第13話 勇者、肉を調達する。
「お肉がたらふくあります。ここは天国です」
「地獄だよ」
ウキウキと揺れる青ヘビと、青ヘビを肩に乗せたまま剣を振る俺。
フィルタをいくらか過ぎた辺りの森の浅い場所だ。
かれこれ一時間程度だろうか。
俺は兎だの猪だのをひたすら切っていた。
向こうからやって来たわけじゃなくわざわざ探し回って狩っている。
見上げた空はまだ月が高い。
夜明けまで時間がある上に、冒険者や採集目的の人間は夜の森には入ってこない。魔物肉調達には都合が良かった。
俺は浅い場所を駆け回り、切り、すぐに捌いて、カバンにぶち込みまくる。下処理は早いに越したことはない。肉屋も驚きの手際の良さはこの三年間で身につけたものだ。定期的に、それもわりと高頻度である大量の魔物肉狩りは、回を重ねるごとに要領が良くなっている気がする。昆虫型魔物は目に入ったらすぐに灰にした。青ヘビは虫は食わない。カバンにも入れたくない。そして時間は有限だ。
「ふー。結構狩ったな」
浮いてもいない汗を払い、山にした皮や内臓、骨へ火を放つ。地面に座り込んで青ヘビのひと口分に肉を切り分け始めたら、俺の腹がまた鳴った。
「主様、はらへりです?ごはんにするです?」
「言っとくけどおまえのはもうねーぞ」
「鬼畜……!」
あぐらを組んだ足の上に乗り、目を丸くする青ヘビは無視だ。
色々な肉を狩ったが、中でもブヒブヒ言いながら現れた豚型魔物は良い収穫だった。豚肉は栄養価が高い。オマケに臭くない。俺も食べられる貴重な魔物肉だ。
食べられないことはないが硬くて不味い猪と臭い兎肉、食べたくもない鼠肉はカバンへ放り、豚肉を二切れだけ焼く。俺の火はすぐに魔物肉を焼き上げる。便利だ。
「豚は久しぶりだな」
漂う香ばしい匂い。
口内に唾液が溢れる。
カバンから塩を取り出した俺は、一切れだけに振って口の中に放り込んだ。
噛むたびに広がる旨味とほのかな甘味に、少しの塩味。血抜きも完璧で、鼻につく臭さがまったくない。転職するなら肉屋だ。
肉の旨さに舌鼓を打っていると、ふと、腿が冷たいことに気がついた。
「…………」
「…………」
見下ろしたズボンは青ヘビの涎で大惨事だった。夜用に着替えたばかりのズボンだ。
塩を振っていない豚肉を見て、無言で大食漢の口元へと差し出す。
「お肉!」
俺の指ごとかぶりついてきた。
涎のついた指を引き抜きつつ、肉を丸呑みした頭を反対の手で撫でる。
「うめーか?」
「豚お肉、ウマウマです」
「良かったな」
「はいです」
月明かりを受けて輝く緑色の目は濁りがない。ペロリと口周りを舐めた後、アクティは俺の足の上でとぐろを巻いた。
「眠いならフードに入れ」
「ここがいいですぅ……」
「魔物来たらどーすんの?動けねーんだけど?」
「主様ならお肉集められますよ」
「まだ狩れってか」
つくづく主人使いの荒い使い魔だ。
肩で息を吐く。
手袋を嵌めている手で胴体を撫でていたら、そう経たない内にすうすうと寝息が聞こえ始めた。
見るともなしに青ヘビを眺める。
青い鱗は一枚一枚が小さく、胴回りも細い。あれだけ食べているのにだ。この分じゃ成体になるにはまだまだ時間がかかるだろう。
「……風」
ガサガサと鳴った背後の茂みへ刃を放った。
振り返りはしない。
聞き慣れたフゴッだのギィッだのという悲鳴も邪魔だ。間髪容れずに向けた土魔法で、声が上がる前にすべての口を塞ぐ。
「んむ……おなかいっぱいです……」
寝言にはそうかよと腹の中で返し、木の上で啼こうとしていた夜魔鳥を風の刃で落とす。アイツらはとんでもなくうるさい。
アクティはまだ幼体だ。夜更かしに向かない。今日は眠るのが遅くなった。周囲の肉は朝になる前に回収すればいい。青ヘビが起きて、地味メガネに変わってから森を出よう。そんなことをつらつらと考える。
「土。風。……風」
淡々と肉を積んでいく。
平和だ。
上を見上げると、森の深層とは違って空に浮かぶ星が見えた。
満天の星空は綺麗だ、夜食は遅くなってからにしよう。
旅の途中で魔女や聖女に何度もそんな提案をされては、ハイハイと頷きながら、青ヘビに唄わせて眠らせた。一度も聞いてやったことはなかった。
翌朝、決まって怒り拗ねる女二人を宥めるのは荷物持ちで、俺を見て困ったように笑っていた。
ふっと星から視線を外す。
青ヘビを見下ろしながら、集まって来た魔物達が騒ぎ出す前に始末する。
(アイツらは変わんねーんだろーなぁ)
俺の姿が地味メガネでも、とんでもない美丈夫でも。
聖女は荷物持ちに惚れるだろうし、魔女は俺に小言を言うだろう。そのくらいの信頼はある。昼夜で変わる姿を知られる必要がないから、眠らせていただけだ。
「ブギィ……!!」
「…………」
上がった悲鳴は、俺がまだ狩っていない猪型の魔物。
正面の木々の間。
木の幹や葉に血肉や内臓が飛び散った。
「グル……」
体毛に覆われた足を真っ赤に染め、現れたのは熊型の魔物だった。浅い場所でお目にかかるような種じゃなく、個体数が少ないことでも知られている。
体長は俺よりひと回りデカい程度。コイツはまだ成獣じゃない。
「運が悪かったな」
「グゥッ!!」
牙を剥いて両手を振り上げた熊へ、座ったまま剣の持ち手を叩く。僅かに鞘から浮いた剣を抜き、真横に一閃。躊躇はない。
「もっと小せぇのが寝てっからよ。……悪ィな」
ズル、と斜めに滑った熊型の胴体を、土魔法で支え、横に寝かせた。
痛みはなかっただろう。
そんなことを思う。
「……火」
貴重な素材は高く売れるが、熊からは何も剥ぎ取らずすべて焼く。俺は今のところ金に困っていないし、遺したら母熊が匂いを辿って来てしまう。
毛の一本すら余さず焼き尽くしていく青い炎を眺めながら、すっかり静かになった周囲に剣を鞘へ戻した。
「……おと……さ……」
「…………」
何も気づかずのほほんと眠りこけている青ヘビが、寝ながら笑う。俺の足に尾を擦らせたかと思えば、まだ眠る。
足が痺れるには軽すぎる。
「バカだな、ホントによ」
どうせ選ぶなら、愛情も懐も深い荷物持ちにしておけば良かっただろうに。
やりたい放題の自由気ままな使い魔を再び撫でながら、俺は鼻から息を抜いた。
朝がくるまで、まだもう少し。




