第10話:ギルドの密談と、南の王宮の暴走
side:周辺4都市の精鋭たち / 南の王宮
カジノダンジョンの奥にある、最高級のソファーが並ぶ休憩スペース。
そこは今や、各ギルド長から極秘指令を受けた4都市の精鋭冒険者パーティー代表たちの「指定席」のようになっていた。
「―――聞いたか? 数日前、現金プッシャー台の前で台を蹴り飛ばした男がいたんだがね。あの魔法か呪いかもわからない恐ろしい現象が発動した瞬間、一瞬で消え去ったよ」
グラスに入った冷たいエールを喉に流し込みながら、『銀の盾』のマイクが重々しい口調で切り出した。
その言葉に、この場にいる最高ランクである『流星』のAランク冒険者、バレインが深く頷く。
「ああ、ギルドの調査班が確認した。あの不可解な力で飛ばされた男は、このダンジョンのすぐ北にある『竜の谷』のド真ん中に転送されていたそうだ。ワイバーンやドラゴンがウジャウジャいる死地へ、五体満足のまま、文字通り一瞬でな。生きて街に戻れたのは奇跡に近い」
「いちいちあの現象を『魔法か呪いか分からない力』と呼ぶのも面倒だな。今後はこの城に仕掛けられたダンジョントラップの一種だと仮定して、俺たちの間では『追放トラップ』と呼ぶことに統一しよう」
「ああ、それがいい。……それにしても、その『追放トラップ』の正体は一体何なんだ。人類と敵対するはずのダンジョンが、なぜ侵入者をその場で殺さず、わざわざ別の死地へ生きたまま転送するのか……その意図の読めなさに、改めて背筋が凍る思いだ」
『竜の牙』のダルケンが、身震いしながら自らの腕をさすった。
本来、ダンジョンとはモンスターの住処であり、宝や鉱石を産み出す都合の良い財源であると同時に、人類にとっては決して相容れない敵対関係のはずだ。
だが、ここだけはあまりに異質すぎた。
「それにしても……ハァ。ここの新台、硝子の奥で絵が動くプッシャー台んだが、あれは悪魔の吸い込み台だな。大当たりまでの初期投資が多すぎて、俺の財布が先に追放されそうだ」
「おいおい、自制心はどうした。まぁ、かく言う俺も、昨日あのパッパラーという当たり音が脳裏から離れなくて寝不足なんだがな」
「あら、耳が痛いわね。お互い様かしら?」
ふふっ、と艶やかな笑みを浮かべてみせたのは、全員女性のパーティー『赤き風』を率いる高名な魔導士、ドレッタだ。
大人の色気と知性を感じさせる美しい指先でグラスを傾けながら、彼女は静かに言葉を重ねる。
「ですが、ただの集金箱と侮るには、あの魔道具はあまりに精緻で魅惑的すぎるわ。これほど莫大な富が動く場所ですもの。私たちギルドの精鋭がこうして目を光らせ、ダンジョンの動向を探らなければいけないのは、確かね」
それぞれの微笑ましい近況報告を交わしながらも、彼らの表情は真剣そのものだった。
何故なら、どんな異常なダンジョンであろうと、その最奥にいる「ダンジョンマスター」という主さえ討伐すれば、この城も、そこから生み出される巨万の富もすべて消えて潰れるのが世界の常識だからだ。
この奇妙な財源を巡って国や貴族が暴走し、破滅的な戦争の火種になるのを防ぐため、彼らはギルドの代表として、慎重にカジノとの距離を保ち続けていた。
彼らがそうして大森林の奥で警戒を強めていた、まさにその頃。
カジノの噂はすでに国境を越え、南の大国の王宮へと達していた。
「―――大森林の奥に、莫大な現金を産み出す新種のダンジョンが存在するだと?」
厳かな玉座の間。
深く刻まれた皺の奥で、百戦錬磨の覇王としての鋭い眼光をぎらつかせ、老齢の身でありながら未だ底知れぬ貫禄と凄みを纏った南の国の王が、報告書を手に重いため息を吐いていた。
王は今、深刻な後継者問題に頭を悩ませている。
彼の息子のうち、長男はすでに強欲な貴族派の陣営に完全に取り込まれてしまっており、もう一人の息子はまだ15歳とあまりに若く、あまりに政治の経験が浅すぎるのだ。
この王族の世代交代の隙を突き、宮廷では肥大化した利権を貪ろうとする【貴族派】の暴走が激化していた。
王族派の有能な現役外交官が、進み出て厳かに具申する。
「はい。我が方の独自調査によりますと、周辺のギルドが何事かを秘密裏に調査しているようですが、すでに4都市の富がその迷宮へ流れ込んでおります。しかし、その内部にはモンスターが一切存在せず、何故か未知の魔道具による賭博場のようなものが開かれているのです。人類に敵対しているかと言われると、極めて微妙な状態でございます。唯一、『幽霊騎士』を名乗る不気味な番人が居るものの、賭博場を淡々と運営しているだけで我ら人類への直接的な被害はなく、実質的には無害。既に一定数の冒険者たちが常駐しており、金銀財宝を手にする者もいれば破滅する者もいる……これをダンジョンによる精神的な『攻撃』と見なすのか、あるいは『通常の賭博扱い』とするのか、国家としての判断に困る状態。……ゆえに陛下、今は慎重にさらなる調査を重ねるべきかと」
その慎重論に対し、玉座の間の後方から「ハハハ!」と傲慢な高笑いが響き渡った。
発言したのは、宮廷で絶大な勢力を誇る貴族派閥の長、バルド侯爵であった。
バルド侯爵家は王の長男の嫁の実家であり、次期国王たる長男を完全に抱え込んだことで貴族派の最大派閥として君臨している。
それゆえ、王の前であってもその態度は傲慢そのものだった。
「何を怯懦なことを! たかが大森林の奥に佇む、ただのダンジョンではないか! 我が国の軍事力をもってすれば、その最奥に引きこもるダンジョンマスターの首など一揉みで撥ね、我が国の管理下に置くことなど容易いですわ! 私も気になって調査させましたが、あそこには金銀財宝が山のようにあるとか……。そのような宝の山を下賤な冒険者どもにこれ以上荒らされても迷惑です。それにそれらが万が一にでも他国に渡るようなことになれば……損失は計り知れない。陛下、これほどの利権、他の国に先んじて我が国が手に入れるべきです!」
バルド侯爵が尊大に攻める理由を説明し、鼻で笑いながらそう言い放つと、その会話の勢いに乗っかるようにして、彼の背後に控えていたバルド家の放蕩息子がニヤニヤとドヤ顔で前に進み出た。
「父上のおっしゃる通りです! ならば陛下、この俺が自ら兵を引き連れてそのダンジョンとやらへ赴き、我々のものと致しましょう。金銀財宝の眠る地は、我らのような高貴なるものが支配してこそ!」
「人類に敵対しないという希少なダンジョンを、ロクな調査もせず仕掛けるなど、国を滅ぼしたいのか!?」
王族派の外交官が血相を変えて激昂するのも聞かず、長男の後ろ盾を持つ最大派閥の暴走に、貴族派の重臣たちは「これぞバルド家の勇猛さよ!」と大喝采を送った。
王族派の必死の抵抗により、王の意向として「一応、最初は形だけでも話し合いの場を設ける」という命令だけはもぎ取ったものの、手柄を焦るバカ息子にはそんな命令に従う気など毛頭なかった。
最初から、カジノ側のマスターに対して『我が国に従属するか、それとも攻め滅ぼされるか』という理不尽な脅迫しか突きつけるつもりはなかったのだ。
そうして、傲慢なバカ息子はドヤ顔で特使の地位を勝ち取り、すぐさま兵を徴募して大森林へと出立する。
だが、彼はまだ知らなかった。
自分がこれから脅しをかけに向かうカジノのフロアには、かつて自分たちのバルド侯爵家を王宮の政治闘争で完全に叩きのめし、顔を見るだけで失禁しかねない【元・伝説の外交官】ジェード・マクレガーが、客として優雅に高級缶ビールを飲んでいるという最悪の事実を。
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