第12話 勇者、詠唱する。
「フィルタとロッゾかー。ならロッゾの方がいいか」
走った距離と進んでいる方角から、次の行き先を決める。
フィルタは街道沿いの宿場町。街道から離れ、フィルタからもう少し南下した場所にある小さな農村がロッゾだ。
旅をするのに便利なのは前者で、俺を追って来るはずの魔女達はフィルタへ向かうはず。それなら俺の選択はロッゾ一択だ。
着替えを終え、昼用の服をカバンに押し込んだ俺は、鼻から浮いていたメガネもポイッと投げ入れた。
「ボク、ロッゾ知らないですよ」
「小せー村だかんな、なんもねぇ」
「何もないのに行くです?」
「たまにはいいだろ」
魔王を倒し、一ヶ月。
国は俺達を手厚くもてなしてくれた。地味なメガネ姿でもだ。
腹の中ではどう思っていたかは知らないが、丁寧な待遇と細やかな気配りに対しての不満はなかった。
王城や城下町では何もかもが揃う。
金さえあれば何一つ不自由しない生活は、あまりに便利で、あまりに穏やかなものだった。
(俺の居場所じゃねーよ)
魔女の隣に両膝を折り、だらしなくしゃがみ込む。
小柄な女だ。
背丈は今の俺の胸元までしかなく、勝ち気な性格とは裏腹に、ローブから覗く手足は少し力を与えただけで折れそうに細い。すやすやと眠る顔も黙ってさえいれば美少女だと思う。
若作りがいき過ぎているし胸はささやかだが、結婚も子供もいくらでも望めるイイ女だ。後進を育てるのにも必要不可欠で、それは聖女や、聖女と魔女を支える荷物持ちにも通じる話。
(でも、俺は勇者だからな)
そこには帰れない。
白い頬にかかった髪を払ってやろうと手を持ち上げて、触れる前に止まった。
「……アクティ」
上げた手の行き先を変える。
俺が着替えるからと、魔女の腹の上で待っていた青ヘビへ甲を差し出した。
「はいです」
アクティは居場所を悩まない。迷わずにゅるにゅると俺の腕を伝ってくる。尾はフードの中へ垂らし、耳の横で落ち着いた長丸の青い頭。
「ふぅ。安心です」
満足そうな鼻息に、俺の唇からは小さな笑いが漏れた。つるりとした胴体をひと撫でしてから周囲へと視線を這わせる。
カマキリとの戦闘に釣られたんだろう。近づいて来た気配がいくつかあった。闇の中で光る赤い瞳は俺達を観察しているようだ。
瞳に魔力を宿らせ、眇める。
「…………」
退けばよし。
退かなければ戦う。
剣の柄に右手をかけた俺に、青ヘビが緑色の瞳を輝かせた。
「主様、キンキラです」
「おう」
「イケメンです」
「知ってる」
「ずぅっとイケメンがいいですよ」
「近ぇよ」
割れた舌先が今にも目に入りそうだ。俺は青ヘビの頭を指で押した。ヒカリモノが好きすぎるのも考えものだ。
「…………退いたか」
柄から手を離す。
消えた気配に口の端から息を吐いてから、長ったらしい前髪を後ろへ払う。それから目頭を揉んだ。威嚇は目の周りの筋肉が凝る。
生温い空気が頬を撫でていく。
見上げても、葉に邪魔されて空が見えない。
夜になり暗さを増した森は不気味なほど静かだった。浅い場所のような騒がしさはなく、時折、風が葉を鳴らすのみ。鳥や虫の鳴き声ひとつしない。
「村に魔女と鳥目運ぶです?」
そんな場所ですら暢気な青ヘビが首を傾ける。
俺は肩を竦めた。
「んなダルいことしねーよ」
「じゃあ、ほっとくです?」
「ヒトデナシか俺は」
森の深部だ。二つ名持ちの魔女で魔力回復後とはいえ、魔法使いにはわりとしんどいだろう。ここの魔物は小型が多く、動きも速い。俺向きだ。
「どうするです?」
「こーすんだよ」
茂みの中に落ちていた大鷲の首を掴み、魔女の腹の上へ乗せる。俺は一人と一羽を見下ろしながら、黒い革手袋に包まれた右手を翳した。
「光よ」
必要なのはいつもの単語と、追加の一音。
闇の中に淡い黄金が幾重もの線になって奔る。
円柱状の魔法陣がふんわりと魔女と大鷲を包みこんでいく。
相変わらず実に勇者らしい色合いだと思う。皮肉なもんだ。
「まさかの大技です」
青ヘビがヘビのくせに目を丸くした。
「いつもはサボり魔法……」
「座標はダルニア王城、謁見の間」
横からのジト目は無視だ。
昼間の俺が単語詠唱しかしないのはそれしか使えないからで、夜はそもそも使う必要がない。ダルい。
指先と瞳に魔力を込める。
慣れない詠唱を、終わらせる。
「──跳べ」
「ふぉっ」
陽炎のように魔法陣が揺らいだ。
縮小し、魔女と大鷲をその内側に抱いて、消えていく。
大鷲にしてやろうと考えていた強制転移魔法だ。
使い魔の首に下げた標を元に転移して来た魔女と、道理はたいして変わらない。王城の謁見の間には標となる転移石が置かれているから、そこに合わせればいい。失敗さえしなければ魔女と大鷲の身体が亜空間で散り散りになることはない。もちろん俺は失敗したことがない。勇者だからだ。ただ、一気に消費した魔力は相当なもの。
「っはー……さすがにゴッソリ持ってくな……」
後からやってきた疲労感にヤサグレる。
右手を握り、開いて、感覚を確かめた。魔物が襲って来る様子はないが、たまにカマキリみたいなバカが湧く。油断はできない。
「キンキラ~、キ~ラキラ~、鳥目とんでった~ざまぁですぅ~う」
歌う青ヘビがユラユラと左右に揺れる。
魔女と大鷲が消えた場所を眺める姿はご機嫌だ。砂粒のような光が舞っているからだろう。
「すげーだろ」
「はいです。もう一回見たいです」
「魔力枯渇させてーのか、おまえは」
「主様なら大丈夫ですよ。もう一回です」
「とんでもねーな、オイ」
地面におろしていたカバンを背負う。もう一回を強請る目を流し、地を蹴る。
「ほぅわっ」
「掴まってろよー」
突然魔女と大鷲が転移させられて来た王城は今頃大騒ぎだろう。聖女に叩き起こされる魔女の姿が容易に浮かんで、俺はげんなりした。ふたりが怒り狂う前に距離を稼ぎたい。
「ルークが抑えてくれりゃイイのによー。称号も聖剣もやったんだから、俺の味方してくれて良くね?」
道を阻む草木に、たまにある苔むした石。
ブーツが立てる足音は最小限に、障害物を避けながら駆ける。夜目が利くとはいえ視界は最低だ。それでも、気配だけでなんとなく物の位置を察する程度は朝飯前だ。
「荷物持ちはっ、イケメンですぅう……!聖女と魔女のー、味方ぁ、で、ふおっ」
速度について来られないアクティが耳元で奇声を上げた。
持ち上げた右手で肩に乗っている胴体を支えてやる。尾を俺の首へと巻きつけ安定した青ヘビは「ふう」と息を吐いた。風を受けた緑色の瞳は涙目だ。
そこまで横目に確認した俺は、目の前の闇に意識を戻す。
「顔となんの関係あんだよ」
「イケメンはヨワヨワ人間の味方です。主様はツヨツヨです。無理です」
「どんな決まりだよ」
ペッと唾を吐く。
流れていく景色の中に魔物を見つけては、目に魔力を込める。
魔力回復薬は飲んでいないが、強制転移魔法を一度使ったくらいじゃ俺の魔力は枯渇しない。
「強くたって味方はいるだろ。人間ってモンは寂しいと死ぬんだぞ」
「大丈夫ですよ」
ボヤいた俺の頬へ、アクティが頭を擦り付けてくる。
「主様にはボクがいるです。はらへりですよ、ボクは」
「一言多い」
飯の催促にツッコミを入れながら、鋭い枝葉に身を屈める。走る速度は落とさない。勇者に同行できる魔女の実力は伊達じゃない。
夜の森を駆ける。
「はらへり~はらへり~」
青ヘビが耳元で囁くように歌う。心底うるさい。
ため息と共に左手をカバンへ伸ばした。取り出したのは切り分けて入れておいた魔物肉だ。
「オヤツ!」
「飯だよ」
目を輝かせたアクティから肉を遠ざけ、「火」と呟く。走りつつ肉を燃やす。地獄絵図だ。
カバンの中身はほとんどが青ヘビの食料で容量底なし魔法カバンがただの食料庫なことも、なかなかどうして世知辛さを感じる。
買っても買ってもキリがないのに青ヘビの身体は一向にデカくならず、魔力も空っぽのまま。
ただでさえ弱い種族のド底辺にいるのがアクティだ。散々貢いでいる食料はどこに消えているんだと半ば本気で考える。
「お肉ウマウマ。ウマウマ」
「おま、ヨダレ!」
「主様、足りないです。お肉焼くですよ」
ダラダラと肩に涎を垂らされ、頬をどつかれ、俺は鼻から息を抜いた。
カバンから肉を取り出して、その手に青い火を灯す。肉を焼くためだ。過ぎていく風に濃い草花の香りとこんがりとした肉の匂いが乗る。
俺の腹がぐうと鳴った。
青ヘビが焼けた肉にかぶりつく。
森を抜ける前に肉を調達しておかなければ、早々に破産する。




