第15話 勇者、先回りされる。
ロッゾには門を守る兵はいない。
そもそも御大層な門がない。
村を覆うのは俺の背丈と変わらない木の柵だけだ。辺りに目隠しや風除けの木々もなく、街道から外れた吹きっ晒しにぽつんと村があり、多少の緑地と村よりデカい牧場があった。
駐在の兵士はおらず、何かあったら最も近い大きな街へ駆け込む。村や町はそんなもので、特にここは小さい村だ。ぐるりと見渡せば大体把握できるだろうと、そんなことを考えながら門を潜った俺は、額を押さえた。
「マジかー……」
村に入ってすぐ、目の前にあるのはこじんまりとした広場だ。
そのど真ん中。
土の上にはやたらと刺繍の凝った分厚い絨毯が敷かれ、置いた革椅子へ優雅に座るのは金髪の美少女。
その前には膝や腰、肩を押さえた村人が列を成している。
「いかがかしら?おじいさん。痛みは取れましたか?」
「こりゃすごい。すっかり膝が楽になった!ありがとうございます、女神様!」
「まあ、うふふ。わたくしはただの治癒師ですわ」
軽やかな声は高くも低くもなく、沁みるように鼓膜に届く。
汚れひとつない純白のローブとレースの手袋も相まって、微笑む美少女はどこか神聖さを醸し出していた。誰よりも気が短いこの女の擬態でしかないが、村の男達はすっかり夢中の様子。
「聖女いるです」
青ヘビがパチパチと瞬いた。
「お兄さん、あたしの分もお願いできるかね?」
「もちろんです、レディ。さぁ、水瓶をそこに」
「レディだって!やだねぇ!」
きゃあきゃあ騒ぐ女達。
顔を向けなくても嫌でも視界に入る、爽やかイケメンの姿。
広場の脇にある井戸で水を汲み上げては、地面に並んだ水瓶へと桶を傾ける。額に浮かんだ汗を拭う様すら爽やかだ。
「ローラン、アクティ!おかえり!」
「家じゃねーよ」
俺達を見て手を振るイケメンにボソリと突っ込む。
「荷物持ちもいるですよ、主様」
「見りゃわかる」
ウキウキと揺れ始めた青ヘビと違い、俺の口からはげんなりとした声が出た。
荷物持ちは帯剣もしていない。
魔物相手には大して使えなくても、対人ならそれなりの腕がまるで無駄になっている。おまけに冒険者というには上等すぎるスラックスにジャケット姿。貴族丸出しだ。
村人が善人とは限らない。
世間知らずの金持ちなんてイイカモだ。冒険者に特に多いが、強ければ何をしてもいいと本気で考えている奴もいる。善意に善意が返ってくるのは当たり前じゃない。
そういうもんだと、旅の間に学んだはずだ。
「バカばっかかよ」
「君のせいだろう」
「ほわ!?」
真後ろで上がった不満は昨日聞いたばかり。
俺の代わりに飛び上がった青ヘビが、首にグルグル巻き付いてから背後を覗く。
「魔女です」
「驚かせて悪かったね、アクティ」
青ヘビに微笑みかけながら隣に並んだのは、追い返したはずの魔女だ。
横目に見下ろす。
顔色は悪くない。
口から軽く息を逃がした俺は、緑色の目を瞬かせる青ヘビの胴体を撫でながら、場違いな二人に改めて顔を向けた。
「バンバン転移使うなっつの」
「魔力回復薬は飲んだよ。予備もある」
「そういう話じゃねーだろ。大体なんでこっち来てんだよ。フィルタ行けよ」
ペッと唾を吐いた俺に、魔女が鼻を鳴らした。
「私も勇者パーティーの一員だからね」
「あん?」
「ほら」
魔女の声で背中に仄かな熱が滲む。眉間に皺を寄せて手繰り寄せたローブの背に、桃色で鳥型の魔法陣が浮かんでいた。
追跡魔法だ。
舌を打ち、ローブから手を離す。重みですとんと落ちたボロボロの裾が、風に揺れる。
魔女が俺の背中に触ったのはほんの一瞬だった。その一瞬で、しかも魔力枯渇に近い状態で俺に気づかせずに仕込むとは。
(救国は伊達じゃねーってか)
思わず漏れた舌打ちに、青ヘビが俺の顔を覗き込んできた。
「主様、間抜けです?」
「うるせーよ」
「うぉ」
額あたりを指の腹で押す。
魔法陣の意味はわからないだろうに、俺がミスをしたことだけは勘づいたらしい。変なところで聡い青ヘビだ。
「大体ね、うら若き乙女を眠らせた挙句に強制転移させるなんて、君には人の心というものはないのかい?襲われたらどうするんだ」
「誰の話してんだよ」
若いのは見た目だけ、中身は城ひとつくらいなら吹き飛ばす威力の魔法使いだ。少なくとも、ダルニアの王城にこの魔女を襲う命知らずはいない。
邪魔な前髪を後ろへ払い、メガネを押し上げる。横から突き刺さる視線を無視しながら、俺は聖女に近づいた。
「アリア」
「まぁ、ローラン、アクティ、ご機嫌よう。あなた達がなかなか帰って来ないものだから、わたくし達、わざわざこうしてお迎えに来てしまいましたのよ」
指先までしなやかな両手を合わせ、俺を見て微笑む美少女に肌がゾワついた。
「キッモ」
「キッモ」
どうやら青ヘビも同感だったらしい。
俺の頬に頭を寄せて、まったく同じタイミングで呟いた言葉が重なった。聖女の顔から笑みが消える。
「アンタが黙って出てくからでしょ、このちゃらんぽらんども。シバくわよ」
流れるような低音の悪態に、並んでいた男達が一斉に列から離れた。
「おっと、今日は腰の調子が良いみたいだ!」
「さぁ、仕事仕事!」
聖女と目を合わせず散って行く背中に、チッと舌打ちが響く。俺じゃない。聖女だ。
「コレだから男って嫌なのよ」
「おまえは差がありすぎてコエーんだっつの」
「それがアリアの魅力じゃないか」
「デレデレが来たです」
青ヘビの言葉は的を射ていた。
水汲みを終わらせた荷物持ちが、座っている聖女の前に片膝を着く。壊れ物でも扱うようにレースに包まれた手を取り、聖女を見上げる横顔は熱烈だ。
「どんな貴女でも愛しているよ、アリア」
「ルーク……」
「帰れ」
人前だろうがなんだろうがお構いなしだ。
今日は魔女が離れているだけマシだが、コイツらは三年間ずっとこうだった。
元々、王女の聖女と貴族の荷物持ちは顔見知り、魔女は聖女と共に学び育った幼馴染み。仲良しグループに放り込まれた不憫な地味メガネが俺だ。
特に荷物持ちはことある事に聖女に触り、抱き留め、うっかり乳や尻に触ってしまっては互いに赤くなる。
断言する。
狙っていかなきゃ、そう頻繁にラブハプニングは起こらない。
(ムッツリがよー)
元から惚れていたんだろう。夜に眠らせていたのは大正解だった。
魔王を倒して城へ戻る途中に十八の誕生日を迎えた聖女に、キスすら我慢し続けた荷物持ちの忍耐を支えたのは俺だ。俺が偉い。
おかげで聖女は純潔を保ち、荷物持ちは娘溺愛の国王から多大な信頼を得たと思っている。
「早く城に帰ろう」
「そうね。ローランとアクティを連れて帰りましょ。シルフィ、やっちゃって」
聖女が遅れて近づいて来た魔女に親指を立てる。たまに本気で殴りたくなるが、魔女本人は気にした様子もない。
「あぁ、みんな絨毯に乗っているな?よし……」
「光よ」
俺は左手を絨毯に向け呟いた。
短い詠唱から金色の魔力が発動するまでの時間差はない。絨毯の大きさに沿ってデカい円柱を描いていくのは、数え切れないほどの光の線の束だ。
「……君は本当に天の邪鬼だ」
呆れたように息を吐いた魔女が、両手を静かに下ろす。
どさくさに紛れて抱き合った聖女と荷物持ちは目を丸くした。
「ルーク、シルフィ、大変よ。ローランがやる気を出したわ」
「シルフィを気遣っているんだろう。ローランは口は悪いし素直じゃないけれど、心は誰よりも優しいから」
「ツンデレというやつらしい。せっかくの美しい魔法が台無しだな」
茶化す気しかない聖女に、大真面目な荷物持ち、そして俺の魔法陣に目を細める魔女。
三者三様の声に、俺のこめかみに血管が浮いた。
「主様、ツンデレです?地味メガネでツンデレです?だからモテないですよ」
顔を覗き込んでくる青ヘビも心底うるさいが、無視だ。
構っていたら日が暮れる。
俺はコイツらとは気質からして違う。光の中で燦々と陽を浴びて長生きするバカどもと、影に沁みていくしかない俺は相容れようがない。何より、昼間に大技を使うには集中力がいる。
「座標はダルニア王城、謁見の間」
円柱の魔法陣が俺達を包み込んだ。
村人達がざわめいたのは少しだけ。
すぐに口を押さえて、輝く光に感嘆し、魅入っている。
俺にしては見栄えの良い派手な魔法だ。そしてこの規模の転移を使える人間もいないだろう。
目標は魔女を飛ばした場所と同じ。
俺を含めた四人と一匹を絨毯と椅子ごと跳ばすという、勇者ならではのバカげた力技。
(消費魔力がハンパねーかんな)
着いた後にやってくるだろう疲労感を思い、若干ヤサグレつつ紡ぐ。
「──跳べ」
目を細め、詠唱を終わらせた、その時に。
「主様、キンキラです」
俺をじっと見ていた青ヘビが、嬉しそうに呟いた。




