第14話 勇者、と、魔王。
「コケッホ~、コケッホ~はぁ、鳥お肉~」
たっぷりと肉を収穫し、俺の足をベッドにして寝た青ヘビはご機嫌だ。定位置の肩でユラユラと揺れながら歌う。
「主様~は~、地味メガネ~」
「余計なお世話だ」
夜はとっくに明けた。
今日もいい天気だ。
茶髪を揺らす風は穏やかで、薄い雲のかかった空を眺めながら足を運ぶ。森を背にした小道は舗装こそされていないが、街道から外れてロッゾへ向かう一本道だ。砂利は多少あっても歩きにくいほどじゃない。
「変身魔法いつ解くです?」
「解かねーよ」
「でも主様、昨日はちょっと早かったですよ?」
青ヘビが首を傾げた。
俺の足はピタリと止まる。
「……早かった?」
「はいです。夜になる前でした。地味メガネ、止めるです?」
止めねーよ。
そう返そうと開いた口を、結局何も言わずに閉じた。
少し早いんじゃないかと感じた違和感は正しかったのか。
眉間に皺が寄る。襟足で雑に縛っている髪を掴んで引き寄せ、色を確かめた。変わりない。茶髪だ。長い息を吐き出すのに合わせて肩が大きく上下し、乗っている青ヘビも上下した。
(早すぎる)
魔王が復活したとは聞いていない。俺も勇者を見つけていない。だからまだ駄目だ。どうにかしてこの呪いを維持する方法を探さなければならない。俺にわかるのは解呪方法だけだ。そこまで一気に頭を巡り、内心で舌を打った。
(そのあたりはシルフィの得意分野じゃねーか)
あんな風に追い返した手前、協力してくれとも言い出しにくい。垂らせば肩甲骨を隠すまで伸びた髪を、うんざりと背に払う。
そもそも夜が来る前にアクティの歌で眠らせていた元パーティーメンバーは俺の素顔を知らない。三年間隠し続けた呪いについて今更言及されるのも困る。旅に出る直前、王家や神殿により慣例だからと引き合わされたアイツらに俺は何も話していない。知らなくていいことをわざわざ話す趣味は俺にはなく、変身魔法だと思っているアクティに訂正を入れることもない。
(めんどくせぇよ、魔王。おまえが勇者なら……)
良かった、とは嘘でも思えなかった。
意味もなく空へ視線を逃がす。
魔王は自我のない魔力の塊だ。勇者の接近を察すると自分の近くにいる中で最も強い魔物を引き寄せ乗っ取り、破壊するだけのモノになる。俺はそれを倒した。
それでいい。
それが幸せだ。
腹の中で考えたら、なんだか笑えた。
「主様?」
口の端を歪めた俺に、青ヘビが不思議そうに瞬く。
持ち上げた手で首の後ろあたりを撫でると、デカい緑目が心地良さそうに細まった。
「おまえはちっともデカくなんねーなー」
「このまんまがかわいいですよ、ボクは」
「ハイハイ」
ブーツを運び、道を行く。
青ヘビはあとどれくらいで成体になるかと考える。成体になったとしても大食漢の甘ったれだ。オマケに口も悪い。野生で生きていけるとは到底思えないから、やっぱり荷物持ちに預けるべきだろう。
「城の食いもんは旨かったか?」
撫でる手を止めず、道の先に顔を向けたまま聞く。
青ヘビは少ししてから頭を頬に擦らせてきた。
「獲れたてホヤホヤおにく、ウマウマです」
「狩れってか」
「ボクはコダワリ派です」
「うるせーよ」
親友に狩りを頼むのは無謀だ。一応型通りの剣術は習ったようだが実戦には向かない。魔女に頼んだら頼んだで収穫するだけの肉が失くなる。大技の魔法は魔物を消し炭にするか圧死させるかのどちらかだ。
弓や剣で戦える冒険者を雇ってもらえばいいか。
つらつらと思考が流れていく。
(それにしても……)
こんなことを言ったら聖女を信仰する聖教会の人間に難癖をつけられそうだが、勇者と魔王は双子のようなものだ。そう思っている。
俺は俺と同じ日に産声をあげた魔王を倒すために産まれて、今代魔王は俺に倒されるために産まれた。
姿形は似ていなくても、距離がどれだけ離れていても、意思がないはずの魔王を感じながら生きてきた。産まれた時からずっとだ。
世界は残酷だ。
何度も勇者と魔王を産み出し、殺し合わせ、また次に引き継ぐ。
魔王を倒すタイミングは歴代すべて同じだった。いつだか読んだ本に書いてあった。大陸各地で魔物が強くなって活性化し始めたら、勇者は旅に出て魔王を殺さなければならない。
(魔物が強くなっからぶっ殺せってのもなー)
勇者が近づかなければ魔王自体は何もしない。ただ存在するだけだ。
魔物も極稀にある大量暴走以外では、様々な種が束になって襲って来ることはない。スタンピードは生態系の乱れ──つまりは、人間による乱獲が原因だ。
それをわざわざ、命を賭して殺しに行く。
リムル近くの森で会ったニールセンパーティーのように、殺したって世界は何も変わらないのに。
正義はどこまでも残酷だ。
「ロッゾには果物あるです?」
期待に輝く緑色の瞳を横目に見て、俺は笑った。
ロッゾは森から離れていて、採集に出る人間は少ない。畜産と農産物が主な収入源だ。青ヘビが期待する新鮮な実はない。
「ねーなー」
「行き先変えるです」
「なんでだよ。たんまり買ったろ、クコとレナの実」
「古くなるです」
「ロッゾで俺の飯買いてーんだよ」
「え!」
「えじゃねーよ」
リムルで買わないからとブツブツ言う青ヘビから離した右手を、ズボンのポケットへと雑に押し込んだ。先には村の柵が見えて来た。まだ陽は高くなりきる前だ。軽く飯を食って、買ったらすぐに出発しようと決める。
(いったん戻るか?)
どうせ魔女はやって来るだろう。
それなら俺から城へ戻った方がいい。
あの魔女は平気な顔で立っていたが、魔力枯渇は下手をすれば命に関わる。無駄な魔力消費には賛成できないし、ついでにアクティを親友に預けることもできる。
「はらへり~、はらへり~のぉ、地味メガネ~」
「いや、ホントうるせーな」
何が楽しいのか、青ヘビが歌う。
左右にユラユラと揺れて、時折、気が向いたように頬に頭を擦らせてくる。
音も調子も外れ、歌詞のセンスもひどい。とてもじゃないが歌が得意な種とは思えない下手加減だ。
「誰に似たんだかな」
「主様です?」
「俺はヘビじゃねーよ」
カバンに手を突っ込み、レナの実をふたつ取り出した。
「ほら」
「オヤツ!」
パクリとかぶり付いてきた頭を指先で撫でて、微かな笑いを息に乗せる。
魔王復活は数百年に一度の時もあれば、数年に一度の時もある。次がいつになるかは誰にもわからない。
自分の魔王を殺した勇者は次の勇者を探し出し、勇者を継承する。それまでが役目だ。
(ジジイになるまでとか言ってらんねーか)
次代の勇者には偽りのこの姿で出会わなければならない。
──ひとりで死んでちょうだい、ローラン。
瞼を伏せれば克明に浮かぶ真っ赤な微笑みと、優しくこの身を呪った黄金の魔力。
願うのは、今すぐにでも魔王の復活を。
そして次代との出会いを。
贅沢をいうと、男がいい。
(勇者は男で剣士ってのがお決まりだかんな)
サクサクと土を踏みつつ、レナの実を青ヘビの口に運ぶ。
「うめーか?」
「わからなかったです。もう三つです」
「多いだろ」
そのふたつが叶うのならば、生意気な青ヘビの成長は見届けてやれそうにない。
「ロッゾだぞー」
「え!」
門とも呼べない柵の手前で青ヘビは目を丸くした。まじまじと見る先にあるのは、村をひと回りするのに一時間もかからない小さな集落だ。建物も全体的に小さく素朴な木造で、目立つ看板はない。
「モ~」
家畜小屋の横に広がった牧場で牛が鳴いた。
「モ~」
青ヘビも真似して鳴いた。
それからにゅるんと伸び上がり、俺の頭に乗っかる。村を覆う柵の内側を覗いているようだ。
「村に魔物いるですよ、主様。誰も戦ってないです」
「ありゃ魔物じゃねーよ。家畜の牛だ」
「ウシ」
旅の間は大きな街や中規模の町ばかり渡り歩いて来た。そういった場所に家畜がいないのは、金持ちが匂いを嫌うから。それだけだ。
いるのはアクティのような愛玩使い魔で、畜産は専ら辺鄙な村の生業になっている。
「ウシ、どうするです?食べるです?」
「食ったり、搾った乳飲んだりすんだよ」
「乳!」
口は達者だがアクティはまだ三歳だ。好奇心旺盛で、初めて見る物に興味を示す。ロッゾにして正解だった。次も魔王討伐の旅では寄らなかった場所へ行こう。自然にそんなことが浮かんで、どうしようもない。青ヘビがいることが当たり前になりすぎている。
肩へ戻り、また左右に揺れ始めた青ヘビの胴体を撫でる。
「乳~、モーモーお乳~、でっかいモ~」
「その歌は止めとけ」




