第11話 勇者、と、魔女。
「主様、ざまぁです」
青ヘビがコソコソと耳打ちする。
「魔女、激オコですよ」
「心配しろよ。何喜んでんだよ、おまえ」
「ボクはご馳走食べたかったです」
「うるせーよ」
聖女と荷物持ちの祝賀会を蹴って出て来たことを根に持っていたらしい。つくづく食い意地の張った青ヘビだ。
カバンからクコの実をひとつ、取り出す。
肩まで持ち上げた途端、青ヘビがかぶり付いてきた。自分の頭と同じくらいか少し小さい程度の実を丸呑みだ。
「マジで身体どうなってんの?」
「ヘビです」
「そりゃ知ってる」
覚えのあるやり取りを繰り返していたら、魔女が「んんっ」と威嚇した。俺と青ヘビが揃って顔を向ける。眉間に皺を寄せた魔女と目が合った。
「そうやって、可愛いやり取りで煙に巻こうとしても無駄だよ」
「何言ってんのおまえ?……アクティ、ほら、水」
「ふぁー」
青ヘビはクコの実を丸呑みするたびに汁をこぼす。食べるのが下手なヘビだ。
「次からは切るか?」
「丸呑みペロリはロマンです」
「ロマンじゃねーよ。ベタベタになった口、俺の服で拭くだろーがよ」
「主様が洗ってくれないから悪いです」
「使い魔様か」
「んんんっ」
指先から出した水で口元を流してやっていたら、また魔女に威嚇された。これで聖女までこの場にいたら、魔女と手を取り合い父性がどうのと喧しく騒ぎ始めただろう。女という生き物はそういうものが好きらしい。
チロチロと水分補給もした青ヘビの口を、指の腹で拭う。俺を見上げてくる緑色の瞳は満足げだ。
「ローランパパいいわぁ」
「鳥目は帰るですよ!」
「アクティ」
「むぅ!」
口の悪い青ヘビの頭を撫でる。
不満げではあれど、とりあえず黙った。俺は魔女に視線を戻す。
「とりあえず場所変えねーか?」
「おや、逃げる気かい?」
「逃げねーっつってんだろ」
大きな吊り目の圧に、俺は口の端から息を逃がした。
俺の信用がないのは相変わらず。
瞬きをしない茶目に降参だ。
素直に謝った方が早く解放されるという打算もあるし──。
「いやぁッ!虫ー!!」
「っ……!」
アウラが叫び、飛び上がった。
魔女は息を詰め、ザッと土を踏み締め振り返る。
が、遅い。
いつもならこんな遅れはとらない。魔力消費が気配察知能力に影響しているんだろう。
魔女の背後に忍び寄り、大口を開けていたのはカマキリ型魔物だった。
「ローラン、早くやっつけてちょうだぁい!」
アウラが空から叫ぶ。この大鷲に主人を守るという考えは皆無だ。そして、俺が今張った防御の陣は視界良好。
大嫌いな虫を間近で見た大鷲のショックは計り知れないが、斥候以外役に立たない上に我が身が一番という使い魔は考えものだ。斥候すらできない青ヘビはにゅるんとフードに潜った。
それを横目に、俺は剣を抜く。
「キイャアァアア!!」
カマキリの耳障りな高音に、生い茂っている葉が揺れる。
キィンと響いたそれは耳鳴りに似ていた。
俺は眉を寄せただけだが、本来ならひと叫びで鼓膜を破りかねない超音波だ。虫は大体声が高い。
一瞥を流した先で、魔女や青ヘビの周囲を俺の魔力の残滓である金色が煌めいていた。防御の陣が綺麗に弾いたようだった。
高火力な一撃に耐える代わりに一度きりしか発動しない結界の陣と違い、防御の陣は多少の攻撃なら何度か弾く。使い勝手はコッチのほうがいい。
それがなくとも、たかだか人間より多少デカい程度のカマキリに苦戦するようじゃ、元勇者パーティーの看板が廃る。
「叡智よ!」
魔女が両手を向けて詠唱を始める。
やはり遅い。
高火力の大技が主体の魔女だ。詠唱も発動までの時間も長くなる分、少しの遅れが命取りになる。俺は大きく一歩踏み出した。
「転移したばっかだろ。魔力、枯渇すんぞ」
「ローラン!」
カマキリの左腕にある鎌が、魔女の脇腹へ向かって振り下ろされる。
届く前に剣を払い切り飛ばす。
俺はそのまま、魔女とカマキリの間に身を滑り込ませた。
「下がってろ」
「ギィヤァアアア!」
魔女を見ずに言った俺の声に、金切り声が被った。
地面すら揺らすこのうるささは、さすがは深部の魔物といったところだろう。
「キィエエエッ!!」
左右の複眼が魔女から俺へ標的を変える。暗い森の中だからこそ不気味さが際立つ赤黒い光。
俺を睨め下ろす。
(それでいい)
前衛は俺だ。
「土」
振り下ろされた右の鎌。
土の壁で防いだ俺の背へ魔女の手が触れる。
細い指先の感触に、鈍い悪寒が走った。
「ッ……」
こうした接触はすべて荷物持ちの担当だったはずだ。
俺は女に触れない。
だからこそ、容量がバカデカい魔法カバンを持つ俺のパーティーに荷物持ちを引き入れたのに。
俺は前線に立ち、パーティーの盾になり剣になる。
それだけで良かった。
それだけが、良かった。
──ローラン。
脳裏に声が甦る。
豊かな赤髪、しなやかな指先。
俺を胸に抱き、血を吐きながら微笑んだ女。
「……ッチ……」
舌打ちで思考を払った。
戦闘中に思い出すことじゃない。
腕を高く持ち上げた俺は、バカみたいに開けているカマキリの口の中に剣を突き刺した。
地味メガネであるのは別にいいが、低くなっている背丈がダルい。昼と夜じゃ十センチ以上違う。そうなれば腕の長さも変わる。
「ギィ!!」
貫かれたそばから剣に傷口を焼かれ、さぞかし苦しいだろう。カマキリは喚きながら右の鎌をがむしゃらに動かした。
「土」
壊されるたびに土の壁を生み出す。ガリガリと引っ掻く音が不愉快だった。
「風。……火」
小さな風刃で執拗な右鎌を切り落としたあと、一層もがくカマキリを前に、剣の柄を両手で掴む。グッと重心を下に落とした。この身体は筋肉量も体重も足りていないから、全力だ。カマキリをその場に留め、燃やしていく。いたずらに長引かせるのは好きじゃない。
「ギィヤァアアッ……!!」
「うるっさ……」
間近で浴びる咆哮に耳がバカになりそうだ。しっかりフードの中に隠れていた青ヘビも不快そうに動いた。
少し耐えれば、悲鳴は止まる。
青い炎がカマキリを灰へ変え、腕への負荷がなくなる。
俺は血のつかない剣を払い、鞘へ納めた。
「ローラン、すまない」
「おまえの出番は大物だかんな。魔力回復しとけ」
「あぁ」
情けなく眉を下げる魔女に、カバンを漁る。聖女が作った魔力回復薬の予備がある。
見慣れた青い小瓶。
離れ際に、魔女の手のひらへ落とした。
「ローランかっこいいわ!素敵!さすがよ!」
カマキリがいなくなった途端に魔女の肩へ戻った大鷲に、呆れた目を向けるのも毎度のこと。
「シルフィ、いい加減前衛ができる使い魔を探せよ」
「……使い魔?」
空にした瓶をローブのポケットに押し込んだ魔女が不穏に声を落とした。バサバサと翼を広げたのは大鷲だ。
「ヒドイわローラン!ワタシがいるじゃない!」
「真っ先に逃げといて何言ってんだ」
「ローラン」
「おう……」
ザッと土を蹴り距離を詰めて来た魔女に、詰められた分だけ下がる。隙間も少なく密生している木が邪魔で仕方がない。踵にあたる前に避けながら、俺はどんどん下がる。
「前衛なら君がいる」
「魔王倒したんだ。パーティーは解散だろ」
「私達は認めていないよ」
「勇者の称号もやったじゃねーか」
「それとこれとは話が別だ」
これじゃ埒が明かない。
前のめりになる魔女に髪を掻き毟った俺は、その毛先の変化が目に入り、口を噤んだ。
「主様」
にゅるんと出て来た青ヘビが俺を呼ぶ。
森は暗い。見えない空を睨む。もう陽が沈み始めたんだろうか。少し早い気がしたが、変化は嘘をつかない。
腹の中で舌を打つ。
夜が来る。
「ローラン、聞いているのかい?アリアもルークも君を心配しているんだぞ」
「アイツら新婚も新婚だぞ。今頃ハッスルしてんだろ」
「私は真面目に話しているんだ!」
さらに詰め寄ってくる魔女を見下ろし、足を止めた。フードを引き上げる。
「アクティ」
「はいです」
フードからひょっこりと覗いた青ヘビの頭を撫で、ブーツの先で土に陣を刻んでいく。
雑でいい。
一時的な魔力増加の簡易陣だ。
効果は数分も保たないが、魔力がからっきしな使い魔を補助するくらいなら十分足りる。
「ローラン!」
俺の足の動きに気がついたらしい。
焦った顔で、声で、魔女が俺のローブを掴んだ。
「──唄え」
魔女と目を合わせたまま命じた俺に、アクティが口をパカリと開く。
「ねろ~、ねろ~。おはだのたぁめにぃ~。すやすや~、すやすや~」
「くっ……君という奴は……本当に……!」
魔女が悔しげに唸るが、歌詞のセンスは最低だ。
オマケに音痴だ。
だが、アクティは歌に魔力を込められる水棲蛇種の亜種。
アクティ自身の魔力が皆無でも、勇者の補助さえあればその効果は絶大だ。
「あぁん、ワタシまでぇ……」
グラリと傾いた魔女の身体に、背中のローブを片手で掴み、顔面から地面に倒れ込む寸前で引き留める。ふらふらと草の上に落ちた大鷲はとりあえず放置だ。
過酷な旅の間、仲間達が睡眠不足とは無縁であり、俺の素顔を隠し続けられた理由。
夜になる前に眠らせていた。
ただそれだけだ。
朝までグッスリの三人と一羽の身体を宿やテントに押し込んで、俺は別の部屋で眠ったり、不寝番を務めたり。
「ボク、子守唄係じゃないですよ」
「いーだろ、子守唄係。女子どもは夜は寝るもんだ」
魔女のローブを握っている手がひと回り大きくなり、腕がシャツを軋ませ始める。視界に入る髪も黒へ染まって、視線の高さが変わっていく。
危なかったと肩で息をはいた俺は、着替えの為に魔女の身体を横に寝かせた。
そんな俺に青ヘビが首を傾ける。
「ボクは起きてますよ?鳥目はオスですよ?」
「たまにはキメさせてくんない?」




