第11話:大国特使の過剰要求と、伝説の外交官の煽り外交
side:ダンジョンマスター ヒロユキ
―――ズシ、ズシ。
ルークとヴォルガという優秀な2人の右腕を雇ったとはいえ、カジノは連日大盛況。
俺自身もフロアを忙しく動きながら、スロットの硬貨詰まりの解消や払い出しの確認など、様々な対応に追われ続けていた。
そんないつも通りに忙しい日の夕方だった。
客が豪快に崩していったゲーム機の現金タワーを直々に再度設置し終え、ようやく一仕事終わった、と鎧の奥で深くため息を吐いた、まさにその時。
ジャラジャラという軽快な電子音をかき消すような、場違いな金属音をガチガチと響かせ、重武装したナンポウ王国の兵士たちを引き連れた一団が、フロアの真ん中へと踏み込んできた。
現状のカジノはまだ広いワンフロアであり、床は冷たい石畳、壁や天井は無骨なレンガ造りといった剥き出しの空間だ。
ただ、照明だけは壁と天井に通販産のライトが埋め込まれているため比較的明るく、全体的に間接照明で独特の怪しい雰囲気を出している、いわば『高級ダンジョン』とでも言うべき妙なフロアだった。
そんなフロアへと傲慢に踏み込んってきた豪華な衣服の若者は、まずは誰かを探すように尊大に周囲を見渡した。
やがて、作業を終えたばかりの『幽霊騎士』である俺の姿を見つけると、たっぷりと「貴族様ですよ」という高慢な雰囲気を全身から漂わせ、これ以上ないほどのドヤ顔でこちらへと歩み寄ってきた。
若者は傲慢に胸を張り、俺の全身を値踏みするように見下しながら、尊大な態度を崩さず、俺に話しかけてきた。
「―――おい、お前が噂の幽霊騎士とやらか?」
「……いかにも。我らが城に何か用か、人間」
俺が地響きのような重低音のイケボを響かせると、若者は目の前の幽霊騎士が本物だと確信し、我が意を得たりとばかりにギラギラとした強欲な笑みを浮かべた。
次の瞬間、彼は大袈裟に両手を広げるような芝居がかった動きを見せ、腹の底から響くような大きな声で、まるで役者にでもなったかのように一人大演説会を始めた。
だが、その口から飛び出してきたのは、やっぱり最高にアホな内容だった。
「俺は栄光あるナンポウ王国より全権を委任された特使、バルド侯爵家が嫡男、ドルバである! この不気味な番人よ、これより告げる俺の言葉を、ダンジョンマスターに一言一句違わず伝えよ! このカジノダンジョンとやらは、我々高貴なる者の支配下にあるのがふさわしい。まあ、我が国の圧倒的な武力によって早々に攻め滅ぼし、すべてを奪い取っても良い所を……我々は貴様に慈悲を示そう。このまま人類に敵対せず、ここで賭博場を運営するというなら……その利益の8割を定期的に差し出せ! 金も物もだ! この8割を上納するという条件を飲むのなら、その存在を我が国が認めてやろうというのだ! どうだ? あまりにも寛大で慈悲深い提案だろう!?」
……。
あまりの図々しさと、異次元レベルのアホさに、俺は鎧の奥で開いた口が塞がらなかった。
いくら格安で仕入れが出来たり、機械を調整してあくどく稼いでるとは言っても、流石に8割も取られれば赤字確定なのは誰でもわかるだろうに。
タワーが再設置出来て、ようやく次は何に手を付けようかと考えていた矢先がこれである。
俺はこいつの頭の悪さに完全に呆れ返り、返す言葉もなくなって沈黙する。
しかし、バカ息子ドルバは、俺が呆れて声が出ないのを「自分の完璧な演説が決まり、圧倒的な威厳に恐怖して震えているのだ」と盛大に勘違いし、これ以上ないほどのドヤ顔で胸を張っていた。
その、あまりにも滑稽な沈黙をぶち破ったのは―――大爆笑だった。
「―――く、クハハハハハ! ハーッハハハハハ!!!」
腹を抱えて大爆発するような老紳士の高笑いが、静まり返ったフロアに響き渡る。
見れば、最新のプッシャー台の席から、上質な赤の高級スーツを纏った白髪の老紳士―――ジェード・マクレガーが、片手に冷えた高級缶ビールを持ったまま、涙を浮かべて笑いながら歩み出てきた。
「な、貴様……! 全権特使である俺に向かって何たる不敬を! 誰だ!?」
「いや失礼、あまりに傑作な喜劇だったものでね。大森林の奥にまで不粋な犬の鳴き声が響くと思えば、どこの馬の骨かと思えばバルド侯爵家の無能な放蕩息子ではないかね」
ジェードが缶ビールを軽く揺らしながら一歩前に出た瞬間、ドルバの動きが文字通りピタリと凍りついた。
「じ、ジェード……マクレガー……伯爵……!? な、何故、何故あなたがこんな場所に……!?」
バカ息子の顔から一瞬で血の気が引き、ガタガタと膝が震え始める。
かつて王宮の政治闘争において、自らのバックであるバルド侯爵家を言葉一つで完全に叩きのめした【元・伝説の外交官】がそこにいたからだ。
「ここは私にとって、愚劣な王宮の権力闘争を忘れて余生を楽しむ、至高の娯楽場なのだよ。それを君のような、親の七光りと第一王子の虎の威を借るしか能のない脳筋の放蕩息子に汚されるのは、極めて不愉快でね。相変わらず中身の詰まっていない頭で、慈悲などと尊大な寝言を並べるのはバルド家の血筋かね? ロクな調査もせず、人類に敵対すらしていない希少なダンジョンを強欲のままに刺激するなど、君は自分の無能さで国を滅ぼしたいのかい? 君が特使としてここへ来たこと自体が、我がナンポウ王国の最大の損失であり、恥晒しな醜聞そのものだよ」
ジェードは洗練された完璧な外交話術と、相手のプライドを的確に粉砕する毒舌で、ドルバを徹底的に煽り倒した。
交渉は完全に決裂。
フロアにいる数百人の冒険者たちの前で、ドルバは「あ、あ、ああ……っ!」と顔を真っ赤にし、怒りと恥辱でワタワタと震えながら怒号を上げた。
「だ、黙れぇぇぇーーーっ!!! もういい、話し合いなど終わりだ!! お前ら、この無礼な老いぼれごと、このダンジョンのすべてを力ずくで奪い取るぞ! 者ども、構えろ!!」
兵士たちが一斉に槍や剣を構え、フロアに張り詰めた殺気が走る。
俺は「うわあああ! この赤スーツのジジイ、余計なこと言って相手を完全にキレさせやがった!」と鎧の奥で本気で焦り、勝手に相手を煽り散らかした赤スーツのおっさんに文句を言おうとした、まさにその瞬間だった。
ビーーーッ!!! ビーーーッ!!!
けたたましい危険感知の警報音と共に、武器を構えた連中―――というか、アホなバカ息子ドルバ丸ごと全員の頭の上に、真っ赤な警告マークが浮かび上がった。
その刹那、彼らは弁明の余地すらなく、その場から一瞬で掻き消えた。
この城の防衛スキルである「強制出禁(追放トラップ)」が全自動で即座に執行されたのだ。
武器の冷たい金属音も、彼らの傲慢な怒号も、一瞬にして静寂へと変わる。
あまりにも呆気なく相手の集団が消え去った光景を見て、未だに楽しそうに笑い声を漏らしていた赤スーツのおっさん――ジェードが、こちらを向いて平然と語りかけてきた。
「お騒がせして申し訳なかったね、幽霊騎士どの。まあ、こんな鉄壁な魔法か呪いかは知らんが、恐ろしい能力があるんだ。どれだけの相手がここへ押し寄せて来ようとも、君たちにとっては大した問題ではないのだろう?」
「……あ」
ジェードのそのあまりにも当然すぎる一言に、俺は幽霊騎士の鎧の奥でふと冷静さを取り戻した。
そうだ、そもそも暴力や不正を働いた者は、数だろうが身分だろうが関係なく強制追放される。
焦る必要なんてどこにもなかったのだ。
だが、流石に四大国の一つであるナンポウ王国の特使を消し飛ばしたのだ。
外に連れてきていたであろう残りの軍勢や、本隊の動向がどうなっているか、まずは現状を正確に把握しなければならない。
「……一応、状況確認が必要だな」
俺はボイチェンのイケボで短くそう告げると、カジノの絶対安全の裏側―――大国の本隊の様子を映し出すためのモニター室へと、急ぎ足で向かうのだった。
*誤字脱字などは感想もしくは修正機能からお知らせ頂けると幸いです。




