第10話 勇者、見つかる。
「キシャシャシャッ」
「あらヤダ。虫」
降りて来ようとしていた大鷲が、横入りしてきた鳴き声に再上昇した。
あちこちから金切り声が響く。茂みからガサガサと蟻に似た魔物が現れる。総勢十五匹のお出迎えだ。
ただし、魔物といってもサイズは小さい。俺の膝下くらいしかない。さらに言えば今の俺は地味メガネ。イケメンの時よりも足は短めだ。
「ローラぁン、ワタシのためにチャチャっと倒してちょうだぁい」
頭上から降る甘えた低音は、やたらと渋い。
ちょうど森の中腹に差し掛かった辺りだろうか。
拓けた地が減り、密集する茂みや木の枝から蟻型魔物が目を赤く光らせている。周りをグルッと囲まれながら、俺は呆れた。
「なんで鷲が虫嫌いなんだよ」
「かわいくないからよぉ。それに気持ち悪いでしょお」
旋回待機の高度は低いが、大鷲はそれより下に降りて来ようとはしない。その姿を見た眼光鋭い青ヘビがペッと唾を吐く。
「おまえが戦えです」
「あらあら、アクティは今日もかわいいわぁ。食べちゃおうかしら?」
「主様!聞いたですか!ヤツはボクを食べようとしてるです!シバくです!」
「うるせー」
俺の頬をど突いてくる青ヘビと、アラアラと笑う大鷲のやり取りは見慣れたものだ。魔王討伐の旅の間、毎日こうだった。
持ち上げた片手でアクティの頭突きから頬を守りながら、俺は蟻型魔物を見据えた。キモい。
「キシャーッ」
蟻達が鋏に似た二本の角をガチガチギチギチ鳴らしながら、一斉に向かって来る。コイツらは肉食だ。つぶらな目を赤く染め、俺を喰おうと涎を垂らしている。
大半の魔物はそうだが、単体では弱い。そして集団になればなるほど面倒になり、手強くなる。統率の取れた動きは熟練の軍隊を彷彿とさせる。
特にこういった昆虫系の魔物は群れる速度が異常に速い。さっさと燃やすに限る。
「火」
使い慣れた一言詠唱に、青い炎の玉が俺の周囲に浮かんで、高速で目標へ向かった。数はきっちり十五。逃がすほど遅くはない。そして、着弾した先では悲鳴も上がらない。
ただの灰。
土の上にはそれだけが残り、それも僅かな風に散っていく。
体積が小さいと燃えるのも早くていい。大食漢な青ヘビも虫は喰わない。好むのは果物や肉、あとは魚だ。
さっさと鎮火した炎から視線を外した俺は、青ヘビが乗っている方とは逆の、左腕を頭上へ伸ばした。
「……ボクというものがありながら……」
真横からの恨めしげな視線は無視だ。
「アウラ」
呼びかけた俺に、大鷲が翼を大きく動かした。
「今行くわッ、ワタシのローラン!」
「主様はボクの主様ですよ!」
「ウフフ、ヤキモチ妬いてかわいいわねぇ」
「鳥目は黙れです!」
ギャアギャアと喧しいことこの上ない。俺は丸っと聞き流し、大鷲の首飾りに目を細めた。
大鷲──アウラは、王都に残して来た魔女の使い魔だ。
元パーティーメンバーは城を抜け出した俺に気がついたんだろう。初夜の翌日くらいのんびり寝てろと呆れてる反面、アイツららしいとも、思う。
「いやぁ!虫よぉ!!」
俺の腕に着地しかけて、新たな虫に気がついた大鷲が文字通り跳ね上がった。
俺の頭は翼にバサバサと叩かれた。地味に痛い。睨んだ相手は既に上空で、逃げ足の速さは元パーティーの中でも随一だ。乱れた髪を後ろへ払う。
顔に張り付いた抜け羽根は、鮮やかな緑色だ。
青ヘビがふうふうと息を吐いて羽根を吹き飛ばす中、俺は足元へ視線を落とした。
「キシャ」
「…………」
どうもこんにちは、みたいな顔をした蟻達が、一歩分も離れていない距離でグルリと取り囲んでいた。
今度は倍以上いる。
俺はヤサグレた。
青い炎をまんべんなく放つ。虫が苦手じゃなくとも、気持ち悪い。
「火」
燃やした。
容赦も遠慮もなく燃やした。
魔物にも生態系はあるが、蟻型魔物は数百匹燃やしたくらいじゃ絶滅しない。次から次へと出てくる蟻を燃やし続け、飽きた。
「ほわぁあああっ」
「ローラぁン!?」
使い魔達の叫びを耳に、土を蹴る。
入り組んだ森の中を走り、わざと深部へ向かう。
「ローランってば!あぁもう、イジワルね!!」
ふらふら目を回している青ヘビを片手で押さえながら更に速度を上げた俺に、アウラが拗ねた声を響かせた。
深部の空は木で完全に隠されている。
空からは見えない。
リザードマン以上の強い魔物が潜む暗い森は、一歩踏み出すごとに鋭い枝や葉が頬を切り刻もうとしてくる上、足は常に木の根を踏む。
不安定な足場に剣を振れない窮屈さ、そして、夜と錯覚する闇。
大鷲であるアウラに、深部に潜った俺は探せない。
「……ッと……」
「ふぁー……撒いたですかぁ?」
「とりあえずはな」
速度を落とし、けれど足は止めずに青ヘビを見る。フラフラしていた青ヘビはぽてりと俺の肩に顎を乗せた。
「あの鳥目、またすぐ来るですよ。魔女も来るです、きっと」
「アイツ、口うるせーんだよなー」
「主様が悪いです」
「ちっとは俺の味方しようとかねーの?」
緑色の瞳がチラッと俺を見上げる。ペッと唾を吐いた。アウラを腕に呼んだから拗ねたんだろう。
「ないです」
「やっぱ育て方間違えた」
「ボクはイイコですよ。主様がバカです」
「ハイハイ」
指の腹で頭を撫でながら、暗い森の中を南方へ下る。
国を横断するように広がっているこの森の名前は、地域によって変わる。
王都やリムルでは実りの森。強い魔物ばかりが出る深部付近では、死の森。国を越えて大陸単位であれば魔の森だ。そのままだ。
アテなく彷徨う旅であっても、俺は本来、宿場町や飯屋があって魔物とほとんど遭遇しない街道の方が好きだ。だが、青ヘビの食欲を考えたら自給自足できる森を選ばない手がなかった。残念ながら資金は無限じゃない。
(別に歩き回る必要はねーが……)
次代の勇者を探す俺は、一つの場所に長く留まるわけにはいかない。となれば、見たことのない物を見て旨いものでも食って回る方が気楽でいい。
靴が枝を踏んだ。
湿った草木は小気味よく鳴らず、ただ折れる。
ウトウトしている青ヘビの頭を撫でつつ、俺はどんどんと進む。魔物の気配は遠い。近づいて来る様子がない内に距離を稼いでおきたい。腕にとまりさえすれば、強制転移魔法でアウラを王城へ送り返せたのに。
(気ままな旅に口うるせーのは野暮ってもんだ)
すうすうと耳元で聞こえる寝息。久しぶりにアウラと騒いで疲れたんだろう。
俺は撫でていた指を止め、太い枝を潜る。
「…………マジか」
思わず呆けた声がこぼれた。
四方を木々に囲まれた土の上、仁王立ちで腕を組みながら睨み上げてくるのは、緩やかな茶髪ロングの女──魔女だ。
「やぁ、ローラン。鬼ごっこは終わりにしようじゃないか」
「……シルフィ……」
言葉自体は軽くても、ニコリともしない茶色の瞳がヒシヒシとその怒りを伝えてくる。俺は額を押さえた。
アウラに会ったのはついさっきだ。いくらなんでも早すぎるし、それ以前に、王都にいたはずの人間が俺達を先回りする方法は転移しかない。
魔力消費が桁違いの、超上級魔法だ。
「そう簡単に使うもんじゃねーだろうよ……」
魔女は俺の言葉に鼻を鳴らす。
「おかげで今の私は魔力がギリギリだ」
「ハァイ、ローラン。さっきぶりね~」
魔女の肩にとまった大鷲は、自分の主の機嫌などどこ吹く風。愛想良くパチンと片目をつむって見せた。
アクティが俺の首に尻尾を巻きつけ、起き上がる。目が覚めてしまったようだ。
「鳥目は帰れです!魔女はいていいです!」
「アラアラ。悲しいわぁ」
「主様は渡さないですよ!」
再び始まったやり取りを聞き流した俺は、その場にしゃがみ込む。草や木の根の間の、見えている少ない土へ指を這わせた。
「それにしたってずいぶん早いんじゃねーか」
「アウラがいたからね」
「何も転移しなくたっていいだろ。俺が方角変えてたらどうすんだ」
転移魔法の変化版、強制転移も超上級魔法であることを棚に上げた俺は、呆れた息を吐く。使っていないからセーフだ。そんな俺の考えを知ってか知らずか、魔女はまた鼻で笑った。
「君なら魔物が戦ってる気配くらいわかるだろう?」
「そりゃわかるけどよ……」
残り僅かな魔力で深部の魔物と相対するのは、いくらこの魔女でも危険極まりない。
無茶をするなとも言えずに俺は口を閉じた。
「とても疲れたよ」
魔女が淡々と呟く。
陣を刻む俺を見下ろす茶瞳は冷ややかさを増すばかりで、これはかなりご立腹だ。
見た目は十七、八の少女のようであれど、中身は俺より年上の魔女。
三年間共に旅をした仲だからこそ断言できる。戦闘面以外での威圧感は勝てる気がしない。貫禄が違う。
腹の中でため息を吐き出し、刻んだ文字列を丸で囲む。金色の光が浮かび上がり、魔女とアウラ、ついでに青ヘビの身体も包みこんだ。
「防御の陣です?」
「深部だからな」
いつ魔物が襲って来てもおかしくはない。長話にこれほど不向きな場所もないだろう。
そんな気持ちで魔女の元に歩み寄ると、魔女の手が伸びてきた。
躱した。
茶色の眼光が鋭さを増す。
「ローラン?」
「逃げねーから」
頭をボリボリ掻く俺に、腕や服を掴むことは諦めてくれたらしい。首元から足首まですっぽり身体を覆う長いローブと、その中に隠されたささやかな谷を揺らしながら、魔女は改めて腕を組み直す。
「それじゃあ、一体なんのつもりで私達を置いて行ったのか……洗いざらい聞かせてもらおうじゃないか?勇者ローラン」
「…………」
元パーティーメンバー、救国の魔女シルフィアーナ・アデルハイムは、ブチ切れていた。




