先で聖女が微笑む。
「そんなことよりね、一人で歩き回ったらダメだって言ったでしょ?ローラン」
「だって……」
「だってじゃないの。アンタは綺麗なんだから気をつけなきゃ」
「まぁまぁ、トゥーリア。ローランの話も聞いてあげてくださいな」
俺の目線まで下がって小言を言う魔女に、聖女がまた、うふふと笑った。
膨らんだ腹を撫でる聖女と、聖女の肩を抱いた弓使いに優しく頷かれた。
背中に隠した赤い花。
街に入ってすぐの場所に咲いていた、名前も知らない小さな花だ。
「これ……」
おずおずと差し出したら、魔女はパチパチと瞬いたあと、破顔した。
「私に!?やだもうッ、アンタ、いつそんなこと覚えたのっ」
「痛い、痛いよ、リアっ」
「嬉しいんだもん!ありがとね、ローラン!」
「ジグルド、ローランに嫁とられちまうんじゃね?」
「リアもローランも不誠実な人間じゃないぞ」
「真面目ですねぇ……」
バカ力でぎゅうぎゅう抱き締められて、助けを求めて見回した四人はみんな、笑っていた。
十歳になったあの日。
十分な栄養を得た身体は要らないものまで呼び起こした。
俺は、溢れ出す魔力の制御ができなかった。
爆発するような魔力を間近で浴びた剣士は、何も残さず消えた。
構えた盾ごと盾士も呑まれた。
歯を食いしばった弓使いは、最期に聖女を見てわらった。
「この子はオレに任せとけ。生き──」
穏やかな緑色の瞳。
それも掻き消えた。
聖女の悲鳴が聞こえる。
聖女は俺の魔力から村を守るのに精一杯だった。
失い切れない理性。
俺は血の涙に染まった視界で、慟哭した。
「ローラン」
俺を抱き締めたのは魔女だ。
最高峰と名高い防御魔法を展開しながら、泣く俺の顔を己が胸に埋めた。
「アンタ、とんでもないわねぇ」
優しく優しく。
いつもの調子で魔女が話す。
真っ赤な長い髪が、魔力の風に乱れる。
「……ジグルド、エミリオ、……ロビン……あぁ……」
ごめんなさい。
魔女は聖女を見て、そう唇を動かした。
それから、俺の頭を撫でた。
「まだまだ時間はあると、思ってたのに……」
真っ赤な唇が祈りと呪詛を同時に吐き出す。
「お願いよ。アンタはひとりで、死んでちょうだい」
黄金同士がぶつかり合う。
弾ける光が雨のように降り注ぐ。
溢れるばかりで意志を持たない俺の拙い金色は、意志を持った魔女のそれに呑み込まれた。
身体から力が抜ける。
着ていた服の丈が余り、髪は黒から茶色になった。
封じられた。
それは直感で、ずるりと斃れた白い指先を、俺はただ見ていた。
「……ぁあ……あぁあ……ッ……!!」
這うようにやって来た聖女の指が俺の喉に食い込む。白いローブは、腰から下が赤く染まっていた。
抵抗しなかった。
聖女の向こうに広がる青空を見た。
ジグルドもエミリオもロビンも。
なにも遺っていない。
なにも。
「───!!」
俺を殺せなかった聖女は、そうして壊れた。
仕方がない。
勇者とはそういうものだ。
師から学ぶものがなくなると継承が起こる。
魔王と同じだ、ローラン。
世界に勇者は二人もいらない。
聖女の国に帰った俺は歓迎された。
地味な容姿になった俺に、それ以上の興味は向かなかった。
新しい勇者。
勇者、勇者、勇者。
(こんなもの)
ただの人殺しじゃないか。
ゴーン、ゴーン、と。
弔いの鐘が鳴り響く。
「よくご覧なさい、ローラン」
大神殿の地下。
聖域と呼ばれる独房。
俺は夜には姿が戻ってしまう。
魔女が命を賭しても足りなかった。
そんな俺を閉じ込めた聖女が、明かり取りの窓から見える外を示して微笑んだ。
「あの子の叔父をおまえが殺したんですよ」
「うん」
「あの子の従兄弟はとても優秀なんです。旅が終わったら家を継ぐのですって。おまえが殺したの」
「うん」
肩に食い込む爪。
力を奪う魔法陣。
大神殿の広場で泣く三人を、俺は見ていた。
「あぁ、可哀想なシルフィアーナ。姉と慕った師は、おまえに殺された」
優しい呪詛が独房に響く。
僅か十で行われた前代未聞の継承に、今代勇者を持て余した国は、唯一生き残った聖女に預けた。
慈悲の聖女、セシリア。
人望篤く、愛情深い美しい女。
「ロビンはどうしているでしょう?わたし、彼と結婚するんですよ」
微笑み、俺を抱き締め、髪を梳く。
「ローラン、あなたも一緒に暮らしましょう。わたし達の子どもの、お兄さんになって欲しいです」
胎の子はあの日に流れた。
俺の魔力で、死んだ。
もういない。
「弟でしょうか?妹でしょうか?」
なにもない胎を撫でて、セシリアが歌う。
「楽しみですね。魔王は倒しましたし、あなたも見つけたのだから、そろそろみんなでゆっくりしたいです」
「魔王を討伐なさい、ローラン」
二十一の朝。
セシリアは俺を外に出した。
魔物が強くなってきたと聞くようになってから五年が過ぎていた。
新しい聖女が十五になるのを待っていた。
パーティーの顔合わせで、大神官や国王からはそんな説明を受けた。セシリアは何も言わなかった。
幸か不幸か。
呪い、闇の魔法陣、監禁。
三つ合わさって尚、俺の成長には影響がなかった。
力が半減している昼の姿でも魔王を討伐できたのは、幸いと言えたかもしれない。おかげでアリアもルークもシルフィも──旅の途中で拾った食い意地の張った青ヘビも、怪我一つさせずに済んだ。
「その後はわかっていますね?」
「あぁ」
自分を殺す次代勇者の誕生のために、勇者は自分の魔王を倒す。
何代も、何代も。
気の遠くなるような昔から続く、世界の理。
魔王を倒しても世界は変わらないのに。
「誰も巻き込まねぇよ」
倒したことを悔いた勇者は、どれだけいただろう。
「ちゃんと綺麗に死んでやる」
「…………」
勇者は勇者を殺して、勇者となる。




