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第12話:風妖精のいたずらと、全裸の特使






side:ダンジョンマスター ヒロユキ






「……あ」


 フロアで赤スーツの老紳士ジェードに「例のどこかへ人を送るやつがあるのだろう?」と言われ、俺は幽霊騎士の鎧の奥でハッと息を呑み、一瞬で冷静さを取り戻した。

 そうだ、暴力や不正を働いた者は、数だろうが身分だろうが関係なく全自動で強制追放される。

 焦る必要なんてどこにもなかったのだ。

 だが、流石に栄光あるナンポウ王国の特使を消し飛ばしたのだ。

 外に連れてきていたであろう残りの軍勢や、本隊の動向がどうなっているか、まずは現状を正確に把握しなければならない。


「……一応、状況確認が必要だな」


 俺はボイチェンのイケボで短くそう告げると、ジェードをフロアに残したまま、一般客は立ち入り禁止である最重要機密エリアのオーナーモニター室へと、大急ぎで一人で向かった。

 オーナーモニター室へ駆け込み、通販スキルで設置した巨大な液晶モニターの前に陣取る。

 画面に映し出されていた大森林の入り口の光景を見た瞬間、俺は文字通り白目を剥いた。


「……ご、五千!? おいおいおい、ナンポウ王国の本隊が五千人も来てるじゃねぇか! 冗談だろ!?」


 画面を埋め尽くす、圧倒的な数の重装備の歩兵に弓兵、軍用馬の群れ。

 バカ息子のドルバが、カジノを確実に武力制圧して全てを奪い取るために密かに待機させていた、ナンポウ王国のガチの侵略軍勢だ。

 確かにカジノ内には規約違反者を一瞬で飛ばす『追放トラップ』がある。

 だが、俺は前世のブラック企業時代、システムのバグや予期せぬ過負荷で何度も地獄を見てきた元社畜だ。

 最悪バグなんて可能性も捨てきれない以上……何か対策が必須だ。

 というかあんな無茶苦茶な軍勢を何とか出来るスキルとかあるのか? 俺は冷や汗を流しながら、死に物狂いでダンジョンの管理画面をスクロールし、何か手立てはないかと必死に探した。

 そこで画面の最下層に見つけたのが、通販スキルから拡張されたダンジョンの上位スキル―――【風妖精のいたずら】だった。

 明確な敵意を持って近づく者の感覚を狂わせる空間攪乱スキルだ。


「これならいけるかも……!?」


 俺は貯め込んでいたダンジョンポイントを支払ってスキルを取得。

 すると、脳内の管理システムから全自動のシステムアナウンスが響き渡った。


『上位スキル【風妖精のいたずら】を取得しました。対象の軍勢に使用しますか?』


「使用する」


『条件を設定してください。対象を、どこから遠ざけたいですか?』


「ダンジョンに一切近づけないように設定してくれ」


『承知いたしました。では、遠ざけた相手を、最終的にどうしたいですか?』


 システムからの問いかけに、俺はモニターに映る五千の軍勢を睨みながら、少しの間だけ迷った。

 ただ追い返すだけでは、またいつここを包囲されるか分かったものではない。

 何より、俺のニート生活の平穏が脅かされる。

 よし、あいつらに決めた。


「効果があったやつは全員、北の渓谷―――『竜の谷』へと迷い込むように設定する」


『条件設定を完了しました。【風妖精のいたずら】を発動します』


 ―――ゴォォォォン……!


 大森林の全体を包み込むように、目に見えない風妖精の不可解な魔力が全自動で展開されていく。

 モニターの中では、ドルバたちが戻ってこないことを異変と察知した五千の王国軍が, 一斉に武器を掲げて進軍を開始したところだった。

 だが、大森林へ足を踏み入れたはずの軍勢は、風妖精のいたずらによって完全に方向感覚を失い、カジノとは全く別の方向―――北側の渓谷へと、吸い込まれるようにゾロゾロと移動を開始したのだった。


「よし……! 神誘導成功! これで完全に安全だ!」


 大国の軍勢が勝手に別方向へ歩き去っていくのを確認し、俺はようやく深く胸を撫で下ろしたのだった。






side:元・伝説の外交官 ジェード






 一方、カジノダンジョンの外へとふらりと出たジェードは、冷えた高級缶ビールを片手に、遠く大森林の入り口に蠢く五千の王国軍の圧倒的な物量を眺めていた。


「ほう、五千の正規軍か。バルドの小倅も、親の権力を随分と派手に私物化したものだ」


 カジノの外はパニック状態に陥っていた。

 いや、何ならカジノの内部すらも大パニックだった。


「おい! 外に軍隊がいるぞ!」


「戦争か!?」


「どうするんだよ!」


「俺たち、何か関係あるのか!?」


 と、突如として牙を剥いた国家の武力に、冒険者たちも商人の連中も完全に右往左往して怯えきっていた。

 だが、海千山千の修羅場を潜り抜けてきた伝説の外交官であるジェードだけは、少しも動じることなく、「さて、あの無欲な幽霊騎士は、この絶望的な状況をどう切り抜けるのかね?」と、興味津々で事の顛末を見守っていた。

 すると次の瞬間、ジェードの白眉が怪訝そうに跳ね上がった。


「……ん? 何だあの動きは」


 カジノへ向かって突撃してくるはずの五千の王国軍が、何故かダンジョンを完全に無視し、揃いも揃って全く別の方向へとゾロゾロと移動していく姿が見えたのだ。

 誰も戦っておらず、魔法の衝突すら起きていない。

 ただ, 軍勢が狐に包まれたように、自らの意志で北の渓谷へと歩き去っていく。

 あまりにも意味が分からず不可解な光景を前に、さしものジェードも、ただただ呆然と遠ざかっていく軍団を見送るしかなかった。






side:特使(アホ息子)ドルバ






 その頃、ダンジョンのすぐ北にある、ワイバーンやドラゴンがウジャウジャ生息している死地―――『竜の谷』。


「ひぃっ, ひぃぃぃ……っ! お、お許しください、お許しください……!」


 先ほどカジノのフロアから一瞬で転送されたアホ息子のドルバは、数人の兵士と共に、岩場の狭い亀裂に身を隠してガタガタと震え上がっていた。

 モンスターたちにはとっくに居場所がバレているらしく、周囲の崖の上から地響きのような雄たけびを上げられ、執拗にビビらされ続けている。

 ドルバと共に飛ばされ、パニックを起こして魔物に戦いを挑んだ兵士たちは、すでに全員が返り討ちに遭って倒され、装備も身ぐるみも綺麗に剥ぎ取られていた。

 そんな絶望のどん底にいたドルバの目に、信じられない光景が飛び込んできた。

 岩場の向こうから、砂煙を上げて進軍してくる―――我がナンポウ王国が誇る、五千の本隊の姿が。


「おおお! 本隊だ! 我が軍が助けに来てくれたぞ!!」


 ドルバは地獄で仏に会ったかのように歓喜し、亀裂から飛び出してドヤ顔で軍に命令を大声で下した。


「者ども、よくぞ参った! この生意気な魔物どもを今すぐ全滅させ―――」


 だが、悲しいかな。

 その五千の軍隊は、助けに来たのではなく、単にダンジョンの上位スキルによってここに自動誘導されてしまっただけだった。

 突然、自分たちの縄張りに五千人もの生肉がドカドカと転がり込んできたのだ。

 竜の谷の魔物たちが、これ以上の大ご馳走はないとばかりに、一斉にギラギラとした目を輝かせた。


 ―――ギャオォォォォーーーーン!!!


 崖の上から、巨大な蜘蛛の群れ、巨大なワニ、そして無数のワイバーンが、嬉々として一斉に急降下して襲いかかる。

 突如として始まった大怪獣たちの蹂躙劇に、五千の部隊はまともな陣形を組む暇すらなく、一瞬にして完膚なきまでに壊滅していった。

 逃げ惑うドルバの前に、ひときわ巨大で、構成員を一瞥しただけで恐怖させる知能に優れた一匹のワイバーンが舞い降りた。

 ワイバーンは鋭い爪でドルバをひょいと生け捕りにすると、その器用な爪先で、彼の着ていた豪華な衣服や金目の指輪、靴に至るまで、すべての身ぐるみを綺麗に剥ぎ取った。

 そうして、完全に用済みとなった「ほぼ全裸のアホ息子」を、崖の上からゴミのようにポイと地面へ投げ捨てた。


「ふ、ふえぇぇぇーーーん!! お家に帰るぅぅぅ!!」


 頭を打って涙と鼻水を撒き散らしながら、ほぼ全裸の間抜けな姿を晒したドルバは、命からがら生き残ったわずかな数人の兵士たちと一緒に、泣きながら大森林の出口へ向かって必死に走って逃げ出すのだった。






side:元・伝説の外交官 ジェード






 カジノダンジョンの入り口。

 大国の軍勢が別方向へ消え去り、パニックが収まりかけたその場所で、どうなったのかと見学を続けていたジェードの前を―――猛烈な勢いで大森林の奥から走ってくる集団があった。


「はぁ、はぁ、ひぃぃ! 助けてくれぇぇ!」


 それは、服をすべて魔物に剥ぎ取られ、ほぼ全裸で泥まみれになりながら、涙目で必死に走っていくナンポウ王国の全権特使ドルバと、その無様な生き残りたちだった。

 王宮であれほど高貴なる者と大威張りをしていた最大派閥の嫡男が、この上ない間抜けな姿を衆目の前に晒して全力疾走していく。

 そのあまりにも傑作すぎる全裸の敗走劇を目撃した瞬間、ジェードは本日三度目の、腹を抱えた大爆死のような大爆笑を大森林に響かせた。


「―――クハハハハハ! ハーッハハハハハ!!! いやはや、これほど腹の底から笑ったのは何年ぶりかね! 最高の見世物だったよ!」


 そんな中、一仕事を終えてモニター室からフロアへ、そして入り口へと戻ってきた俺、幽霊騎士の姿をジェードが見つける。

 老紳士はぐいと冷えた缶ビールを煽り、渋い笑みを浮かべながら、冗談交じりに俺へと語りかけてきた。


「お帰り、幽霊騎士どの。いやはや、大国の五千の軍隊すらまともな相手に一瞬でなす術なく自滅させるとはね。やはり、人類に牙を剥いていないとはいえ……ダンジョンというものは、底が知れず恐ろしいな」


 俺はボイチェンを響かせ、不気味な幽霊騎士の威厳を徹底的に維持したまま、赤スーツの老紳士へと静かに、かつ真摯に提案を投げかけた。


「……フン、我が城の平穏を乱す不粋な犬どもを掃除しただけだ。……それよりも、おい、お前」


「おや、私かね?」


「お前のさっきの弁舌の上手さ、見事だったぞ。我らが城のマスターは平穏を好む。今後も今回のように理不尽なイチャモンをつけにくる外部の有象無象が増えるだろう。お前が元外交官だという情報も得た。だから、その高い能力を活かして、外交面の交渉や取引など、対外的なこと全般を任せたい。お前の力を全力で支援するし、お前の能力を全力を出せるよう自由にしていい。今回のような騒動にならぬよう、こちらに一切の不利益がない範囲で、お前の望む通りの完璧な外交を追求してくれればいいのだ。どうだ、我らが城のスタッフ兼・外交官にならないか? もちろん、給与や待遇などもそれなりを用意しよう」


 俺がそう告げると、ジェードは一瞬、呆気に取られたように沈黙した。

 そして、少しだけ目を見開くと、俺の鎧の奥を見透かすように問いかけてきた。


「……それは、本当に私の自由に、好き放題にしていいのかね?」


「ダンジョンのためになることならな。我が城の絶対的な力を背景にするのだ。お前が他国に対して下手に頭を下げたり、不条理に我慢するといったことは基本的に無いだろう。あとはお前が望むまま、好きにすればいいさ」


 俺が鎧の奥で「(頼むから1ミリも俺に責任を負わせないでくれ、今回みたいな物量エラーが怖いからお前の弁舌で完璧に平和解決してくれよ……)」という、ビビリな丸投げの本心を隠して格好つけて言うと、ジェードは一瞬、呆気に取られたように固まった。

 だが次の瞬間、かつて王宮のドロドロしたしがらみの中で、国益や貴族の顔色を伺いながら必死に自分を抑え込んできた自らの外交官人生が鮮烈に蘇る。


(ほう……全力で支援する、能力を全力を出せるよう自由にしていい、か。くくく、幽霊騎士どのは私をこれほど信頼し、我慢など一切しない理想的な外交をやっていいと、あの圧倒的な武力と財力を背景に言ってくれたわけだ。ダンジョンの利益さえ最優先すれば、あとはお前が望むまま、好きにすればいいと。相手を罵倒しようが、あるいは殴り飛ばしても構わんと……!)


 周辺国に気を使うこともなく、不条理な圧力には好き放題に相手を罵倒し、時には殴り飛ばして突っぱねる、そんな究極に自由な外交ができる――。

 それは、彼がかつて現役時代に心の底から渇望しながらも、国家という枠組みのせいで決して叶わなかった、これ以上ない最高の仕事だった。

 幽霊騎士が「責任逃れと平和解決のために丸投げしたいだけ」だとは微塵も気づかず、盛大な勘違いの末に最高の職場を見つけたと確信したジェードは、その渋い顔に狂おしいほどの歓喜の笑みを浮かべると、持っていた缶ビールを床に放り投げ, 嬉々として声を上げた。


「―――クハハ! 面白い、素晴らしすぎる! 国のしがらみから解放され、この城の絶対の力を盾に、私を(私が)望んだ通りの自由な外交ができるというわけか! いいだろう、幽霊騎士どの。そのスカウト、このジェード・マクレガー、喜んでお引き受けいたそう。お前さんのために、これ以上ない最高の外交盾となって見せようじゃないか」


 こうして、国家レベルの圧力をすべて無力化する最強の仲間、伝説の外交官ジェードが、自らの意志で正式にカジノのスタッフに加わることになったのだった。






side:ダンジョンマスター ヒロユキ






 深夜。

 ジェードの歓迎会を終えた後、俺は一人、ダンジョンの最奥にある『竜の谷』の管理画面を開いていた。

 他意はない。

 ただ、あのスキルで誘導された五千人の王国軍の連中が今頃どうなったのかな、というのを純粋な現状確認の感覚でモニターしただけだった。

 だが、画面に映し出された、暴れている魔物たちの無双っぷりを見て、俺は思わず息を呑んだ。


「……すげーな。てか蜘蛛つよ! ワニ怖え! ワイバーン、えぐい!」


 大森林の死地に君臨する最凶の固有モンスターたち。

 ガチガチの重装歩兵を糸で絡め取って一瞬で繭にする蜘蛛に、軍用馬ごと噛み砕く大ワニ。

 精度高く獲物を狙う知能の優れたワイバーン。

 やはり、人類がどうこう出来るような連中じゃないって、これ。

 俺は彼らの圧倒的な野生の暴力と戦闘能力を再確認し、改めてこの防衛線の絶対性に震え上がっていた。

 だが、実を言うと、一番凄まじかったのは戦闘そのものではなかった。


「……おいおい、何だこのお宝の山は!」


 軍勢が綺麗に全滅した後の岩場へ、俺が直々に魔物たちの様子見と『餌やり』を兼ねて赴くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 五千人の正規軍が遺していった、上質な鉄の剣、槍、弓、頑丈な金属鎧、さらには軍用馬の高級な馬具や、バカ息子たちが持っていた最高級の宝石付きの調度品。

 それらが大量の戦利品として、谷の底に文字通りうず高く積み上げられていたのだ。

 これらをすべて通販スキルの買い取り機能に放り込むだけで、とんでもない額のダンジョンポイントと現金に変わる。


「くくく……まさか攻め込まれてこれほどボロ儲けできるとはな。臨時収入に思わずにっこりだわ」


 俺は幽霊騎士の鎧の奥で、成金剥き出しのゲスい笑顔を浮かべてにんまりと頬を緩めていた。

 この強欲な大国からの貢ぎ物は、ワンオペ残業の苦労を一瞬で吹き飛ばす極上の癒やしだった。

 もちろん、これほどの大戦果を挙げた功労者たちへの報酬をケチるような、前世のブラック企業みたいな真似は絶対にしない。


「よしよし、お前ら、本当によく頑張ったな! おかげで大豊作だ!」


 俺は臨時の売上ポイントを贅沢に使って、魔物たちの大好物である超高級の霜降り干し肉や、巨大な魔獣用の栄養満点のご馳走など、彼らの大好物に似合った大量の餌をルンルン気分で買い漁り、全自動でその山を投下して還元してやった。

 ワイバーンや蜘蛛たちが歓喜の声を上げて貪り食う姿を見届けながら、俺は自分のために残しておいた最高級の地球のビールをプシュッと開けた。

 黄金の液体を贅沢に喉へと流し込み、最高の気分で喉を鳴らす。


「―――ああ~、他人の金で飲む酒の何て美味いこと!」


 静まり返ったオーナー室に、思わずそんなゲスい喜びの声を漏らす。

 あのアホなドルバが勝手に自爆して遺していった莫大な戦利品(あぶく銭)で、冷暖房の効いた部屋のソファーに寝そべり、冷え切った高級ビールを煽る。

 まだまだ人手不足の過酷なブラック状態は続いている。

 だけど、今日のところはとりあえず生き延びて大儲けできたのだ。

 俺はいつか訪れる本当のニート生活を夢見て、そのための明日への活力を得るために、このプチ贅沢の時間を心ゆくまで噛み締めて愉しむのだった。

 人間の強欲をこれでもかと刺激するこのカジノダンジョンが、このジェードの参入をきっかけに、周辺4都市のギルドや他国をさらに巻き込み、ただの賭博場から巨大な独立国家へと急速に肥大化していく大激動の未来が始まろうとしているとは、今の段階の彼はまだ微塵も気付いていなかったのである。





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