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勇者殺しの勇者 〜ヤサグレ勇者は青ヘビと旅をする〜  作者: 零壱
第1章

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第17話 勇者、先代聖女に会う。





 王城と同じ敷地内にある聖女の屋敷から、馬車を走らせること数十分。

 一日の内で陽が一番高い時間帯だ。眩しさに片手を翳(かざ)しながら馬車から降りる。

 停まったのは大神殿の裏口で、俺を出迎えたのは、聖教会の実質の頭、大神官だった。

 聖女は崇拝対象であって運営や布教には関わらない。

 勇者と共にある聖女は、一度旅に出れば何年も帰らない。もっと言えば、いつ死ぬかわからない人間を組織の頭に据えたりしない。歴代の魔王討伐では命を落とす聖女もいたらしいから、道理だ。


「おかえりなさいませ、勇者ローラン」


 慇懃(いんぎん)に頭を下げる大神官。

 引退間近の高齢のジジイだ。

 ブクブク肥えて、白い神官服の上、肩からかけているのは大神官の証の紫の一枚布。最高級の絹織りで、刺繍は見ているだけで目が痛くなる細かさだ。

 質素に清廉にと声高に叫ぶわりにはずいぶんといい暮らしをしているようで、反吐が出る。


「こちらへ。先代聖女がお待ちです」


 そんなジジイでも一応は大神官。地味でもメガネでもない俺を見ても動揺する素振りはなく、粛々と扉の内側へ招き入れた。

 このジジイとこの姿で会うのは初めてだったが、余計な問答の手間がないならそれでいい。誰から何をどう聞いているかは、どうでもいい。


「セシリアは?」

「勇者様のお部屋にいらっしゃると」

「わかった」


 真っ昼間だ。

 いくら裏口を使っても、神官や巡礼者とはそれなりに擦れ違う。ただし俺の前を遮る人間はいない。

 当然だ。

 後ろをついて来る大神官のおかげなんかじゃない。

 美しい。

 凛々しい。

 一体どちらの。

 俺に向けられるそんな賛美は十四年前で聞き飽きた。

 幸いなのは、子どもの頃には履いて捨てるほどいた不審者が今は皆無だということか。育った身体や培った度胸が役に立つ。

 逃げそびれた神官、図体のデカい大男。

 どいつもこいつも、目を合わせただけで泡を食ったように道を開ける。


(バケモンか、俺は)


 もう笑う気にすらなれない。

 この姿の方こそ呪いだ。


(地味最高かよ)


 くだらないことを考えつつ、コツコツと石の床をブーツで踏む。

 奥に行けば行くほど人の姿がなくなり静まり返っていく。

 目指す場所は神殿の奥の奥。

 聖域と呼ばれる地下だ。

 階段を降りる時には大神官はいなくなっていた。生きた空気すら失せたここが、恐ろしいんだろう。

 足を進めながら見慣れた壁を見るともなしに眺める。

 灯りは十分ある。

 だが暗い。

 同じ白い建材でも、アリアの屋敷とは雰囲気がまるで違う。アッチは人生充実してる女主人の気質がよく出ていて、どこを見ても明るい。人柄だ。そう思って、少し笑った。

 階段を降りきった先にある鉄の扉。

 人が一人通れる程度に開かれているそれに手をかけ、さらに大きく開く。石と鉄が擦れる嫌な音がした。

 一歩踏み出す。

 室内に入った途端に、身体が鉛のように重くなる。

 対光魔法に特化した闇魔法だ。

 身体能力を下げ、転移や治癒を得意とする光魔法の行使を阻む黒い魔法陣が、上下左右の壁を埋め尽くしている。

 手のひらを見る。

 そして横髪を一房掬う。

 黒い。


(ここですら、変わらない)


 この魔法陣は、俺にはもう、ただの重し以上にはならないらしい。

 時間の経過で威力を失いかけている呪いのせいもあるし、三年の旅で、さらに強くなった俺自身のせいでもある。自分の魔力の増減くらいはわかる。そしてそれが桁外れであることも。


 俺は、勇者だ。


「まあ……なんです?その姿は」


 振り返ったのは女だった。

 純白のローブで頭から足首まですっぽりと包んだ老婆──先代聖女、セシリアだけが、そこにいた。


「……弱くなってる」


 何がとは言わなかった。

 ただそれだけ答え、後ろ手に扉を閉める。

 茶髪メガネなら苦労しそうな鉄の塊も、今は木戸と変わらない。


「かわいそうに」


 セシリアが俺の頬へ向かって両手を伸ばす。途端に背に走ったのは怖気だ。

 全身が竦む。

 拒否反応からガチガチと鳴りそうな歯を噛み締め、耐える。


「あれから十四年ですからね。いくらトゥーリアでも、永遠の祝福は与えられません」

「……ッ……」


 目尻から顎先に、鋭い爪が這った。

 皮膚を薄く裂く痛みは感じない。ただ、その白い指先そのものに脂汗が浮いた。


「ねぇ、ローラン?わたし、考えたのですよ」


 離れた手。


「ッ、は……」


 無意識に詰めていた呼吸に、喉を押さえた俺は喘ぐように息を吐く。

 そんな俺を見たセシリアは、両手を合わせうっそりと微笑んだ。


「あなた、ここに戻ってらっしゃいな」


 はく、と唇が動いた。

 浮かんだのは甘ったれな青ヘビだった。こんなところじゃアイツの飯は狩れない。掃き溜めのような場所に連れて来るべきじゃない。アクティはまだ幼体だ。

 否。


(……いずれは、自立させなきゃなんねーんだ。それが少し、早まるだけだ……)


 ルークに預けてきた。

 アリアも、シルフィもいる。

 魔物の肉はどうにかして狩るだろう。何も困らない。アイツらなら俺よりよっぽど愛情を与えてやれる。


(……あぁ、けど……)


 目を覚ました青ヘビはきっと泣く。

 俺を探して、泣くんだろう。


「祝福が解けてしまったら困るでしょう?この部屋でできる限り維持しましょう。魔物が活発になったという報せが届いてから、次代の勇者を探したら良いのです」


 黙った俺に、セシリアが歌うように囁く。

 鉄格子の嵌った明かり取りの小さな窓がある、剥き出しの石に覆われた部屋だ。

 粗末な寝台と、カーテンで仕切られただけの手洗い。並の石牢より酷いここは、三年前まで俺の部屋だった。


「……それじゃ、魔物の被害が……」

「多少は仕方ありません。胸は痛みますが、正しい継承のため、世のためです」

「セシリア、俺は、」

「おまえ、あの子達も殺す気ですか?」

「…………」


 セシリアの瞳が濁る。

 俺を見上げ、かくんと首を傾けた。壊れた玩具に似た、歪な動きだった。


「アリアベルの叔父、剣士ジグルド。ルークの従兄弟、盾士エミリオ」


 感情のない音が朗々と響く。

 瞬きさえせずに、かつては慈悲と呼ばれた女が紡ぐ。


「シルフィアーナの師であり、稀代の魔女──勇者トゥーリア」


 瞼を伏せた俺の肩にセシリアの手が触れた。

 逃げたくなる衝動に両の拳を握る。

 横に並んだセシリアは、鼓膜に毒を吹き込む。

 

「忘れたわけではないでしょう?おまえが殺したのですから」

「…………あぁ」


 覚えている。

 何もかも、鮮明に。

 継承のあの日、俺は十歳だった。

 忘れてしまうには育ちすぎていて、仕方がなかったと繰り返す周りの言葉に頷くには、子どもだった。


「ロビンに縁のある者をパーティーに組み込めなかったせいでしょうか?でも、彼はわたしと同じ、天涯孤独だったから……」


 セシリアが自分の爪を噛み、ブツブツと呟く。

 ロビン。

 もちろん知っている。

 ちゃんと覚えている。

 剽軽(ひょうきん)でふざけてばかりの、先代勇者パーティーの弓使い。

 セシリアの恋人だった。


「……セシリア」


 息を深く吸って、吐く。

 旅に出ていた間、ここには一度も戻らなかった。セシリアの状態は明らかに悪化している。大神官は何をやっていたんだ。そう思いながら、右手を伸ばした。

 指先が小刻みに震える。

 セシリアの金髪は、トゥーリアとは似ても似つかない。

 先代勇者は目の覚めるような赤髪だった。


(しっかり、しろ……ッ……ビビんな……!)


 叱咤し、言い聞かせ、痩せすぎている手を取る。

 血の出た爪に治癒魔法はかけられない。治癒は光属性だ。俺が今、ここで治癒を使えるとバレるわけにはいかない。

 苦肉の策で左手で取り出したのは、シャツの胸ポケットに入っていたハンカチだ。ルークの育ちが良くて助かった。


「まあ、なんて優しい子でしょう。良い子ね、わたくし達のローラン。あなたは本当に良い子ね」


 血を拭い、爪を噛めないようにグルグルと四本揃えた指を巻く。微笑むセシリアの目は濁ったままで、痩けた頬に、かつて謳(うた)われた美貌はない。


「良い子なのだから、トゥーリアの祝福が薄れない間に死んでしまえば、もっと良かったのに」


 子守唄以上に聴いた呪詛が、本来聖女には使えないはずの闇の魔法陣に魔力を注ぐ。ギリと俺の歯が鳴った。

 魔法陣が黒く魔力を迸(ほとばし)らせるたびに身体は重くなるが、それだけ。無意味にセシリアの命が削られていくだけだ。


「せっかく力が半減していたのに……」

「セシリア、ここは空気が悪ィ。そばにいる。約束すっから、外に行こう」

「外?ロビンはいますか?」

「…………」


 無邪気な問いに、俺は唇を噛み締めた。

 ロビンも俺が殺した。


「……たぶん、もうすぐ迎えに来る」

「なんだか会うのは久しぶりな気がしますね」


 鉄の扉を押す。

 背負っているカバンを前に回した俺は、片膝をついて背中を向ける。


「階段は危ないから、乗れ」

「まぁ、うふふ。わかりました」


 骨張った指。

 軽すぎる身体。

 長い金髪だけが豊かで美しいまま。

 老婆にしか見えないセシリアは、まだ四十歳。


「ローラン、みんなに会ったら食事にしましょう。あなたは今日は、ジグルドとエミリオ、どちらのお膝に乗るかしら?」

 

 十四年前。

 慈悲の聖女と呼ばれたこの女を壊したのは、俺だ。





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