第16話 勇者、呼び出しをくらう。
「なんだかおかしな感じがするわね。その姿のアンタが起きてるのは」
「イケメンすぎて悪ィな」
「鏡見なさいって言ってやれないのが腹立つわ」
ナイフとフォークを操っている聖女が呆れた顔をした。皿に乗った肉を切っているのに不快な音ひとつしない。器用なものだ。そう思う。
「ずっとそのままだったら、旅の間も大変だっただろうね」
聖女の隣に座った荷物持ちは、パンをちぎりながら爽やかに笑った。パン屑が卓上に落ちない。一体どうなっているのかは、三年間眺めてもまったくわからなかった。
(育ちが違うってか)
その通り。
自分で自分に相槌を打つ。
城の中庭を駆け回って無邪気に笑い、穏やかな目をした侍女達に見守られ育った三人と俺は、どう考えても同じ道は進めない。交わらない。最初からそう決まっている。
「逆に寄って来ないんじゃない?口さえ開かなければ彫像みたいだわ」
「自分のことよくわかってんな、おまえ」
「あら、わたくしが綺麗って褒めたいのね?素直に言えばいいのに」
つい突っ込んだら倍になって返ってきた。面倒臭さに口を閉じる。
ニコニコと俺を見る聖女に眉を下げたのは荷物持ちだ。パンを皿に置き、手を拭ってから聖女の長い金髪へ指を通す。
「アリア、浮気はいけないよ」
「嫌だわ、ルーク。わたくしはあなた一筋よ」
「アリア」
「出てけよ、おまえら」
ケッとヤサグレた俺はナイフ一本で目の前の皿に向かった。
バカデカい屋敷の中にある、これまた広い食堂だ。
王女に与えられる予算の他に、聖女を崇拝する神殿や信者からの貢ぎ物で維持されているここは、広さこそ王城に匹敵するが華美とは無縁だ。耐久性に優れた建材は地味で、飾りや色合いは実に質素。
ただし、卓上に並ぶ料理や酒は上等、クロスや銀食器も一級品。
壁にずらりと居並ぶ使用人達の制服も洗練されていて、王女らしいし聖女らしいでしょ、と聖女は笑う。そういうところは付き合いやすくていい。
分厚い肉を切り分ける。
指で一切れ摘み上げたら、背後の壁際に居並んだ使用人達が空気を揺らした。
(素直なこった)
同じことをしても地味な茶髪メガネの時は反応しなかった。
行き届いた気配り、柔らかな笑みに丁寧な物腰。
それらは仕事として確かに過不足なく俺に不満もなかった。そのままで良かったのに。
顔形が変わっただけでこの差だ。
一挙手一投足まで食い入るように見られるのは、珍獣にでもなったようでうんざりする。
「主様、あー」
マイペースな青ヘビがパカリと口を開ける。
無駄に幅のある長机の上、皿やグラスを避けながら器用にとぐろを巻いている。肉を口に入れてやると緑色の瞳が輝いた。
「うめーか?」
「ウマウマです。何お肉です?」
「牛肉」
「ぎゅう?」
「牛だ、牛」
「モー?」
「そう」
ロッゾで食べ損ねた牛肉だ。
前菜で出て来た細かく切られたクコの実には不満げだった青ヘビは、今は少し揺れている。これは気に入ったようだ。
「ほら」
「ウマウマ。ウマウマ」
切った分だけ運んでやる。
場所がどこだろうが誰がいようが、この青ヘビの食欲は変わらない。聖女の屋敷にいる間にたらふく食わせるべきだ。転移魔法の対価としては破格だろう。
「君、あとで食べるんだろうね?」
隣からかかった声に横目を向けた。魔女だ。
グラスを傾ける手つきこそ優雅だが、スープも前菜も、そして主菜の肉もアクティにやってるのが気に入らないんだろう。そう顔に書いてある。
「当たり前だろ。味ついてるもん食うわ」
「何食べるです?オヤツです?」
「おまえは肉食っとけ」
「あー」
「まったく……」
魔女はわざとらしいため息を漏らす。だが、それ以上は続けなかった。俺の分の皿はすべて味なしだということを思い出したようで何よりだ。
指についた肉汁を舐め取る。
臭みはなく、血の味もキツくない。
「うめーな」
「ウマウマですよ」
青ヘビと目を合わせて頷き合う俺に、聖女とイチャついていた荷物持ちが咳払いをした。
「ローラン」
「なんだよ」
「それは止めた方がいい」
卓上に組んだ両手をつき、真面目な顔の荷物持ち。
は?と眉を寄せながら聖女を見たら半目を返され、魔女を見たら露骨に顔を逸らされた。
「マジでなんだよ?」
「とてもいかがわしい」
「バカばっかか」
俺が俺の指を舐めたくらいで何言ってんだ。
荷物持ちの言葉を一蹴し、肉の付け合せで乗っていたブロの実を青ヘビの口元に運ぶ。深い緑をした小さな実だ。
「ウマウマ」
「よかったな」
「はいげぷっ」
満腹になったらしい。
青ヘビが俺の腕を伝い、にゅるにゅると肩に乗って来た。フードの中に下半身をおさめて、ぽてりと首筋に頭を寄せる。
「ねみーか」
「はい……」
恐る恐る近づいて来た使用人の手から布巾を受け取る。顔は向けないし、目も合わせない。容姿で態度を変える人間にはこれが一番いい。性格が悪いと知れば近づいて来ないとわかっている。
汚れた指先を拭った俺は、愛用の手袋をつけ直した。
「ローラン」
魔女が俺を呼ぶ。
聖女が片手を持ち上げると、使用人達がしずしずと退室して行く。
俺達以外誰もいなくなるのを待ってから、魔女がまた唇を開いた。
「部屋に戻る前に、変化の理由を話してくれてもいいんじゃないかな?」
「知らねーよ」
言い切った俺は椅子を引いて立ち上がる。
「知らないわけがないだろう」
「知らねーもんは知らねーの」
四人と一匹の転移魔法だ。
さすがに大技すぎた。
地味メガネでは魔力が足りていないのに、力技で発動させた。結果、力の加減を誤って呪いまで弾いてしまったんだろう。幸い解呪には至っていないようだが、明らかに呪いが弱くなっている。内心で舌を打った。
「どうしてこう捻くれてるのかしら?ルークはこんなに素敵なのに」
「人を比べるものじゃないよ、アリア。ローランは捻くれて不器用で意地っ張りだから良いんじゃないか」
「ルーク、てめぇ、表出ろ」
「あと照れ屋だね」
「そうね、なんだかそう言われると可愛い気もするわ。いるとホッとするし……ローランはもしかしたら猫ちゃんなのかしら?」
「黒猫?それとも茶色の?」
「そうねぇ」
俺の話をしているくせに俺を無視し、微笑み合う聖女と荷物持ち。仲が良くて何よりだ。
「ローラン、鑑定を弾くのは止めてくれないか」
「そもそも覗くんじゃねーよ」
魔女の言動も変わりない。
予想通り、コイツらは俺のツラがかなり良くなった程度で態度を変えるような人間じゃない。つまり、三年間の努力は丸々無駄だった。夜は寝ればよかった。
「君の秘密主義には呆れるよ」
「だから知らねーんだって」
「そんな嘘が通じると?」
(なんだってんだ)
魔女だけじゃない。
いつの間にかイチャつくのを止めた聖女と荷物持ちまで俺を見ている。
今までは話題にも出さなかっただろう。俺は髪を掻いた。
「むぅ……」
耳の下でむずがった青ヘビの胴体を撫でる。すやすやと立つ寝息。安心しきったそれに、唇の端から微かに息が逃げていく。
(どう誤魔化すか)
下手な嘘はつけない。
コイツらの目は節穴じゃない。
(めんどくせぇ……)
げんなりしかけた俺を救ったのは、控えめなノックだった。
「ご歓談中に失礼いたします、聖女様」
扉を開き顔を見せたのは、聖女の屋敷を取り仕切る侍女長だ。
会話をした覚えはなくても顔見知りだ。今更どうこうというわけもないのに、俺を捉えた目はすぐに離れた。赤い耳に落ち着かない指先。くそったれ。心の中で毒づく。
「なにかしら?」
聖女の声がいつもより少し低い。
それを宥めるように、荷物持ちが聖女の肩を擦る。
「その……ローラン殿へ、至急神殿へ戻られるようにと、先代聖女様より言伝を承りました」
「先代様が?」
先代聖女。
滅多に表に出て来ない存在だ。聖女が訝しむのも無理はない。
「今行く」
返事をした俺は、眠っている青ヘビを起こさないように肩から下ろす。それから長机を回り、荷物持ちのそばへ立った。
「ルーク、ちょっと見ててくれ」
「……構わないけれど……」
差し出された両手に青ヘビを預ける。
「む……ぁるじさま……」
もぞもぞと動き、顔を顰める青ヘビ。
不満げだが起きる気配はない。
その頭を指の腹で撫でたら寝顔が和らいで、つられた俺も少し笑う。
「起きたら君を探すだろう。そう長くは宥められないよ、私達では」
「頼んだ」
俺は扉に向かいながら、片手をひらりと振った。




