第9話 勇者、バカにされる。
「リザードマン?浅瀬で?」
朝の早い時間だ。
依頼の受注や報告などで賑わっている冒険者ギルド内に、わざとらしい大声が響いた。カウンター席に座っている俺の背中に多くの視線が突き刺さる。
「引っ込むです、下っむぐ……!」
俺の肩で目をギュンッとさせた青ヘビの頭と口を、俺は両手でパシッと押さえた。
「なんだって?」
「別に」
モゴモゴする青ヘビを睨みつけ、あからさまに不快な顔をしたオッサンの視線を受け流す。話し始めから空気が悪いのは、オッサンの方にマトモに聞く気がないからだろう。ニールセンも報告をするだろうが、リムルから離れる前に一応、と気を利かせたのが悪かった。
「まぁいい。それよりも、リザードマンが三体も出たって言うなら、アンタはなんで無事なんだい?」
俺を上から下まで値踏みし、仕返しとばかりに鼻で笑うオッサン。
非常に大人げないことに、またしても声を張り上げたものだからよく響いた。両隣の机で素材の買い取りや情報のやり取りをしていた冒険者達が、ドッと笑う。
「ウソならマシなウソ吐きな、兄ちゃん!」
「リザードマンなんて浅瀬に出るかよ!魔物図鑑貸してやろうか?ん?」
「ちょっと止めなさいよ、若い子相手に」
止める気があるのかないのか、大声で笑う男二人を宥めては、俺を見てクスクス笑う女。胸元がガッツリ開いた服は谷間まで見えている。美女で乳はデカいが論外だ。俺はチラリズム派だ。
「嘘を吐いて注目を浴びても、実力が伴わないと恥をかくだけだぞ」
反対側からは、いかにも面倒臭そうなオッサンが真面目な顔で説教してくる。背後でもアレコレと好き勝手に話しては、椅子に座っている俺を指差し笑う声。
雑用的な依頼から魔物の素材採集、討伐まで引っくるめて請負い管理しているのが、冒険者ギルドだ。当然登録人数や依頼数によって規模は変わり、リムルの冒険者ギルドは王都に次ぐデカさ。
そこに集った大勢に笑い者にされれば気分は良くないが、まあ、慣れている。問題は誰一人信じないことだ。
(不便だな)
俺は小さく息を吐き、メガネを押し上げた。
中には腕利きもいるだろうに。
ヒョロい地味メガネの評価なんてこんなもんだ。青ヘビの口を押さえたまま席を立つ。
「おや?もういいのかい?」
「帰れ帰れ、ギルドにゃ偽情報はいらねーんだよ」
「リザードマン怖いよーってか!ぎゃははは!」
「悩みがあるなら聞くそ、青年!」
冒険者達は俺を追い払うようにシッシッと手を振り、口々に騒いでいる。こんな奴らでも中堅冒険者らしいニールセンから話が上がれば耳を貸すだろう。それなら俺がムキになる必要はない。
アチコチから飛んでくる野次を聞き流し、俺は静かにギルドから出ようとした。
「偽情報は立派な犯罪だろ!ガキでもルールってモンを教えてやんねーとよッ」
「…………」
ガキはない。
日中は地味な上に童顔だが俺は二十四だ。さすがにない。
足を止めたら、背後から影が落ちた。
ガタガタと椅子を引き立ち上がる音がいくつも続く。
「ちょっと……!」
「いいぞ、やっちまえ!」
止めるのは俺を哀れむ女達や一部の男だけで、大半は指笛や口笛で囃し立てている。冒険者は総じて、血気盛んだ。
「一発で気ィやるんじゃねーぞ、ガキ!」
「…………」
鼓膜に響く大声に軽く振り返り、斜めに見上げる。
俺の真後ろに立っていたのはさっきまで隣の席でバカ笑いしていた男だった。その男が振り被っているのは、ギルドの木の椅子。
わざわざ椅子を持って着いて来たようだ。俺は鼻から息を抜いた。
「ずいぶん暇なこった」
「あァ!?」
こめかみに青筋を浮かべたイキり男が、俺目がけて椅子を振り下ろす。それに合わせ青ヘビの口から手を離した。
「おっちね」
「火」
青ヘビがペッと唾を吐くのと、俺がカバンから取り出した魔物肉を椅子に投げつけ、呟いたのは同時。
「ひ──!?」
「きゃあ……!!」
瞬く間に燃え上がった青い炎は、魔物肉しか焼かないが。
傍目には椅子ごと男を呑み込む火柱にも見えただろう。効果が限定的な分、俺の魔法にしてはわりとハデだ。
「火ッ、火が……ッ……!!」
イキり男が椅子を床に叩きつける。木の割れる音が耳障りだ。
けれど、残念ながら魔物肉はとっくに椅子から落ちていて、男の足元。
青い炎の柱は勢いよく燃え盛る。
天井まで届く火柱の中でイキり男がわあわあ騒ぎ、周りも逃げたり叫んだりとパニック状態だ。一切れの肉に対して火力がおかしいのは自覚している。我先にと外に飛び出す冒険者達をスイスイと避けながら、俺は足を運んだ。
「来たれ水よ!我が意に従い悪しき炎を消し去りたまえ!」
「つめてぇ!オレまでかかったじゃねーか!水多すぎるぞクソ魔法使い!」
「なんだと!?それなら貴様が水魔法を打ってみろ!!」
「消えないわよ!どうなってるの!?」
「ま、待てよ!ちょっと待て……!!」
ボヤ程度で賑やかなことだ。
ペッペと唾を吐いた青ヘビは、冒険者達の慌てふためく様に満足したらしい。
「こんがぁりおにく~う、ざまぁです~う」
「止めろ」
機嫌が良いのはいいが、歌詞がひどい。
俺は呆れながら扉を潜る。
「この火、肉以外焼いてねーぞ……!?」
背後が一気に静まり返った。
既に扉を過ぎていた俺には関係がない。恐る恐るギルド内へ戻って行く何人かを尻目に、街の門へと進む。
「……剣士で、青ヘビ、この魔法って……おい……」
「は……」
誰かの呟きが聞こえた。
舌を打った俺は走り出す。
「ふわぁああ」
市場の人々の隙間を縫い走る俺に、間の抜けた声を上げながら揺れる青ヘビ。
慌てふためき出て来た冒険者やギルド職員達が、勇者だ、地味だ、ガッカリだのとデカい声で騒いでいるが、無視だ。平謝りされるのもヘンに持ち上げられるのも御免だ。
(バカにしてきた奴らほど、擦り寄ってくっからなー)
それが処世術だと理解しても、擦り寄られる方はたまったものじゃない。
(魔法は控えた方がいいか)
正体を隠す気はないが、言いふらして回る趣味もない。荷物持ちに称号や聖剣を贈ったこととは関係ない。身体能力や魔力の譲渡ができないのは子どもでも知る常識だ。
荷物持ちに贈ったのは、正確には『勇者からの信頼』。
俺が勇者と知られたところで、多少ガヤつきはしても親友への世間の評価は変わらない。本人はただの一言も、魔王を倒したとも魔物を狩ったとも言っていないからだ。後方支援しかできないと笑っている。そんな男だ。
まぁとにかく、人目につくところでは考えようと結論付けた。
「ふぁー……」
走るのを止めたのは門を通り過ぎてから。
俺は昨日会った門番に軽く手を上げ、街道へ出る。
フラフラしている青ヘビを撫でたら、頬をどついてきた。
「主様はお人好しですっ。ボクはちゃんと言ったです!」
ヘビのくせに、ない肩をイカらせた青ヘビがブツブツ文句を言う。
時間が時間だ。天気も良いせいか、街道にも人が多い。俺は平坦で歩きやすい道をさっさと諦め、森へと爪先を向けた。大食漢の使い魔の食料補給にも、森を進むのは都合がいい。
「何回もバカにされてるです!前は聖女と魔女が激オコしたから良かったですが、今はいないです!説明なんてケガ人に任せればいいですっ」
「まー、言うだけタダだしよー」
「使い方違うです。バカです」
どうやら完全にヘソを曲げたようだ。
ふん、とソッポを向いた青ヘビに、俺は走ったせいで乱れた茶髪を掻き上げる。それからレナの実を一つ、カバンから摘み出した。昨日結局、山程買わされたものだ。
「アイツら全員シバくです。地獄を見せてやるです」
「どこの魔王だよ」
二本の指で軽々摘める小ささの橙色の実を、振り返った青ヘビの口元へ寄せる。パクリと食いついた。緑色の瞳が輝く。
「オヤツには騙されません」
だが、すぐに怒りを思い出したらしい。ギュンッとなった目に、カバンから三つの実を取り出す。
「食うか?」
「あー」
「チョロ」
口に押し込んで呆れた俺に、青ヘビがドスドス頭突きアピールだ。
「ボクはチョロくないですよ!」
「ほら」
「あー」
そんなやり取りを繰り返している内に森だ。街道まで出て来るのは弱く知能が低い魔物ばかりで、柵や壁はない。茂みを掻き分けて踏み入る。
浅い場所は陽射しが多く、明るい。木の密集率も低いから、拓けた場所もそれなりにある。
時折聞こえる笑い声や話し声。
冒険者や採集人がチームを組んで動いているようだ。
ギルドのあの様子なら、リザードマンの情報はすぐに伝わるだろう。緊急信号は空に放つ真っ赤な魔法玉。それが上がれば、すぐに退避する。そういう決まりだ。
「主様」
「あん?」
浅瀬から、中腹へ。
王都とリムルを背に南下しながら、森の深い場所へ足を進める俺に青ヘビが首を傾けた。
「またトカゲ狩るです?」
「いたらな」
少なくとも、この周辺にはいなさそうだ。
僅かな魔力を伝わせた瞳で辺りを見渡すと、弱い魔物達が茂みを鳴らし、泡を食ったように逃げて行く。
「じゃあ、どこ行くです?」
あ、と開いた口に、もう一つオマケのレナの実を押し込む。
目的はあれど、アテはない旅だ。
さてどこに行くかと何気なく空を見上げた俺の視界に、大鷲が目に入った。毒々しい桃色の飾りが首からぶら下がり揺れている。
「げ」
「げ?」
口元を引き攣らせた俺に、青ヘビも空を見上げ──。
「宿敵!!」
「あ、やだー。ローランとアクティ、こんな近くにいたのねぇん」
ギュンッと目を尖らせた青ヘビと対象的に、俺達に気がついた大鷲はウフフと笑った。オスだ。




