第9話:赤の老紳士と、お宝ラッシュの輝き
side:訳あり貴族 ジェード
―――ジャラジャラジャラ、ジャラジャラジャラ!
お馴染みとなった大量の硬貨が吐き出される音。
人手不足に喘ぐ俺、ダンジョンマスターのヒロユキが、右腕となったルークとヴォルガの2人を引き連れて死に物狂いで現状のフロアを回し始めてから、数日が経過していた。
カジノは連日大盛況。
それに伴い、俺の通販スキルで購入した『最新の現金プッシャー台(液晶ストーリー付き)』が、フロアの中央でひときわ異彩を放っていた。
ただガラスの向こうで硬貨が動くだけではない。
なんと、投入した銅貨の動きに連動して、中の平らな板に埋め込まれた四角い硝子(液晶画面)の奥で、光の絵がまるで生きているかのように滑らかに動き、キャラクターが魔物と戦うのだ。
この城にはすでに通常のプッシャー台も存在しており、そちらには本物の硬貨を綺麗に積み上げたタワーをあらかじめフィールドへ設置することで、それを崩すのを狙おうという集客に成功していた。
そのため、冒険者たちもプッシャー台の基本ルール自体は完全に理解していた。
だが、その硝子の絵が動く最新台の周囲には、奇妙な人だかりができているものの、実際に椅子に座ってプレイしている者は一人もいなかった。
すでに実績のある他のプッシャー台に比べて、この新台はタワーという視覚的な分かりやすさが最初は見えにくく、その上、プッシャー台特有の初期投資の多さで敬遠されている感じがするのだ。
硝子の奥の物語がなかなか大当たりにまで発展せず、恐ろしいほどの勢いで硬貨が吸い込まれていくため、手持ちの少ない低ランク冒険者たちは完全に怖気づき、下手に手を出せずに遠巻きに様子見を決め込んでいた。
「おや、これほど活気のある場所だというのに、ここだけ綺麗に席が空いているな」
そんな狂気の熱気と困惑が渦巻くフロアに、明らかに周囲の冒険者とは毛色の違う、一人の老紳士の姿があった。
上質な赤の高級スーツを見事に着こなし、白髪を綺麗に整えたその男の名は、ジェード・マクレガー。
元は南の国の伯爵であり、他国との修羅場の交渉をいくつも纏め上げてきた高名な元・伝説の外交官だ。
今ではくだらない政治闘争に心底嫌気がさし、息子に爵位を譲って完全隠居の身となった、いわゆる気ままな世捨て人である。
金を儲けることなど微塵も考えていない、ただの退屈しのぎで訪れたジェードは、周囲の冒険者たちがビビって遠巻きに眺めていることなど気に留める様子もなく、ふらりと空いている席へと腰掛けた。
それがたまたま、その話題の最新台だったというわけだ。
「ふむ……実に、実によく出来ているな、この魔道具は」
ジェードは渋い笑みを浮かべながら、手元の銀貨を流れるような手つきで投入していく。
周囲の冒険者たちが「おい、あのじいさん、あの新台って奴に突っ込み始めたぞ……!」と息を呑んで見守る中、彼の座る台の液晶画面では、いよいよ大詰めのバトルが始まっていた。
画面に現れたのは、魔王軍が誇る四天王の一角『劫火のフレア』。
画面の中の勇者が剣を構え、四天王との激しい戦闘が開始される。
液晶の中で勇者の痛烈な一撃が炸裂するが、四天王はニヤリと笑ってその攻撃を耐え凌ぐ。
次の瞬間、四天王の放ったド派手な大魔術が勇者を襲った。
画面いっぱいに爆炎が広がり、煙が晴れたあとに映し出されたのは―――力尽き、地面に膝を突いて倒れ伏す勇者の姿だった。
液晶にデカデカと浮かび上がる『敗北』の冷酷な文字。
周囲の冒険者ならここで絶望し、財布を片手に舌打ちをするところだろう。
だが、ジェードは微塵も動じず、ただ面白そうに画面を見つめ続けていた。
演出が終了し、画面が暗転して通常画面に戻るかと思われた、まさにその刹那だった。
―――キュイキュイキュィーン! キュイキュイキュィーン!!!
ダンジョン全体に響き渡るような、脳を直接突き刺す凄まじい電子音のファンファーレが鳴り響いた。
と同時に、暗転していた液晶画面が黄金の光に包まれ、「うおおおおおーーーっ!!」という叫び声と共に、倒れていた勇者が力強く立ち上がったのだ。
確定復活演出だ。
勇者は光り輝く聖剣を振り抜き、油断していた四天王を一撃のもとに完全撃破。
『お宝ラッシュ突入!!!!』
画面にド派手な文字が踊り、液晶アニメは勇者が魔王城の奥深くを財宝を探して走り抜け、次々とお宝を獲得していく演出へと切り替わった。
ラッシュが継続するたびに画面内のお宝の数が増えていき、フロア中の視線がジェードの台へと集中する。
そして、ついにラッシュ終了のアナウンスが流れた次の瞬間、このマシンの真のギミックが作動した。
ガシャコン!!!
筐体の最上部に設置されていた、本物のリアルな『宝箱ギミック』が物理的に激しく開いたのだ。
その瞬間、宝箱の底から、ラッシュ中に獲得したお宝の数に応じた、あり得ないほどの大量の銅貨と銀貨、さらにはギラギラと眩い光を放つ『一部の金貨』までもが、滝のようにジャラジャラとフィールドへ一気に落下してきた。
ドガガガガシャン!!!
降り注いだ大量のリアルマネーの重みによって、フィールドの硬貨が押し出され、取り出し口へと怒涛の勢いで吐き出されていく。
その瞬間だった。
「うおおおおお本当に当たったぞ!!!」
「金貨だ! おい見ろ、あの大量の銀貨の中に本物の金貨が混ざってるぞ!!!」
遠巻きに見学していた冒険者たちが、我がことのように割れんばかりの大歓声を上げ、フロア全体が蜂の巣を突いたような大騒ぎに包まれた。
周囲の喧騒を余所に、ジェードはダンジョンが貸し出している専用の硬貨入れ(ドル箱)を引き寄せると、溢れ出た現金を両手で掬い上げて移し替え始めた。
ザラザラザラ!
と重々しい音を立てて箱へ収まっていくリアルマネーの塊。
カジノ内のギラギラとした怪しい怪光を反射して、ドル箱の中で眩いばかりに輝く金銀の暴力。
その圧倒的な物量と美しさに、見守る観客たちの目は完全に血走り、脳をドロドロに焼かれていた。
「おお……!!」
さすがの伝説の外交官も、完璧に計算された演出のフルコースには思わず目を剥き、感嘆の声を漏らした。
だが、彼が本当に驚嘆したのは、大当たりによる金額の多さではなかった。
これほど人間の脳汁を搾り取り、莫大な現金を物理的に動かす超一級のシステムを作り上げながら、この城のオーナー(幽霊騎士)は、一切の暴力や不正を認めず、客から巻き上げるようなあくどい営業を一切していないのだ。
それどころか、ただ純粋に、この奇妙な遊戯場を安全に楽しませるためだけに、淡々とフロアを維持している。
「これほどの利権と、人の心を支配する魔道具を手にしながら、自らの欲のために使おうとしないとは。くくく、底が知れん。実に見事な『無欲さ』だ。この城の主は、一体何者なんだ……?」
ジェードは赤の高級スーツのポケットに手を突っ込み、フロアをガチガチと鳴らしながら巡回する不気味な幽霊騎士の姿を、遠巻きにニヤリと見つめた。
政治のドロドロした強欲まみれの世界に嫌気がさした彼にとって、ヒロユキの持つ絶対的な無欲さと、この不思議なダンジョンのシステムは、余生を楽しむのにこれ以上ないほど魅力的なおもちゃに映ったのだった。
ジェードがドル箱を抱えて悠然と席を離れた、まさにその刹那。
「どけ! 次は俺が座るんだ!!!」
「いいや俺だ! あの台は今最高に波が来てる、次は俺が大儲けする番だ!!!」
我先にと財布を引っ張り出し、冒険者たちが欲望丸出しの剥き出しの顔で怒号を上げながら殺到し、激しいシートの奪い合いを始めた。
ジェードは、手に入れた現金の山を懐に収めると、いつかまたここへ長居することになるのを確信しながら、風のようにカジノを去っていった。
もちろん、フロアの裏で「新台が大ヒットしたのはいいけど、客の熱気が狂気すぎて、硬貨の補充が全く追いつかねぇ! 今日もめちゃくちゃ忙しいじゃねぇか!」とルークたちと汗だくで残業をこなしていたヒロユキは、そんな大物の目を引いてしまったことなど、微塵も知る由はなかった。
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